表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ凛として生きる  作者: 茅橋
2章
9/9

8話 頼れるお姉さん





 後ろ向きな気持ちと嫌な予感、かすかの希望を胸に5つ目になる段ボール箱を開ける。入っているものを一枚ずつ、広げては畳み広げては畳み。

 そうして最後の一枚を畳み終えて僕はうなだれた。

「着ていく服がない……」



 新しい学校での新学期に向けて、着ていく服がないことは前々からわかっていたことで。当然だけどその対策はされていた。少し恥ずかしかったけど、どうせいつかわかるのだからと親戚に事情を説明し、女物でサイズが近いものがあれば送ってもらうよう頼んだのだ。

 あまりに女の子らしいものや、スカートなんかは避けてもらうようにとも伝えていた。だから僕の感覚が少しわがままなのかもしれない。けれど、それでも、いかにも女の子らしくてかわいいデコレーションたちが僕を苦しめていた。

 襟や胸にあるレース・ビーズ・ラインストーンの装飾、シャツ裾のギャザーやフリルなんかは序の口で。いいなと思ったパーカの背中にはハート、かっこいいと思ったカーゴパンツもポケットにハート、プリントされた文字に『 i 』や『!』なんかがあれば容赦なく『・』を♡にされてしまう。一見普通のジーンズやデニムシャツも、裾や袖をめくれば花柄・レース・ハートと星。

 もちろん中には着ようと思う服だっていくつかあったのだけど、自信を持って学校に行けるかと言われればわかならい。

 そう思ってから、それは自分で選んで買った服でもそうなのだと気づいた。








 天王寺駅の改札を抜けて、ロングスカートにノースリーブの組み合わせを探す。

 あ、いた。軽く手を挙げれば向こうも気づいたみたいで大きく手を振り返された。

「久しぶり、ハル君。しばらく見ないうちに大きくなったね。」

「沙織さんも、服を聞いてなかったらわからなかったも。」

「そうかな? まあ最後にあったのは私が高校生のときだもんね。」

 浅香あさか沙織さおりさん。父さんの姉さんの娘、僕の従姉だ。三年ぶりくらいになるだろうか。沙織さんが大学生に入ってからは会わなくなったけど、それまでは正月と盆にいつも相手をしてもらっていたように思う。

「けど『沙織さん』なんてちょっとむずかゆいな。昔みたいに『お姉ちゃん』でいいのに。」

 そんなことを言われて言葉に詰まる僕を見て沙織さんが笑う。

「ふふ、意地悪を言ったかな? もう高学年だもんね。」

 そういって沙織さんが頭をくしゃっとひとなでする。

「じゃあ、行こうか。頼れるお姉さんとして面目躍如できるように私も頑張るよ。」

「はい、よろしくお願いします。」


 着る服をアドバイスしてくれる人が欲しいという話は少し前から課題に上がっていたことで、それが今回親戚からの服という当てが外れて一気に表面化した。それで今ここからわりと近い所で大学生をしている沙織さんに白羽の矢が立ったのだ。

「私自身は商学部なんだけど、最近できた友達とかやってることの影響で大分アパレルにも詳しくなったんだよね。」

 と沙織さんは言った。

「まずは最初に小学校高学年から中学生向けのブランドを見て回ろうか。今から行くところの一角にそういうショップが集まってるみたいだから。」

「……ブランドですか? えっと、高かったりしません?」

 ブランドという言葉はよくわからないけど、ただ高いというイメージだけが大きい。

「んっ? ああ、そっか。えーっと、実はユニクロだってブランドなんだよ。売る傾向の違いを名前って形で固めたのがブランドって呼ばれるものなんだ。」

 ユニクロで大体どんなものが買えるかって割とパッて想像がつくでしょ? と言われて少し理解した気分になる。

「でも『ブランド物』って熟語だと高級ブランドしか指さなかったり、割とややこしい言葉だよね。」

 駅を出て歩道橋を渡りながら授業は続く。

「で、行くブランドはローティーンやプレティーン向けだからね。スーパーの衣料費売り場に比べれば高いけど、服装でいい格好をしようと思う一歩目としては不思議のない値段では、まああるかな。」

 もうちょっと安くできるって気はするけどね。とつぶやいて沙織さんは足を止めた。

「それにね。そういうことを知っておいたら、きっとこれからの役に立つと思うの。……今の小学生の雰囲気は私の頃とずいぶん違うと思うからら、そう多くの助言はしてあげられないけれど。」

 僕をまっすぐ見つめる沙織さんに、僕はずいぶんいい先生に当たったらしいと知った。

「だから一緒に勉強していこうか。私もプレティーンの流行とか少し予習してきたからね。」

 そう言って差し出された手に、引かれるようにドアをくぐった。






 ——疲れた。

 こんなにしんどいとは思ってなかった。いや、今日が夏休みなこととか、流行はやりの服を見に行くことを思えばそこがエネルギッシュな女子であふれているのは予想できたのかもしれないけど。

「ふふ、お疲れだね。」

 顔を上げれば沙織さんがお盆を持っていて。お盆の上には鉢が二つ。

「もしかして……ゎ、たしの分もとってきてくれたんですか?」

「うん、だって呼び出しのアラームなってるのに気づいてないみたいだったし。これは重傷かなーと。」

「……面目ないです。」

「いやー、まあ仕方ないよ。女の子の中でもああいう雰囲気は苦手って子は多いし。」

 私もどっちかっていうとそうだったしねと言いながら沙織さんが向かいに座る。

「さて、まずは午後に向けて食べましょうか。ほんとはフードコートでじゃなくて美味しいお好み焼きの店とかに連れてってあげたいんだけど、それはまた今度余裕がある日にね。」

 はい。と苦笑いを返してうどんを前に手を合わせた。


「じゃあ、午前中の振り返りからいこうか。」

 食べ終わって沙織さんがそう切り出した。どうだったと聞かれて、少し考える。

「なんというか置いてある服というより、お客さんとか店員さんとか、お店全体のの雰囲気がちょっと苦手かもって。」

「まあそうだよね。まあクラスの女子の全員が行くかって言えば違うし、あれに馴染もうとか無理に考えることはないよ。」

 ただ、女の子ってのが少しわかったでしょ。と言われてうなずく。逆にわからないことも増えたけど。どうしてあんなにはしゃげるのかとか。

 そう言うと沙織さんは、それは毎日の楽しみ方の違いとしか言えないかなと笑った。

「けど、電話で言ってた通りやっぱり少し難しいね。」

 たぶん今日は一日目一杯使うことになるからと言われていた。

「ハートやピンク、リボンやビーズにラインストーンはダメで、レースやギャザーも基本ダメ。星や花柄は程度によるけれどダメなことが多い。でも男物は着たくないんだよね。」

「……すいません。でもまだ髪も短いくって。」

 性別のことがわかってから髪は切ってないけれど、それでもまだ少し前髪がうっとうしくなった程度。下手な格好をするとすぐ男子にしか見えなくなる。

「ううん、それで大丈夫。むしろこだわりを持つことは大事で、逆に持ってないことは恥ずかしいことだもの。それに、この年頃の服に『女の子らしい』装飾が多いのは、体格とかの違いがまだ少ない分、そうしないと女の子らしさが出ないっていうのも大きいからね。」

 つまり大人の女性ならどんな服を着ても女性っぽさが自然出るので、大人の方がシンプルな服装になる。ということらしい。だからそういう過剰な女の子らしさを『違う』と思う感覚はある意味正しいのだと沙織さんは続けた。


「でもだからこそ、どういう雰囲気でまとめるかってのが難しいんだよね。あっそうだ、私が送ってみた服はどうだった? 昨日の午前中に届いたと思うんだけど。」

「あ、はいっ、届きました。確かにああいう感じならありかもしれないとは思ったんですけど、ちょっと大きくて。」

「うーん、そっか。やっぱり大人物の服はちょっと合わないんだね。」

 僕の今の身長は148.6cm。手術前に測ったから間違いない。クラスの中でも大きい方で。そのくらいの身長ならもしかしてと、相談してすぐに沙織さんがちょっと変わった大人物の服を送ってくれたのだ。

「そう大きくないブランドでは2サイズくらいしか作ってないことがほとんどなんだ。それに子供と大人じゃ、同じ身長でも肩幅・胸・腰が違ってね。特にエスニック系は肩口も広くてゆったりしたシルエットってのが多いから。」

 送られてきた服は、肩から落ちるほどではないけど少し大きかったり、胸元が開き過ぎる印象があったり、どうしてもそんな感じだった。


「見つかるんでしょうか?」

 女の子的な装飾を取り払いつつ、男の子っぽくはない。そんな都合のいい服が。今の僕のようにスヌーピーのようなキャラものなら割とそれに近いけど、でも毎日そうという訳にも行かない。

「まあ、たぶん大丈夫だよ。メインディッシュはちゃんと午後にとってあるから。」

 そういって沙織さんは笑った。

「それよりも……」

 と言って沙織さんが顔を近づけてきて、僕もそれに習う。

「今って下着なに履いてる?」

 耳元で言われた言葉に、フードコートの喧噪が遠ざかっていく錯覚を覚えた。

「えっと、午前中はなかったけど、午後からはパンツの試着もするかもしれないなと思って。でも、もし今男物だったらやめておいた方が良いのかな? とかね。」

「…………はい、それは僕も思って。だから、その……」

 ——ボクサーショーツをはいてます。

 聞こえる声量で言えた自信はなかったけど、反応を見る限り一応聞こえたみたいだった。

「なるほど、確かにそれが良いね。」

「……はい、母さんがそれなら履きやすいだろうって。でも探してもらってもあんまり無くって、結局ネットで探して買いました。」

「大変だったでしょ。下着のプリントは服よりもかわいかったりするから。」

 そう言われて苦笑いする。本当にそう。ジュニアショーツのボクサータイプは母数がそもそも少なくって、ずいぶんいろんなページを探した。最初はあったいけない物を見てる気分もいつか気怠さに変わるくらいに。


「じゃあお姉さんの心配も一つ無くなったし、午後の部はりきって行きますか。」

 はいっと応えて立ち上がる。沙織さんによると午後からはこのショッピングモールから離れて難波の方にも行くらしい。

「下着の話の続きじゃないけど、なにかこう女の子の事で相談事があったら言ってね。」

 と歩きながら言われた。

「きっとお母さんには聞きにくい事とかもあるだろうし。」

 そう、まさにそう。いやうちの母さんの場合は聞きにくいというより、帰ってくる答えが信用できないのだけど。

 だからそうやって水を向けられてしまえば、僕の口からは聞きたかった事がどんどん出てきて。女子の間でどんな事を話してるのかとか、どんな遊びをしてるのかとか、体育の前の着替えとか、トイレの事とか、服屋から服屋の間はずっとそんな話をした。

 特に学校でどういう風に振る舞ったらいいかみたいな相談ができたのは凄く大きくて、それが無ければ僕の学校生活はずいぶん違ったのだと思う。











 長かったので分割してます。午後からの後編も早く書き上げたい。


 説明回、になるのかな。

 芳春の好みや、体格によって着れる・着れない服があることを説明しつつ、芳春を夏休みの間に女子文化に少しは馴れさせる回。

 ある程度身長が伸びてかつ二次成長がまだという時期は、身長と骨格のアンバランスさで着る服も難しいとか。


 どこかでしなきゃならない下着の話も入れたり。なかなか書く事が多いです。難しい。

 あとは一章越しくらいで消化するかもしれないエスニック系への伏線もちらり。


 見て回った小学生高学年から中学生向けのブランドというのは『repipi armario』や『PINK-latte』でイメージをしています。

 対象年齢はあってるはず。



 今日の芳春くんの服装は病院帰りのアレだと思います。

 対して沙織さんは、


「ロングスカートにノースリーブの組み合わせ」

挿絵(By みてみん)


 という雰囲気かと。


 こういう写真が余計だという方はおっしゃってください。

 今のところ、写真を載っけたりは割と多くなる気がするので。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ