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北の魔王が世界を救うことになった日  作者: 春我北音
終わりと始まり
3/7

勇者


小鳥のさえずり。穏やかな風。子供たちの笑い声。

まるで物語の中の朝みたいに、それらは私の目を緩やかに覚ましていく。

私はゆっくりと辺りを見回した。そこに広がる景色が、昨日のことが夢ではなかったことを告げている。


「はぁ。」


ここは一体どこなのだろう。日本ではなさそうな気もするけれど、言葉が通じるところを見ると、やはり日本のどこかなのだろうか。

分からないことだらけで、返って何も知る気が起きない。私はボンヤリと、窓から見える景色を眺めた。

緑豊かな風景の中に時折、走り回る子供達や農具を持った人達が見える。長老の中二トークにもあったように、ここは本当に平和な村なのだろう。人々の陰りのない笑顔と、ゆっくりと過ぎていく時間がそのことを証明していた。

と、油断していた自分が悪いのか。いきなり現れた顔に、驚いて悲鳴をあげた・・・かった。でも、驚き過ぎて、声は喉の奥に貼り付いたまま、掠れた息だけが気管から漏れ出た。

それが苦しくて思わず咳き込んだ私を、全ての元凶である顔は心配そうに覗き込む。


「大丈夫ですか?」


「だい・・・じょうぶ、なわっ、け・・・あるかい!!いきなり登場しないでよ!!」


必死に息を整えつつ恨めしく睨み上げると、顔は申し訳なさそうな表情を浮かべ・・・というか、面倒くさいので言ってしまうが、アスターは申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「すいません。こんな至近距離で顔を合わせることになるとは思わなくて・・・。えと、身体の方はどうですか?」


「あ・・・うん。身体の方は大丈夫。心配してくれてありがとう。」


怒鳴ってしまった後に気遣われると、なんとなく拍子抜けしてしまう。しかしそのお蔭か、今日は素直にお礼を言うことができた。


「それは良かった。後は自然治癒に任せても大丈夫そうですね。」


「ねぇ。自然治癒に任せてもって、それってどういうこと?」


昨夜、お腹にあてられた彼の手から放たれた光と消えた痛み。あれは、一体何だったのだろう。ふと思い出して、私は疑問をぶつける。

もしかして、あの光こそが自然治癒以外の治療だったのだろうか。そんな馬鹿なこと・・・魔法でもあるまいに。と、現実離れしたことを頭の片隅に思いながら返事を待つ私に、彼はある意味予想外な答えを返してきたのだった。


「どういうこと・・・ですか。えっと、勇者様と僕の考えていることが一緒かどうかは分かりませんが、つまり、魔法は使わなくても大丈夫そうってことです。」


「・・・え?」


当たり前の様に出てきた単語に、首を傾げる。今、彼はなんと言ったのだろう。ああ、私の聞き間違いだろうか。


(いや、待て。)



ふと、中二病の長老が脳裏に浮かんだ。もしかして、コイツも・・・。


「使用人だからって、そんなところまで合わせなくていいと思うよ・・・。」


「え?」


沈黙が流れる。アスターは呆然と、私を見詰めていた。使用人であるが故に、主人の妄想に付き合わされているのだろう。そう思って言ったことなのだが、なにやら予想外の反応に、私も何も言えずにいた。

暫くして、アスターが言いにくそうに口を開いた。


「もしかして、魔法を知らないんですか?」


「知らないもなにも、現実にないものだし、どう反応していいのか分からないんだけど・・・。」


至極真っ当なことを言ったと思う。主人に合わせなくてはならない青年の苦労も分かるが、だからと言って私まで合わせても、何もいいことはないだろう。


「貴女は、もしかして・・・。」


「おい、アスター。頼んでた薬はどうなってんだ?」


いつの間にか、アスターの隣に村人らしき男の人が立っていた。言葉を遮られて、困惑したような表情の彼は、やがていつものように穏やかな笑顔を浮かべてその声に応えた。


「ああ、フィリップさん。薬なら調合済みですよ。僕の部屋に置いてあるので、すぐにお渡ししますね。」


「頼んだよ。あれがないと肩が凝って参っちまう。」


「はい。今すぐ取って来ます。では勇者様。失礼ながら、僕はこれで。」


一つお辞儀をして、アスターは村人と共に行ってしまった。その場に取り残された私は、ただ呆然とその後ろ姿を見送った。

私が、もしかしてなんだったのだろう。彼が言いかけたことの続きが気になる。

悶々とした気持ちを抱えながら、もう一度窓の景色へと目をやった。外では相わらず、人々の平和な日々の営みが存在している。


(なんだか、馴染める気がしないなぁ。)


遠くで追いかけっこをしている子供達を眺めながら、そんなことを、ぼんやりと思った。







太陽が真上に昇って、ベッドの上で過ごすのもいい加減飽きて来たころ。身体を起こした私は、痛みが完全に消え去っていることに気がついた。朝まではほんの僅かに痺れが残っていたのだが、それもすっかり無くなっている。

初めてここで目を覚ました時、眼球を動かすのがやっとだったのが、まるで嘘みたいに。


(一体どんな治療を受けたっていうんだろう。)


魔法。先程言われたことがふと頭を過ぎって、私は首を振った。・・・とにかく、身体は動かせるようになったのだ。これ以上ベッドの上に居続けるのは苦痛だし、お世話になったお礼も言いたい。そしてなにより、帰らなければ。

ずっと動かしていなかったせいか、踏み出した足は、妙に軽くフワフワしていた。その僅かな違和感を引き摺って、私は部屋を出た。


「すいません。どなたかいらっしゃいませんか?」


部屋という部屋を全てあたってみたものの、誰の返事も返ってこない。皆出掛けているのだろうか。

その後、何度か呼び掛けて部屋という部屋も全てノックしてみたけれど、人の気配は感じられなかった。


(ちょっと、外も見てみようかな。)


何の断りもなく外にでることは少しはばかられるけれど、少しでも早くことの状況と帰る手段を知りたい。私は玄関と思しき扉を開けた。


(うわぁ・・・。)


開けてから暫く。私は動くことを忘れて、眼前に広がる景色を見詰めていた。


どこまでも広がる濃い緑が、さざめく風に躍る。それを照らす光は、全てのものを透かしていくようで・・・青く澄み渡った空が緑に映えて、時折、白や黄色や赤や様々な色をした花々の合間を抜ける蝶達が、艶やかな姿を美しい景色に翻している

「ここは・・・本当にどこなの?」


もしも日本ならば、観光名所になっていてもおかしくなさそうだ。確か、あの長老は此処をオリービアンの村と言っていたけれど、そんな村は聞いたこともない。

やはり、ここは外国?でも、パスポートも持っていない私が何故、外国なんかに・・・。

様々な疑問を抱えながら、恐る恐る一歩踏み出した。コンクリートで舗装されていない道を歩くのは久しぶりだ。部屋を出たときは変に気になっていた足のフワフワした感覚も、今ではむしろ歩きやすく感じるのは、土の上だからだろうか。


軽い足取りで(物理的な意味で)長閑な村の中を気ままに歩く。加えて、この美しい景色。さぞや気持ちのいいことだろうと、思うことなかれ。

かくいう私も二、三歩進むまではそう思っていたのだが、次第に気になり始めたのだ。慣れているかと聞かれれば、それなりに耐性はついている。しかし、やっぱり気持ちのいいものではないよね!と、半ば投げやりになってしまいたくなるこれは・・・人々の視線。


一人でいる村人Aは、こちらに視線を送ったまま固まって動かない。二人以上でいる村人B~Zは、視線プラス、ひそひそ話のオマケつき。


(こんな場所でもこれなのね・・・。)


うんざりした。こんな見知らぬ地でも、結局私という存在の在り方は変わらないのだろうか。

勿論、此処での視線の殆どが好奇心からくるものであることも分かっている。それは、経験上分かるんだ。

分かるんだけど・・・。


「ちっ。」


やはり、鬱陶しいものである。

視線から逃れたくて、私は足を速めた。それでもちょいちょい感じる視線に、いい加減「なにか御用ですか?」と、聞いてやりたくなって来た頃。

前方に、何かが見えた。それは小さな人影で、なにやらピョコピョコとその場で跳ね続けている。

気になって近づいてみると、人影は小さな男の子で、大きな木に向かって精一杯手を伸ばしながら、ジャンプを繰り返していた。

恐らく、木の上に何か引っ掛けてしまったんだろうけど・・・声を掛けるべきか、私は悩んだ。

あまり面倒ごとには関わりたくない。関わって、痛い目を見るのはもう御免なのだ。


その場を後にしようとする私の後ろでは、尚も小さな身体が跳ね続けている気配がした。

しかし、私だって自分のことで精一杯で他人にかまけている暇などないのだから、無視をしたところで責められる筋合いもなく・・・。



「ボク、どうしたの?」


やってしまったと思った。思った時には、もう遅かった。こういう面倒なことに自ら首を突っ込んでしまう自分の性分をとことん恨んだ。

男の子は私を見て少し驚いた顔をしたけれど、ジャンプをやめるとに木の上に視線を移して、困ったように呟いた。


「木の上にボールを引っ掛けちゃったんだ・・・。」


やっぱり。木を見上げると確かに、生い茂る葉の隙間からボールらしきものが見える。暫く黙ってから、私はふと手を伸ばしてみた。背は高い方ではないが、それでもこの男の子よりは遥かにリーチが長い。案の定、私の指先はボールに届きこそしなかったものの、ちょっとジャンプすれば掴めそうだった。


「よし、お姉ちゃんに任せなさい。」


男の子の表情がぱっと明るくなったのを視界の片隅に、地面を軽く蹴り上げる。その瞬間、足に残る違和感が、妙に気になった。

だけど、ボールはすぐ目の前にあるのだ。これを掴めばいいのだから、そんなことはどうでも・・・。


(目の前?)


通り過ぎてしまいそうになったそれを、慌てて掴む。手の中を確認する余裕もなく、私の視界は青空を映した。


どこまでも、どこまでも続く、青い空を。


「れ・・・あれれっ!?」


浮力が限界を迎えて、下降し始める身体。見下ろした景色に、男の子の姿はない。

混乱しながらも、私は次に襲い来るであろう痛みを想像し、覚悟した。

それは本能というより、今まで経験してきたことから脳が瞬時に計算した・・・ものだったように思う。飛び降りた所が高ければ高い程、受ける衝撃は大きい。


近づく地面。感じたのは、一瞬の・・・。




覚悟していた衝撃はなかった。だけど、私は固く目を閉じていた。

全てが開放されたその中で、どうしようもない閉塞感。空はこんなにも広いのに、私は私を覆う世界に、押し潰されてしまいそう。


寂しい。悲しい。世界は・・・・・・・・せかいが、だから、わたしは・・・わたしは?



「お姉ちゃん、ありがとう!」


「あ・・・どう、いたしまして。」


お礼の言葉が聞こえて、反射的に言葉を返す。一瞬意識が攫われたような気がしたけれど、気のせいだろうか。

一応の微笑みをつけて掴んだボールを少年に渡すが、奇妙な感覚はまだ抜けない。半ば放心状態の私に駆け寄ってくる足音が、どこか遠くに聞こえる。

というか、駆け寄ってくる足音?


はっと我に返った時には、既に遅かった。

何故か周りを取り囲むようにして立つ村人達。思わず身構えたが、村人AだかBだかに、ずいと顔を近づけられて、堪らず仰け反いた私は危うく尻餅をつきそうだった。


「あんた、本当に勇者様なのかい?」


「は・・・え?」


顔を近づけてきた村人が、意味の分からないことを聞いてきた。と同時に、次々と口を開く他の村人達。


「本当に勇者様?」


「あの長老の言うことだから、俺ァてっきりいつもの伝説ごっこかと思ってたぜ。」


「スゲェ跳躍力だったな。確かにあれは普通の人間にゃあできねぇ。さすが勇者様だ。」


「勇者様!あれどうやってやるの?私にも教えてー!」


「ゆ、う、しゃ!ゆ、う、しゃ!」


「「「「勇者!勇者!勇者!」」」」


何一つ整理できないでいる私の周りで、勝手に始まる勇者コール。状況がちんぷんかんぷん過ぎて、頭のネジがどっかに飛んでいってしまいそうだ。


(勇者?勇者?私が勇者?)


長老は初めから私を勇者と呼んだが、それはあの人が中二病だからだと思っていた。そして、アスターは主人の妄想に付き合わされているだけだと。魔法と呼ばれるそれは、もしかしたら特殊な医療技術をただそう呼んでいるだけかも知れない。

だけど、村人達までもが違和感なく『勇者』という単語を使っているのは何故?ああ、実は此処って何かの宗教団体?


先程ボールを取った木に視線を向ける。緑豊かな村の中で一際目立つ巨木は、青々とした葉をさざめく風に躍らせながら、私達を見下ろしていた。


じゃあ、ジャンプでこの木を飛び越えた私自身には、どう説明をつける?。



混乱する頭で様々な思考を巡らせながら、私はいつの間にか村人達に引きずられていくのだった。






























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