過去
「あすかちゃん、具合はどう?」
吉良所長が顔を覗かせた。
あれから私は一週間入院する羽目になってしまった。自宅療養でも大丈夫そうだったけど、先生が「大事にしろ!」とむりやり入院させてしまったのだ。
「いいですよー。明日退院ですし」
もう寝返りも打てるようになっていた。元々そこまで大したケガじゃないのだ。それを先生が……!
「本当に悪かったね」
所長は椅子に腰掛けて沈んだ表情でそう言う。いつものふざけた様子からは想像もできない。
「いや、そんな顔しないでくださいよ。この間涼子さん達に言われてからそれなりに覚悟はできていましたし。それより」
私は言いよどむ。これを聞いてもいいのだろうか?
「……私がケガした時、先生が『また失うかと思った』って言ってました。あれは、どういう意味ですか?」
あの時は聞き返せなかったけど、私が危険な目に遭ったのはあれが初めてだ。私のことじゃない。それに順平さんも何か言っていた気がする。
所長はしばらく黙っていた。そして窓の外を見るとぽつりぽつりと話し出す。
「もう三年になるかなぁ。うちにね、すごく力の強い御伽使いがいたんだよ」
所長は立ち上がった。そして夏の日差しが降り注ぐ外を見やった。
「未完成だった捕獲システムを完成させて、彼女の御伽捕獲率は一番だった。その頃に託馬君が入ってきてね。二人はパートナーになったんだ。託馬君もあの性格だから、最初はケンカが絶えなくてねぇ。でも彼女の方が年上だったから適当にあしらってる感じだったけど。まぁそれなりにうまくやっていた」
その話を聞いて何となく気が付いた。二人はもしかして。
「いつしか二人は恋仲になっていてねぇ」
やっぱりそうなんだ……。あの容姿でそこまでストイックだったら逆に心配になるところだ。前にガキには興味ないって言ってたことにも頷ける。チクリと痛んだ胸のことについては考えないでおく。
「御伽使いとしてもなかなかいいコンビだったからあの日も二人で現場に向かわせた。だけどそれが間違いだったんだ」
所長の表情は陰りを帯びていく。
「御伽化したのは鬼だった。忘れられて久しい物語の。その悲しみが怒りに変わっていたんだね。あの二人でも手に負えなかった。一旦引こうとした時、鬼が託馬君に襲い掛かったんだ。それを庇おうとして彼女は……死んでしまった」
病室に静寂が訪れた。前に順平さんが言っていた。御伽のせいでケガしたら適当な理由で御伽のせいじゃなくなっちゃうって。
「それで……その人は、どうなったんですか?」
所長は皮肉な笑みを浮かべた。
「全ての人の記憶から消えてしまったよ。親も、友達も、みんな彼女のことを忘れてしまった。僕ら御伽使いだけは彼女のことを覚えていられたけどね」
そうして所長はまた椅子に座った。
「ねぇあすかちゃん。彼女もね、端末なしで捕獲できたんだ。まだ発揮できていないけど君も彼女並みの力があると思う。だからって君にこんなことを頼むのはお門違いかもしれないんだけど……。託馬君を救ってやってくれないか?」
「え?」
「託馬君はまだ彼女に捕らわれたままだ。あんな形で彼女を失って、今もがむしゃらに御伽に挑んでいる。僕は託馬君が死に急いでいるようにしか見えないんだ」
私は先生を庇った時のことを思い出した。先生にしてはおかしいくらい取り乱していた。彼女さんのことがあったからなのか。
でも私は。
「それに、まだあの鬼は捕獲できていない」
*
さて、退院して三日後。大事を取って自宅療養させてもらって、今日が久々の仕事である。先生は、結局一度もお見舞いに来てくれなかった。
吉良所長にはまず事務所に来るように言われていた。私はちゃんと行った。だけど先生は来なかった。
「託馬君何で事務所来ないのー。え? いやそれは分からなくもないけど、あすかちゃんも戦力……あっ」
所長が電話を掛けるも途中で切られてしまった。
そうか、そこまで頑なに拒むか……。
「所長、今日の現場はどこです?」
私が纏う怒りのオーラに、所長がひっと震え上がったけど気にするもんか。普段大人しい人ほどキレたら怖いんだぞ。