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一年遅れの精霊術士  作者: 因幡 縁
第一部
11/135

11 スミレ




「あら、スミレじゃない」

 午後最初の講義に向かったヨウとチアキは、こじんまりとした教室の中ほどの席に、見覚えのある顔を見つけた。先日彼らが暴漢たちから救い出した少女、スミレ・ハナゾノである。二人に気づくと、手元の手帳のような物に何やら書き込んでいたスミレが微笑みを返してきた。チアキがスミレの右隣に席を取る。ヨウはチアキの右隣に座る事にした。

「皆さん、こんにちは」

「やあ、スミレさんはこの講義一人なの?」

「はい、友達があまり勉強が得意ではない子なので……」

「その子、フィルと仲良くなれるかもね」

 「用兵術B」というその講義は、必修科目である「用兵術入門」の応用編という位置づけになっている。A、B、Cと三種類あるうち、Bは大規模な用兵についての講義となっており、他の二つに比べ内容的に高度な内容となっている。座学が苦手なフィルは、「オレ絶対単位取れないから無理!」とこの講義の受講を断ったのだった。

 チアキがスミレの方に身を寄せて聞く。

「スミレは部活や委員会、もう決めた?」

「は、はい。いえ、友達に部活に誘われてはいるんですけど、私運動は苦手なのでどうしようかと……」

 少し恥ずかしそうにスミレがうつむく。

「チアキさんは、もう決められたんですか?」

「ええ。私は生徒会の選考を受けてみる事にしたわ」

「生徒会ですか!? そ、それは凄いですね!」

 スミレが目を丸くして驚く。チアキが気恥ずかしそうに照れ笑いした。

「まだ入ると決まったわけじゃないわよ。競争も激しいでしょうし」

「そ、それでも生徒会なんて凄いです! あの会長や副会長と一緒にお仕事できるなんて……」

「私だけじゃなく、ヨウも受けるのよ。生徒会の選考試験」

「そ、そうなんですか」

 やや遠慮気味にスミレがヨウの方を見る。まだ先日の事件を引きずっているのだろうか。

「まあ、僕は本当にオマケなんだけどね」

「何言ってるのよ、会長も副会長もあなたが本命だったじゃない」

「会長と副会長、ですか?」

 言葉の意味がわからないという風に、不思議そうに首をかしげるスミレ。

「ヨウったら、昨日生徒会に呼び出されて会長から直々に選考試験を受けてほしいって頼まれたのよ」

「ええっ!? 会長から、ですか!?」

 見るからにおとなしい印象のスミレの口から、思わず大きな声が上がった。チアキが説明を続ける。

「そう言えばスミレは知らないんだったわね。ヨウって、あのミナヅキ副会長の幼なじみなのよ」

「ええっ!? そ、そうなんですか!?」

「だから私たちより一つ年上なのよ。副会長も言っていたのだけど、ヨウって昔から優秀だったみたい。何せ昔は副会長よりまさっている所も多かったらしいわよ」

「そ、それは本当なんですか……?」

 信じられないと言った顔でスミレがヨウに問う。苦笑しながらヨウが頬を掻く。

「あくまで昔の話だよ。今じゃ足元にも及ばないはずさ」

「本人はこう言ってるけど、副会長はそんな事はないって言うのよね……。私も信じがたいんだけど、この前のあれを見た後だと、本当にそうなのかもって気もするわ……」

「で、でも、副会長と幼なじみだったんですね……」

 今日何度目かの驚きをスミレが見せる。その様子にヨウは困ったような表情をしていたが、スミレが憧れにも似たような目で二人を見つめながら、

「お二人とも生徒会だなんて、凄いです」

「チアキはともかく、僕はさすがに通らないよ。ノリコがあんまり僕の話をするものだから、生徒会の人たちが興味を持っただけなんだ」

「こういう事を言う人に限って、何事もなかったかのようにすいすいと受かったりするのよね。私はギリギリのラインだろうから、来週までにやれる事はやっておかないとね」

 決意も固く、チアキが胸の前で右の拳を握りしめる。と、思い出したかのようにチアキがヨウに尋ねた。

「そう言えば生徒会の役員って、自分の補佐役をつける事ができるんじゃなかったかしら?」

「確かそうだったはずだね。一年生なら一人、二年生と三年生は二人補佐をつける事ができたと思うよ」

「そうよね、ありがとう」

 ヨウに礼を言うと、チアキがスミレへと向き直る。

「ねえ、スミレ。もし私が生徒会役員になったら、あなた私の補佐になってみる気はない?」

「え、えええ!? わ、私が生徒会の役員にですか!?」

 突然のチアキの提案に、スミレが垂れ気味の目をまん丸にして驚く。

「補佐よ、補佐。スミレもさっき言ってたでしょう? 会長や副会長と一緒に仕事できるのは凄いって。だったらスミレも一緒にやりましょうよ」

「で、でも、私なんかが生徒会の仕事なんて」

「そんな事気にする必要ないわよ。あくまで補佐なんだし、仮にスミレがミスしたとしてもそれはあなたを選んだ私の責任でしょ? ねえお願い、私の補佐役になってちょうだい」

「で、でも……」

「チアキ、さすがにちょっと話が急なんじゃないかな。スミレさんももう少し考える時間がほしいだろうし。ここは少し待ってあげたらどうだろう?」

 困り顔でおろおろするスミレに、ヨウが苦笑しながら助け舟を出す。チアキもそれに気づいてスミレに軽く頭を下げる。

「あ、そ、そうよね? ごめんなさい、少し結論を急ぎすぎたわ。そういうわけで、私はぜひスミレに手伝ってほしいの。良かったら考えておいてもらえないかしら?」

「いえ、とんでもありません。こちらこそ、私なんかにお誘いありがとうございます。では、少し考えさせてもらいます」

 笑顔でお願いするチアキに、スミレがかしこまりながらも表情をやわらげる。ここまでずっと驚きっ放しのスミレだったが、ようやく少し落ち着いてきたようだ。

「まあ、まだ僕たちが生徒会に入れると決まったわけではないんだけどね」

「ちょっと、そういう事言わないでくれる? 私、すっごい不安なんだから!」

 チアキが眉を吊り上らせる。それから、少し恥ずかしそうにスミレに笑う。

「ま、まあ、私が落ちちゃったら何のために悩んでもらったのかわからなくなっちゃうけど、私がんばるから、よろしくね?」

「はい、チアキさん、がんばってください」

 それから、ヨウの方をうかがうような格好で、

「ヨウさんも……がんばって下さい」

「ありがとう、がんばるよ」

 ヨウが笑顔で返す。ちょうどその時、教室に中年の講師が入ってきた。そのまま教壇までやってくると、手にした書物をばさばさと教卓に広げる。それじゃまた後で、と互いに目配せして、ヨウたち三人は真剣な面持ちで壇上の講師へと視線を向ける。教室のざわめきも間もなく収まり、今学期屈指の難易度と噂される講義が始まった。




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