彼の正体
私はまた東條さんの車に乗っていた。
いやもう吉良さんの勧誘はすごかった……。人手不足なんだよーとか、可愛い女の子のエキスがほしいんだーとか。前半はともかく後半はなんだ。セクハラで訴えられたいのか。
攻防を繰り広げる私たちに、「今日はもう遅いから」と東條さんが助け舟を出してくれた。
でも今日はってことは明日以降もあるのか……。正直オカルト系のことには関わり合いたくない。やっぱりどうしても偏見の目が先に来てしまう。二人とも霊能力があるとしても。
「吉良の話だが」
唐突に、助手席で俯いていた私に東條さんが声をかける。ランは後部座席で眠っている。
「若いエキスがどうこうは半分冗談として、人手不足は切実だ。お前がこういうことに関わりたくないのは何となく分かったが、お前の力があると助かる」
待って。冗談なのは半分だけなの?
「みんな同じような力があるんだ。考えておいてくれ」
そこで車を止める。うちの前だった。
「ところで」
降りようとする私に声をかける。
「お前学校の成績はどうだ」
嫌なことを思い出したではないか。
「……化学以外は上位ですよ」
そう言ったのは間違いだった気がした。東條さん、そのニヤリとした笑みはなんすか!
「そうか分かった。うん、それじゃまた」
説明してけー!
*
そんなイレギュラーなことが起きてから三日後。音沙汰無し、という訳ではないが日常生活を送っていた。
吉良さんのアプローチが何と言うか、もう……。
「今日のランチはオムライスだったよー」
とか、
「海行きたい!」
とか、どこの付き合いたてのカップルじゃ! と言いたくなるようなメールを送ってくるのだ。もちろん絵文字付き。いやいいんだけどさぁ……。
夏休みを来週に控えた今日。私は化学室に呼び出された。「ぜってー補習!」と爆笑する夕夏を殴っておいた。
「失礼しまーす」
正直、化学の先生は苦手なんだ。頭はボサボサだし、眼鏡に白衣でいかにも暗そうだし……。
「先生、なんでしょうか?」
「うん、期末のことなんだけどね。君、赤点だから補習ね」
やっぱりそうか……。予想していたとはいえ落ち込む。
「これが日程だから。それと」
プリントを手渡しながら先生は言う。
「御伽の件はどうする」
うわ、夏休み半分埋まってる。最悪……。ん? 今何と仰いました?
「……やっぱり気付いてないよなぁ?」
そのニヤリとした笑みは!
「お前教師の名前くらい覚えとけ。あ、覚えられないから赤点なのか」
眼鏡を外して髪をかき上げたその人は……。
ととと東條さん!?
「キャラが違う!」
「そこかよ。思春期のガキの前にこんなイケメンがいたら授業にならないだろ」
「自分でイケメン言うな! そして今はイケメンじゃない!」
論点がずれている! そりゃあ混乱もするだろう。まさかこのもっさい化学教師があのイケメンだとは思わない。
「……なんでこの前言ってくれなかったんですか」
「ん? お前全然気付いてなかったし面白そうだったから。いやー、うっかり赤点のやつだって言いそうになって危なかったよ」
そんな覚えられ方はいやだ!
「まぁ俺がうまく変装できてるってことだな」
「教師があんなことやってていいんですか……」
「こっちが本業だ。御伽に関しては支障ない」
もう溜め息しか出ないや。
「それで? どうするんだ?」
「……吉良さんが毎日メールしてくるんですよ」
「吉良……。あいつは何やってるんだ」
「今日は何を食べたーとか、暑いよねーとか」
「あいつは高校生か」
「力のことには触れてこないんです」
先生は黙って私を見る。
「私は今までこの力のせいで気味悪がられたりしてきました。こんな力なんてない方がいいとずっと思っていました。今はもう隠すことを覚えちゃったし……。でも吉良さんも先生も普通なんですよね。力を持ってるからだろうけど、普通に接してくれる」
今まで読んできた本の超能力を持った主人公たち。彼らはみんなその力を理解されずにいた。自分が主人公だなんて思わないけど、やっぱり分かってもらえないのはきつい。
「私はそれを望んでいたのかもしれません」
先生は椅子に座ったまま、黙って聞いていた。
「力になれるか分からないけど、よろしくお願いします」
私はそう言って頭を下げた。
きぃっと椅子が軋んで、先生が立ち上がる気配がした。
「力があることが特別な訳じゃないんだ」
先生は夕日の落ちる窓辺に向かった。
「足が速い奴とか、歌がうまい奴とか。みんな何かしら得意なことがある。お前はそれがその力だっただけだよ」
励ましてくれてるのか? この間の印象からきつい人だと思っていたけど、意外なところもあるじゃないか。私はくすりと笑う。
「先生、私がんばります!」
「よし、じゃあ夏休みは化学と御伽使いの特訓な」
……決断を早まったか?