旅の道化師
「ご馳走さまでした!」
ニンニクと香草でパンチを効かせたピラフに、飴色玉葱と搾りたてミルクを加えてミキサーに掛けた滑らかなポタージュ。素材の味とそのままの食感を味わえるスティックと、デザートにはシナモンがほんわり薫るキャロットケーキ。と、マフロンさんから頂いた人参は、アスターの手によって実に様々な料理へと変貌を遂げた。
「あー、美味しかったっ!アスターは本当に料理の天才だね!」
味も然ることながら、一つの食材がここまで色んな料理になるなんて、まるで魔法みたいだ。ふと浮かんだ言葉に、苦く笑う。
傷を癒したり、炎の蝶や雪の結晶を出して見せたり、本当に魔法みたいなことをやってしまうアスター。そんな彼に、料理の腕まで魔法使いみたいなレベルだね。なんて、可笑しくてとても言えそうにない。
「そんなことは・・・でも、勇者様が頂いて来て下さった人参は、甘くてとても美味しかったですね。後でマフロンさんにお礼を言いに行かないと。」
「そうだね。貰って来た時は慌ててたし、私も改めてお礼しに行くよ。」
「じゃあ、一緒に行きませんか?」
「オッケー。」
食べ終わった食器を片付けつつ、そんなやり取りをしていたら、なんだか異様に背中がムズムズしたので、振り返ってみた。すると、椅子に座って此方を見る長老と目が合った。
顎に蓄えた髭を撫でつけながら、何故か非常に嬉しそうである。
正直、長老が嬉しそうにしている時などは嫌な予感しかしないものである。初めて此処に来た時、そして今日に至る今。嫌でも学習させられたことがあった。それは、長老が喜んでいる時は必ずと言っていい程、その後にうんざりする様な中二病話を聞かされるということ。軽くトラウマである。
「な、なんですか・・・長老。」
目が合ってしまった以上無視することも出来ず、恐る恐る尋ねてみた。
「ふぉっふぉっふぉ。いや、仲良きことは美しきかなと思いましてな。」
「?」
首を傾げる私達に、長老はニヤニヤと笑いながら「年寄りの独り言ですわい。」と、一言残して部屋を出て行ってしまった。
益々意味が分からない。
「何だろうね・・・。」
「さぁ・・・。それより勇者様、マフロンさんへのお礼なんですが、今から行きませんか?」
「今から?」
「はい。お土産にと思ってマフロンさんの分もキャロットケーキを焼いたんです。せっかくですし、焼きたてを持って行こうかなと。」
「おっ、いいね!行こう行こう!」
かくして、私とアスターは焼きたてホカホカのキャロットケーキをマフロンさんに届ける為、夜の帳の中を歩いていた。
夜空を見上げれば、今にも落ちてきそうな無数の星達。新月なのか月の姿は見えないけれど、明かりを持たなくても足元がはっきり見える程に、辺りは青白い光で明るかった。こういうの、何て言うんだっけな。すると、そんな私の考えを読んだかのように、隣を歩くアスターがポツリと呟いた。
「星月夜ですね。」
「あぁ、それだ。私も今、同じこと考えてた。」
まぁ、言われるまで思い出せなかったんだけど。そう言うと、少し笑われた。ちょっと恥ずかしい。
「笑わないでよ。」
むくれる私に、アスターは焦った様に首を横に振る。
「違うんです!ただ・・・同じこと考えてたんだなって思ったら、何だか嬉しくなってしまって・・・。」
すいません。なんて俯くアスター。しかし、私といえば
「勇者様・・・どうかされたんですか?」
固まってしまっていた。そう、完全に動揺している自分がいる。
だって、仕様が無いじゃないか。嬉しい言葉を貰うことに、慣れていないのだから。邪険にされて、怖がられることが、今まで私の当たり前だったのだから。だからなのか、嬉しい気持ちは勿論のこと、それより先にこそばゆくて恥ずかしい気持ちになってしまう。
それでもって、この青年はそういう類の言葉をポンポン吐き出すものだから、私にとってはある意味、非常に質の悪い存在だ。
「あの・・・本当にすいません。何だか馴れ馴れしかったですよね。」
どうしていいか分からず固まったままの私に、アスターはシュンと肩を落とす。お蔭でフリーズは解けたが、今度は私が慌ててしまった。
「ちょっ、何でそうなる!違うって!」
「違う・・・えと、怒っているわけでは?」
「ないって!!つーかそうだとしたらどんだけ心の狭い人間よ私は!そうじゃなくて・・・私も嬉しかったの。そんなこと言って貰ったの、初めてだったから・・・。」
思わずそっぽを向いてしまったけれど、珍しく素直な言葉が出た。最初に嬉しいと言ってくれたのはアスターなので嫌がられることはないと思うけれど、こういうやり取りも初めてだから、どんな反応が返ってくるのか想像がつかなくて怖い。
しかし、いくら待っても何も言わないアスター。不思議に思って、恐る恐る顔を向けてみると、彼は先程の私同様、完全にフリーズしてしまっていた。
私の場合は初めての言葉に対する喜びと激しい動揺によるものだったけれど、どんなことでも笑って受け止めてしまうような彼が、こんな事で動揺するとも思えない。
だとしたら、今までそんな事を言ってくれる相手も居なかった私への同情からだろうか?
以前ならムッとしていた私だけど、アスターの優しい性格を知っている今では、仕方ないか。と、簡単に割り切れた。
「アスター。私なら大丈夫「お取り込み中のところ申し訳ないんだけど・・・ちょっといいかナ。」
だから。の部分は、謎の声によって完全に掻き消されてしまった。
ぎょっとして声のした方に振り返ったはいいが、その姿を確認した瞬間、再びぎょっとする。
「やぁ、今晩ハ。今夜は星月夜だネ。」
そこには、何とも風変わりな青年が立っていた。
上半身に纏う服の袖や裾には、男が着るには少し目立つのではないかと思われるフリルがゆったりと施されており、それを締めている腰周りのベルトには、何かは分からないが様々なものがぶら下がっている。その下に履いているズボンは形こそ普通だが、片足は無地の黒で、もう一方は黒と赤のチェック柄。服装だけでもかなり目立つ。
その上、揺らめく度に銀色に透ける髪。星の明かりに照らされて微かに青みを帯びている肌には、目の下に涙マークに似た模様。目立つなという方が無理な話しだろう。そんな彼の存在に、フリーズしていたアスターも我に返った様だった。
驚く私達にユラユラとした足取りで歩み寄りながら、異質としか言いようがない青年は、口元に弧を描いてこう言った。
「それ、中ってお菓子?」
バスケットを指差す青年に私達が頷いた瞬間、夜の静寂を破る巨大な腹の音が辺りに響いたのであった。
場所は変わって、長老の家。
本来ならマフロンさんに届ける筈だったキャロットケーキをあっという間に食い尽くして、謎の青年はそれでも足りないと腹を摩った。それに同情したアスターが、謎の青年をここまで連れて来たのである。
「夕飯の残りで申し訳ないんですが・・・。」
「全然構わないヨ!」
頭を下げるアスターと、底抜けに明るく言う謎の青年。取るべき態度が逆だろ!と内心突っ込みつつ、私はテーブルに並べられた数々の料理を眺める。
残り物と言っても、そこはアスター。温めついでに一手間加えたのだろう。どの料理も、夕飯の時とはまた少し違っていた。流石だ。
関心していると、「いただきます!」と軽快な声が響いた。しかし、先程平らげたキャロットケーキも結構な量だったと言うのに、よく入るな。と、こちらでも関心しつつ、勢いよく食べる謎の青年を見詰める。
「むぐむぐ・・・さっきのキャロットケーキもだけど・・むぐ・・本当に美味しいネ!これ、全部キミが作ったノ?」
「あ、はい。一応、僕が・・・えと、お口に合ったみたいで良かったです。」
「凄いネ!あ、これおかわりってあル?」
テーブルに並べられた料理は軽く三人前はあった筈なのに、気が付けば全ての皿が空になっていた。
フードファイターか何かなの?この人は。
そして、第一印象から変わらない厚かましさ。
(只者じゃない。)
妙な所で関心しつつ、傍観するより他ない私達を尻目に、謎の青年の食事の時間は長々と続くのであった。
時計の針は、真夜中の一時を指している。
漸くお腹が満たされたらしい謎の青年は、食後のハーブティーを飲み終えると席から立ち上がった。
そして私達に向き直り、恭しくお辞儀をする。
「挨拶が遅れましタ。僕の名前は『ライア』。世界を旅する道化師でス。今宵は美味しいご飯を、どうもありがとウ。本当に助かったヨ。」
そう言って、謎の青年・・・ライアは顔を上げると、口元に元々貼り付いている笑みを更に深めて、にっこりと微笑んだ。何だか胡散臭い人だ。だけど、世界を旅する道化師・・・その言葉に、私は鼓動が早まるのを感じた。
「えと、お粗末様でした。大したものはお出し出来ませんでしたが、喜んで頂けたようで何よりです。僕はアスターといいます。よろしくお願いします。」
「真緒といいます。よろしく。」
アスターの丁寧な挨拶の後で、この簡素な挨拶は失礼だっただろうか。それでも、今の私にはその時間すらもどかしく感じてしまうのだ。
この青年に、どうしても聞きたいことがある。
最近では諦めも混じって、この事についてはあまり考えないようにしていたけれど。
「あの、ライアさん。」
「敬称なんてつけなくていいヨ。もっと気軽に『ライア』って呼んでくれると嬉しいナ。」
「じゃあ、ライア。貴方、世界を旅してるんだよね?」
「うン。世界のありとあらゆる町や村を回って道化を演じるのが僕の役目だからネ。でも、それがどうかしタ?」
胸の鼓動が一層高まる。この青年なら、きっと知っている筈だ。
でも、だからこそ聞くのが少し怖い。もし、もしも知らないと言われたら、僅かに残った希望も何もかも、全てが崩れ去ってしまう様な気がした。
だけど、この機を逃す訳にもいかない。
「じゃあ・・・『日本』って国、知ってる?」
意を決した私の問いに、ライアは小さく首を傾げたのだった。




