騒ぎの真相
小野寺君は自分のベッドの上に、僕は床のクッションに、彩夏は勉強机の椅子に、と昨日と同じ位置に落ち着いた。今日学校に来ると小野寺君から、『声について分かった』と言われたので、学校が終わった後に家まで来ているのだ。ただ、せっかく原因が分かったというのに、小野寺君はあまり嬉しそうには見えなかった。
「じゃ、説明を始めるけど、今回の声の原因は『流星群』だと思う。」
昨日の帰り際に青木さんが流星群の電波観測をしていたんじゃないかとは言ったけど、それがどう『声』につながるのかはよく分からない。僕たちは説明の続きを促した。
「今回の騒ぎに関して、まず僕は勘違いをしていた。僕はてっきり何かラジオ番組を聞いていて、いきなり声が聞こえてきたのかと思ってた。こんなあからさまな作り話をなんでみんなが信じているのか不思議だった。だからこそ、最初は青木さんの自作自演だと思ったんだ。でも、昨日松井君が言ってくれたように、青木さんが流星群の電波観測をしていたなら、『声』が聞こえる可能性は十分にある。」
まだ結論は見えない。流星群と声が聞こえることと、どんな関係があるのだろう。
「ある条件がそろうと、上空100キロメートルくらいのところに、スポラディックE層というものができる。」
スポラ…何だっけ。いきなり難しい話になった。彩夏もぽかんとしている。
「名前はこの際どうでもいいよ。大切なのはこれがどういう働きをするか。このスポラディックE層は電波を反射するんだよ。だから、通常なら届かないような電波もこの層に反射されて届くようになる。調べてみたら、実際にスポラディックE層によって電波が反射された結果、韓国や中国の放送が日本でも聞けたり、沖縄のローカルラジオ放送が東京で聞こえたこともあるらしい。」
「ということは、青木さんが聞いた声は、そのスポラなんとか層で反射された、ラジオ放送だったってこと?」
小野寺君は頷いた。
「でも、『許さない』って聞こえたのは何で?他のラジオ番組からたまたまそんなセリフが聞こえてきたっていうのはちょっと考えにくいし。」
「たぶん、実際に流れてきたのは『許さない』って言葉じゃないと思うよ。人間の耳って例えば『こんにちは』の『ん』と『ち』が他の音にかき消されてもきちんと『こんにちは』って聞こえるらしいよ。オカルト番組でよく『幽霊の声が録音された呪いのCD』ってあるでしょ。あれもたいていはこの現象のせいで、ただのノイズが意味のある言葉に聞こえてるだけらしいよ。」
電波観測のためにどこの局にも合わせていない状態で、いきなり声が聞こえてきただけでもびっくりするはずだ。昼間の学校では幽霊の話で持ちきりだから、『許さない』と聞こえてしまっても無理はないかもしれない。
「なるほど、それでその層ができる原因が流星群にあるってこと?」
「うん。正確にはスポラディック層が発生する要因はいくつかあるらしいけど、流星群もその要因の1つに考えられてるみたい。ネットで調べてみたら実際に一昨日の夜に発生してたよ。」
学校であれだけ騒ぎになっているのに、原因が分かってしまえばあっけないものだと思う。最初の幽霊を目撃したという話から今回の騒ぎまで、結局全ては勘違いだったわけだ。そんな勘違いが元になって、今ではオカルト関連の話題一色というのは何だか少しゾッとする。
「何だか少し気味が悪いね。明日学校に行ったら、みんなにこれまでのことを説明してあげたほうがいいんじゃない。」
最初はオカルト話で盛り上がっていた彩夏も、ここまで来ると僕と同じような感想を抱いているようだ。
「うん、僕も自分のクラスで説明するつもりだから、伊藤さんと松井君は自分たちのクラスで説明して。ただ、これだけ盛り上がってるんじゃ、誰も信じないかもしれないけどね。」
少し自嘲気味な表情のあと、小野寺君は神妙な面持ちで口を開いた。
「ただ、気になるのは偶然にしても出来過ぎていないかってこと。『幽霊の目撃』、『光の玉』、『幽霊の声』、どれも確かに起こりうることではあるけど、立て続けに、それも2週間くらいの短い期間で次々と起こるのはちょっと腑に落ちない。」
「でも、誰かが起こそうとして起こせる偶然じゃないよ。」
確かにそうだけど、小野寺君の言いたいことも分かる。
「じゃあ、とりあえず最初から一連の騒ぎについて確認してみようよ。」
僕の提案に彩夏と小野寺君も頷いた。
「まず、最初の幽霊を目撃したという話だけど、校内新聞が貼りだされた次の日で講演会の前の日だったよね。そして原因はプルキンエ現象。」
「私が聞いた話では、校内新聞で『祟』について触れられてて、それで現場に行ってみようってことになったみたい。」
小野寺君はノートを広げて一連の騒ぎをメモし始めた。想像はしてたけど、整ってて読みやすい字だ。
「次の『光の玉』だけど、起きたのは講演会の日で話題になったのはその翌日。原因は単なる埃。あの写真を撮ってたのって誰だっけ?」
「新聞クラブの子だよ。たぶん次の校内新聞に載せるためのものだと思う。」
「そして、今回の『声』か。一応、1つ目と2つ目の騒ぎでは、新聞クラブが間接的に関わってるっていうつながりはあるけど、3つ目の騒ぎは特に新聞クラブに関係することはないかな。」
小野寺君はメモをとるのをやめて腕を組んだ。やっぱりただの偶然なんだろうか。
「あ、そう言えば松井君と伊藤さん、それに青木さんも電波観測について知ってたけど、クラス全員が知ってるの?あんまりメジャーな観測方法じゃないと思うんだけど。」
「うん、少し前に先生が朝の会で言ってた。」
電波観測に関しては意外だったこともあって、先生が朝の会で言ってたことをよく覚えている。
あれ?先生と言えば新聞クラブと関係あるじゃないか。
「3つ目の騒ぎに関しても、新聞クラブに関係するよ。」
「本当!?」
「うん、だって僕達の担任は高橋先生だよ。」
何を隠そう高橋先生は新聞クラブの顧問だ。
「なるほど、じゃあ一連の騒ぎには全て新聞クラブが関係することになるね。いや、正確には『高橋先生』が関係することになるのかな。ただ、1つ分からないのが、仮に高橋先生が、一連の騒ぎを意図して引き起こしたとして、どんなメリットがあるんだろう。」
小野寺君は再び腕組みをして考え込んでしまった。そんな様子をみかねたように彩夏が声をかける。
「そんなの簡単だよ。」
「え、動機が分かるの!」
自分に全く分からないことを、彩夏が簡単と言ったことによほど驚いたのか、小野寺君はベッドから腰をあげて彩夏に詰めよった。
「ううん、原因までは分からない。でも調べる方法はあるよ。」
次の言葉を待つ僕と小野寺君に彩夏は少しいたずらっぽく笑った。
「直接聞いてみようよ!」




