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第三章 儀式

作品全体を通して、エログロとかだと思います。


 ヒース。彼の国を占領しようとしている女。

 彼の民族を。決して、ヒースは良いものと思っていないのだろう。

 プルシュの住んでいる国家は、ヒースの軍隊によって領土の半分以上が侵略されていた。もはや、この国家が彼女の奴隷と化していくのは間違い無いだろう。

 何故ならば、ヒースの国家の調和を乱す存在だからだ。

 プルシュは、彼女を始末する事にした。

 ヒースは、つねに大量の親衛隊によって囲まれている。

 彼は、大きな剣を手にしていた。古き騎士のような剣だ。

 これで、暗い絶望を断ち切らなければならない。

 月の無い日だ。

 凱旋車に乗るヒース。夜半だ。

 河の畔に差し掛かった場所にて。

 彼は復讐という概念そのものと一体化したいと思っている。

 プルシュは自身の能力『オルビダード』を発動させた。

 足元の鉄のブーツが浮く。そしてそのまま。

 ヒースの元へと跳躍する。

 凱旋車は炎上していく。



 二人は湖畔の辺りに立っていた。

 辺りは、森が生い茂っている。

 ヒースはマントを脱ぎ捨てる。

 その姿は、まるで冒涜的で悪魔的なものだった。

「あれ。お前は何?」

 彼女は余裕の表情を浮かべていた。

 彼女は一見、只の童女に見える。しかし、実年齢は分からない。

「ボクに何の用かなあ? これから、会議があるんだけどなあ?」

 プルシュは剣を構えていた。鉄鋼に包まれた左腕も突き出す。

 蒸気が剣から噴出されていく。

 ヒース。

 胸元と下半身の恥部を。甲殻類のような鎧だけで覆っている。

 露になった肉体。およそ、防御というものをまるで考えていない。

 豊満な肉体だ。引き締まった腰に、膨らんだ胸。丸まった腰。成熟した肉体とは、ちぐはぐな、童女のような顔立ち。美少女と言えるだろう。

 彼女の髪の毛は、桃色と水色が混ざり合っている。シャギーに切られた肩までの髪。

「お前を殺す」

 プルシュは静かに告げた。

 自身の呼吸器、循環器が揺れ動いている。肉体が膨張していきそうだ。

 自分自身の力が可動しているという証拠。

 戦いは既に開始していた。

 刹那の刻限によって、勝敗は決められる。だから、強い集中力がいる。

 自分自身を一つの破壊そのものへと変貌させていくようなイメージが必要だ。

 プルシュは距離を詰める。

 そして、ヒースの背中へと切り掛かる。ヒースは。

 左手を掲げた。すると。

 彼女の掌にぷつり、ぷつり、と孔が開き。砲身が現れる。

 咄嗟に、金髪の男はそれを避けていた。

 バルカン砲の攻撃が、プルシュがいた場所へと撃ち込まれる。

「お前の名は?」

 無邪気な笑顔を浮かべた、童女は問う。

「プルシュ」

「能力の名は?」

「『オルビダード』だ。背徳者ヒース。お前の首を落とす者だ。お前に殺された者達の仇を討つ者だ」

「ふうん。きゃはは、僕の力は『テンパランス・リバース』。そう名付けている。国民に明かしてないよ? 覚えておいてね」

 ひひひひひっ、と怪奇な声で女は笑う。

 プルシュは再び、距離を詰めた。

 そして、今度は左腕の鉄鋼で彼女の顔に掴み掛かろうとする。

 ヒースの左目が一回転する。すると。

 小さな、マグナムの銃口へと変わる。プルシュは構わず、彼女の顔面へと拳を振るった。

 鉄鋼に幾つもの弾丸が撃ち込まれる。しかし、その後に。彼の拳は童女の顔面へと沈んでいく。

 ヒースは、数メートル程、吹っ飛ばされる。

 顔面がぐしゃぐしゃだ。しかし。

「きゃはは。ひひっ。こんなんじゃ、僕は殺せないなあ?」

 彼女は折れた歯を、口の中でくるくる、と転がしていた。がりぃがりぃ、がりぃがりぃ、と噛み砕いている。



 プルシュは逃走に移るしかなかった。

 彼女の親衛隊達がやってきた。時間が掛かり過ぎたのだ。

 今回は敵の戦力分析だ。彼の身元を明かしてはならない。

 それにしても、あの女。

 やはり、おぞましく恐ろしい。

 得体の知れない、怖さを持っている。

 まるで、彼は弄ばれているかのようだった。実際、そうなのだろう。

 彼女を殺す事が出来るのだろうか。分からない。



 プルシュは友人のゲシューダと一緒に共同墓地へと向かう。

 墓地の中には、プルシュの土地があった。彼が買い取った場所だ。

 地下塹壕のような場所。

 冷たい墓石を通り過ぎた場所だ。

 彼はポケットから、鍵を取り出す。

 洞窟のような場所に、木で作られた扉があった。扉に掛けられた錠前に、鍵を差し込む。

 地下へと降りる階段があった。

 まるで、怪物の口腔のような気配を漂わせている。

 プルシュの隣にいる友人。

 ゲシューダも、此処に入るのは初めてだ。

 彼は、陰気な老人だった。まだ、四十代ぐらいなのだが。どう見ても、六十に届くような容姿をしている。顔はやつれている。病気のせいもある。

 二人は階段の下まで、降りていく。階段は螺旋を描いていた。

 まるで、渦巻きのよう。少しだけ、眩暈がする。

 プルシュの精悍な顔が、ランプの明かりによって照らし出されている。

 しばらくして、やっと辿り着く。

 冷たい墳墓。

 此処には、大量の死体が並んでいた。

 みな。保存する為に、ミイラや剥製にしてある。

 全て、子供の死体だ。

 それぞれ、丁寧に。綺麗に薬品に漬けられて、可能な限り、生前の状態に近付けられている。

 彼らは街中などで。遺棄された子供達だ。

 プルシュは拾って、集めている。服飾品で飾り立てて。死化粧も施している。

 損壊の酷い死体も、丁寧に治していった。

 強い愛しさが、自分の中に溢れてくる。

 ピラミッドを作りたいと彼は言う。

 王族の墓のようなものを。絢爛豪華な装飾品で、子供達を飾り立てたいと。

 いつか、魂がまた甦り。彼らの生きた証が報われんが為に。

 彼らの死を無駄にしない為に。

 ゲシューダは上着を脱ぐ。最初、ひんやりとした冷気に包まれ、凍えるような静けさを伴っていたが。プルシュの顔を見ていると、熱気を帯びてきた。

 この初老の男の皮膚。ゲシューダの皮膚は、酷く爛れて、沢山の腫れ物が無数に浮かび上がっている。彼の女房は、彼の姿を見て。彼の下から逃げ出した。

 薬物の散布。此処は、ヒースの領地の中だ。兵器実験場。そこで使われた薬物が、生活水の中に流れ込んでいるのだ。確実に、沢山の者達が。皮膚病などによって、苦しめられている。



 兵器実験場。そこで、働く人々。

 彼らもまた、不安に襲われている。

 自らが徐々に、人では無くなっていくのではないのかと。そして、おそらくそれは、事実であるのだろうと。

 ヒースは。人間は自然と一体化するべきだと言っている。

 どういう事なのか。まるで、分からない。理解が出来ない。理解したいとも思わない。

 きっと、彼女は何かの信仰を持っているのだろう。人々はそのような解釈をしていた。

 少しずつ。少しずつ、肉体が汚染されていくのではないかと。

 そんな恐怖に蝕まれながらも。

 兵器工場で働く人々は、情報を遮断されている。

 情報統制によって、街はコントロールされているのだ。

 この前、会ってきた限り。力強い、笑顔を見せてくれた。

 プルシュの頭の中に、イメージが広がる。

 頭蓋を切り開かれて、大脳の中に電極を刺し込まれるイメージ。

 プルシュは、兵器工場の人間達に対して。そのようなイメージを持っている。彼らは洗脳されているのだ。見えない電極によって。そんな妄想を抱いてしまう。

 そして。

 がりがりっ、と。プルシュは、死んだ幼児の頭を切り開く。そして、腐った大脳を取り出していく。これから、綿を詰めるのだ。幼児の剥製。

 可愛いな、と彼は思った。

 この子もずっと、大切にしよう。



 気付いていた。この世界に神はいない。

 正しい価値は無い。

 死後の世界は無く。

 生きる規範なんて、何も無い。

 ただ、空ろに死へと向かっていくという事実。

 暗い夜空。何処にも届かない。只、独り。

 この世界は、絶望によって閉ざされているのだ。

 作り上げられた国家というものによって、支配されて、従属されていく。

 この地域では。

 沢山の、肉体が変形する者達が生まれていく。

 手足が二つに分かれるもの。指が二つに分かれるもの。頭が肥大化した幼児。

 全身に、無数の水脹れのようなものが生まれるもの。頭が二つに分かれて、生まれてくるもの。

 彼はそんなものを眼の辺りにして、胸が痛く、苦しんでいる。

 薬物の散布のせいなのか。しかし、兵器開発部門は安全だと宣伝する。

 明らかに、情報操作が行われている。体よく、国民を道具にしたいらしい。

 プルシュはこの国の女王である、ヒースを赦す事が出来ない。

 始末しなければならない。

 デュラスとは違い。ヒースの場合は、彼女が死ぬ事によって。間違いなく、人民達に安らぎが齎されるのだろう。

 デュラスは秩序を維持し。ヒースは人間を改造し続けている。プルシュは後者を望まない。人間の進化を望まない。たとえ、その進化にしても。余りにも、ヒースのそれは受け入れ難かった。

 適者生存と遺伝子の促進を繰り返し続けて、更なる栄光を模索している女。

 デュラスは調停を。

 ヒースは進化を望んでいる。

 少なくとも。プルシュの見解はそうだ。それが何処まで正しいのかは分からないが。

 何か、救いがあるのだろうか。

 ひょっとすると。デュラスの人民達に救いを求めるという手もいいかもしれない。

 デュラスの世界がどれ程、酷いものだとしても。プルシュにとっては、ヒース以上に冒涜的な奴なんていないのだから。

 腐っていく人々、未来の無い子供達。

 ヒースの国家、グローリィは。

 極めて皮肉的なものから、成り立っている。

 自然との調和。動物との調和。

 その行き着く先。

 創り出された、科学兵器。それさえも、自然の一部だと言い。科学と自然が融合している。

 一体、何の為に科学を発展させたいのだろうか。

 人間を超えようとしている意思の介在。全てはコントロール出来ないのに。

 それなのにも関わらず、ヒースはそれを推し進めようとしている。彼女は自身が力があるのだと信じて疑わないから。

 誰も何も救えないんじゃないだろうか。

 行き着く未来に絶望する。

 一体、どうすればいいのか分からない、苦悩の果てにも何も無いのではないのかと。

 生まれてくる、子供を祝福出来ない。

 何故、こんな世界に生み落ちたのか、憐れみばかりが募る。

 自分が、無償の子供好きだからだろう。だから、とても辛い。

 大きな墓を作りたい。

 これまで、生まれてきた、報われなかった子供達と。

 これから生まれてくるであろう、報われない子供達の為に。

 彼らを殺す者を、プルシュは殺さなければならない。

 善とか悪とか関係が無い。

 苦しむ子供達の為に、戦いたい。そればかりを願っている。

 心は、いつも傷付いている。

 生まれてくる子供とは、きっと希望の象徴なのだろう。未来の象徴。

 それを信じられない。

 この世界を、何とかしなければならない。



 ヒースが生きているという事実によって。苦しむ者達がいる。

 差別された民族の者。

 今日も。工場の中で、爆弾が爆発したと聞いた。

 巻き添えもあって。数名の者達が死んで、十名近くの者達が。怪我を負ったのだと。

 労働者の友人は多い。

 プルシュは、よく彼らと酒を飲む。

 彼らの愚痴は辛いものが多い。

 プルシュは出来るのならば。その者達も、埋葬したいのだと工場へと赴いた。

 しかし、拒否される。

 自分達の事は自分達で行うのだと言われる。

 彼のオルビダードで。ヒースを殺害出来るのだろうか。

 先日の襲撃もしくじっている。

 対峙してみて分かった。底知れない強さを有している。

 このままだと、勝てるのだろうか。勝算が浮かばない。

 正直。仲間が欲しかったが。やはり、駄目だとも思った。巻き込むわけにはいかない。もし、多くの者達を巻き込めば。失敗した際に。仲間達だけではなく、彼らの家族も処刑されるだろう。それだけは避けなければならない。

「ゲシューダ。もう、俺に関わるのは止めた方がいい」

 彼は。自分の武器である、『レムレース』を丁寧に整備しながら。言う。

 プルシュの友人の男は悲しそうな顔をするが、頷かざるを得なかった。

 彼を止める術は無いのだから。

 プルシュは思い悩み始める。

 このままでは駄目だろう。

 ヴァーゲンに行ってみようかどうか考えた。



 ザルファは、かつて。『青い悪魔』と出会った事がある。

 自らの、姉に付いて。彼とは話した。

 青色の少女服を纏った男。とても端正で、美少女の人形のような顔立ち。

 ああ、似ているな。と、ザルファは思った。

 自分自身の相貌との類似。いや、顔立ちこそ似ていない。けれど、何処か表情が似ている。

 死の只中で、生きているような感じ。それが類似しているのだ。

 一面は死骸だ。沢山の死者が横たわっている。

 ザルファと青い悪魔の二人だけだ。

 戦争を終わらせようと思った、と青い悪魔は言った。

「なあ。お前は何だ?」

 ザルファは訊ねる。

「ブラッド……。青い悪魔って呼ばれている。『背徳者』とも」

「そうかよ」

 黒髪の男は。何だか、楽しそう。翳りのある笑い。

 ブラッドとザルファは、二人でしばらく、話をした。

 姉の事に関して。

 ブラッドは、ずっと姉の幻影を追い続けている。あるいは、追い掛けられている。

 何度も。何度も、反復するように考えているのだと、彼は言う。

 四歳の頃。彼の姉は死んだ。姉の記憶の面影。青い少女服を着ていたのだと。

 ブラッドが、姉の着ている服を着たい、と言って。着せてくれたんだと。その時、彼女は黄色い太陽のような服を着ていた。青い服を着てね、と姉は言った。

 それから、ブラッドが五歳の誕生日を迎える前に、姉は交通事故で死んだ。

 ザルファはその話を熱心に聞いていた。

 二人だけの、死体ばかりの荒野で。

 とても、優しい歌のようだった。

 ザルファは姉の事を思い出す。

 ブラッドに打ち明けた。

「俺にも姉がいて。俺が殺したんだ、これが姉だ」

 彼は、青い悪魔に、髑髏を見せる。

「そう。それが、君のお姉さんなんだね」

 彼は、笑ったような気がした。

「何で、殺したんだい?」

「嫌いだったから。死ぬ程」

「そうなんだ。僕は。今でも、姉の事が好きで」

「俺達は全然、違うんだな」

「ああ。弟と妹もいたんだ。死んじゃったけど」

「そうか。俺には姉しかいなかった」

 静まりかえった。

 虚空の空だ。

 静まり返った地。空漠の空の下にいる。

 二人は此の地が美しいと思っている。

 現在の只中に並んでいる、死の群れ。

 青い悪魔が創り出した、一つの絵画。芸術品。

 この海のように深い、殺戮の香りの中で。ザルファは深い安らぎに襲われる。何処までも冷たく、失われていった体温が愛しい。

 不可思議で魔術的な空間。

 体温を感じない、人間の群れ。その肉の裂け目さえも、とても愛しい。早くも、虫が集っている。あらゆる粘液、分泌物を肉体から吐き出している。

 何て。綺麗なのだろう。二人は、うっとりと。それらの景色に見惚れている。

 ザルファは美醜の感覚が壊れている。

 きっと、彼の成育体験に根差しているのだろう。

「また会おう」

 ザルファは、青い悪魔に言う。

 青い悪魔は頷いた。

「うん。またね」

 空は。桃色に蒼が混ざっている。徐々に、光明に満ちていった。異界の景色のよう。

 無残に転がる死体が、より鮮明に映っている。

 ザルファは思う。この光景が美しくて仕方が無いと。

 膜のような、冷気が肌を過ぎる。朝靄。

 一歩先に死があるのだ。

 彼が青い悪魔と会話していた場所。

 そこは、深い渓谷だった。

 沢山の死体の中。見晴らしのよい岩山に登って。彼は地面を眺めている。此処からは、深い谷底が見える。歩いていって、飛び降りる事は可能だ。

 生きている自分と。周りにある死体。その境界線は、変わらなくなる。彼が一歩踏み出せば。けれども、彼は死なない。自殺願望があるわけじゃない。

 ただ、死が目の前に広がっているという事を理解する事。

 彼はまるで、自らに課せられた使命のように。その事に関して、考えている。

 


 ソルティの場合は、男からよく口説かれるらしい。

 その違いは何なのだろう、とザルファは考える。難しい。

 言ってしまえば、外見は。ソルティは美人。美女に見える。

 ザルファは美少年、美少女に見える。

 どうも、その違いは大きいらしい。

 女は、同性愛的思考として、美少女も好むらしい。よく分からないが。

 女は可愛いものが大好き。それが、物である事も、人である事も同じなのだ。

 ザルファは右足を差し出す。足の指の間を、舐める女。

 足の裏の皮膚も。唾液塗れになる。

 女の舌は這い上がっていく。

 彼の身体は。飴のようだと言う。甘いのだと。

 女が喜べば、喜ぶ程。彼の心は冷え切っていく。

 体温は、とても極寒の雪のよう。

 全てが、冷たく凍っている。

 自分の心象も、破壊されていく。徐々に、徐々に。

 色々な服に着替えさせられる。

 その時、ザルファは人形を演じている。

 自分は、その時。只の物体なのだと思う。

 顔にべたべたと、メイクを施される。

 そして、ウィッグを付けさせられる。

 彼は終始無言でいる。

 人形として扱われる時、自分は心が死んでいるのだと思った。考える事を止めた先に、一体、何があるのだろうか。ザルファは女の言葉に対して、返答する。

 顔が小さいね。と言われる。肩幅も狭いね、と。

 自分が標本になっていくような気分。

 自分自身、一体、彼女達に何を語り。どのように行動しているのか分からなくなってくる。

 ザルファは自分が、男か女なのか分からない。

 肉体の性は男らしい。けれども、心は……?



 女王のようなザルファに。召使のようなソルティ。

 二人は、対極のような姿。形。

 ソルティは男娼になる筈だった。

 褥においての作法を教えられる前に。街から飛び出した。

 ずっと、篭の鳥として生きる筈だった。

 彼は自らを、戦乙女として規定している。

 戦場の死に惹かれて、外の世界に飛び出した。

 死が目の前にあるという事実を、知りたかったのだ。

 ザルファも男娼紛いの事をしていたと言っていた。もっとも、相手は女に限り、肉体の交渉は行わなく。行ったとしても、軽いものだったと。

 ソルティの体験。生まれ故郷。

 十代の頃。

 純白の服の中に、薔薇を詰め込まれる。

 そして、薔薇の縫われた桂冠を被せられる。

 立派な商品になる、と褒められた。

 自分は動く道具なのだと、知らされた。

 食事は規定されたもの。まるで、篭の中の小鳥のように扱われていく。

 それは、きっと幸福なのだろうか。その篭の中で過ごす事は一生を保障されている。しかし、ソルティはその人生を捨てていった。

 魂の双生児。誰が言い出した言葉なのか。

 いや、そんな概念なんてまやかしに過ぎないのだが。

 ソルティは、何処か。ザルファという男に惹かれている。

 彼の言葉に。彼の容姿に。彼の意志に。

 彼の敵愾心にもだ。

 ザルファの持っている心の中の暗黒に触れてみたい。それはきっと、綺麗な結晶なのだろう。そうなのだ。

 きっと。分かっている。

 自分自身の持つ。負の感情を肯定したいからなのだろうか。

 彼は、負の塊だ。だからこそ、癒されていく。

 ザルファは人間の苦しんでいく惨状を見るのが好きだった。

 核実験によって巻き起こった、焼け爛れた人間達の行進。

 呻き声、悲鳴、啜り泣き声。苦しみが空に響き渡っている。

 美しい、と。

 そういった世界を、彼は美しいという。

 美しいのだと、言い切る。

 彼の肉体は脆い。その辺りの人間と何ら変わりはない。いや、普通の平均的な人間よりも脆いだろう。

 彼は自らを戦禍の只中に置く。

 自らの死を厭ってない。

 あるいは、死という感覚が分からないのかもしれない。死の恐怖が何なのかも。

「戦争が早くみたいね。見たい見たい。沢山の焼け爛れた死体。焼夷弾で身体が焼けた人々が苦しみながら歩く姿見たい。美しいんだ。あの光景は。理性なんて何処までも飛んで行くんだよなあ。人間のあるべき姿。あるべき美しさ」

 彼の口調は、いつになく無邪気だ。彼は、時折、こんな感じの童子のような口調になる。

 ザルファは、死体を。花や緑を愛でるように見る。

 ザルファは、今にも死にそうな怪我人達を、美しい女に見惚れるかのように見る。

 彼はそういう奴なのだ。

 だからこそ、彼はある種の厳かさえ持っているのだ。

 ザルファは望んでいる。

 たとえ、この世界の中、自分一人だけになったとしても。

 平気でその世界を肯定出来る、と。

 醜く老いていき、醜く腐って死んでいく人間達。

 それらを嘲笑したい。

 反転した聖なる存在のようなザルファ、ソルティが惹かれて止まない狂気。

 醜く衰えていく女を眺めるのが好きだ。

 彼女達は自らの価値が無価値になったのだと知って、絶望の只中へと落ちていく。その悲鳴こそが何よりも美しい。皺だらけの肉体。産む為の肉体の死。あらゆる女の持つ美しさが剥奪されていく瞬間に、もうどうしようもない美が生じていく。

 うっとりとする気分。薫陶。

 彼の眼は、緑色。それは何処までも澄んでいる。

 ザルファは女に対して、異様なまでの敵意がある。

 どろっ、としたような情念がある。

 女の顔を醜く引き潰したい。その点ばかりに執着している。

 彼のその時においての心は、酷く暗黒だ。表情もかもしれない。

 何度も、何度も、顔の皮を剥いてやりたい、女達。

 時間と美に縛られ続ける者達。可哀相な奴ら。

 反吐が出るような虚飾ばかりを身に纏った弱弱しい者達。

 女の顔に対する底知れない敵意。

 化粧を。顔を、その表情を。相貌を引き剥がしてやりたいと思っている。反吐が出ると思っている。上っ面の顔。気味の悪い媚。赤い唇。何もかもが、嫌いだ。

 女の顔を、何度も。何度も、ひき潰す夢想ばかりしている。

 実際、現実においても実行に移す。

 彼は、女を殺す度に恍惚の表情になる。

 自分の全てを肯定出来るかのような感じ。

 唇。醜いもの。おぞましいもの。声帯器官。抉り取りたいもの。



 ザルファは異国の服を身に纏う。

 それは、着物と呼ばれるもの。

 赤い。花の描かれた着物だ。

 彼は唇に紅を差す。

 姉に対する、敵愾心。

 自らが、彼女よりも美しいのだと思う自負。

 鏡に映る、見知らぬ顔。姉の相貌に近い。永遠の美しさを欲した姉。年の離れた姉。

 自らの双眸は歪んでいる。

 あるいは、腐っているのだろう。

 何度も、何度も。刺殺してやりたい、姉。顔の皮を剥がしてやった姉。

 こうして、手に持っているだけで。安心する。

 美しさも。醜さも。皮を剥がされ、無残な髑髏になってしまえば。みな、同じ。

 綺麗なものと醜いもの、それらが混ざり合って。分からなくなってしまえばいい。

 彼は折鶴を愛でていた。巧く鶴が折れない。



 テレサはソルティと一緒に、街を歩いた。

 ザルファは、部屋の中に引き篭もり。

 水月は、相変わらず。戻ってこない。

 何処かへと行ってしまったのだろうか、まあ、ふらりとまだ戻って来るに違いない。

 それよりも、何だか、ソルティと一緒にいると楽しい。テレサは不思議な感情に襲われる。

「焼き玉蜀黍というものを食べようよ」

 銀髪に赤紫が混ざる男は言う。

 テレサは頷く。

 不思議と。何故か、女友達と一緒に遊んでいるような感覚。

 ソルティはドレスのような服を着ている。厳密には、ローブに近いのだが。何処となく、女物の服を思わせる。

 彼はとても美形だ。顔も小さい。眼もぱっちりとしている。



 テレサはソルティと一緒のベッドで眠った。

 彼の体温。息遣い。

 頬を撫でてみる。

 彼は、すやすや、と眠りに付いている。

 彼の顔は小さい。男のものとは思えない。身体付きも華奢。

 優しく、髪を撫でる。

 唇が赤い。睫毛が長い。

 全身から、花のような匂いが漂ってくるかのよう。

 太腿をちらり、と見る。

 ロング・スカートのようなローブから伸びる、白い足。その上に、白いストッキングのようなタイツが付けられている。

 彼を所有したい。

 テレサは思わず、頬を赤らめる。

 あの長い髪。ずっと、撫でていたい。

 実際に撫でてみて、まるで水草の中に手を入れたかのようだった。水の中に触れているかのような感触。

 ふと。思った。何かに気付いた。

 男性の視点。その眼で、彼女は彼を眺めているのだろうか。見られる性と見る性の反転。

 ぞわりっ、と異様な感覚に襲われていく。

「ねえ。テレサ。このアイス・クリーム。熱く溶かして飲むらしいよ」

 屋台で買ったものを見せて。ソルティは優しく微笑む。

 テレサも笑う。

 この時間が。ずっと、続けばいい。



 姉は。ザルファの背中に刺青を入れた。

 それは。さかしまの十字架だ。黒い長剣が彫られている。

 べったりと、掘り込まれたそれは。彼が永遠に姉を忘れない刻印となって、塗られているのだ。彼女の彼に対する独占欲の集積物。

 ザルファは姉のオブジェだった。言われるまま、何でもする。

 彼女は何者なのだろう? ひょっとすると、本当の姉ではないのかもしれない。

 顔形がどんなに似ていても。それすら、何らかの手段で加工されたのかもしれないから。

 ブラッド・フォースと話した事。

 お互いの姉について。

 姉という存在に押し潰されていった事。ブラッドは多くは語らないが、彼は姉に対する恐怖心があるのだと告げる。

 同じ理由だった。

 異性の装束を纏う理由。お互いに、姉が原因だ、と。

 ブラッドは。姉に憧れて。

 ザルファは、姉を憎んでいた。

 それは、どうしようもない程に。押されてしまった烙印なのだ。

 性別とは何なのだろう。分からない。何も、分からない。



 姉からの屈折した愛情を受けた経験を。あの青い悪魔も持っているのだろうなあ。と、ザルファは考えた。だから、ソリが合ったのかもしれない。

 青い悪魔は、彼の姉について多くは語らなかった。語らなかったからこそ、ザルファの想像力は増してくる。

 ザルファもまた、自分の記憶を辿っていく。

 ザルファは布団の中で、寝込んでいる。

 また、今日も風邪を引いた。これから、数日間はまともに立てないだろう。

 食事が喉を通らない。自分自身に本当に嫌気が差してくる。

 本来ならば、すぐに死ぬ筈だった人生。

 それでも、生かされているのは姉のせい。

 何故、これ程までに自分は弱いのだろうか。どうしようもない程に。

 死の匂いを感じ取っている。

 このまま、肉体が無くなれば。どんなに楽だろう。そんな希望。

 自己破壊衝動。

 自分は意図的に、病気になりたがっているようにも思える。勿論、肉体はとても弱い。だからこそ、早く死にたいような気分。生は苦しみ以外の何物でも無い。

 姉は優しい言葉を掛ける。

 彼女の表情が気に入らない。何処までも、ザルファを彼女の中に閉じ込めたがる。

 姉は檻を作りたがる。彼はそこから抜け出せない。

 咳が何ヶ月も止まらない。これは、不治の病なんじゃないだろうか。そういう恐怖に駆り立てられる。不安と焦燥感。

 やはり、自分は死にたくないのだろうか。

 死にたい、と思う気持ち。所詮、それは苦しみから逃れたい、というだけに過ぎない。

 しかし、けれども。姉はザルファを殺しはしない。ゆっくりと、手足を捥いでいくかのよう。まるで、蝶の翅を一枚、一枚、捥いでいくかのような。

 姉はザルファの身繕いまでしてくれる。

 もう十をとうに過ぎている。同年代の者達は、女遊びまでしていると聞く。

 姉は彼を可愛がる。

 姉は彼の胸元に口付けする。

 その後、綺麗に髪を整える。とても、長い黒髪。

 綺麗だね、と彼女は告げる。可愛いね、とも口にする。

 姉は、よく家事を教えてくれた。ザルファに男としての力が備わっていないからだろう。

 歯磨きの仕方。身繕いの大切さ。事細かくに教え、やってくれる。

 姉がいなければ何も出来ない、自分。

 自分は何処までも無力で、弱過ぎる。自尊心など、作りようもない。

 姉は。

 母親の代わりがしたいのだろう。

 父親と喧嘩して家から出て行った母親。二人の姉弟に無関心で、家に金だけ入れて。殆ど顔を見せようともしない、父親。閉ざされた世界。

 一度、彼女は両足を切断したいと言った。彼は震える。冗談よ、と言われた。

 ザルファは。同年代からも、よく虐めにあっていた。

 容姿の事をからかわれたり。時には、肉体的暴力を受けたり。人格の否定をされたり。

 その度に、家で姉がザルファの事を庇った。

 姉に優しくされれば、される程。彼は自分が嫌いになっていった。

 同時に、自分一人では生きられない事も分かっていた。

 内に、内に、自分の心は閉じられていく。

 世界からの疎外感。

 家庭環境と、それにも増す、自分の生まれ持っての病弱性。

 何度も、医者には掛かっている。

 しかし、治りようが無かった。ひょっとすると、治させないように仕向けられているのかもしれない。

 急に、原因不明の湿疹が全身に浮かんだ事もあった。

 死神が隣にいるような気がする。

 毛布の中で震えながら、彼は熱に魘されていた。

 自分が小さな小動物のように思える。

 そういった弱きものから見た世界は黒く塗り潰してしまいたくなるくらいに、怖気がするのだ。

 人間が醜く見える。みなが美しいと言うものが汚く見える。

 肉体の強弱の違いは、これ程までに違う世界を見せてしまうらしい。

 何故、此れ程までに自分は脆いのか。こんなに華奢な存在に生まれてしまったのは、きっと呪いなのだろう。何も出来ずに朽ちていく、そういった想念が重圧として圧し掛かってくる。

 ちょっとだけ、環境が違っただけでも。ザルファは熱を出したり、奇病に侵されたりする。この適応力の弱さは何なのだろうか。

 だからこそ、それを克服する意味も込めて、ザルファは旅に出た。



 未来が怖い。それはもう、どうしようもなく。

 目の前には。死ばかりが広がっているようなイメージしか湧いてこない。

 どうしようもない、不安感。

 ザルファは。

 憎しみばかりを募らせていた。

 世界に対する、呪詛。自分と相容れない世界に対しての。

 呪いとなればいい。自分の肉体が呪われて、自分が呪いを生める力を使う事が出来るならば。どれ程、幸福に生きられるのだろうかと。

 生きられないのだろう、分かっている。

 姉の前で。

 無理に。明るく糊塗しても、その恐怖から逃れる事は出来ない。

 それは、夢が教えてくれた。

 脳を無理矢理に、高揚させて。明るく物事を見ようとする。けれども、そこには空虚さしか現れない。

 何かを。次第に破壊されていく。

 それが、何なのかは分からない。けれども、とても屈辱的。

 彼は、自分の顔を眺め続ける。

 合わせ鏡で。背中の黒い逆十字を見る。

 自分の傷を確認する。深い、深い刻まれた傷。

 掻き毟りたい、自分の顔。

 弱さの中で生きてきた、自分。

 他人を呪わずにはいられない、自分。

 太陽を見る事は、決して出来なく。寒さと暗黒の中に生きている。

 明るい日差しは、辛過ぎる。

 心がズタズタにされて。真っ黒な景色しか見えなく、真っ黒な感情しか向けられない。

 この心は、呪詛ばかりを抱えている。

 どうすれば、悪を為せるのだろうか。そればかりを考えて生きていたりする。

 きっと、自分は善なる者。正義を掲げる者。正しさの中で生きる者によって、惨めに敗北し、殺されていくのだろう。

 ザルファは、罪に塗れている自分に陶酔を見出す事にした。



 ジルズ達の仲間はパーティーを開いていた。

 こんな時に、とジルズは思うのだが。友人達は、こんな時だからこそ行おう、と言っていた。この時期は、豊穣祭が近付いている。

 作物の実り、生命の誕生に感謝する日。

 ホームレスをしていた頃、ジルズは御馳走が並んでいると。奪って食べてやろう、という事ばかり考えていた。しかし、それが今では明るい家庭の輪の中に入っている。

 不思議なものだ。

 ジルズは、余り笑っていられない。

 沢山の仲間が絞首刑にされた。祝いの日を楽しめる余裕など無い。

 みんなが、幸せでいてくれる事を願う。

 けれども、それはきっと長く続かないのだろう。

 貧しいながらも、貯めていた金を使って。仲間達は。チキンや野菜を買って、安いワインを片手に。盛り上がっていた。

 ケーキもある。

 電飾が灯っている。

 蝋燭の光も、煌々と燃えていた。

 幸せが、いつまでも続かない。だから、今だけでも楽しめたら、と。

 デス・ウィングは、きっと依頼通りに動いてくれないだろう。それは、今日になって確信に変わっている。

 ジルズは、自分が手を汚すしか無いと思っている。

 兄のように慕っていた男。彼が殺されてから。

 ジルズが、デュラスを殺すしかないのだと。

 両手は、血塗れになるのだろう。

 情念を募らせていけば、きっと目的は達せられる。そればかりを信じて、殺す事を誓っている。

 周りの仲間達は。みんな、笑い合っている。

 自分は、いつか。彼らから離れていかなければならないのだ。

 殺人を犯してしまった先には。彼らと時間を共有する資格が無いのだと。

 闇へと降下したい。

 そればかりを求めている。

 自分は。もう、死の向こう側を生きるしかないのだと。

 決意は揺るがない。

 只、情念の炎を燃やしていこう。

 苦悩を刃に変えるべきなのだ。



 ザルファは奇妙な感覚で、その光景を眺めていた。

 ソルティは。あのテレサという女と一緒に遊んでいる。

 何故、二人共、楽しそうなのか分からない。ソルティに対する不信感も強まっていく。

 彼は。何だか、ソルティもあの女も。

 そして、幸せそうにパーティーに耽っている彼らも何もかも、憎たらしくなっていた。

 この席を彼の能力で、ぶち壊してやろうか。

 幸せそうな奴らの全てに、反吐が出た。

 他人の命の重さに無自覚だ。

 自分の命の尊厳を、散々、踏み躙られてきたような気分でいっぱいだった。

 彼は。ダーク・クルセイダーの能力を発動し始めた。

 ……運命というものは、唐突に訪れるものなのだろう。

 本当は、何もかもをぶち壊してしまおうと彼は考えていた。

 しかし。

「お前は何だ?」

 若白髪の少年が、後ろに立っていた。

「そんな処にいずに。パーティーに参加しなよ。俺はいい、しかし、お前。見ない顔だな」

 何故か、彼は柔和な笑みを浮かべている。

「なんつーの? お前、デュラスの手先じゃないよな?」

 彼の眼は険しくなる。

「デュラス……。ああ? この国の支配者かよ?」

「……違うみたいだな。まるで、此処にたまたま紛れ込んできたみたいだし。そうだ、お前、何者か知らないけれども。パーティーに参加しなよ。みんな良い奴らばかりだぜ」

「……俺は。……悪人だぞ?」

 ザルファは、本当に困惑した顔になる。

「俺も悪人だ。てか、もう言うか。テロリストって奴なんだ。デュラス暗殺と、彼女の周りにいる政府高官全員の殺害を目論んでいる。まあ、大量殺人犯志望って奴だな」

 そう言って、この青年は。屈託無く、笑う。

 調子を完全に、狂わされてしまった。

 ザルファは。ダーク・クルセイダーの発動を止めた。

 幸い、女は周囲にはいないみたいだった。



「デュラスを殺す? そいつは、楽しそうだな?」

 ザルファは笑った。

 ジルズは、思い詰めたように言う。

「俺が兄のように慕っている奴が殺されたんだ。もう、俺はあいつを殺すしかない」

 彼は思い詰めていた。

「俺には、復讐に生きるしか無いんだよ」

 仲間達に打ち明けられない心情。

 結局、出てきた言葉がこれだ。体制の犠牲者達の為だとか。そういったものは、建前で。

 ジルズ自身、破壊衝動というものが強過ぎるのだ。

 ザルファは善人じゃない。話していて分かった。

 だからこそ、自分の中にある闇を打ち明ける事にした。

 そうすれば、少しは重荷が軽くなるのではないのだろうかと。

 仲間達の温もり。人間でいられる温かみ。

 ジルズは、そういったものを捨てていくのだろうか。

「俺も混ぜろよ。ふふふっ。あははっ、丁度。俺も、デュラスを殺したいと思っていた処なんだ。楽しそうだから」

「お前も……? 何故?」

「楽しそうだから。何か、偉そうにしている奴、殺したら。面白いかなって」

 ザルファは暗い笑みを浮かべる。

 彼の底無しの暗黒。それを見ていると、少しだけ。蝕まれそうになる。

 あらゆる負の感情を肯定しているかのような。

 あるいは、何一つとして善を信仰していないかのような。

 彼の意思は、他の者とは違っている。それはもう、少し会話するだけでも伝わってくる。

「俺は命を支配したい。生命の秘密を知る為に。俺自身の存在理由の為に」

 ザルファはよく分からない事を言う。

 分からな過ぎて、戸惑わざるを得ない。

「暗殺の為の準備を整えようぜ? お前の戦略じゃ駄目だ。俺が一緒に考えてやる。デュラスの野郎をぶち殺すんだろう? 感動的な死体に変えてやろうぜ? 虫ケラみたいに、羽をもいで、脚を千切って、殺したいな? 生きてきた事を後悔させてやるんだ、見下すようにみなを眺めていた事実をな。お前がやるんだろう? 俺は手伝うだけだ」

 無邪気な笑みを浮かべていた。

 エメラルドに輝く双眸。

 その瞳を見つめていると、此方まで暗闇の中へと落下していく感覚に陥る。

「デュラスの死体を写真にしたいな? 彼女の側近、全員の死体も写真にしたい。可能な限り、屈辱的な死体を製作しよう。展示品にしやすいように」

 暗闇が溢れ出してくるかのようだった。

 ザルファは。

 ジルズに。

 自分のコレクションを見せていく。

 ポラロイド・カメラで現像した写真が入った、アルバム・ケース。

 死体が大量に映っている。

 それは美しく撮っている、といくよりも。不気味なまでに、ありのままを撮影している、といったように見えた。

 強く伝わってくるのは。ザルファ、彼には。

 生命の温もりが理解出来ない。

 蛆に食い散らかされる死体。

 それを、嬉々として彼は眺めている。

 死体以外には、処刑場や墓石などが写っていた。

 彼はそれを、花や美術品でも眺めるように見つめている。

 ジルズは。少し、冷や汗を流し始めた。こいつは。

 あの、デス・ウィングと似た匂いがする……。

 善悪の概念が、完全に壊れている感じ。

「これなんか、どうかなあ? 猟奇殺人犯の部屋の中を撮影した奴なんだけど。踏み込んでさあ。ほら、冷蔵庫の中とか最高だよ?」

 ジルズは、悪人になる、という事がどういう事なのか悩んだ。

 在りのまま歪んだ状態。歪みに歪んだ状態。

 冷蔵庫に写し出されたもの。何かの料理だ。

 スープの中に溶かした、物体。

 眼球や鼻。耳は、確かに人間のものだ。

 そんなオブジェばかりが、次々と写し出されていく。

「ああ、こいつさあ。四十二名、殺した後。捕まって処刑された。こいつの死体も写したよ。あっけなく、絞首刑にされて。犠牲者の家族が憤っていた」

 彼の話を聞いていると、頭がおかしくなってくる。

 だが、ジルズは不思議な魅力を彼から感じ取っている。

 そして、安心感もだ。

 目的を達成する事が出来るのではあるまいか。

 ジルズはそう考える。

 ザルファは自分の力を、ジルズに対して、色々と話してくれた。

 それはとてつもなく、強力なものだ。ジルズが待ち望んでいたもの。

 それでも、強い覚悟で決意がいる。

 復讐する事の恐ろしさ。

 そして、行為を実行する事によって待ち受ける状況。

 ザルファはそんなジルズの思惑とは関係無しに、自身のコレクションの写真を捲り続けていた。

 彼にとって、他人の死は。他人の不幸は。被写体以外の何物でも無いのだろう。

 ジルズは、この背徳感。悪徳感を敢えて飲み込みたい。

 そうでなければ、自分は目的を達せられない。

 非人間的な意志。

 それはとてつもなく、自身の覚悟を軽くしていってくれる。

 ジルズの頬に、黒髪の男の指が触れる。とてつもなく、冷たい。

 まるで、死体に触れられているよう。



 テロリズムの中で。自分は必ず死ななければならない、ジルズはそう考えている。

 自分の血によって。正義が行われるのだ。

 自分は正しくなんかない。結局の処、自分のエゴで。他人を守りたがっている。

 みんなが幸福に生きられる世界。それが実現しない事も、何処かで分かっている。

 人間の弱さ……どうしようもない。

 しかし、分からないのは彼らの存在だ。彼らは一体、何者なのだろうか。

 デス・ウィング。

 ザルファ。

 彼らは、悪意と共に生きている。自分達の悪意に忠実なのだ。

 彼らは、背徳の十字架を物ともしない。

 ジルズは、世界に反逆する事に対して苦悩している。

 貧困の生活も、そう悪いものじゃない。仲間がいるから。

 歌があり、詩があり、絵だって描ける。

 貧しいながらも、強い連帯感を持っている。

 このコミュニティを守る為ならば、何でもしよう。そう、彼は誓っている。

 そして、現われたのだ。突破口が。

 ジルズはザルファの横顔を見る。

 ザルファの瞳。あれに魅入られると、おかしくなってくる。

 けれども、何処か強い憧れもある。

 ジルズは踏み込んではならない、理解不可能な領域。

 その領域に、あの二人はいる。


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