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北の魔王が世界を救うことになった日  作者: 春我北音
終わりと始まり
1/7

プロローグ


この世界に価値なんてない。

だから消えてなくなってしまえばいい。

全てを失くしてしまえ。

壊して、壊して、

失くしてしまえ。





廊下を行く足音が妙に響く。

当初は騒がしかった私の周りは、今ではすっかり静寂に包まれている。非常に喜ばしいことだ。

口許が、微かに弧を描くのが分かる。

肩で風を切り、私は目的地へと足を進める。阻むものは何もない。

この先に待ち受ける戦いにも、きっと勝利してみせよう。




「これで何度目だい・・・北野きたの 真緒まおさん。」


「先生。フルネームで呼ぶの、やめて頂けますか・・・。」


溜息をつく担任を前に、先程までの威勢はどこへやら。私はシュンと肩を落とした。

此処、月野原高校に編入してから二月が経とうとしているが、今日までに職員室に呼び出された回数13回。なんだか不吉な数字だ。

そのせいか、廊下を歩く私を見る皆の視線がいつもより痛かったような気がする。と、少しだけ自分の中で言い訳をした。

実際は、13には何の罪もない。罪があるとすれば、己のこの手と足と頭とその他諸々であり、13は本当に悪くないのだ。

そう。己の色んな部分が暴れて一個上の先輩を突き飛ばした挙句そのまま色々拗れてドアやら窓ガラスやらを破壊したりしなければ良かっただけの話なのである。


「「はぁ・・・。」」


再び溜息をついた先生と、同じタイミングで溜息をついた私。二人の憂鬱な感情が、職員室全域に亘って染み込んでいった。


「君の場合はねぇ、叱るにもこちらの良心が傷つくというかなんというか・・・。毎度正当な理由があってやっていることだし、君のような人間は現代においてとても希少だから、先生としては出来れば擁護してあげたいところなんだ。本音を言ってしまえばね。」


「はぁ。」


「強きを挫いて弱きを助ける。うん、正しい。素晴らしいことだ。君のような人物が主人公の物語を、僕は昔から好んでよく読んでいたしね。」


「・・・お褒めに預かり光栄です。」


「しかし、だ。現実とフィクションは違う。どんなにそれが正しいことでも出る杭は打たれるし、やっかまれる。人という生き物は正義が大好きだ。自分が認める正義に限るがね・・・。いや、自分が認めなければ、それを正義だなんて思いもしない。」


先生は、一つ深呼吸をした。深く吐き出された息は、溜息にも聞こえる。私は、話の続きを待った。


「君は正しい。誰がなんと言おうと、僕はそう思う。だけど、それは僕の正義と君の正義がたまたま一緒だったってだけの話なんだ。現実は物語とは違う。主人公なんていないし、絶対的正義も悪もない。だからこそ人には、何かに合わせる力が必要になってくるんだよ。自分が生きて行きやすくするために。」


お辞儀を一つして、重い足取りで職員室を後にした。

行きはよいよい帰りは怖い。怖いながらも通っては来たが、足取りは一時間前のものと比べると、大分重かった。

あれだけ居た生徒達も今では時折すれ違う程度まで減り、明るかった廊下は、ほんのりと夕日に染められている程度で薄暗い。


「もうそんな時間か・・・。」


落ち込んだ背中に畏怖や好奇心の視線を受けなくて済むのは有難いけれど、これでは見たかったテレビには間に合いそうにない。何というか、色々と残念な日だなぁ。と、自嘲めいた笑みがこぼれた。

恐らく、今の私はトボトボというオノマトペが世界一似合う姿をしていることだろう。こんな時、一緒に歩いてくれる誰かが居てくれたなら、少しはマシに見えるのだろうか。

しかし、私にそんな人は居ない。友達も、家族も。誰一人、私の隣には居ない。



担任の話を聞くのは嫌いではない。たとえそれがどんな痛くても綺麗ごとばかりぬかさない分、あの先生はわりとマシな方だろう。

少なくとも、私のような人間から比べれば。


「あーあ・・・。」


担任が言った、自分が生きて行きやすくするための力が、私には完全に欠けていた。それは自分でもよく分かっている。

昔からそうなのだ。許せないことがあると、徹底的に反発してしまう。そんな時に喧嘩でも売られようもんならさあ大変。手は出るわ足は出るわで、オマケに名前が北野真緒(きたのまお)だから、付いたあだ名は『北の魔王』。ありふれた名前も、本人の素行によってはこんな使われ方をされてしまう。ちなみに前の学校では『破壊神』だったから、どちらかと言うとこちらの方が上手い。なんて考える余裕がある辺り、私も慣れたもんだな。と思った。

そんなことを考えているうちに、家に帰ってきた。どうせ今日も誰も居ない。分かっていながら、鍵を開ける前にドアノブを回そうとしてしまう。幼い頃からの、一種の癖のようなものである。


(分かりきってるのに。)


案の定、ドアノブは回らない。

ああ。いつもと変わらない日常だ。


真っ暗な部屋。明かりを点けると、テーブルの上に置かれている冷めたご飯。

それを電子レンジで温めて、テレビをつけて、食事をして、お風呂に入って、眠りにつくまで何となくテレビを眺めて、そして、また明日がやってくる。



これが私の日常。

・・・いつから、これが私の日常になったのだろう。

父もいる。母もいる。二人ともいる。だけど、いなくなった。

父はもともと仕事ばかりで家庭を顧みない人だったけれど、母と私の仲が拗れてからは、益々家族から遠ざかっていった。

母は、母とは、もう随分口をきいていない。




こんな性格だから、私がこんなだから、皆いなくなっていく。


分かっているのに、どうして変われないんだろう。


ああ。ああ、ああ

ああああ



『あんたなんか、産むんじゃなかった』








ああ。




この世界に価値なんてない。

だから消えてなくなってしまえばいい。

全てを失くしてしまえ。

壊して、壊して、

失くしてしまえ。



この世界に価値なんてない。


だから、全てを失くそう。





痛みが酷い。腕なのか、足なのか、首なのか。

どことも分からないけれど、確かに激しい痛みを感じている。



(あれ?)


何か違和感を覚えて、私は目を開いた。

視界に飛び込んできたのは、よく知った光景。皆席に着いて、それぞれノートをとったり、教科書を眺めたり、小さな声で談笑している子達も居る。どうやら、授業中に寝てしまったらしい。


(あ!そう言えば明日ってテストがある。)


慌てて授業に集中しようとするけれど、未だぼんやりとした意識の中、先生の講義はモヤがかかったみたいに奇妙なブレを起こしていて上手く聞き取れない。


(ああ、もう何で!!)


シャープペンを握る手が、堪らず震えた。視線を落としたノートは、真っ白なままである。

焦りと緊張と、言い知れない不安が込み上げてきて、私は耳を塞いだ。

ぼやけた先生の声に混じって、鮮明に何かが鼓膜に伝わってくる。気持ち悪い。


「北の魔王って、誰がつけたの?センスありすぎじゃない?」


「誰だっけ?知らないけど、確かに凄いネーミングセンスだよね。上手すぎー!」


「誰だっていいでしょ。北の魔王は北の魔王なんだから。知ってる?一昨日もさ、一個上の先輩と派手にやったらしいよ。まぁ、殆ど魔王が暴れて終わりだったみたいだけど。」


「知ってるー!で、二年の先輩は入院したんでしょ?マジで怖いよね。つーか、あんだけ校内で暴力事件起こしてんのに、何で訴えられないの?そうでなかったとしても退学になりそうなもんじゃね?」


何かがおかしい。


そう思うけれど、何がおかしいのか分からない。


「あーあ。早く勇者が現れないかなぁ。魔王なんだから、退治されちゃえばいいのにね。」


クスクス、クスクス。うるさい。黙れ。


「私は・・・っ、魔王なんかじゃない!!」




そこで、目が覚めた。

じっとりと汗ばんだ肌が、シーツにはり付いて気持ち悪かった。


(私・・・夢の中で夢を。)


少し荒れた息を整えて、ベッドから起き上がる。今、何時だろうか。携帯を探したけれど、どこに置いたのかさっぱり見つからない。

諦めて、私は自室を出た。なんとなく喉の渇きを覚えて、冷蔵庫へと足を進める。


「真緒。」


背後から聞こえた声に、私は驚いて振り向いた。そこには、何年も口をきいていない筈の母親が、当たり前のような顔をして、微笑みを浮かべて立っていた。


「おか、あさん・・・。」


「真緒。こんな時間にどうしたの?また怖い夢でも見た?」


優しい声音で問われ、私は黙ってゆるく首を振った。

何か言わなくちゃ。そう思うのに、何年も話していないせいか、思うように言葉が出てこない。


「じゃあ、今日はお母さんと一緒に寝よっか。あ、その前に、真緒の好きなココアいれてあげるわね。」


どこかで聞いたことのある台詞。見覚えのあるワンシーン。

鼓動が早まって、それはまるで何かの警報のように、けたたましく私の脳内で響き渡る。


「うん!ありがとう、お母さん!」


「え?」


いきなり響いた幼い声に、隣に視線を移した。

いつの間に居たのか、私の隣には5、6才位の女の子が立っていたのだ。

その子の顔は、毎日鏡で見ているモノにとてもよく似ていた。

私に、とても・・・。


「お母さん、怖い夢を見たの。あのね、一人ぼっちになっちゃう夢。皆ね、ワタシから離れていっちゃってね、ワタシはずっと真っ暗でね、それでね・・・。」


「一人になっちゃう夢かぁ。それは怖いわね。でも、大丈夫よ。真緒にはお母さんがいるでしょう。それに、お父さんだって。大丈夫。真緒は絶対に一人ぼっちになんてなったりしないからね。」


「ほんと?」


「ほんと!絶対絶対、真緒は一人ぼっちになんてならない。」



「お母さん、私ね・・・。」


「あんたなんか、産むんじゃなかった。」








怖い夢を見た。一人ぼっちになってしまう夢。

私は真っ暗だった。

真っ暗な世界で、いつかまた。そう望んだ。

だけど、それはもう叶わない。

私は、夢を見ているんだ・・・。













































「・・・・・痛い。」


身体が酷く痛む。どことも分からないけれど、確かに、激しい痛みを感じていた。

堪らず手を伸ばすと、ふいに指先が温かいものに包まれた。

それが、なんだか泣きたいくらいに心地よかったから、私は少し微笑んだ。

そして、次の瞬間。


「意識が、戻った!!」


「・・・・え?」


まったく聞き覚えのない声が、大きく鼓膜を揺さぶる。そして、それは身体に走る痛みをより強くして、私は堪らず呻いた。


「あっ、すみません・・・。傷に響きましたか?えと、ちょっと待ってて下さい!」


(傷・・・?)


よく分からないけれど、私は怪我をしているのだろうか。確かに、それならこの身体の痛みも納得できる。

でも、一体いつ怪我なんて・・・。それに、ここはどこなのだろう。

薄く開いた目で、辺りを見回した。

首を動かすことも儘ならないのでかなり狭い範囲しか見えないが、少なくとも自分の知っている場所ではないことは分かった。それに、病院でもなさそうだ。

レンガの壁に、木彫の床。そこに敷かれたカーペットは、何か動物の毛皮を継ぎ接ぎして作られているように見える。つまりは、かなりレトロな造りの部屋だ。

その窓際に、ベッドがあるのだろう。微かに感じる風と、優しく靡くカーテンに、恐らくそこに寝かされているのであろう私は、ぼんやりとそんな推理をしていた。

暫くして、扉の向こうがドタドタと騒がしくなった。なんだろう。怪我人が寝ているのだからもう少し静かにしていて欲しいものだが、その騒ぎの原因がどうやら自分であることに気づくのに、さして時間は掛からなかった。

扉の向こうからは、静かにする気などまるっきりないような大きな声達が飛び交っている。その内容は、全部こちらに筒抜けだった。


「目を覚ましたか。そうかそうか!」


「ですが、まだまだ安静が必要です。話を聞くのは傷が癒えてからじゃないと・・・。」


「分かっておるわい。ただ、ちと顔を拝みに行きたいだけじゃ。どれどれ・・・入りますぞ、娘さん。」


こちらが返事をする前に、扉が勢いよく開かれた。私は目だけそちらに寄越して、相手の姿を確認する。

そこには、齢八十といったところのお爺さんがやたらと嬉しそうな顔をして、こちらに歩み寄って来ていた。後ろには、困ったように頭を抱えている青年が一人。

どちらとも面識はないが、察するに、この人達が私を助けてくれたのだろう。

お礼も含めて、言いたいこと、聞きたいことが山程ある。私は何とか口を開くと、痛みを堪えながら声を出した。・・・ように思えた。



「ご気分は如何かな?異世界の勇者よ!!」



果たして、自分は声を出すことができていたのか。それは分からないが、お爺さんの出した声がやたらでかくて、激しく傷に響いたことだけは間違いない。

しかも、何か意味の分からないことを言われた様な気がしたが、呻くことみ精一杯で、そんなことはどうでも良かった。


「ああ、長老!!あまり大きな声を出すと彼女の傷に響きます!!」


先程までお爺さんの後ろに立って困り顔を浮かべていた青年が、今度は焦った様子でこちらに近づいてくる。しかし、その声もまたうるさい。

ダブルで傷への攻撃を受けた私は、見知らぬ恩人二人に軽く殺意を抱くのであった。




































































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