第25話 番外編 side ジェンマ
その日、わたくしの主である辺境伯家四男のアルフレード様は朝から、ちらちらと周りの様子をうかがい、何か書いては消しを繰り返し、落ち着かない様子でいらした。
午前の勉強を早めに終えられると、その理由が判明いたしました。
「ジェンマ、調理場でやりたいことがあるんだけど誰に言えばいい?」
なぜ、アルフレード様が? 何をやりたいというのか? 疑問はあったが
「そうですね、奥様にお尋ねになるのがよろしいのではないでしょうか? 私が聞いてまいります。何をなさりたいのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
主の希望を叶えるのも仕事の一つです。そう申し上げると
「ううん、ぼくが直接母上の所へ行くよ。説明も難しいし、お願いもあるし」
「では、すぐに奥様に都合をお伺いしてまいります」
「うん、よろしくね」
奥様からはいつでもよいという返事をいただいたので早速向かいました。アルフレード様は奥様に何やら菓子のご説明をして、それを食べたいから作りたいのだとか。
奥様が
「料理長に作らせればよいのではないかしら?」
というご提案には、
「母上、作り方の説明が難しいのです。レシピを渡そうかと書いてみたのですが、上手く書けなかったのです」
とうつむき、しょんぼりなさったご様子。
「最初だけは、やりながら説明したほうがいいと思うのです。一度で満足の行くものが出来上がるとも思えませんし……」
アルフレード様がきゅるんと潤んだ目で奥様を見上げ、お願いしております。あぁ、あの目に見つめられたら「わかった」と了承する以外にありません。アルフレード様の可愛らしさに抗うことなどできないのです。
「わかりました。では、決して無理をせず怪我をしない。作業は料理人たちにできるだけ任せるのですよ。約束できますね?」
「はい! 美味しい菓子を母上にお持ちしますね!」
そうして調理場へ向かい、料理長やその弟子たちと見たことのない菓子を作り上げました。本日、奥様とご一緒されるお茶の時間にお出しすることとなりました。
奥様だけでなく、アルフレード様や奥様のお付きの者、調理場の者たちなど
「たくさんできたから、みんなで一緒にプリン食べよう!」
と、使用人たちにも振る舞ってくださいました。もちろん、同じテーブルではありませんが同じ部屋でいただくことになりました。さすがに調理場の者たちは
「ここで主と共に食べることはできかねる」
と使用人が利用する休憩所に下がって行きましたが。
この菓子はプリンというそうです。
皿の上にのせられた、黄色いクリーム色の菓子。上にのっているこげ茶色は、カラメルという砂糖を焦がしたものだそう。
「今日は、大きな型で少し固めに作ったんだ。少し固めのプリンは僕の好みね」
他にも、小さな容器でクリームのように柔らかなものもあるそうです。
「味も色々あって。次は母上の好きな紅茶プリンを作ってきますね! もう料理長と何度も作っているので大丈夫です」
などと、楽しそうに奥様とお話されています。
アルフレード様は「固め」とおっしゃっていましたが、スプーンで簡単にすくえる柔らかな食感で、
「甘い」
口に含んで噛むと、するんっと溶けてなくなってしまう。ミルクと卵の優しい味に、蜂蜜のしっかりとした甘さ。カラメルというもののほろ苦さが甘くなりすぎないようバランスをとっています。
「はふぅ。これは次々と食べてしまいますね」
その美味しさに、思わずため息が出る。そして、ぱくぱくとプリンを口に運ぶ止められない手。
「ジェンマ、どう?」
視線が少し下を向き、こちらを伺う不安そうな表情で訊かれました。
「アルフレード様、美味しいですよ。とても幸せになる味ですね」
そう申し上げると、花が綻ぶような満面の笑みで
「よかった! ジェンマが美味しく食べてくれたなら僕もうれしいよっ」
ぽふんと抱きついてこられたアルフレード様を、わたくしの胸元でふんわりと抱きとめ
「こんなに美味しいものをありがとうございます」
とお礼を申し上げました。
「このあと訓練が終わったヴァレリオにも届けよう! いいよね?」
「はい、そういたしましょう」
部屋にいる者たち、いえこのプリンを食べた者たちすべてがそう思ったことでしょう。そういう味のする素敵な菓子プリン。
「あぁっ!」
こんなものを幼くして作り出してしまう才能! あぁなんと優秀な主なのでしょう。それを皆に分け与える心の広さ。性別を越え、いや、人と妖精の種族を超える神秘的なほど可憐な外見。そんなアルフレード様に仕えられる喜び!
このような素晴らしい主に仕えられる私は、なんと幸運なのでしょう。
このときは、本当に幸せでした。
その後、ルクレーティアが召喚した魔人とアルフレード様が戦い、目の前から消えてしまうとは想像すらしていなかったのです。
手を伸ばせば届く距離にいたにも関わらず、全く動けず主人の盾にすらなれない護衛。見ていること以外、何もできなかったという大失態を犯しました。
ヴァレリオと共にいかような罰も受けると……命をもって責任を取りたいとの希望は、旦那様の
「その命をかけてアルフレードを探し、助け出せ!」
とのお言葉により、アルフレード様の後を追うことは叶わず……
「……はい」
と交錯する思い全てを飲み込み、従うこと以外何ができようか。
どんな小さな手がかりでもいいからと、ひたすらアルフレード様を探し続けた十年。
探す合間に時間ができれば、あのときの後悔を思い出し訓練に明け暮れました。
何者にも負けない。どんな相手でも二度とアルフレード様を攫われたりしない。守り抜く力を得るため。必ずこの手に、旦那様方の元へ取り戻すために!
あのとき、指一つ動かせず、アルフレード様に庇われ助けられて生き延びた私達。その恥をずっとさらし続けていた。
その上、この手で見つけ出すことすら叶わなかった。
そして、十年前のままの姿で、自力でお戻りになったアルフレード様。
「二人が無事で良かった」
とおっしゃってくれたアルフレード様への思いは複雑。
「ご無事で何よりでした」
本当に、本当に無事戻られてよかった。しかし何も出来ず申し訳ないという思いが溢れた。
その後も変わらずアルフレード様にお仕えしております。あの魔人と直接対峙したからというのもある。もう一つは
「僕専属のメイドと侍従は二人以外、考えられないよ」
というアルフレード様の一言によって。
今度こそこの方の期待に報いる。そしてこの穏やかに流れる時間を過ごしていただきたい。
今も
「僕の無双はこれからだよ。プリンだけで終わる男じゃないよ」
とおっしゃって、料理長と新しいお菓子を作っておられます。
「もうすでに無双されておりますのに……」
旦那様方は、アルフレード様がご提案されたリンゴポットや様々なリンゴの菓子が貴族の間で流行し、それによって辺境伯家に莫大な利益をもたらしたことなど。何らかの理由があって、お伝えしない方針なのでしょうか。考えにふけっていると
「みんなっ、みててね! 僕の今後の活躍を!!」
小さな手のひらをぎゅっと握り、キリリとした表情をなさっているおつもりのアルフレード様。
そのお姿も行動の全てが可愛らしく、見守る者たちは笑みを浮かべ、微笑ましく感じてしまいます。
アルフレード様は、妖精となったため背中に美しい羽がついております。パタパタと動くそれは本来の愛くるしさと相まって、ぱきゅんと胸を撃ち抜かれる使用人が続出するのもよく理解できます。
私もその一人ですから。
「今日はアイスだよ! あっつあつの焼きリンゴやアップルパイは、冷たいアイスと一緒に食べるともっと美味しくなるからね」
「アイスとは?」
どうやら、氷菓子のようなもののようです。
「どんな菓子なのか楽しみです、アルフレード様」
お声をかけると
「うん、ジェンマが食べて幸せになれるような美味しいアイス作るね!」
料理長やその弟子たちに、作り方を説明し始めたアルフレード様。
この穏やかな時間と楽しそうな笑顔を前に、今度こそ守り抜こうと心に強く決意いたしました。




