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御伽使い  作者: 安芸咲良
5/11

書を読むに

 七月ももう終わろうとしている。相変わらず午前中はみっちり補習を受けて、午後は事務所に行く毎日だ。

 私も少しずつだけど、御伽使いとしての仕事をするようになった。まだ雑用レベルだけど。

「あれ? 先生一人?」

 七月の最後の日、私が事務所に向かうと先生一人しかいなかった。

「あぁ。原田と岸谷は大学で遅れるらしくて、吉良は本部だ」

「ふうん」

 補習で毎日一緒だけど、イケメンモードの先生と二人っきりになることは初めてなので何だか新鮮だ。

「先生、いつもそうしてればいいのに」

「うん?」

 先生は何かの資料を見ている。私は隣のデスクに腰掛けた。私のデスクは本当は入り口の一番近くなんだけど、誰もいないからいいだろう。

「若くてかっこいい先生の方が生徒に人気出ていいんじゃない?」

「乳臭いガキ共に人気が出て何の得になる」

 うーん、つれない。

「先生、彼女とかいないの?」

 流れで何となく聞いてみた。

「いたら邪魔だ、そんなもの。というかお前、仕事中にうるさい。それから俺が一応教師だって自覚しろ」

 あ、一応って自覚はあったんですね。

 でも一緒に働き始めてちょっとは仲良くなったと思ったのに、全然だなぁ……。そして彼女いないのか。何となく納得。

 私は自分のデスクに向かった。

 基本的にこの仕事はデスクワークが多い。御伽はまず本の文章がおかしくなるところから始まるらしい。だから本部から送られてくる本をしらみ潰しに探すという地味目な作業が基本になる。初めてここに来たとき、机に本がいっぱいあると思ったけど、あれは選定中の本だったんだ。

 そして表現がおかしかったり曖昧だったりしたところが見つかったら、それをパソコンに打ち込んで本部に送る。本部で一旦保存して、御伽が実体化したら支給された端末にデータが送られるという仕組みだ。

 なんていうか……。順平さんに言わせれば、「後手に回るなんてしゃらくせぇ!」だそうだ。確かに防ぐことはできないのかなって思う。何となくおかしいって分かるのに、御伽が実体化するまで何もできないのはなんだかなぁ……。

 そんなことを考えながら本を捲っていたときだった。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ! 


 突如先生の方から警告音が鳴り響いた。

「なっ……何!?」

 先生は立ち上がって、でもパソコンから目を離さずにいた。

「まずいことになった」

 先生の顔には焦りが浮かんでいる。

「どうしたの……?」

「この間から御伽化の兆候があったやつが御伽になりそうだ」

「何……?」

「魔女だ」

 その瞬間、向かいの棚の本が光りだした。


「あれ? 涼子今から?」

 駅を出たところで偶然順平と会った。

「補講だったのよ。順平も?」

 あー、と呟くのを聞きながら一緒に事務所へ向かう。

「……どう思う?」

 順平とはそんなに長い付き合いじゃないけど、ついこういった喋り方をしてしまう。

「正直、未知数だよなぁ。あすかちゃん、見えはするけど捕獲はまだしたことないし」

 それでもちゃんと伝わるところが何だか憎い。

 昔からこの見た目のせいで誤解されてきた。派手、なんだろう。染めてないのに髪の色は明るいし、目付きもきついらしい。周りには似た様な人たちが集まっていった。本当は本が好きだったけど、たまに読んでいると「似合わねぇ」と笑われた。だから外では読まなくなった。

 高校二年の秋である。友達みんなに用事があって、ひとりになるときがあった。折角だから図書館にでも行ってみることにした。似合わないと言われるから、入学してから一度も行った事がなかったのだ。高校の図書館は思いの外、充実していた。小さいときに読んだ童話のシリーズ。これが揃ってるのは県立図書館でしか見たことがない。懐かしくて手に取ろうとした。

「……!」

 同じ辺りの本を取ろうとした人と手がぶつかったのだ。夢中になって、隣に人がいることに気付かなかった。

「あ、ごめん。これ?」

 その人は何でもないかのように本を取って差し出してきた。

「あ、いや、えっと……」

 こんな見かけの女子がこんなファンシーな本を読むなんて笑われるだろう。とっさに言葉が出てこずに言いよどんでいると、

「俺もこのシリーズ好き。小さいときよく読んだんだ。ここの図書館結構揃ってていいよな」

と、その男の子は言った。からかっているのか?

「いや、読まないし……」

 思わずそんな返しをしてしまった。

「えっ読んだ方がいいよー。面白いよ?」

 どこまで本気なんだろうか。変だ、おかしいと言われるとこは多いがこんな風に冗談を言ってくるのは初めてだ。

「私みたいなのがこんなの読んでたらおかしいでしょ」

 苦笑いして告げる。吐いた言葉はそのままコンプレックスだった。

 本当は大好きだ。自分の部屋の本棚に大事にしまってある。幼い頃から何度も読み返した。

 だけど好きだと大声で言うには自分は変わってしまった。似合わないことをすると笑われる。

「書を読むに貴賎なし」

 その男の子は呟いた。

「え?」

「うちのじーちゃんがよく言ってたんだ。読んじゃいけない本なんてないんだ。絵本だって大人になってから読んでもいいし。大事なのは読む人の心」

 そしてくしゃっと笑う。

「読んでみなよ」

 彼は本を差し出してきた。

「俺は原田順平。君は?」

 それが順平との出会いだった。

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