シンデレラストーリーは始まらない
妹ができると聞いたとき、ドルシーは不思議に思って首を傾げた。アリスお姉さまを見ると澄ました顔で前を向いていて、お母さまを見ると、お母さまは苦々しげな顔を隠そうともしなかった。父はそんなお母さまに気付いていないのか、ドルシーより少し小さな女の子を連れてきた。
「レイラだ。」
質素なワンピースを着た少女は不安げに父を見上げていた。それがレイラと出会った日であった。
父は滅多に帰ってこない。それでお母さまは時折、癇癪を起こした。
レイラは父が余所に作った子であることはすぐに分かった。数少ない使用人しかいない屋敷だが、その質もさりとて良いものでは無い。
「そうして、おひめさまは、しあわせに、くらしました。」
ドルシーは一人で本を読んでいた。王立図書館で出会った素敵な男性がいて、彼に会うためにドルシーは図書館に通いつめていた。最近は一人で詰まることなく本を読めるようになったから、彼の読んでいた本を追いかけるように読むようになった。
ふう、と一息ついて本を閉じる。素敵なお話。お姫様が王子様と幸せになる話。お姫様は虐められていたけれど、舞踏会で王子様に見初められるの。彼女は家で継母と二人の義姉に……。
「……うん?」
少し首を傾げて考えた。
「……うぅん?」
そう、お姫様は母が死んで父が迎えに来て、そこには新しい母と姉がいて。
「…………んー?」
傾げすぎた頭がぽてんとクッションに乗った。そしてドルシーはソファーから転げるように立ち上がった。
「キャーーーーーー!!!」
絹を裂くような悲鳴は屋敷中に響き渡った。
何事かと使用人が駆け付けて来るよりも早く、ドルシーは駆け出した。左の手には本を抱えたまま、廊下の掃除をしていたレイラを右の手で引っ張って、目を回したレイラを引き摺りながらお姉さまの部屋へと駆け込んだ。そこには驚いた顔のお姉さまと、眉をひそめたお母さまと、おっとり笑うお姉さまの家庭教師の先生がいた。
「いけません、おねえさま、おかあさま、わたくし、足を切られるのはイヤですわ!目をつぶされるのもイヤですわ、どうしましょう、おかあさま、たすけておねえさま、ショケイはとってもこわいですわ!!!」
わんわんと泣き叫ぶドルシーに、皆は顔を見合わせた。駆けつけた使用人たちも首を捻るばかりなので、お母さまは困ったようにしていた。
「ドルシー、どうしたの?何を怖がっているの?」
お姉さまは優しくドルシーに近付いて、左手の本を受け取った。そして右手のレイラを見て少しだけ目を伏せた。
レイラも何がなんだか分からない顔をしながら、慌ててひれ伏した。強く握られた腕を離すことができなかったから、不格好ではあったけれど。
それがまた悲しくて、ドルシーは泣いた。
「おねえさまはお歌が大好きですのに!おねえさまののどをつぶされてしまったら、お歌が歌えませんわ!おかあさまのピアノも、指を切られたらひけませんわ!わたくし、おねえさまもおかあさまもやさしくて大好きですのに!ピアノと、お歌にあわせておどるのが大好きですのに!」
「なんて恐ろしいことを言うの?そんなことを誰かが聞かせたの?」
お母さまはそっとドルシーを抱き寄せる。ドルシーの右手はレイラを掴んだまま、残った全身でお母さまにすがりついた。
「あらまあ、もうこんなにご本が読めるようになられたのね。」
お姉さまの手から先生が本を受け取る。
「ドルシーお嬢さまの心配は、この物語からかしら?」
ドルシーはコクコクと頷いた。不思議そうにするお母さまに、少し困ったように先生が眉を下げる。
★
「あの日のドルシーお義姉様のおかげで、今の私は幸せなんですよ。」
ドルシーの髪をときながら、レイラは歌うように話す。
「……知らない。そんな昔のこと、覚えてないわ。」
「泣いて泣いて倒れてお熱を出したのに、ずっと私の腕を離さなくて。お義母様とアリスお義姉様もそれはそれは困ってらして。」
「口じゃなくて手を動かしてちょうだい。」
忘れる訳がない。不遇を乗り越えた主人公が幸せになるお話。それは同時に、継子虐めをした母娘が断罪されるお話。自分もそうなるのではないかと、大好きな母と姉もそうなるのではないかと、怖くて泣いたあの日。
倒れた後の事はよく覚えていないけれど。母と姉は目覚めたドルシーを強く抱き締めてくれた。
レイラはと言えば、結局のところ使用人扱いのままである。
けれどその環境は少しばかり変わった。きちんとした食事や教育も与えられることとなり、最終的にはドルシーの侍女のような形に収まった。
母はやはり複雑なようであったが、レイラ自身に罪はないと認めたようだった。
「ですから、私のことは気にせず、幸せなお嫁さんになってくださいね。」
「幸せもなにも、政略結婚よ。アタシもアンタもね。」
「政略で幸せになれないなんて決めつけちゃ駄目ですよう。」
この家で過ごすのもあと少し。レイラは王子様に見初められることもなく、父の決めた相手のところに嫁ぐことが決まっている。
ドルシーもそうだ。父は家の中のことなど顧みることなく、時折顔を見たと思えば決定だけを告げてまた去っていく。政略の駒でしかない娘達を気遣いもせず。淡い初恋どころか、好みの一つすら聞きやしなかった。
姉には選択権もあったようだが、父の選んだ相手の中から婿を決めただけに過ぎない。いずれはあの男を叩きのめしてやるのだと、姉夫婦は家政に励んでいる。
「もしも、嫁ぎ先で虐められたら、その時は呼んでくださいね。私が成敗して差し上げますから。」
「……泣き喚いて駄々を捏ねて見せると言うなら、呼んであげてもいいわね。」
「お義姉様がお望みならそうしますよ。」
「冗談じゃない、お断りよ。」
何が楽しいのかレイラはクスクスと笑う。キツい顔立ちのドルシーとは違い、レイラは柔らかく愛らしい。社交に出れば男達が放って置かないが、それらを華麗に躱してはドルシーに微笑むのだ。
「アンタこそ、婚家で虐められたら呼びなさいよ。最前列で観賞してあげるわ。」
「ふふ、お義姉様ったら素直じゃないんですから。」
「素直で可愛いドルシーは捨てたのよ。」
「いいえ、どんなお義姉様も私が大切にお持ちしてますよ。お義姉様のおかげで、私は幸せになれたのですから。」
生意気で可愛くない義妹。
アンタを幸せにしようとなんてしてないんだから。
それを言うとレイラはまた、素直じゃないと笑うのだろう。




