魔島さんの恋愛ブログ
趣味で、男性向け恋愛指南向けブログを書いている。
学生時代モノをかくのが好きだったとか、恋愛に傾倒していたとかそういうことは一切ない。仕事は恋愛関係の題材を扱ってることもない。
そんな風に見えないだろうし、恋愛ブログを書きつつも恋愛ブログを書く奴だと見られたくないので、職場には一切言ってない。
それに、ブログを書いたきっかけは復讐だし。
◇◇◇
「魔島さんも一回AIやってみればいいじゃん‼ 話してるうちに話通じるようになるから」
職場の昼休憩の時間、先輩が語り掛けてくる。お昼ご飯を食べながらの職場雑談は、AIの話題に侵略されつつあった。
AIで恋愛指南ブログをそれっぽく書き、200円くらい取ったり投げ銭を要求するブログはここ1年で劇的に増えた。個人的には、AIと会話するだけとか、AIで作ったものを「金儲けです! それ以外にない‼」と潔さが出てればあれだけど、「AI使うしかないんです……ぐすん」みたいな被害者面している人間は本当に気持ち悪いなと思う。
「恋愛相談も出来るんだよ~」
「そもそも彼氏も好きな人もいないので」
「え、マッチングアプリとかもしてないの?」
職場でのコミュニケーションが重要視されつつ、セクハラパワハラ自他境界繊細心理的安全性諸々の包囲網でより生き辛さを感じる昨今。
何もかも振り切るような部長のコンプラ違反に見舞われた。
「なんか……いいかなって」
私はコンビニ弁当のナポリタンヅラしたケチャップ炒め麺を白米にこすりつけながら、言葉を選ぶ。
出会いの候補にマッチングアプリが入ってきても、違和感がなくなったのはいつからだろう。
前までマッチングアプリとナンパや遊びはどう考えても異音同義語だったのに、今では婚活の立派なツールとして活躍している。
しかも結婚相談所に登録しているとか地域の街コンに登録しているというと必死感が出るけど、マッチングアプリだとそういう部分がいい感じに和らぐ。
結婚相談所では失敗が許されない感じ。連敗するとダメ人間のレッテルが新たに追加されるけどマッチングアプリで惨敗は絶妙に傷つかない。そういうところがウケているのかもしれない。
「魔島さんって案外ロマンチストだったり?」
先輩が何気なく言う。何でも笑う人だから、反射か冷笑が入っているのか判断しづらい。
「先輩はやってるんですか?」
「あー、友達がそれで結婚したよ」
先輩の友達。
知りもしない他人の近況にダメージを受ける年齢になってきた。
大体の出身や住所の位置、偏差値や価値観の釣り合いが取れていたはずのクラスメイトたちは、結婚、妊娠、出産、育児、どんどんライフステージを変えていった。もう私が願う時間も向こうが願う時間も重ならない寂しさは、当事者ではない高齢化ニュースや健康問題の番組から派生する将来の不安を増幅させるにほうへ向かう。
でも、結婚したいか聞かれると答えられない。
SNSで見かける結婚の責任、育児の苦悩、お受験戦争、その果て。「普通の夫婦生活」「普通の育児」で悩みたかったと願う既婚男女を見ていると鬱々としてくるし、勘弁してくれと逃げたくなる。
逆に夫婦関係に悩み「婚外」という謎単語で自己肯定感を上げてるトンチンカンを見てると、なんだこいつらってなるし。
そして相手がいないと現実に戻ってきた後、この先どうやったってお先真っ暗感が出てきて沈む。
そのわりに恋愛モノの漫画とかドラマや映画は割り切って楽しめるので、多分、徹頭徹尾中途半端なのだ、私は。
「でもさー、やっぱいつかこの人って思う人と出会いたいよね!」
部長が「きゃー」とはしゃぐ。
部長は高校生くらいの娘がいるパパだ。メールとかチャットだけで会話をしていたら20代の若い女性社員だと誤解されそうな調子だが、年齢は50半ば。娘の影響なのか恋愛系の話題に目がない。
一方、ルームシェア型恋愛リアリティーショーや、高校生がどっかに旅行に行って恋が芽生えるかみたいなものを見ると「娘がこんな風に恋愛をしてフラれて泣いたらヤダ」と、化け物じみた父性が発動するため、安全に消費できるエンタメのターゲットが職場になる。
勘弁してほしい。
それに最近は激務のせいで「アフタヌーンティーかわいい‼ 娘と行きたい‼」「パパ活に疑われたらヤダから戸籍謄本をTシャツにプリントしたら大丈夫かな⁉」と色々おかしいので、家庭の事情で納得する度を越している。
「もし好きな人出来たら、応援するからねッ」
部長は大げさに腕を振った。ノリがチアリーディング部の女子高生。娘さん剣道部なのに。たまに憑りつかれてるんじゃないかと疑う。50代男性の言葉とは到底思えない。それに前までスマホの操作も不慣れだし、娘との関係も死ぬほど悪くて、仕事場でもずっと不機嫌だった。ここ最近になってだ。チア部の女子高生ノリが始まったのは。
私は軽く苦笑いをして流す。
恋愛。
仕事ですら頑張っても報われないのだ。恋愛頑張る余裕なんて無いし、いざ始まったら浮気だとか結婚だとか考えることが多すぎて鬱々としてくる。自分からいきたくない。恋愛ドラマや映画が流行るのは、あれが身近だからじゃなくて理想的で、娯楽だからだ。現実はそうはいかない。
主人公は地味なだけで眼鏡をはずせば芸能人並みに激変するなんてことはないし、休日にイケメンとデートをして服を見繕ってもらうと周りから一目置かれるようになることもない。ありえないから惹かれるし、ありえないと分かっているから楽しめるのだ。
ありえることは生々しくて苦しくなる。
だから社会的時事ニュースを見ていると気が滅入る。人生はみんな主人公とか言うけど私はそうはならない。日常的な会議で状況を打開するような一言は言えないし、そもそも反対意見すらいえないのだ。無理。
◇◇◇
みんなでお昼ご飯を食べ終わった私は、一人スマホをいじっていた。
ブログの更新だ。
私は趣味で、男性向け恋愛指南ブログを執筆している。
50代の恋愛経験豊富で今は妻一筋のIT企業勤務の男性設定なので、その属性だけを羅列したペンネーム。
たまに「職業と学歴は本当ですか?」と疑われるが、IT企業勤務と学歴しか合ってない。
フォロワーはそこそこいる。定期購読の100円サブスクを始め、300人に1人の割合が登録したら、多分3万円くらいは貰えるだろう。全員が100円出したら会社辞めれるけど、そう上手くはいかないし、お金目的じゃない。
復讐と言っても、特定の相手はいない。
しいて言えば、「男が思う、女にモテる男」もしくは「他の男を見下してる男」全員だ。
私には男の兄弟や親戚が多く、全員クズだった。酒とか暴力じゃなく、女遊びが激しいの一点突破型の単一クズの集合系。
なので小さい頃からうっすら男が嫌いで中学と高校は女子高に通ったが、生育環境が男系だったせいで、好みも得意なことも男系だった。
そのため大学は私以外全員男、みたいな学部に入り、専攻も似たようなものだった。つまり私の周囲は、分かりやすいホスト被れ、バンドマンのベースみたいな分かりやすいクズのまわりで育った後、男性免疫のない御嬢様と女子高により進化したトンチキガールたちの群れへ通い、寡黙なヲタクや逆にしゃべりすぎボーイのサークルという、極端すぎる環境変化が発生した。
結果何が起きるかといえば、「男が思う、女にモテる男」もしくは「他の男を見下してる男」への殺意の増幅である。
女子高の仲間たちは、男性との接触経験がないことで、ゴミクズに引っかかる。
大学の仲間たちは、そういうゴミクズに見下された結果、「自分は選ばれない側」と気落ちし、ひねくれていく。
そういう現場をあまりにも目にしたので、「選ばれる選ばれない以前に自分は一緒にいたい相手を全員選ぶ権利がある」ということを伝えるために、「50代の恋愛経験豊富で今は妻一筋のIT企業勤務の男性設定」で恋愛指南ブログを始めたのだ。
遠回りだが直線距離で行くと調子乗りの男を叩き続けるブログになってしまうし、そういうブログはおそらく男全般叩くブログと誤解されうる。
私の射程範囲は調子乗りのクズ男のみ、世の理不尽をどうこうする志あるジャンヌ・ダルクにはなれない。
私は細々ブログを更新した。今日は「口説く必要なんてない」というもの。すぐに通知バッジが浮かぶ。コメントだった。
『更新お疲れさまです。今日の記事、とても参考になりました。上司からずっと、女口説くのも取引先口説くのも一緒だと言われていた経験があり、結構気にしていたのですが、そんなことなかったんですね』
ハンドルネーム、hantaさん。アイコンはどこかの電車。鉄道ヲタクであり、自作の鉄道模型の制作過程を自分のブログにアップしている、本当の私とギリ同世代の男性である。私はコメントの下についている反応ボタンを既読代わりに押して、業務を再開した。
◇◇◇
「傍田さん、先週ご確認いただいた書類の件なのですが、デザイナーさん提出データの確認をお願いします。弊社にて、デザインデータの改変の形跡があり、多分、場合によっては印刷が無理になるかもしれないので、うちに送られてきた一番最初の元データを出してほしくて」
「あっ、す、すみません」
午後14時、隙を狙って私は企画部に向かい、傍田さんに声をかけた。私の部署は部長こそあんなだが、新鋭のゲーム製作部署であり、スマホアプリの開発をしている。
選択肢でエンディングが変わる恋愛ゲームなら、選択肢がきちんと画面に並び、そこを選んだら、想定の物語通りの分岐をして、シナリオライターの考える結末に向かうよう、システムを整備する仕事だ。
傍田さんのいる企画部は、どういうゲームを作るか考え、シナリオライターに物語を、イラストレーターにキャラデザインを発注し、それらにあったデザインを、デザイナーと話し合い発注する、すべてのパイプを繋げる部署である。
傍田さんは32歳。私は28歳だが社歴はこちらが長く、傍田さんは誰に対しても謙虚かつ無口気味なので、私が二行以上喋るとパワハラに見えるんじゃないかとひやひやする。
「魔島……めちゃめちゃキレてるじゃん」
遠くの席でぼそっと誰かが呟く。
怒ってない。傍田さんだから。
傍田さんは穏やかで、口では自分のことをだらしないと言うが、それはもし上手くできなかったときのための保険。仕事を真面目にやろうとするタイプだ。多分それを言うと、謙遜してハードルが上がり苦しむことが予想されるので、こちらもそこまで強く出れない。
傍田さんはわざわざ怒らずとも、ミスを知った段階で自責するだろうが、「傍田さんはそういう人だよね」と黙ったままだと依怙贔屓になるので一応平等に詰める。
元々私は全員平等に詰めるタイプなので。
でも傍田さんには中々上手く出来ない。がっつり依怙贔屓してしまう。なんだったら今日だって、相手が傍田さんでなければ、「これおかしいんじゃないのか?」と思っても、データ確認なんてしない。
メールの発注を見て、こちらに不利になる文言が無く、向こうのミスであることが確実に分かる記載を探し、それがあればもう黙っている。こちらも暇じゃないので、他人のミスの対応よりも自分の部署の仕事を進めるほうが優先順位が高い。
それを全部、傍田さんが崩す。「今のうちにどうにかしないと傍田さん困っちゃうだろうな」という人間の心が出てくるので、時間がかかってもミスを潰しに行く。企画部は傍田さんがいることを感謝してほしい。
新年度というのにバカみてえなミスの対応20件くらいしてるし。しかも傍田さんは私を面倒見がいい人、しっかりしてる人と誤解しており、「ちゃんとされてますよね」と私の部長と話をしているところを盗み聞きしたが、全然違う。「狙いはお前です」と言いたいところだが法に触れるのでしない。
それに、言ったところで意味はない。
傍田さんは結婚してないが、恋はしている。
hantaの正体が傍田さんだから。正体バレは簡単だった。
傍田さんが珍しくデスクで写真撮ってるなと凝視していたら「絶対これ傍田さんじゃん」と思う写真をhantaが投稿したのだ。傍田さんが鉄ヲタということは、パスケースが鉄道開業の記念モノだったり、定規にそれっぽい絵柄があったりで知っていた。
ゆえに鉄ヲタのhantaに注目していたわけだったが、恋愛指南ブログにせっせとコメントしていた鉄ヲタが傍田さんだったとは。
鉄ヲタは何らかの開通のイベントでベストショット撮りたさに駅員さんを罵倒するとんでもない加害バケモノと、家の中を模型だらけにする無害人間、その他もろもろ分かれると聞いていたが、傍田さんは無害な鉄ヲタらしく、そこを知れて良かった。
傍田さんを見るたび、ヤバい鉄ヲタの動画がよぎらず済む。
傍田さんことhantaのブログには、「家の中、模型だらけだから結婚は無理かな、捨てられたら嫌だし」とあり、人のもの捨てる人間と傍田さんは結婚したいと思うのか⁉ そんな女に騙されないでくれという一心でブログを更新したのは記憶に新しい。
全然、私の部屋、模型だらけにして大丈夫です。
ずっと走らせてても、全然私、押し入れで寝ます。
と、言いたいところだが、普通に仕事以外で接点もなく、こうして企画部のミスを指摘しに私が向かうか、部署同士の交流で発生する飲み会で会話するだけだ。基本的に傍田さんは飲み会が好きなタイプではなく、6分1の確率くらいでしか来ない。
私も飲み会は好きじゃない。
でも傍田さんを見たい。
なので参加するが、ほぼギャンブルだ。だって6分の1だから。
しかも傍田さんのブログには「飲み会を好きで行ってる人、理解できない」とあったので、私の傍田さん目当ての飲み会参加ギャンブルが最悪の減点対象になっている。
しかも恋愛指南ブログにわざわざコメントまで書くということは、好きな人がいるってことですからね。
人生はままならない。
このインスタント失恋エピソードは部長が死ぬほど話聞いてくれそうだけど、だからこそ話をしたくないし、墓場まで持っていく。
恋愛ドラマや小説なら、誰かを好きになることに分かりやすいきっかけがある。
私の場合は無かった。「そこ」という部分が無いだけに、「そこが失われたので好きじゃなくなった」が発生せず、今もこうしていつ芽生えたかもわかりづらい感情に振り回されているのだ。
──鉄ヲタめっちゃいいじゃないですか。
そんな一言で、うっかり惚れてくれないかなと思えど、好かれたくて相手の好きを肯定するのは、ホストとかのカスみたいな男のテクニックなのでしたくない。
取引先とか便利そうな男相手なら絶対にしてるだろうけど、傍田さんだからこそしたくなかった。
なのでどんなに傍田さんの持ち物に鉄道や電車モチーフが増えようと、指摘しないようにしている。私に出来るのは、傍田さんが参加しそうな鉄道開業系イベントに、絶対外せないオフライン案件が発生しないよう、他部署のスケジュールを逆算して操作するだけだ。自分のキモさに泣く。
◇◇◇
傍田さんのデータミスは傍田さんと同じ部署の先輩のミスだった。
画像ファイルの種類は、pngとjpegその他もろもろだけじゃない。色の設定がある。WEBに掲載するのはRGB、印刷用はCMYKだ。
WEBでCMYKの画像を出すと基本的にピンクがかり、場合によっては人間の肌の色が人種問わずドピンクになりかねない。
印刷する前に分かって良かったと思えど、傍田さんの部署および企画部は全員典型的なプロデューサー脳であり、事故る前の予防を嫌う。企画や進行はある意味、誰かを支配することと紙一重だ。
自己効力感や万能感みたいなものと上手く付き合っていかなきゃいけない仕事なので、ある意味、他人の気持ちに鈍感になっていくし、最初は皆、「人と人を繋ぐ人になりたい」と思えど、だんだんそれが出来ない現実に打ちのめされ、「自分は裏方で人を支えるのが好きです、それをしています」という自分のセルフイメージを守りながらの消耗戦に変わっていく。
結果「開発はデザインにこだわりがあるからね」といった適当な事無かれ主義と傾聴を押し付けられたので、一枚印刷して見せたところ顔面蒼白で修正を始めた。死ねカスと心の中で思えど、口には出さない。傍田さんはずっと愛想笑いで、存在感を消していた。
まぁいいでしょう。私は別に自分を劇的に助けてくれる王子様を期待して生きているわけではない。それにここぞという時に誰かを助けられる人間は、物語の中では定石だが現実では異端である。
とはいえ疲れた。開発の仕事をする以上、粗さがしはしなきゃいけないし、事故の予防は第一だ。一方でどんなに事故の予防をしても、成功結果は出ないので無意味だなと思う。面倒くさい。株主総会とかで社長の質疑応答の添削係がしたい。
元々そういう部署にいた。社長室にいたのだ私は。
上にまで来てしまったトラブルはもう取り返しがつかないことが多く、うんざりして別の企業にでも飛ぼうか考えていたところ、それが社長にバレて部署新設ということで降りてきた。
やりがいはあるけど、今年の決算報告における代表の説明が「えっと」だらけで、社長室から降りたのを後悔した。あまりにも酷かったので匿名で社長行きのクレームに投書したら即バレしたので飛ぶのが先だったなと思っている。
「今日、夜開いている? ミスのお詫びに」
業務の合間、社内休憩所の自販機のボタンを押していると、傍田さんの先輩が声をかけてきた。傍田さんの先輩は大学時代アメフト、前職は商社勤務のわかりやすーい男である。
前の仕事の飲み会では、先輩の結婚式の余興でダンスをしたらしい。そのエピソードだけで死んでほしさが増す。そしてこの会社ではそういう雰囲気を少し落としているのか、英語教師みたいなチェックシャツにラフなジーパンのスタイルで、主張していた。キモいんだよ一生ジェニファーとタカヒロの休日の過ごし方について考えてろと言い返せばコンプラ違反なので出来ない。
なにがミスのお詫びじゃボケカス。「開発はデザインにこだわりがあるからね」ってこっちのこだわり扱いしてきた姿勢を詫びろ。ミスなんかどうでもいいんだよ。と思ったけど言わない。社会性があるから。
「ああ、いいですね、丁度この間のあれも片付いたことだし」
サブカル成れの果てニット帽をかぶった企画部男性社員が慣れ慣れしく追従する。「あれ、自転車通勤でしたっけ? 首のチェーン」と言いたいがやめた。人間の心がある。相手は30代後半で、傍田さんの二個上。自分は女子社員に好かれているという思い込みを持ち、女子社員との接し方および後輩指導に関して一人前面した話をするが、自分が女子トイレで冷笑されていることを知らない。
「女子同士のトイレの悪口はヤバいんでしょ」としたり顔で言う男がいるが、基本的によっぽどのことがない場合、女子トイレの悪口に女の名前は上がらない。だって男子トイレと違って全部個室だから。誰がいるか分からない。「化粧しながら陰口言うんでしょ」と知ったような口を聞く男がいるが、世の中には化粧しながら喋れる女と喋れない女がいる。家の中でコスメ配信者ごっこして遊ぶときならまだしも、限られた時間の中で化粧を治さねばならない中、口を動かすなんて器用な真似はできない。化粧は顔にする。口だって顔の一部だ。
つまり、女子トイレの悪口の登場人物は、男だ。
セクハラやコンプラ違反に関しての共有は女子トイレで行われるものである。よって、立ち振る舞いにより女子社員一人に嫌われれば、その同期及びその下には嫌われていると考えて問題ない。しかもここが難儀なポイントで、「性格が暗くおどおどしている」という、男性社会の中での減点ポイントは女子の嫌われ具合にあまり響かない。
端的に言えば「俺けっこうどんな場でもいけちゃいます」と調子乗った男のほうが、取り返しつかない嫌われ方をする。だから私の大学の同期も後輩も先輩も全員問題なかったのに、バカみてえな男ばっかり「俺行けます」という顔をするせいで、「自分はだめだ」と自己肯定感を下げてしまい、拗らせていった。
「あーその日ちょっと部長に聞いてみますね」
私はさりげなく単独飲みを回避する。何が悲しくて企画部と飲まなきゃいけない。基本的に、企画部の男が全員嫌いだった。「ステキな企画に男女は関係ない」と言うのは勝手だが、その裏には男女平等ではなく「俺は女の考えも分かる出来る俺」というキモ自尊心が隠しきれてないから。
傍田さんが現れてしまったがために、開発としてサポートしているだけなのに、企画部のゴミ共は「俺らの回しが上手いから」と勘違いしている。ちゃんと、傍田さん以外の全員、気持ち悪いと思っています。
そして、こういう二面性を、きっと傍田さんは受け入れやしないだろう。傍田さんの中の私のイメージは、しっかりして真面目すぎる人だ。終わり。
◇◇◇
なんとか飲み会を脱し家に帰りブログを書いた。テーマは飲み会に誘えないことは悪ではないというもの。私の中には根強い特定カテゴリへの否定があり、それをそのまま出さないよう対極コミュニティの変換にあてている。否定をそのまま出しても何も生まれないから。
するとすぐにhantaさんからコメントが入った。
『今日の記事、タイムリーにも、予定ひとつ聞けない自分はどうなのかと思っていたので、驚きました。読みます』
私はそっと反応ボタンを押す。今日傍田さんは誰かの予定を聞くことに失敗したらしい。複雑だ。私は失恋確定だけど、傍田さんの恋が上手くいきませんようにと願うこともしたくなかった。
出来れば傍田さんの選んだ相手が、傍田さんの模型を捨てない人であればいいと思う。
ただ、傍田さんの結婚式の写真とかは絶対見たくないので、自分でもこの感情の置き所がよく分からない。
でも傍田さん、元カノをめちゃめちゃ引きずりそうというか、結婚したあと元カノから連絡来たら、返すだろうし、返した後に不倫や浮気まではいかないまでも延々と元カノのことを考えてそうな、そういう雰囲気がある。小学校とか中学校好きだった相手を、心の中の大事なもの箱に入れてそうというか。
結婚して子供も生まれたけど、初恋のあの人は別軸ですみたいな人生の締めくくりをしてきそう。私は傍田さんが一番ですけどね、と思い直す。
まぁこれでドラマみたいに傍田さんが私に気があった場合、めちゃめちゃややこしくなるし。
傍田さんは私を50代男性の恋愛経験豊富おじさんと認識し恋愛相談をしていくわけで、私は私の攻略方法をおじさんを隠れ蓑に傍田さんに提供することになる。
それはもうあまりに犯罪。
支配みたいだし。マインドコントロールみたいになる。
そういうのが嫌だから、傍田さんの趣味に触れないのだ。傍田さんを褒めることはあるけど、それはもう、頭のタカが外れて気が狂っている状態であり、これを今出しておかないと、自分の中で相当ヤバいブツになるため、出してるにすぎない。それに50代のおじさんに扮して恋愛ブログ更新してる成人女性、終わりすぎている。
でも傍田さんが女子高生のフリして恋愛ブログ更新してたら、「キモおもしろい」が発生して好感度上がる。おわり。
女のキモいは2種類ある。キモいと思いつつちょっとかわいいと思うか、本当に消えてほしいキモさか。判別方法は簡単。キモのモの部分で音程が上がる場合は面白がりキモであり、凄く短くキモが死んでほしい気持ち悪さだ。傍田さんはその区別が出来るだろうか。
なんて、私は正気の沙汰ではない想像をして今日を終えた。
◇◇◇
「あの」
業務時間、心頭滅却していれば傍田さんに声をかけられた。何かと思えば、傍田さんは少しかしこまった調子で、企画部主催の飲み会の説明を始める。
「それで、魔島さんに出てほしいんですけど、僕も……」
その先に続くのは、私が昨日ブログに書いた指南書の文言と、丸きり一緒だった。




