18 対戦相手の分析
学院の広い校庭に、生徒たちの応援の声が響く。組体操をするクラスもあれば、人文字を描くクラスもある。対抗戦が近づくにつれ、各学級の応援合戦にも徐々に熱がこもりはじめていた。
対抗戦の一週間前になると、学院の午後の講義は休講となり、決められた時刻までは各種委員会活動・部活動も制限される。
その時間を使い、各学級は対抗戦に向かって特訓を行う。対抗戦に出場するメンバーは、それぞれ時間帯ごとに精霊力演習室と武道室をあてがわれ、そこで精霊術の訓練を行うことができた。
今、ヨウたちのチームは、武道室の使用時間を終え、他の空き教室で戦術などの打ち合わせをしているところだった。
「僕たちは初戦、B組と当たるんだね」
「アキヒコのところもBチームなのね。カナメはAチームだから、クジョウ君のところと当たるわね」
「どこも強いんだよね、きっと」
ヨウ、チアキ、シズカの三人が、ノートに書かれたトーナメント表に顔を寄せる。
対抗戦は、まず各クラスのAチームとBチームが、それぞれAブロックとBブロックに分かれて勝ち抜き戦を行う。その後、各ブロックの優勝チームによる決勝戦が行われる。
各クラスから2チームが出場するわけだが、どちらのチームをAチームにするのかはとても悩ましい。
傾向としては、強いチーム、有望なチームをAチームとすることが多いが、他クラスのエースチームとぶつかることを避け、あえてBチームをエースチームとするクラスも多い。このあたりの駆け引きも、対抗戦の見どころの一つとなっていた。
と、慌ただしく教室に駆けこんでくる足音が聞こえた。
「おーい、集めてきたぜ、他チームの情報」
ヨウたちが振り向くと、資料の束を抱えたフィルが駆け足でこちらへ向かってくるところだった。ばたばたと席までやってきたフィルは、資料を机にばさばさと置いてヨウの隣に座る。
「どうよ、この資料! 対抗戦出場者全員のデータがそろってるぜ!」
「データをそろえたのは実行委員会でしょう? あなたはそれをもらってきただけじゃない」
「うっせ! いの一番に駆けつけたのはオレの脚力があってこそだろ!」
早くもチアキとフィルが睨み合う。ヨウは苦笑しながらフィルに声をかけた。
「まあまあ。ありがとう、フィル。おかげで他のチームの分析ができるよ」
「そうだね、フィル君、ありがとう」
「お、さすがヨウにシズカちゃん、オレの価値がわかってらっしゃる! それに引きかえこの冷血女は……」
「何よ、冷血女って! 私だって資料には感謝してるわよ!」
「まあまあ、チアキもこれを見て」
戦いが始まる前に、ヨウが無理やり気味にチアキに資料を手渡す。
資料には、出場者の所属する委員会や部活動、そこでの役職、さらには前期試験での総合成績が記されている。それだけではなく、特に得意な科目もいくつか載っており、ご丁寧にも実行委員会メンバーによる寸評まで掲載されていた。
しばらく資料を読んでいたヨウたちであったが、やがてチアキが満足げに小さく笑った。
「ふふん、実行委員会もなかなかわかっているじゃない。『生徒会一年きっての頭脳派。総合力に優れ、チームの核として活躍が期待される』ですって」
「けっ、誰がチームの核だよ。核はどう考えたってヨウに決まってるじゃねーか」
「何ですってぇ!?」
「まあまあ、二人とも」
間に入ってなだめると、ヨウはノートのトーナメント表に目を移した。
「でも、だいたい流れが見えてきたね」
「そうね。おそらく二回戦ではアキヒコのチーム、そして決勝ではクジョウ組とカナメ組の勝者と当たるでしょうね」
チアキがうなずく。それから、一枚の資料を拾い上げた。
「特にカナメのところは要注意ね。完全に勝ちに来ているわ。学年二位、美化委員会次期委員長と目されているタイセイ・アライがチームリーダーのようね。学年五位のカナメ、同じく六位のテツオ・シラカワと、総合力では他を圧倒しているかもしれないわよ」
「そ、そんなに凄いの?」
「ひょっとしたら、クジョウ組が負けることもありうるかもしれないわ。少なくともカナメたちはそのつもりでしょうね」
それを聞いて、シズカがぶるっと小さく震える。どうやら今の話を聞いて、かなり委縮しているようだ。
「そ、そんな凄い人たちばかりだなんて、私、足引っ張らないようにがんばらないと……」
「大丈夫だよミナトさん、僕たちもがんばるから」
「と言うか、私たちだって優勝候補なのよ? 学年四位に八位、あなただって十七位でしょう? 総合力では引けを取らないわよ」
「そ、そうだよね」
二人の言葉に、シズカがほっとしたような表情を見せる。ヨウが笑みを向けると、シズカも照れたように微笑んだ。
「それに、今回の対抗戦、最後はミナトさんが決め手になると思うんだ。だから、がんばってあれを完成させようね」
「う、うん! 私、がんばるね!」
シズカがやや前のめり気味に、拳を強く握りしめてうなずく。その意気だよ、僕も手伝うから、とヨウが笑うと、シズカはありがとう、と頬を赤く染めた。
そんなシズカに、チアキが声をかけた。
「ところでミナトさん」
「は、はい、何?」
その問いかけに、シズカが慌ててそちらへと振り向く。
「あなた、フィルとは名前で呼び合う仲のようね」
「う、うん! 何となく、自然にだけど」
「そう」
少し慌て気味に答えるシズカに、その返答自体には興味なさそうにチアキがそっけなくうなずく。
それから、チアキはシズカのやや切れ長な目を見つめた。
「私たちもチームを組むわけだし、私もあなたをシズカ、と呼んでもいいかしら? もちろん私のことはチアキと呼んでくれて構わないわ」
一瞬きょとんとした顔を見せたシズカだったが、その言葉を飲みこむと両手を顔の横まで上げて、交差させるように左右に振った。
「も、もちろんだよ! それじゃ、私もシキシマさんのこと、チアキちゃん、って呼ばせてもらうね!」
「ええ、よろしくね、シズカ」
そう言って、チアキはシズカに微笑んだ。こういう柔らかな笑みはチアキには珍しいかもしれない。
その様子を見ていたフィルが、大声で叫んだ。
「よーし! じゃあみんな仲良くなったところで、敵の研究といこうか! ヨウ、初戦の相手はどうよ?」
「そうだね、B組はBチームも強敵だね。凄いなあB組、層が厚いよ」
「そうかそうか、それで?」
「ちょっとフィル、研究って、全部ヨウに任せきりじゃない」
「いいんだよ、オレが見てもわかんねえし、一番頭いいのはヨウなんだし、他はオマケみたいなもんだろ」
「何よ、私は必要ないってわけ?」
一触即発な二人に苦笑しながら、ヨウは資料に目を移した。
向かいの席に座るシズカが、何やら期待に満ちた瞳でこちらを見つめている。勉強を教えてあげていることもあり、ヨウの頭脳には絶対の信頼を置いているようだ。
「研究もそうだけど、私たちだってやることはいっぱいあるわよ。ヨウもシズカも精霊力をできるだけ底上げしたいし、私ももっと精霊術を使いこなさないと。地の精霊術って、相手の足を止めたり、他人に精霊力を譲渡したり、いろんな種類があるのよ」
チアキの言葉に、ヨウもそうだね、がんばろうね、とうなずく。
対抗戦まで、あと一週間。それまでに、どれだけの準備ができるのか。ノリコとの約束を果たすためにも、ヨウは自分にできる限りのことをしなければ、と気を引き締めた。




