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ただ凛として生きる  作者: 茅橋
シロツメクサの花冠
5/9

4話 むかしとこれから





 夏休みが始まってからの千夏ちゃんとの関係は、学校の廊下で出会ってもお互いに無視していたなんて思えない感じで。ラジオ体操の時も暇さえあれば二人でずっと喋っていたし、その後も用事がなければ日が暮れる頃までいっしょに遊んだ。

 まるで昔に戻ったみたいで、千夏ちゃんも「孝治君がいた頃みたい。」と笑った。


 そう、僕らはもともと三人で幼なじみだった。同じ保育園で家も近かった僕らは、親に連れられて運動公園やプールとかに遊びにいったりもして、三人で過ごすのはいつも楽しかった。

 小学校に入ってからも続いていた関係だったけど、それは二年生の二学期で終わった。孝治が引っ越したのだ。

 それからしばらくして、僕らは遊ばなくなって、喋ることもだんだん減っていった。二人のお母さんと一緒に仲良く僕らを遊びに連れていってくれた母さんも、めっきりそういうことをしなくなった。


 どうしてだろうと思って父さんに聞いたことがある。母さんと千夏ちゃんのお母さんは仲が悪くなったのだろうか、と。

 父さんは「きっとバランスなんだ」と答えた。つまり、我の強い母さんと、方向性は違うけど同じく我の強い孝治君のお母さん、その間でやわらかに揺れる千夏ちゃんのお母さん。その三人だからちょうどいいバランスだったらしい。

 そしてたぶん、男の子が二人に女の子が一人っていうバランスも、大切だったのだ。……もし、僕の性別が最初っから女の子だったら、僕らの関係はどうなってたのかな。







 月が変わって8月1日。父さんと二人、7時に家を出て駅へ向かう。

 途中新幹線を乗り継いで2時間半。病院までの道のりは、在来線を使っても30分しか変わらなくって、手術のための説明や検査に来た時はそうしたのだけど。今回は疲れないようにって父さんが切符を買ってくれた。

 着替えの入ったキャリーバッグを転がして新幹線に乗るのと、いつもと違う感じがして。これから特別なことをするんだって気分がだんだん大きくなる。

 エスカレーターもある大きな吹き抜けの受付で手続きを済ませると、看護婦さんに病室へ案内されて入院。おどろいたことにそこは個室で、だって前小三の頃に入院した時は違ったから。

「高くないの?」

 と、入院費の心配をしたら。

「そもそも手術代が高い。」

 と笑われた。

 しばらく病室で話をしていると先生がやってきて、お互いに挨拶をした。もう何度か診察や手術の説明で会っている先生は原田先生といい、もうおじいさんに近い先生だったが、この手の手術では有名で信頼できると聞いていた。


「じゃあ前のとき言ったことの繰り返しになるけど、手術の内容と注意することを確認するよ。」

 個室ということもあって、先生はそのまま腰を下ろすと説明を始めた。

 先生が話す手術内容は、前に父さんと母さんと三人そろって来て、サインをした時の説明と同じもの。失敗のリスクなんかも説明されて、僕の感想を言うなら割と痛そう。実際、強めの麻酔を使うらしかった。

「さて、こわーい手術の話が終わった所で、君が今から気をつけなきゃならないことについてだ。」

 先生は僕の表情をよく見ている。

「まず、明日の手術に向けて今日の夕方6時以降の飲食は厳禁。絶対にしないこと。だから、そうだな。今日のお昼はおいしいものを食べてくるといい。」

 しばらくは病院食が続くだろうしねと先生は笑った。

「でも2時頃までには病院に戻ってきてゆっくりしていてほしい。あまり体力を使ってしまうとだめだから。あと、手術をして少なくとも四日はシャワーも浴びれないから、それも考えておいて。病院のシャワー室を使うことも今から言えばできるけど、少し行けばお風呂屋さんがあるよ。ただ、あまり長湯はしないように。」

 無理をするなと言いつついろいろ進めてくる先生がおかしかった。





 おいしい食べ物を食べようと父さんと二人で悩んだ末に、選んだのは結局焼き肉で。『おいしいもの=肉』という安易とも庶民的ともつかない自分たちの発想に二人して笑う。父さんと二人だけの外食はなかなか珍しい。だからお互い少しだけ言葉を選ぶのが丁寧になって、会話のテンポがゆっくりになる。

 父さんの仕事場はこの県にあって、それは知ってたんだけど、ここの駅からそう遠くないのだと聞いて少しおどろく。そんな風な話を聞ていると途端に、焼き肉屋さんの窓の外の景色が見知らぬ町からランクアップして感じるのが不思議だ。


 食事を食べた後はお風呂屋さんへ向かう。僕の中にはお風呂は夜に入るものってイメージがあって、だから真っ昼間っから入るお風呂は少し新鮮な感じがする。夜のお風呂よりさわやかって感じ。「こうして一緒のお風呂に入れるのもたぶん最後だね。」なんて軽口が口をつくのは、今の状況をきちんと受け止められている証拠と思っていいのだろうか。





 病室に戻ってからは、3時頃に一度看護婦さんが来て体温や血圧を測っていった以外は、何もすることがない暇な時間。でも今は暇にしてることが仕事なのだと思って、部屋着に着替えて本を広げる。

 病室に二人、父さんも本を読んでいて、ページをめくる音が響く。たまに顔を上げてどちらからともなく話す。父さんは母さんとは逆に仕事の話をあまりしたがらない。けれど本や映画についての知識が豊富で、つつけばつつく程いろんな話が聞ける。

 父さんは今日、母さんは明日、それから二人あわせて退院の日に、計二日づつ会社の休みを取ってくれていた。

 でも、こんなに暇になら会社に行った方がいいんじゃないか。と聞くと父さんは言った。

「だれか、頼ってもいいと思える人がただ側にいることが大切な時もある。……特にお前は私に似て、負けず嫌いで見栄っ張りでさかしいようだから。」

 そうなのかな? 父さんは見栄っ張りや負けず嫌いにはあまり見えないし、どちらかと言えば母さんの方がそれっぽいのに。

 そんな疑問を見透かしたように、私は見栄っ張りなんだよと父さんは笑う。

「人はね、恐怖や不安があってもそれを考えないことで、自らも忘れて外からもわからせない。そんな器用なことができてしまうんだ。」

 それは一概に悪いことでもないんだけどね。と、父さんは続けた。

「お前は、同じ日本という場所で今までと全く別の生き方をすること選んだ。それはある意味、全く別の場所・文化で暮らすよりも大変かもしれない。その戻れない一歩が不安でないはずはないんだ。」

 僕は今、不安を感じているのか、いないのか。

「例えばその一歩目から先を想像することができなければ、不安も感じないかもしれない。けれど、お前は違うだろう?」

 父さんの珍しい親バカ発言に、少し嬉しくなる。そうだよ、そう。父さん、僕は一応いろいろなことを考えたんだ。僕はこれから男子の集団にも女子の集団にも、そのどちらだって本当の意味で混ざることはできないんだろうな、ってことわかってる。けどね……

「でも、不安になっても仕方がないじゃん。」

 言ってから少し父さんの言いたいことに気づいた。

「ああ、そうだな。やっぱりお前はさかしいよ。」

 僕の中ではもうその選択はされてしまったことで。ならこの道を通るしかない。だから仕方ない。

「今はそれでいい。けれど、そうやって不安を忘れてしまったことは、忘れてはいけないよ。」

 まるで言葉遊びのような言葉。

「その不安は人と人を繋いでくれる大切なものだから。」

 父さんのこの言葉を僕が思い出すのは少し先の話。





 5時頃に少し早めの夕食があって、また暇な時間。けれど今度はふっと本にはまってしまって、気がつけば夜8時。面会時間終了時間だった。「ずいぶんはまっていたな。」と父さんに笑われる。曰く何度か声をかけたけど気づかなかったのだとか。本ははまり込んでしまうと出られないから怖い。

「それなら9時までには読み終われるかな。」

 僕の本の残りページを見て父さんは言う。

「そうだね。」

 続きが気になって寝られないなんてことにならなくてよかった。

「それじゃ私は帰るよ。あの人はどうせ疲れてやってくるだろうから、なにか作っといてあげたいしね。」

 仕事をやめる前にやっておきたいこと、やらなければならない事が多いのだと、最近母さんは頑張っている。それでも今日の夜は父さんの家で泊まり明日は朝から病院へ来ると言っていた。

「うん、それがいいよ。」

「アラームをかけて、少なくとも10時になったら読み終わってなくても寝るようにな。」

「大丈夫だよ。」

「そうか。……じゃあ、明日の朝な。」

「……あっ、エレベーターまで送るよ。トイレに行きたいし。」

 病室から見送るのがどうやっていいかわからなくて、ついそう言ってしまう。

 明日の朝、出勤する行く前に一度来てくれる予定なのに、なぜかすっごく大きな別れみたいでおかしい。

 閉まるエレベータに手を振る僕に、看護婦さんの目が温かい気がした。




 最後のページを読み終え、本をたたむと9時前だった。本の世界から戻ってくると、誰もいない病室がとても静かに感じる。アラームをかけようとタブレット端末を取り出すと、一つメールが入っていた。開くと心配してくれる内容が綴られている。

 実は千夏ちゃんにだけは入院の事を少しだけ告げていた。もちろん普通の病気ってことにしてあるけど。

 僕としては今日までにはお別れを済ませてるつもりだったんだけど、引っ越し先がまだ微妙に決まらなくって。僕の分の荷造りはもう夏用の服以外終わらせてあるのに、入院の後も今の家で少し暮らしそうだったから。

 だから僕も名残惜しくなって、つい「少し入院してくる。」なんて言ってしまったんだ。もちろん嘘をついてもよかったんだけど。……もしかしたら、誰か一人くらいには知っててもらいたかったのかも。

 心配してくれる事への感謝の後に、今日あった事を綴る。

 来るときには新幹線を使った事。病院は広くってちょっと迷いそうになる事。今日の6時以降は飲食厳禁で、水も飲んではダメと言われている事。しばらくは病院食だからと、お昼に父さんと駅前のデパートに入っている焼き肉屋さんでおいしい焼き肉を食べた事。その後は温泉にも行って、そこはいろんなお風呂が楽しめた事。壷の中に入るお湯が好きだったけど、あまり長くは楽しめなくて少し心残りな事。手術前だというのにベッドの上では案外暇な事。出てきた夕食は、お昼と比べるせいもあってとてもおいしくなかった事。父さんが微妙に母さんLaveな言葉を残してさっていった事。

 結び方がわからず、とりとめもなく書いていくうちに時間が10時に近づきつつあっておどろく。ちょうどいいやと『あっ、もうそろそろ寝なきゃ。それじゃあおやすみ。』と結んで送信。

 途端に病室がまた静かになる。


 そんな静かな病室に反して、心の中は落ち着かない。たぶんこれを「遠足前のちっさい子みたいな」って言うのだろう。今日のことを振り返って、実感がわいたのかな。

 でも、寝なきゃ。

 アラームをセットしようとして気づいた。僕が持ってるタブレットは携帯じゃない。つまりバイブレーション機能はついてなくって……

「個室だから少しくらい音出してもいいかな?」


 結局僕は目覚ましなしで寝て、看護師さんに優しく起こされるという恥ずかしい経験をしたのだった。















 二話において、一学年の子供の数についての描写を少し修正をしました。

「学年4クラス、130人くらい」→「学年3クラス、80人弱」


 いくつかの自治体の統計を見て、一般的な小学校に近づけたつもりです。

 ちなみに、平成25年度 東京都の一校あたりの平均児童数が、

  区部:414.0人

  市部:470.1人

 です。

 一学年69〜79人くらいですね。

 全国的にも田舎でなければ、だいたいは60〜80人に収まりそう。ベッドタウンなどで子供が集中している場所は80人を越えます。


 また、80人以下なのに3クラスなのは、一応ちょこっと近未来な設定なので、30人学級制が導入されてることにしたため。

 ……ほんというと、2クラスの学校を私がいまいち想像できないからです。





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