【番外編】来年も
「それじゃあ今年も一年! お疲れ様でしたー!」
「かんぱーい!」
決まり文句で始まった忘年会は私の歓迎会も兼ねて、ということだった。「約半年経ってるけど……?」というツッコミは野暮だからしないでおく。まぁいいさ……。
なんだかんだで全員が集まることはあまりなかった。先生とは学校で会えるけど、仕事は携帯端末に送られてくるからわざわざ事務所に出向くことも少ないし、ペアを組んでいるのは先生とだからみんなと会うことは少なかったのだ。
「あすかちゃん飲んでるー?」
開始早々、涼子さんはできあがってしまっている。ハイ、飲んでますがこの中で未成年なのって私だけですよね? オレンジジュースおいしいさ!
「あすかちゃん、涼子は酔っ払ったらベタベタ触りまくってくるから離れといた方がいいよー?」
「にゃにおう!? スキンシップって言えバカじゅんぺー!!」
「ハイハイ。そんな涼子も可愛いって知ってるから。ほら、こっちおいで? スキンシップなら俺が取ってやるから」
あ、あの……。順平さんも酔っ払ってますよね……? 糖度がヤバイ!!
バカップルをどうしたものかと顔を引きつらせながら大人組に目をやると、グラスを片手に何やら真剣な表情で話し込んでいた。
「でも魔術師が苦しんでたのは分かるだろう? 吉良はそれを考慮しないのか?」
「いやそれは分かるよ? でも小人にちゃんと伝えるべきだったよ。あの部分を読むたび僕は苦しくなる!」
本談義してましたー! 本当にここの人たちは本バカだな! だからこの仕事やってるんだろうけど……。
ふと先生が視線をあげた。
「芹沢、どうした?」
私は無言でバカップルを指差した。先生はあぁ、といった様子で頷く。
「芹沢はアレを見るのは初めてだったな。ほら、こっち来い」
先生は隣の座布団を叩く。正直、助かったと思う反面、複雑な気分だ。
今日の先生は御伽モードで髪を上げてメガネも外している。惚れた弱みか、学校モードのモサっとした姿も最近はいいなぁと思ってるけど、やっぱりイケメンな姿にはドキドキする。先生は一生徒としてしか見てないだろうけど。
「あすかちゃん行っちゃヤダー!」
立ち上がりかけた私の腕を引いたのは順平さんだった。
「ほら、おねーさんの膝に座りなさい?」
涼子さんまで加わって、もう……。おまえら二人の世界にいろー!
「私! お手洗い行ってきますから!」
まったく……。最初から感じていたけど、この事務所にはまともな人がいないな……。
私は手を洗いながら、鏡に映る顔を眺めた。コドモ、だなぁと思う。まぁまだ高校生だから当たり前なんだけど、もう少し美人だったら良かったのにと思ってしまう。先生の彼女さんは先生より年上だったと聞いた。年の差はもうどうしようもない。だけどもう少し大人っぽかったら、先生は私を見てくれたんじゃないだろうか。
はっとした。これは嫉妬じゃないか!? 顔も見たことがない彼女さんに嫉妬するなんて! ダメだダメだダメだ!!
私は黒い感情を払うかのように、頭を振りながらみんなの元へ戻った。
「これは……」
個室のふすまを開けると、ものの見事に涼子さんと順平さんは酔い潰れていた。私が座っていた座布団まで占領して、寄り添うように眠ってしまっている。これはこれで可愛いが、さて、どこに座ったものか……。
「あれ? 所長は?」
私はテーブルを挟んだ向かい側で本を読んでいた先生に尋ねた。そこに所長の姿はない。
「あぁ、電話で外に行った」
飲み会ってこんなもんなのかな……。ていうか私の歓迎会も兼ねてたんじゃなかったっけ……。
私は複雑な気持ちになりながら突っ立っていた。
「あすか」
そんな私をじっと見つめてから、先生は名前を呼んだ。
「そんなとこに立ってないでこっちに座れ」
私は言われたとおり、先生の隣に座った。ていうか。
……あすか? あすか。あすか!?
いつもは名字呼びですよね!? え、なに!? 何かされる!?
テンパってる私はテーブルを見てはっとした。空のグラスがいーち、にー、さーん……。酔ってるのか! よし、納得!
私は視線を感じてちらりと右を見た。
「……なんですか」
「百面相。お前おもしろいなぁ」
先生はグラスを傾けながら言う。100パーセント!! 酔ってますね!!
酔っ払いの言うことは話半分で聞いとかなきゃダメだって何かで読んだ気がする。ていうか名前で呼ばれたくらいでこんなにテンパっちゃダメだ!
「ただいまー。あれ? また二人寝ちゃったんだ」
天の助け! ようやく所長が帰ってきた。照れ隠しに目を逸らしてオレンジジュースを飲んでたけど、隣からひしひしと先生の視線を感じて居心地が悪かったんだ。
「んじゃー時間も時間だしそろそろお開きにする? ほら順平くん起きろー」
口調とは裏腹に所長は容赦なく順平さんの頭を殴った。さっき「また寝ちゃった」って言ってたからいつものことなんだろうか……?
「んあー、よく寝た! 涼子起きろー」
んー、と返事はするけどまだ寝惚けたままの涼子さんを起こして、順平さんはおんぶする。そして揃って店を出た。
十二月の風は火照った顔に心地良かった。酔っ払った先生なんて見れたしラッキーだったかもしれない。勉強も仕事もスパルタだけど、今年一番のご褒美になった。
「さて、と。僕らはこっちだけど託馬くん、ちゃんとあすかちゃん送ってってねー」
所長は振り返るとそう言った。
「わかってるよ」
「じゃあ来年もよろしくね! よいお年をー」
そう言うと三人は去っていった。うぅ、この状況で二人っきりは緊張するな……。なんて考えていると、先生が手を差し出してきた。
「……えぇ!?」
「ほら、寒いだろ。早くしろ」
先生まだ酔ってるのかな……? さすがにこれは躊躇ってしまう。それでも先生は手を引こうとしないので、私はおずおずと手を差し出した。
「誰かに見られたらまずくない?」
「この格好じゃ気付かれんだろう」
年末のそわそわした空気の中を、私たちは歩いていく。来年もこうしていられたらいいなと思いながら、この時がずっと続けばいいなとも考えていた。
*
飲み会で涼子が潰れちゃうのはいつものことだ。俺は彼女の寝息を背中に感じながら、駅までの道を所長と歩いていた。
「東條さんとあすかちゃん、どうなんすかねー?」
所長は手に息をかけながら笑ってこっちを見た。
「さぁねー? いい感じだとは思うけど」
相変わらず食えない人だ。絶対荒療治で二人を組ませただろ。
「さっきなんて『あすか』って名前呼びしてましたよ」
「まーじでー!? うわーいいこと聞いちゃった!」
あ、うっかり言っちゃった。東條さんゴメンナサイ。
「託馬くん、酔った勢いでってのがない人だから珍しいなー。誰も見てないと思って油断したかなー?」
「あ、東條さんそんなに酒強いんですか」
「ザルもザル。あれはもうワクだよ」
お前が言うなって感じだけど。あんた絶対喉にアルコールろ過フィルターが付いてるだろ。
いじられるネタを提供してしまったことを心の中で侘びて、それでもいい傾向じゃないかなと思った。
「来年もいい年になるといいですね」
「そうだねー」
どこまで本心で言ってるか分からないけど、東條さんを案じてる気持ちは本当だろう。
俺だって、来年こそはいい年になればいいと思ってるんだ。




