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第四章 供犠

グロテスクな描写とか多いと思う。

 デュラスは先代の君主の事を考えていた。

 何よりも重要なのは。国家の維持だ。

 たとえ、狂信的でさえあったとしても、国家というものは維持されなければならない。彼女はそう教えられている。

 侵略される事の悲惨さ。

 それを、何度も聞かされたし。ヴァーゲンの歴史の重みも、何度も教育された。

 病床に伏せっている、老人。

 彼はもうじき、死ぬ。その跡継ぎが必要だった。

 デュラスは国民の選挙によって、選ばれた。

 彼女が女という事もあって、それも波に乗ったのだろう。

 老人は、デュラスに語った。数十年前のヴァーゲンの悲惨さを。

 ヴァーゲンが他国家から、完全に領地を取り戻したのは十五年程前だ。

 それまでは、なかば植民地に近かった。それは、戦争に敗北したからだ。

 街中では、他国家の車が押しかけてくる。

 そして、好き放題に。国が弄ばれていく。

 戦争の悲惨さ。

 弱い女子供、老人が沢山、殺された。病人も障害者も。子供達まで、戦場に駆り出される。突撃兵だ。

 老人は、そう、デュラスに語った。

 戦争だけは、決して起こしてはならない。

 国家の維持を、強く託された。

 たとえ、多くの民が死ぬ事になろうとも希望はある。病気の蔓延、穀物の不作。天災。あらゆるものによって、民は死ぬ。

 階級が、何故、必要なのか。

 物質が有限だからだ。

 自然の前では、人間は余りにも無力だ。だから、奪う者と奪われる者を一定数、コントロールしなければならない。

 そうする事によって、この世界は機能せざるを得ないのだから。

 デュラスは上流階級の資本家達が嫌いだ。

 彼らもそれなりに苦労して生きているのだろう。企業を回す上で彼らは必要なのだ。

 けれども、贅沢を享受したいという意思が見え隠れしている。

 デュラスも同じなのだ。

 一度、権力というぬるま湯に浸かってしまえば。思考し続ける事を忘れる。

 デュラスの感性。それは、国王に為り切れない感性だ。

 どちらかというと、詩人のそれに近いものがある。それは、彼女の本質は、やはり女性であるかなのだろう。

 だから、先代は。女であるデュラスに任せたのかもしれない。

 だから、国民達はデュラスに希望を持って彼女に投票したのかもしれない。

 分からない。結局は。



「お前の名前は何だ?」

 看守と拷問吏をしている男。

 彼は、マスクを取った。

 陰鬱な双眸。白い髭。頬張った骨格。

「ルセン。……それが、俺の名だ」

 男は暗く、陰気な顔をしていた。まるで、この世界の不条理に全て絶望しているかのよう。

「娘は元気か?」

「ああ。俺に似ずに良かった。躾の行き届いた。良い子だ。俺の仕事は、宮殿の近衛兵であると言っている。デュラス様を守ると」

「そうか」

 デス・ウィングは、無感情で返す。

「私は。お前の苦悩と苦痛が聞きたい。どんな気分だった? どんな気分で、捕虜を拷問し、処刑した?」

 唇だけは歪んでいる。それはルセンには見えない。

「…………相手が。人間と思っていたら、やってられねえ。牛や豚、家畜と思うようにしている。俺達はマスクを被るだろう。あれは囚人側の恐怖を煽る為に被るもんなんじゃあない。俺達が、彼らの視線、表情から身を守る為に身に付けるものなんだ……。たまに、囚人の方にも、マスクを被せる。動物のマスクだったり。装飾も何も無い、拷問用のマスクだったり。それも、実用性の為じゃなくて。恐怖心を煽る為だとか、羞恥心を植え付ける為なんかじゃあない。……辛くなるんだ、人間だと思うと。やっていられない……」

「ほう。他には?」

「…………最初。最初は……楽しい。囃し立てる者もいた。自分に、こんな一面があったのか、と。歓喜が込み上げてくるんだ。相手に対しての。絶対的強者になった錯覚を覚える。……でも、途中から。辛くなる。信じてくれよ。処刑が終わった後、家族の手紙を読んだ時の乖離感が酷くて。俺がやった事って、何だったんだって。自分自身が恐ろしくなって。悪夢に魘されるんだ。夢では、縛られているのは俺で。看守の顔は見えなくて。……たまに、色々な人物の顔に変わる。俺が拷問した相手だったり、俺自身だったり。友人だったり。……俺は、俺は…………」

 彼は嗚咽を漏らし続ける。

 デス・ウィングは、彼の告白を真剣に聞き続ける。

 そして、何だか高揚しているかのようにも見えた。

「デュラス様は兵隊を募っている。親衛隊の兵団に加わって、俺は死にたい。国を守る為に必要な事なんだ。ヒースの奴らは、ヴァーゲンを占領したがっている。俺達は迫害されるだろうな」

 彼は頭を抱えていた。

「何故。戦争が起きるのか、俺には分からない。何故、苦しむ者がいるのか。人間が人間を傷付けなければならないって事」

「物質の不足からだろ? 生き方、思想。美学。どうしようもないな、物質の前ではどうにもならない」

 デス・ウィングは無感情に言う。

 彼女は知っている。この世界の理を。

 彼女が傍観者でいる事を望んだ理由。



 雪崩により。大量の人間が死んだ。この時期、起こる確率が高いのだ。

 雪の中に沈んでいった者達。冷たい牢獄だ。

 それを意図的に使って。ヒースは、デュラスの兵団達を。雪崩により大量に虐殺した。

ヒースの城砦に仕掛けられたものだ。

 ヒースの城は。冷たい雪原の山脈の頂にあると言われている。

 ヒースは、頻繁に。麓の先遣隊の停留所などに降りてきたりする。

 そして、他国の者達を悪戯に殺していく。

 彼女には、生命が全てゴミのように映っているのだろう。

 プルシュはヴァーゲンへと向かっていた。

 ヒースの世界にこれ以上いたくない、というのもある。

 ヴァーゲンには、反ヒース派が多くいると聞いている。

 君主であるデュラス自身も、そうらしい。

 何とか、変革を起こさなければならない。

 ヒースの作り出した世界を、ひっくり返さなければならない。



 青い悪魔が舞う。

 ナイフが回転していく。

 大量のナイフが、空中に浮き上がり。それが、大渦のように回っていた。

メイルシュトロームの渦のようだ。もはや、それは天からの災厄に模していた。

 肉が。骨が。臓物が。削がれ、削がれ、削がれていく。

 指が飛び。腕が切断され。足がもがれ。首が落ちる。胴体は細切れ。

 しゅんしゅん、しゅんしゅん、と。吹雪のように音が鳴る。あるいはそれは、笛の音のよう。

 彼を傷付けようとした兵士達。

 彼らの肉体が。細切れにされていく。

 白い雪原の上に。赤い花が舞っていく。

 それは、次第に白に染み渡って、不思議なオブジェへと変わっていく。

 青い悪魔は。死体達に目もくれない。

 只。彼の創り上げた現象。

 まるで、地面が抽象絵画のようになっていた。

 それは見事なまでに、芸術の様式を取っていた。

 殺すという事を徹底して、体現し、異界の美を創り上げていた。

 細切れにされた死体が散らばっていく。

 それは。灰色の地面に並んでいった。

 沈黙ばかりが漂っている。

 無情なる死の情景。

 それは、見るものは、どうしようもない程に、魅了されていくのだろう。たとえ、自分が次の瞬間に死ぬ事となってもなお、彼の芸術作品を見てみたいと願わざるを得なくなるのかもしれない。

 やがて、この肉塊は。虫達の餌へと変わっていくのだろう。

 蝿の群生が集まってきている。

 死体の匂いに彼らは、惹かれている。

 死は綺麗なのだろうか。青い悪魔は、よく分からない。

 あるいは、彼には何も分からなかった。自分がやっている事の何もかもが。

 戦場は総動員だ。

 女も子供も。兵士達の救援の為に頑張っていた。

 弱い彼らの命さえも、奪い取ってしまった。

 蒼い死でしかない自分。

 彼は思考を途中で止めている。もう、考えるという事が辛過ぎて、どうしようも無いからだ。

 死んだ者達に生きた証なんてあったのだろうか。

 過去、現在、未来。人々は個々の人生を持って、生きて死んだ。ブラッドの能力によって、殺されていった。

 ブラッドは、その事実を実感出来ない。感覚として、どうしても乖離していく。

 道端の花を踏み潰すように。

 その程度の存在価値しか与えられない命。

 どうしようもない、無情なる死。



 ザルファの姉は。

 彼を生きた人形にしたかった。外での恋愛で嫌な事がある度に、病弱な彼を責め立てる。

 ひょっとすると、姉よりも彼の美貌は秀でていた。肉付きも、骨格も。姉よりもずっと、ずっと美しい。華奢な肉体。

 姉の眼は、どんよりと曇っていた。

 ザルファの姉は、彼の服を脱がす。

 そして、彼が抵抗出来ないのを良い事に。彼を欲情の対象にした。

 彼の冷たい肌を、姉は存分に貪る。

 彼にとって、性とは。支配される側でしかなかった。

 食い潰されているような感覚。

 屈辱なんてものじゃなかった。全てが……闇の中へと閉ざされていくような感覚。

 愛するという事を。壊し尽くされたかのような。

 だからこそ、自分は歪んでいるのだろうか。ザルファの自分自身に対する嫌悪感は、とてつもなく強いものだ。

 女達から、姉の幻影を垣間見る。殺してやりたい。それはもう、どうしようもない衝動だ。

 近親相姦……。

 そういった単語を知った時。心が崩壊しそうになった。

 世界中でタブー視されている概念らしい。

 初めての相手は姉で。接吻も何もかも、奪われてしまった。

 一番、屈辱だったのは。ザルファ自身もまた……姉を求めていたという事。

 肉体と精神が分離していく。

 自分の思考、理性が破壊されていく。

 消えてしまえば、どれ程、楽なのだろう。それでも自分は消えてはくれない。

 後に残ったのは、女に対する呪詛ばかりだった。それだけを糧に彼は生きながらえている。

 ブラッド・フォースと交わした会話。

 姉の幻影について。

 ブラッドもきっと、幼い頃に。姉に精神的な虐待のようなものを受けて育ったのだろう。

 ザルファ程みたいな関係性ではなかったにしろ、苦しみの共通項は姉だ。



 テレサは異形を視る事が出来る。

 異形達はテレサに危害を加えない。彼女の命を奪わない。

 只、みんなとても恨めしそうだ。

 ……お前は、いつまで綺麗な顔でいるの?

 そんな囁き声が聞こえてくるよう。

 今回は。

 顔の潰れた人達が、沢山、並んでいた。

 とても高い場所から、飛び降りたのだろうか。

 顔から地面に落ちて、顔が無くなってしまった人達。

 テレサは、水月に言われた。

 ……お前の視ているものは。私にも、よく分からないし。私にも視えない。

 彼女自身の世界に対する不安が、実体化して現れているのだろうか。

 普段は、蓋をして見ないようにしているもの。

 ザルファに言われた言葉を思い出す。

 ……お前の顔を引っぺがしてやりたい。

 憎しみを込めた声音。

 重く、深く圧し掛かってくる。結局の処、テレサはこの世界を何も知らないのだから。



世界を覆っているのは。終わらない闇だ。

繰り返される権力争い。階級の螺旋。

結局、人間は幸福になれないのだ。どのような、階層にあっても。

資本家達は。下層階級に宛がう為の食事を、残飯にしている。

 その事実は、どうにもならない。救える筈の者も救えない。

 デュラスは。国家とは、何なのだろうかと考えている。

 階級は生まれる。資本主義国家にしろ、共産主義国家にしろ。それは同じ事なのだ。

 必ず。階級が生まれる。

 そして、自分はその頂点にいる。多少、コントロールする事も出来るのだ。

だが、傲慢さは捨てるべきだと思った。強欲さもだ。

デュラスは。着飾ったドレスに。羽飾りで覆われた王冠を身に付けて現れる。顔は、一流のメイク・アーティストによって化粧が施されている。

 彼女は言わば、この国の顔だ。外見に置いて、手を抜くわけにはいけない。

 だが、同時に。見てくれなど、如何に下らないかも知っている。

資本家達は、豚のようだ。

デュラスは社交界に行って、顔見せし。

各種の資本家、企業家達と歓談する。

彼女は、彼らを蔑んでいる。正直、反吐も出る。

 けれども、デュラスは下層の者達もまた、救わない。誰かが犠牲にならなければ、この世界が回っていかない事を知っているからだ。

 物質。それは無限ではない、有限なのだ。

 物質の問題はどうにもならない。それにまた、人間の欲も、だ。

 そして。一番の問題は。

 下層階級からも、搾取しなければならない理由。それは。

 戦争の為だった。

 隣国。特に、ヒース。

 ヴァーゲンは、いつ襲撃されてもおかしくない。

 多くの者達を救う為には、一部の者達を苦しませなくてはならない。そして、彼らには憐れみとして、同時に。希望も与えなければならない。

デス・ウィングとまた、話してみたい。

彼女は何処までも、この生の世界から自由そうだからだ。

 もしかしたら。もっと、多くの者を救えるかもしれない。

 きっと、その希望だけは決して忘れてはいけないのだ。



 死者を弔いたい。けれども、ソルティの能力は死人を冒涜するものでしかない。自分自身に与えられた力。何故、このような使い方しか出来ないのだろうか。分からない。

 自分はどうしようもない、邪悪な存在でしかないのかもしれない。

 死人に対する、冒涜。

 生きた証明を踏み躙る行為。

 彼らは、ソルティの前では。只のオブジェと化す。

 かつては、人間だったものだが。もう、只の物体でしかないのだと。それを幾ら、弄くり回そうと。どうでもいいのだと。

 だからこそ。邪悪さの塊のようなザルファに惹かれているのか。それとも。

 彼の別の可能性に触れているのだろうか。

 生きた証を与えてあげるという事、そういう祝福をどうか授ける事が出来ないのだろうか。

 今。何の為に背徳的な事に生きているのか分からない。けれども。

 きっと、それは正しい事なのだろう。自分自身の人生にとって。



 いつもの事だ。

 夜、眠れない。悪夢に襲われる。身体中が倦怠を帯びる。まるで、肉体が休まらない。他の者から見て、どうなのだろうか。魘されて見えるのだろうか。それとも、静かに死体のように横たわっているのだろうか。

 悪夢の内容は様々だ。

 自分自身の身体が、沢山の得体の知れない虫達によって食われていくような内容だとか。

 沢山の視線に晒されながら、此方の身体が腐っていくような内容だとか。

 少しずつ。悪夢が現実を浸食していくんじゃないか、と。

 未来への不安。死ぬ事への不安からなのだろうか。

 自分が死んだ先は分からない。意識や精神の消失。

 しかし、それが一体、何なのだろうか。自分は生まれてきたのが間違いだったような気さえしている。

 どうしようもない。肉体の弱さ。

 一度、疎外されていくと。沢山の人間と分かり合えなくなる、見える世界がズレ。思考が渦を巻き続ける。ザルファの肉体の弱さ。見える世界のズレ。

 覆った世界が見える。

ザルファにとって。

同性である男の感覚が異常なまでに理解不可能なものだった。

女に対する認識の在り方だとか。

彼にとって女というものは、つねに自分に暴行を加える存在のように思えて仕方が無かった。

姉の幻影が今も離れない。

何度も姉の幻影を刺し殺している。

夜中にやってくるのだから。

握り締めた姉の頭蓋骨。

叩き割って、壊す事も出来るのだが。離せない。

何故だか。全てが醜くて。

この身体は、醜過ぎる。腐っていきそうな、肉体。今にも、溶解しそうな狂気へと蝕まれていく。

この身体は枷だ。

自分の全てが嘘みたい。

星空を見上げる。

全部、黒い深淵だったらいいのにと。

闇の底の底に、自分はいるのではないのかと。

憎むしかないのだろう。世界の全てを。

この肌は汚されていく。

この顔が何なのかすらも分からない。

崩壊しそうな自分自身の存在の意味。

あるいは、最初から何も無かったのかもしれない。

ソルティと一緒に食べるお菓子。

パンケーキにカステラ。クッキーにドーナッツ。

少しだけ、自分がまだ存在している事を確認出来る。



 ザルファとジルズはデュラスの宮殿へと突入する事にした。

 下調べはある程度、済んでいる。地図もこしらえてある。問題は、兵隊達を殺害するだけの力と覚悟だった。

 ザルファは余りにも、頼りになった。

 彼と一緒にいるだけで、全てに勝利出来るのだろうと。妙な確信があった。

 そこは官僚達の住まう場所だ。

 ジルズは簡単に作った爆弾と、自身の力のみを信じている。

 チャイルド・プレイ、与えられた力。

 あの宮殿には、どんな能力者達がいるのか分からない。

 そうでなくても、兵隊全てを全滅させるには心許ない力だ。それは経験上知っている。

 ジルズは何本もの鋏を手にしていた。

 これは天から与えられた力だ。この力がある事によって、彼は自分は革命を起こす為に生まれてきたのだと確信する事となった。

 ザルファは『ダーク・クルセイダー』によって何もかも壊してやると言った。

 情念そのもののような存在感を放っている。

 彼の憎しみの深さをジルズは知らない。

 ただ、吐き出してしまいたい何かに押し潰されそうなのかもしれない。

 自分達は、憎悪と共に生きるのだ。そればかりが目的を達するための手段なのだ。

 ただ、とにかく。今、やるべき事は一つだ。

 チャイルド・プレイでデュラスを暗殺する、それだけだ。

 一つの目的の為に、自分自身を一つの凶器に変えなければならない。

 何度も何度も、頭の中でシュミレートしたデュラスの暗殺。

 宮殿の地図は手に入っている。デュラスは大体、決まって書斎の中にいる筈だ。それは仲間から得た情報だ。

 何も問題は無い。このまま行くと、一時間以内に勝利は収められる。それは確実の事だろう。

 彼は建物に触れていく。

 すると、見る見るうちに老朽化が始まっていく。

 やがて、建物は崩れていくだろう。これを繰り返していけば、宮殿そのものを崩落させる事が出来る。一種の爆弾のようなものだ。

「こんなもんだ? 凄いだろ?」

 ザルファはにたにたと笑っていた。



 宮殿の女達が見る見るうちに老化していく。

 ザルファは今にも高らかな笑いを浮かべそうだった。

 何もかもが楽しくて、それから壊したくて仕方が無いといった様子だ。

 泣き叫び声と対比して、ザルファの哄笑は続いていく。

 女達はやがて、よぼよぼの老婆へと変わっていった。腰が曲がり、まともに立っていられないみたいだった。

 ザルファは骸骨を手にしていた。

 そこに何か黒い靄のようなものが吸い込まれていく。

 生命エネルギーを吸っているのだろう、とジルズは思った。

 兵隊が現われる。

 目にも止まらない速さで、ザルファは持っていた短剣を、兵隊の喉下に突き刺した。呻き声一つ上げずに、その兵隊は死んだ。

 そして、彼はじいっと、兵隊の死体を眺めていた。何かとても楽しそうだ。

 十数秒後、彼は何度も何度も、兵隊の喉に刃物を突き立てていく。やがて、その兵隊の首は切断されていく。

 ジルズは息を呑む。彼の狂気に魅入られていく。

 ザルファは頼もしかった。

 あっという間に、宮殿を制圧していく。

 たった二人で、革命に勝利出来るのではないかと。

 どうしようもなく、胸が高揚していく。



 簡単に、何もかもが突き崩されてしまうという事実。

 羽冠を被った女だった。

 何処かで見た事があるなあ、と。何処だったか。

 両目は強い意志を称えている、気丈な振る舞いをしていた。

 あまり見た事が無いような印象の女だ。

 此方を見下しているのか、あるいは哀れんでいるのか。

 何処か慈愛さえも持ち合わせているかのようだ。

 その女は微笑むでもなく、嘲るでもなく。

 ただただ、大きな何かの位置から見下ろしているような。

 二人は足が竦んでいた。

 動こうにも、動けなくなる。

 現実感が酷く無い。

 理解するのに、十数秒くらいは掛かってしまった。

 そう、今、目の前にいるのは、此処、ヴァーゲンの天頂にいる君主だ。

 その存在感を目の前にして、かなりの強大さをジルズは感じ取っていた。

 遠目から見ていたものとは違う。その女はあまりにも、恐ろしく、神々しささえ感じ取ってしまう。

 デュラスは冷たい眼差しを二人に浮かべていた。

 決して、その信念は揺らぐ事など無く。

 この大地そのものを崇敬しているかのような。そんな真っ直ぐで愚直な程の瞳。

 一体、何が彼女を支えているのだろうか。

 ザルファやジルズのような屈折している人間には分からない存在。

 女は衣を翻した。

「私は自分の力の名前を『エアデ・ウント・ゲルト』と呼んでいる。地と金という意味だ。お前達の名前なんて知らない。お前達が何者かも。しかし、私が使う力はこの国を守護するためのものだ。お前達が思っている以上に、この国は今、悲惨な状態だ。お前達はきっと苦痛と苦悩の中にいるのだろうが。それでも国家には犠牲が必要だ、それは代償でしかない。いいか? 幸福と不幸は平等じゃないの。幸福があって、不幸がある、それはもうどうしようも無い事、私は多くの者達に幸福を与えて。不幸な者達は最大限に抑えなくてはならない、分かるか?」

 その言葉には、何の迷いが無かった。

 彼女は自信の言葉を信じている。疑うという事を知らない。

 そうやって、彼女は人生を生きてきたのだろう。

「お前達は生まれた瞬間から犠牲。私の力は運命や幸運、幸福の天秤をコントロールする事が出来る。何をやっていると思うかしら?」

 ザルファは嘲る。全てが馬鹿馬鹿しいといった感じだ。

 デュラスはただ冷たく微笑する。

 それはまるで、何処か慈愛さえも含まれていた。

 このような存在感を放っている者を、二人は見た事が無い。

 ザルファは戸惑い、ジルズは折れそうになる。

「敗北者、絶望する者を作り出さなければならない。それが私の能力。神に背く行為ね。聖書においては人は平等。どの宗教も大概、平等だと伝えている。来世だとか天の国だとか、そんなものを持ち出してね。でも、私はそれらから背いている。私は神のように、世界に訪れる災厄をコントロールする事が出来る。私は守護しなければならない、この国を。愛国心が強いから、民を、この国の文化を深く愛しているのだから」

 彼女は何を言っているのだろうか。

 理解がまるで、追い付かない。

 それは、まるであっという間の出来事だった。

 老朽化していく天井が崩れていく。

 ジルズはチャイルド・プレイを使っていた。

「何が行われたのか私には分からない、ただきっと私は死なないのだと思う。此処で貴方達には殺されない。私は領地を守り、民を守らなければならない。私を殺すのは楽な解決なのだろう? しかし、私が死ぬ事によって更に多くの者達の犠牲が強いられる。お前達ごときがこの国家を守護するための礎とはなれないだろう? 私は基盤だ。私は支柱なんだ。それが分からない奴にこの国を憂う資格など無いと思うわね?」

 その女は羽飾りに触れる。

 そして、凛然とした佇まいで二人を見据えていた。

「処で幸福な時間というものは過ぎ去ってしまった時に、あの瞬間の素晴らしさを理解する事が出来るの。私は学問を学び、地位を獲得するまでの間がとても幸福だった。少女時代は勉学付けだったけれども、それでもあの時期が何よりも素晴らしい。何だか感傷的なのよね。少しだけ、社交界に生きる麗人達が羨ましいと思うわ」

 彼女は意味ありげな事を言う。何を言っているのか分からない。

 ジルズはチャイルド・プレイの鋏を飛ばす。

 鋏はくるくると回転していって、デュラスの首を落とそうとする。

 しかし、何かがおかしい、何がおかしいのか分からない程に。

 鋏は、デュラスの下まで近付いていく。

 だが。

 天井に掛けられている石像がデュラスの前に落ちてきて、ジルズの鋏を防ぐ。

 ジルズは気付く。

 ザルファはぽかんとしていた。

 大理石の一部が、ザルファの背中に落ちていた。

 彼は倒れている。そして、気を失っている。

 ジルズは茫然自失としていた。一体、何が起こってしまったというのだろうか。

 直感的なものが働く、思わずジルズはポケットの中にあったそれを投げ捨てる。間に合わない。

 持っていた爆弾が、爆裂する。

 ジルズは咄嗟に、自分の身を庇う。

 だが、少々、遅かった。

 全身が焼け爛れていくかのようだった。肉体が動かない。

 衝撃で、骨の何本かは折れている。

 確かに分かった事は、自分は敗北してしまったのだという事だ。



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