表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御伽使い  作者: 安芸咲良
9/11

その先に

 もう二度とパートナーなんていらないと思った。彼女を失ったあの日から世界が止まったかのようだった。目の前の仕事をただ淡々とこなす。そうして過ごしてきた。

 調子が狂ったのはあの子が現れてからだった。最初の印象は「バカ」だった。化学のテストごときで赤点とかアホすぎる。それが御伽使いとしての力があって、しかも彼女に近い力で、パートナーにさせられるなんて何の冗談だ。

 でも彼女とは全然違った。補習で厳しくしても喰らい付いてくるし、御伽に対しても逃げ惑うけど強い瞳で対峙していく。

 だからこそあの時、俺の不注意でケガさせてしまった時はもう駄目だと思った。一緒にはいられない。もし再び失うことがあったらと思うと、見舞いにも行けなかった。

 今日から復帰だということだったが置いてきてしまった。俺の目の前でまた危険な目に遭ったら耐えられそうもない。だがそれが今は悔やまれる。さして大した相手じゃないのだが、あの子の顔がちらついて苦戦していた。

 一人で戦っていくべきなのに。


「先生!」


 いるはずのない声がした。振り向くと、息を切らして自転車にまたがった芹沢がいた。

「芹、沢……? 何でここに……」

「吉良所長に聞いたんだよ! 何で一人で行くの!」

 自転車を立てると駆け寄ってくる。

「お前の力はいらない……」

「うるさい! まだ捕獲できてないじゃん! 御伽じゃま、ちょっと先生と話があるからさっさと戻って」

 俺が苦戦していた相手をあっさりと捕獲してしまう。こうも力を使いこなせるようになっていたのか。

「先生」

 その声はとても冷ややかで、その目は俺を射抜くように見ていて。あぁ、やはり怒っているよな。……当然か。

 芹沢は手を振り上げた。俺は思わず目を瞑る。


 バチン!


 小気味のいい音が辺りに響き、衝撃が俺の頬に……こなかった。

 目を開けると自分で自分の頬を叩いた芹沢がいた。

「芹沢……?」

「所長に彼女さんのこと聞いた!」

 その言葉に俺は怯む。あいつはやっぱり話したのか……。

「大事な人がいなくなってしまうのは辛いだろうなって思うし彼女さんに似た私が近くにいるのはイヤなのも分かる! でも私は死んでも生きてやるよ!」

 芹沢の目には涙が浮かんでいた。それでも強い瞳で俺を見つめている。

「私はまだ、うまく力を使いこなせてないし、頼りないかもしれないけど……。がんばるから……。だから、離れていったりしないで……」

 そこで俯いてしまう。さっきのビンタは自分への喝入れか。

「所長も、涼子さんも、順平さんも、みんな先生のことを思ってるんだよ……? 勝手に一人になったりしないで……」

 何をやっているんだろう、俺は。こんな小娘泣かせて、みんなに心配掛けて。彼女が最期に言った言葉をずっと忘れていた気がする。


『託馬。私を忘れろとは言わない。だけどみんながいることも忘れないでね』


 芹沢はまだ泣き続けている。

「ほら、顔上げろ。俺のパートナーがそんな腑抜けでどうする」

 そう言って頭を乱暴に撫でる。

「え……?」

 ようやく顔を上げた芹沢の手を引いて自転車のところへ向かう。

「そこまで言うなら一生俺のパートナーでいてもらうからな。しっかり働けよ」

 顔だけ向けてそう言うと、芹沢は満面の笑みを浮かべた。……これは意味が分かってないな。言うのに結構勇気がいったのに。まぁ分かられても困るか。

「ほら、病み上がりなんだから後ろ乗れ」

「教師が二ケツしていいの?」

「……学年主任には黙っとけよ」

 そうして事務所に戻った。


   *


 それから。

 夏休みも残すところあと一日である。今日が補習の最終日だ。

「よし、一応合格点」

 確認テストの採点をした先生が言う。

「やっ……たぁ……」

 思わず伸びをした私の頭を先生がペンで小突く。

「一応だからな、一応。ギリギリにも程がある。二学期も気を抜くなよ」

 痛い、痣になったらどうしてくれるんだ。合格点なんだからいいじゃないか。

「それにしても濃い夏休みだったなー」

「御伽使いの仕事はまだ続くんだぞ?」

「分かってるよ! そうじゃなくて先生との補習も何だかんだ言って楽しかったなってこと!」

 言ってからしまったと思った。私の気持ちばれるじゃん!

「分からないことがあったらいつでも来いよ」

 ……良かった。先生は気付かなかったようだ。

 先生の心にはまだ彼女さんがいるんだろう。死んだ人には適わないのかもしれない。でも絶対いい女になって、先生を振り向かせてやる。


 ピー! ピー! ピー!


 先生の携帯が鳴った。

「ほら、仕事だぞ」

「うん!」

 私は先生の背中を追った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ