幽霊の正体見たり枯れ尾花
一度家に戻り、自転車で彩夏の家に向かった。彩夏の家から幽霊が目撃されたという工事現場までは、自転車で15分ほどかかる。午後から降りだした雨は止み、雨がアスファルトを濡らした独特の匂いが鼻をついた。この独特の匂いは嫌いじゃない。
当然のことながら、工事現場では今日も工事がされていた。ブルドーザーやクレーン車、それに名前は分からないけど大きな機械がたくさん動き、振動も感じられる。辺りには工事標識もたくさん設置されていた。
「あんまり幽霊とかが出そうな雰囲気じゃないよね。」
「工事現場」と聞いて、どちらかと言うと今から木をなぎ倒していくような森に近いところだと思ったんだけど、ここは既に木が薙ぎ払われているし、機械も多くて幽霊が出そうには思えない。ただ、幽霊と引換に蚊はかなり出そうな雰囲気なので、できれば早くここから立ち去りたかった。
「うーん、私もちょっとイメージしてたのと違うかも……あっ、あそこにも私達くらいの子がいる。同じ学校の子かな?」
彩夏の指差す方を見ると確かに同い年くらいの男の子が工事の様子を見ながら、メモをとっていた。まあ、学校ではこの話題で持ちきりだったし、彩夏の他に一人くらい、ここに来る人がいても不思議じゃない。
『祟なんてそんな非科学的なこと有り得ないよ。』
小野寺君がここにいたら、僕も含めて3人とも絶対こう言われるね。そう言えば、あの男の子、何となく小野寺君に似てる気がする。
「あれって小野寺君じゃない?」
彩夏がそう言って僕の手をつかんで小野寺君らしき人に近づいていく。さっきは遠くからでよく分からなかったけど、この距離なら分かる。間違いなく小野寺君だ……
「小野寺君!」
彩夏の声に小野寺君は相当驚いたようだった。僕たちに振り向くと同時にばつの悪そうな顔になった。確かにここにいるってことは『僕は幽霊の話が好きです』って言っているようなものだしね。『有り得ない』と言い切っていながらここにいるのはちょっと気まずいだろうな。そこに触れるのはちょっとかわいそうだと思っている僕をよそに、彩夏がストレートな質問をぶつけた。
「小野寺君も幽霊とか話好きなの?」
これを皮肉ではなく素朴な疑問として質問できるのが彩夏のすごい所だと思う。良くも悪くもね。
「そんなわけないでしょ。昨日祟なんて有り得ないって言ったじゃないか。」
僕の心配は全くの見当違いだったようだ。
「じゃあ、何でここにいるの?」
「『有り得ない』ってことを証明するため。まあ、『ない』ってことを証明するのは『悪魔の証明』と言って困難だから、昨日うちの生徒が見たっていう幽霊は見間違いってことを証明しようとしてるところ。」
途中でよく分からない言葉が出てきたけど、要するに小野寺君も幽霊騒動は見間違いだと思ってるってことか。
「それで、見間違いってことは証明できそうなの?」
「うん、たぶんね。原因はあれだと思う。」
小野寺君はそう言って工事標識を指さした。
「どういうこと?」
思わず彩夏と声が重なる。
「プルキンエ現象。人の目の錯覚で、車に載っていて見える幽霊はたいていこの現象が原因。」
『プルキンエ現象』初めて聞く言葉だ。彩夏と僕は説明を求めた。
「人の目は暗いところでは青が見えやすく、赤が見えにくくなるようにできてる。だから、薄暗いところで青色や赤色の物を見ると、実物とは違って見える現象のことだよ。ここにたくさん置かれている工事標識の中には赤色や青色が使われているものが多いでしょ。それを見間違えたってわけさ。」
確かに彩夏の話では「青い顔をした幽霊」を目撃したってことだから、工事標識の青色が他の色よりはっきり見える状態で、それが顔に見えてしまったのかもしれない。小野寺君はたたみかけるように説明を続ける。
「僕が聞いたところによると、幽霊を見たという子は学校の帰りに見たっていう話しだけど、下校時間から考えて5時前くらいだと思う。この季節の5時過ぎなら十分明るいけど、昨日は雨が降っていて曇り空だから辺りは薄暗くなり始めていたはず。それに、昨日の時点で校内新聞には『祟』の記事が載ってたから、ここに来るとしたらどうしてもそのことが頭をよぎると思う。そんな状態なら、なおさら『幽霊』と見間違える可能性は高くなるよ。」
小野寺君って本当に僕達の同級生なんだろうか。知識もそうだけど、よくこんなに頭が回るよな。彩夏もさぞ関心してるだろうなと思って横目で見ると、何だか不服そうな顔だ。
「じゃあ、幽霊なんかじゃなくて、ただの見間違いだったってこと?」
「もちろん、昨日から言ってるじゃない『そんな非科学的なこと有り得ない』って。」
ちょっとだけ小野寺君が得意げになっているように見えた。一方の彩夏は期待がはずれてしまってしょんぼりしている。
この後、小野寺君は塾があるといって早々に帰り、僕も彩夏も特にこれ以上することがなかったので、そのまま家路に着いた。
これで、校内がオカルト話で盛り上がることはもうないだろうと僕は思っていた。次の日学校へ行くまでは。




