15 優勝者トーナメント
放課後の生徒会室は、今日も慌ただしい。
部屋には各委員会・部活動の生徒がひっきりなしにやってきては、書類を手渡したり報告を行ったりしている。この時期は生徒会同様に組織の長が変わるところも多く、また、他校と交流試合を行う部活動も少なくないのだ。
「他校」とは帝都に五つ存在する帝国中等学校のことで、その五校で行われる競技会には、学院も特別に参加を許可されている。帝国全土の中等学校の代表が集まる全国大会への出場権こそないものの、全国大会の優勝校が帝都予選では学院に次ぐ準優勝校だったなどということも珍しくなく、そのような対外試合での活躍は学院の威光を増すのに大きく貢献していた。
「スゲえな、馬術部。大会二十三連覇だってよ。オレたちが生まれるずっと前から優勝し続けてるじゃん」
書類の山を持ってきたフィルが、その一番上に乗っていた報告書に目を通しながら言う。
「本当だね、このままずっと優勝し続けるのかな」
「ありうるよな。あの部、オーディションキツいことで有名だし。あ、今行くっす」
相槌を打ったフィルが、部屋の入り口の方で作業をしているアキホに呼ばれて駆けていく。
ヨウは会長席の左側に椅子を置いて作業をしていた。その向かい側にはタイキが座り、こちらも黙々と眼前の書類に目を通している。
ヨウの隣にいるはずの会長席の主の姿は、今はそこにはなかった。大事な用事があるということで、しばらく前に生徒会室を出ていったきり戻ってこない。
「戻ってこないですね、ノリコ」
「そうだね。そろそろ戻ってきそうなものだけど」
二人顔を見合わせていると、部屋の入り口が勢いよく開け放たれ、ノリコが中へと飛びこんできた。
「やったよ! みんな、ニュース、ニュース!」
ぴょんぴょん飛び跳ねると、会長席へとばたばた駆け寄ってくる。
「な、何があったんでしょう……?」
「さあ……だけど、何だか嫌な予感がするよ」
ヨウとタイキがささやき合っていると、ノリコが両手でばんと会長席を叩いて嬉しそうに叫んだ。
「やったよヨウちゃん、先輩! 対抗戦、各学年の優勝者トーナメントやることに決まったって!」
「い”っ!?」
ヨウとタイキが、何か途轍もない凶報を聞いたといった風にノリコの顔を見上げる。ノリコはと言えば、鼻高々な様子で自信たっぷりに胸をそらしている。
「あー、ずっと実行委員会に働きかけた甲斐があったなー! これで正々堂々とみんなの前で戦えるね、ヨウちゃん!」
「ほ、本当に決まったの……!?」
「そうだよ、実行委員会のみんなも、目玉になりそうなイベントだからぜひやってみたいって!」
「本当かなあ……」
訝しむヨウの目の前では、タイキが左手で胃のあたりを押さえていた。
「か、勘弁してくれ……。僕をそっと引退させてくれないか……」
「何を言っているんです! 実力主義の生徒会の方針を学院のみんなに浸透させるいい機会です! だって、一年生でもトーナメントを勝ち上がれば優勝できるんですから!」
うきうきと声を弾ませるノリコに、でも、とヨウが口を挟んだ。
「一年生が優勝することはないよ。準優勝も無理だろうなあ。だって、最初に二年生の優勝者、つまりノリコのところと当たるんだから」
「何言ってるの、ヨウちゃん!」
「ひっ!?」
ノリコのお叱りの声に、ヨウがびくりと身をすくませる。
「ヨウちゃんは本気のあたしに勝って、三年生もやっつけてみんなに強さをわからせてあげなきゃ! 次期会長のお披露目だよ!」
「そんな無茶苦茶な……」
というか、僕が一年の部で優勝するとは限らないんだけど、それどころか、対抗戦に出られるかどうかだってわからないんだけど。そんなセリフが口から出かかったが、うっかりそれをを口走ってはまた何を言われるかわからないので、慌ててごくんと飲みこむ。
ふと前を見れば、タイキが胃を押さえて机にうずくまっていた。
「優勝したら、またノリコと……。いっそ途中で負けようか……。いや、でも元会長が優勝を逃すなんてことは……」
「先輩も大変ですね……」
「ヨウ君こそ……」
お互い大変だ、と顔を見合わせていると、ノリコが意気揚々と会長席に座って書類を手にした。
「さすがヨウちゃん、今日もしっかり仕分けされてる! よーし、一気に片づけちゃおう!」
ぐいっと腕まくりすると、ノリコはヨウによってきれいに整理された書類の山と格闘し始めた。今日のノリコは上機嫌だなあ、とヨウもフィルが持ってきた書類をてきぱきと仕分けていった。
黙々と作業を進めていると、隣からノリコが話しかけてきた。
「ねえ、ヨウちゃんのクラスはどんな子が対抗戦に出るの?」
「そうだなあ、チアキやクジョウ君は多分出ると思うんだけど」
対抗戦の人選は今度のクラスルームで行うことになっているが、基本的には成績優秀者が候補になるだろう。クジョウ君でしょ、チアキでしょ、一応僕もいて……。クラスメイトの顔を成績順に思い浮かべていく。
そう言えば、ミナトさんも成績いいんだよね。戦闘センスもあるし。最近よく話すようになったクラスメイトの顔を思い浮かべていると、ノリコが手を止めて不思議そうにこちらを見つめていることに気づいた。
「どうしたの? 僕、何かついてる?」
「あ、ううん。ヨウちゃんが嬉しそうな顔してたから、つい」
「え? そうかな、何でだろ」
「あたしの気のせいかな? 気にしないでね」
小首をかしげると、ノリコが書類へと目を戻す。再び二人は手を動かしながら言葉を交わす。
「それじゃ、ヨウちゃんのクラスはその三人かあ」
「その三人でチームになるかはわからないけどね」
「クジョウ君って子もなかなか凄いんだね。さっき精霊術研究会の部長になったって報告が来てたよ」
「凄いよね、あの名門の部長に、それも一年生で就任するなんて」
「あーあ、生徒会もそうなればよかったのになー。ヨウちゃんが会長なら、とんでもない大ニュースになったのに~」
実に残念そうに言うと、ノリコは頭の後ろで手を組んでぐっと後ろにそり返った。そんな彼女にヨウはあいまいな愛想笑いを返す。
「でもヨウちゃん、対抗戦、きっと楽しいよ。カナメ君やアキヒコ君も出るだろうし」
「そうだね、それは確かに楽しみだよ。二人とも強いんだろうなあ」
「絶対楽しいよ! ね、イヨちゃんもそう思うでしょ?」
右隣に座るイヨに声をかけると、新副会長は軽く苦笑した。
「私はノリコちゃんと反対側のブロックになることを祈っているけどね」
「えー!? そんなこと言わないで、一緒に戦おうよ~」
「勝ち抜けばどの道嫌でも当たるわよ。でも、初戦で当たるのだけは勘弁してほしいわね」
「う~」
横目でイヨを睨むと、気を取り直したように声を上げる。
「とにかくヨウちゃん! 一年の部ではちゃんと優勝してね? これは会長命令だから!」
「そんなこと言われても……」
抗弁しようとして、ヨウはすぐに諦めた。ノリコの目が、ヒーローを前にした子供のようにきらきらと輝いている。この目の時は、何を言っても取り合ってはもらえない。
とほほ、とため息をつきながら、まずは対抗戦のメンバーに選ばれるようがんばらなきゃとヨウは思うのだった。
おかげさまで投稿回数が100回に到達しました。連載開始からも一年が過ぎました。皆さん、ご愛読ありがとうございます。
これからも本作をよろしくお願いします。