16 チーム編成
朝のホームルーム。一年C組の対抗戦の人選は、意見が割れていた。
まずヒロキ・クジョウが、次いでチアキが手を挙げた。クラスメイトの中にも、これに異を唱えるものはいなかった。何せクラスでトップクラス、前回考査の総合一位と四位なのだ。加えて有力部活動の一年生部長と次期生徒会三役候補となれば、むしろわざわざ挙手などせずとも推薦されようというものであった。
その二人が、チームの編成を巡って対立していた。
発端は、クジョウが何気ない様子で発した一言だった。
「私とシキシマ君が組めば、優勝は間違いないだろうね」
それを聞いたチアキは、不思議そうな顔をした。
「あら、私あなたとは組まないわよ?」
「……それはどういう意味かね?」
チアキの言葉に、それまで静かだった教室がにわかにざわめき出す。眉をひそめたクジョウに、チアキは首をかしげながら答えた。
「意外ね、あなたもてっきり同じことを考えていると思っていたのだけれど。あなたのチームと私のチーム、それぞれのブロックで勝ち上がってクラスの完全勝利を目指すのよ」
チアキの大胆な発言に、教室のあちらこちらから感嘆の声が上がる。同時に、共倒れにならないか危惧する声も上がった。
「私としては、確実に勝てるチームを作る方が得策だと思うのだが」
「大丈夫よ。あなたが途中で負けることなんてないでしょう? 後は私たちががんばって勝ち上がれば、一位と二位を独占して総合優勝よ」
チアキのやや過激な意見に、生徒たちはどうやら真剣に悩み始めたようだった。これが他の者の発言であれば一笑に付されていたところであろうが、一年生きっての頭脳派で、しかも会計補を務めて損得勘定にもうるさそうなチアキの主張とあっては無視することなどできようはずがなかった。
だが、同じく一年生トップクラスの頭脳を誇り、総合成績ではトップを譲らないクジョウは最強のチーム作りを主張している。それは至極まっとうで誰もが納得しやすく、正統派の彼らしい意見であった。
「意外といけるんじゃないか、完全勝利?」
「いや、戦力を分散しちゃ駄目だろう。クジョウの案が戦術論的に正しい」
「そうだよね、優勝を逃したら元も子もないし」
「だけど、どの道クジョウがいればそのチームの優勝は確実なんじゃないか? だったらシキシマは別チームにして、そっちもきっちりポイントを稼いでもらうほうがいいんじゃ?」
「そうか、クジョウが優勝すればいいだけの話か」
「でも、優勝できるとは限らないよ? 現に、当のクジョウ君本人がああ言ってるんだし……」
どうやら皆の議論の焦点は、クジョウのチームがチアキなしでも優勝できるかどうかに集まっているようだった。もし勝てるなら二人を別チームにするべき、だがクジョウがチアキと組みたいと言っているということは、彼女抜きでの優勝は難しいと考えているのでは……。全体としては、若干クジョウの意見に傾きつつあるように思われた。
「ちょっと、いいかな」
その時、ヨウが静かに手を挙げた。クラスの皆の視線が、一斉に彼へと注がれる。会長補佐として、現在生徒会次期会長の座に最も近い位置にいる男。その彼の意見を無視することなど、クラスの誰にもできようはずがなかった。
皆の視線に若干緊張しながらも、ヨウはゆっくりと立ち上がった。
「僕は、チアキの意見に賛成だよ」
「……ほう」
クジョウの眉がぴくりと動く。
「理由を聞かせてもらえるか、マサムラ君」
「うん。理由は二つだよ。まず、チアキのチームは必ず決勝まで残る。残してみせるよ、僕も手伝うから」
その言葉に、周囲からどよめきが起こる。自分と組めば、チアキは決勝まで進めると言っているのだ。まだ幼さの残る顔と大胆な発言とのギャップに、級友たちは驚きを隠せずにいた。
そして、ヨウはクジョウの目を強く真っ直ぐに見つめた。
「もう一つ。クジョウ君は、チアキがいなくても必ず決勝まで残る。僕はそう信じてる」
そのまなざしを正面から受けとめると、やがてクジョウは薄く笑みを浮かべた。
「……なるほど。私ももっと自分に自信を持った方がいいのかもしれないな」
教室が大きくざわめいた。それがクジョウもチアキの案を受け入れたことを意味する発言だったからだ。生徒たちの意見も、チアキの案に大きく傾く。
進行役の生徒が声を上げた。
「それでは、決をとりたいと思います。まず、クジョウ君の案に賛成の人、拍手をお願いします」
ぱらぱらと拍手が起こる。
「では、シキシマさんの案に賛成の人、拍手を……」
言い終わる前に、クラスから大きな拍手が沸き起こった。言うまでもなく、チアキの案が受け入れられたということであった。
「それでは、クジョウ君とシキシマさんがそれぞれのチームを組む、ということに決まりました。続いて……」
進行役が他に立候補する者はいないか声をかける。その横では、生徒たちがあれこれと言い合っていた。
「マサムラって、結構デカいこと言うやつだったんだな。かわいい顔して」
「僕がいれば負けない、ってさ。凄い自信だな」
「さっきのマサムラ君、ちょっとカッコよかったかも」
「だよね、何だか男らしかった」
「クジョウ君とあんなに熱く見つめ合っちゃって、妄想が膨らむわ~」
席に座ったヨウが少し顔を赤くしている間に、クジョウの方のチームは他の二人も決まったようだった。二人ともクラスではクジョウやチアキに次ぐ成績の優等生だ。
あともう一人。だが、なかなか手が上がらない。
と、意を決したかのように、一人手を挙げる者がいた。
「あの、私も対抗戦に出たいです!」
目をつむりながら大声で立候補したのはシズカ・ミナトであった。顔を赤く染め、手は少し震えている。
「他には誰かいませんか? いないようならミナトさんに決めたいと思いますが、二人ともそれでいいですか?」
進行役の言葉に、ヨウは笑顔でうなずいた。
「もちろんです。ミナトさんは成績も優秀だし、きっと活躍してくれるはずです」
「私も異論はないわ。この雰囲気の中で自分から名乗り出るのだもの、それだけでも期待できるというものよ」
チアキも不敵な笑みを浮かべながらうなずく。
「それでは、シキシマさんのチームはこの三人に決定したいと思います。賛成の人は拍手をお願いします」
教室からは大きな拍手が起こる。異議を唱える者はいないようだ。
それにしても大きなことを言っちゃったな、とヨウは少しだけ後悔する。それでも、きっと大丈夫だろう。自分には、信頼できる仲間がいる。
だが、これでまた優勝するのが大変になったかもしれない。何せあのヒロキ・クジョウを倒さなければならないのだから。
弱音を吐いてないで、自分もがんばらなきゃ。じゃないと、またノリコに怒られちゃう。決意も新たに、ヨウは強く拳を握りしめた。




