20 優勝候補
対抗戦、一回戦の第一試合。会場の選手たちに、二つの指輪が渡される。
一つは、生徒会の対抗戦でヨウたちも使用した『対精霊術防護の指輪』だ。ただし、生徒会で保有している軍用の正規品とは違い、今カナメたちに配られているのは学生の訓練用のものであった。おおむね騎士槍クラスの中上位魔法一発分を防ぎ切ることが可能である。一定量以上の精霊力を浴びるとアラームが鳴る仕組みなのは、生徒会の対抗戦で使った時と変わらない。
もう一つは、物理的な打撃のダメージを軽減・吸収する指輪であった。こちらも、一定ダメージを受けるとアラームが鳴る仕組みである。
二つの指輪を装着すると、両チームの選手が握手を交わした後に後ろへと下がる。
その様子をじっと見つめながら、隣でチアキがつぶやいた。
「A組も油断ならない相手よ。さっきフィルが毒づいていたA組のリーダー、ノギ君、学年三位の実力者だわ。しかもB組のアライ君が水属性なのに対して、ノギ君は地属性。相性も考えれば、直接対決はノギ君の方が有利よ」
「精霊術は相性があるもんね」
風・水・火・地の四属性には相性が存在し、水は地に対して相性が悪い。同様に、地は風に、風は火に、火は水に対して相性が悪く、戦う際には重要な要素となる。
「さて、そろそろはじまるわよ。まずはお手並み拝見といきましょう」
「そうだね、楽しみだ」
会場では、審判が両チームの間に立ち、右手を前に突き出していた。
「それでは、これより一回戦第一試合を始めます。では、始め!」
腕を振り上げると、審判がすっと後ずさる。
同時に、両チームの選手が移動しながら精霊術の術式構築に入った。
B組はカナメとアライが並ぶように立ち、もう一人が少し離れたところに立つ。A組もそれを迎え撃つかたちで、ノギともう一名がカナメたちと対峙した。
直後、互いの術が完成し、相手に向かって放たれた。
両チームの間を投槍ほどの大きさの術が飛び交う中、アライとノギの手からはそれより二回りほど大きな槍が獲物へと向かい飛び出す。『凍氷の騎士槍』と『大地の騎士槍』。三年生でも使える者は限られてくる、中上位の精霊術だった。
巨大な槍は空中で激突すると、大きく勢いを減じて標的へと到達した。二人がそれを防御する。
攻撃を受け切った二人に、目立ったダメージはないようだ。だが、ヨウには若干アライの方が押されているようにも見えた。それはチアキも同感だったらしく、目を合わせると小さくうなずく。
会場では、ノギがややキザなポーズで勝ち誇っていた。
「どうだね、アライ君! なるほど君は僕より精霊術の成績においてわずかにリードしているが、あいにく僕は地の精霊術使いだ! 成績の差は、どうやら相性の差を埋められるほどには開いていないようだ!」
「そうだな、お前と俺とでは少々分が悪いようだ」
特に気にする風でもなく言葉を受け流すと、挑発するような口調で返す。
「だが、正直がっかりしたぞ。相性が悪いのだから、もっと押しこまれるかと思ったんだがな」
「何?」
思わずこめかみに青筋を走らせたノギに、アライが続ける。
「悔しいと思うなら、今度は本気で来い。口先だけではないところを見せてみろ」
「い、言わせておけば!」
激高するノギを尻目に、アライはいち早く次の精霊術の構築に取りかかっていたカナメに続いて術式構築を始める。
カナメと対峙していた少年が術を完成させ今まさに放たんとしていたその時、アライはにやりと口の端を吊り上げた。
「まあ、お前の相手は俺ではないんだがな」
そう言うと、アライがカナメと身体を入れ替える。そこに向かって放たれた相手の『凍氷の投槍』を、アライも『凍氷の投槍』で迎撃した。相手より大きく初動が遅れていたにもかかわらず、恐るべき術式構築速度であった。
再び『大地の騎士槍』を完成させたノギであったが、突然目の前の相手が入れ替わり判断が鈍る。一瞬の間をおいてカナメに照準を定めたが、その時カナメの精霊術が完成した。
「そうか、これが狙いだったのか!」
ヨウが叫ぶ。突然の大声にびっくりするフィルを横目に、チアキも同調した。
「はじめからノギにはカナメを当てるつもりだったんだわ! 彼から意識をそらすため、そしてカナメの精霊術が完成する時間を稼ぐためにあんな安い挑発を!」
その声と、カナメの声とが重なった。
「君の相手はこの僕だ! 『炎熱の放射撃』ォ――ッ!」
叫びと共に、カナメが突き出した手から真っ赤な炎が柱のように噴き出す。その炎はノギが放った『大地の騎士槍』を飲みこみ、そのまま彼へと突き進んでいった。
「うわあぁぁぁ――っ!」
炎の直撃を受けたノギの絶叫と共に、ビィィィとけたたましい音が鳴る。
カナメの精霊術が、学年トップ3の一角を一撃で倒してしまった。その事実に、観客の間からどよめきが沸き起こる。
その直後、隣のアライも相手を難なく退ける。向こう側を見れば、あちらもB組の生徒が勝利を収めていた。
「そこまで! 勝者、B組Aチーム!」
審判の声に、再び観客から歓声が沸いた。B組Aチーム、圧勝。クラスメイトの下へ戻っていくカナメたちに、大きな拍手が送られていた。
「これは……予想以上ね」
チアキが厳しい表情を見せる。
「三人とも、全く隙がないわ。このチームと当たるとなると、私がアライ君、ヨウがカナメ、シズカはシラカワ君を担当することになるかしら。相当厳しい戦いを強いられそうね」
「カナメ君、合宿の時より確実に強くなってるね。『炎熱の放射撃』も、炎が安定している」
「そうね。完成までに時間はかかるみたいだけど、一撃必殺の威力だわ。さすがカナメ、精霊術にかけてはクジョウ君に次ぐ実力者なだけのことはあるわね」
二人の会話に、シズカが不安げな声を上げた。
「わ、私、あんな凄い相手とちゃんと戦えるかな……」
小さく身をすくませるシズカに、ヨウは笑顔を見せた。
「大丈夫、僕たちがしっかりフォローするから。ミナトさんは自信を持って戦って、ね?」
小首をかしげるヨウに、シズカは顔を真っ赤にしながらうなずいた。
「う、うん! 私、絶対がんばる!」
「その意気よ、シズカ。みんなでがんばりましょう。ところで……」
急にそわそわし出したチアキが、二年生の会場へと目をやる。ノリコの試合が気になって気が気でないのだろう。
その二年生の会場はすでに試合が終わっているようだったが、盛り上がりはこちらの比ではなかった。もっとも、観客の数が十倍近いのだからそれも仕方ないのだが。
ノリコの試合を観戦し終え、一年生たちが続々とこちらへやってくる。彼らの話によれば、予想通りノリコのチームが圧勝したらしい。
近くの生徒をつかまえてノリコの試合についてあれこれ聞くチアキに苦笑しながら、ヨウは会場へと視線を戻した。
この後はクジョウ組、続いてアキヒコ組の試合が行われる。そして一回戦の最後にはヨウたちの最初の戦いが待っている。
ノリコとの約束を守るのも大変だな、と思いながら、ヨウは一人静かに気を引き締めるのだった。
今年はこれが最後の投稿になります。
来年は対抗戦の本格化、新入生の加入とイベントが目白押しですので、どうか引き続きご愛読いただけると嬉しいです。
それでは少々早いですが、よいお年を。




