第20話 過ぎた時間
彼女がいた邸には、誰も入れないように結界と保存魔法をかけた。現場の保存は大事。前世の記憶で知っているからね。
助け出した進化前の光の玉の妖精と何の反応も示さない魔石の妖精を連れて外に出る。できる限りこの邸から離れたい気持ち。
これからどうするかリデスと相談しながらリンゴ畑へ向かう。
その間も頭の中をぐるぐるしているのは十年という歳月が過ぎていたということ。
ずっと家族の元に帰りたいと思っていた。思わない日がなかった。母、兄たち、そして父は……十年もの間どうしていたんだろう。
僕はそれほど長い時間が過ぎたようには感じていない。全く実感もしていないが、家族はずっと苦しんでいたのかな。それとも十年も経ってしまったので忘れられてしまっているのか。
妖精の森での時間がこれほど違うとは思っていなかった。
そして、この姿。ほとんど成長していない。妖精になって羽まで生えてしまった姿を見たら家族はどう思うのか。
過ぎてしまった十年という時間のことを考えてしまう。リデスには「ごめん」と思いながらも、半分上の空で生返事をしつつリンゴ畑に向かう。
すると、ちょうどおじいさんが本邸の方からやって来るのが見えた。
おじいさんたちは、やはり魔物の討伐に出ていてしばらく留守にしていたそうだ。
話は後にして、まずは一度休憩をしたい。
整理しなきゃいけないことが山ほどある。女王陛下にも報告しなきゃ。おじいさんにも説明が必要だね。
妖精たちを引き連れた僕たちは足取りが重い。まぁ飛んで浮いているんだけど、進みが遅いのは本当。
そんな様子をみて気を利かせたおじいさんがこの場にお茶の準備してくれた。天気もいいし、真っ赤に実ったリンゴを見ながらの休息である。遠慮なくいただく。
こんな時でも、目だけはしっかりと美味しそうなお菓子を捉えている。いやこんな時だからこそおやつ休憩は重要だ。
淹れたての紅茶は美味しい。爽やかな香りが漂い、いつもより砂糖を多めに入れて甘めにしたので疲れが癒される。
丘の上の邸で起こっていたことを話す。小さな光の玉の妖精たちは犠牲になりかけたところを助けだした。
この魔石の妖精も魔力を奪われ消えそうになった。どんな理由があろうと、自業自得ではあるけれど。
主導していた女は地下室で魔導具を使い悪事を働いていた。そこは、元々何かの研究をしていたようで、偶然見つけた女が悪用していた。
捕まえようとも思ったが
「妖精にした仕打ちが許せなかったのもありますが、ほとんど僕の私怨で彼女を消しました。勝手にすみません」
おじいさんがこの領地と人々を管理している。その中には彼女も含まれていると思うので謝罪をした。
「気にしないでおくれ。そんな悪事を働いていたのに、全く気づけず。君たちに相談された後も止めることもできず、何の力にもなれなかった。謝るのは私のほうだよ。申し訳ない」
魔法に制限をかける魔導具をつけていたので何もできないと思っていた。
何代も前にここを管理していた者が、あの邸で魔導具の研究をしていたことは承知していたが、地下室や隠し部屋があったなんて知らなかったそうだ。
後で地下室と他にそういう部屋や書物、道具などないかを探し、しっかりと調査してくれることになった。
それから、話せるのならば聞かせてほしいと僕と彼女の因縁について聞かれた。おじいさんの上司、たぶんここの領地を治める主に報告しなきゃ。消えた理由とか、必要だよね!
「昔、僕は……妖精になる前は人族だったのです」
と、あの日、ラレス家の訓練場で何が起きたのか。ルクレーティアという少女が召喚した魔人。その魔人から自分を守るため、魔人を倒すために力を出し尽くした結果、おそらく妖精の力が覚醒してしまった?
その時、自分の身体を魔力に変えて魔人を飲み込んだのか、それとも侵食したのか、
「その時、たぶん僕……魔人を取り込んじゃったんです。気づいたら光の玉になってて……それ以来、黒いキラキラが出るようになって」
僕は自分の手をふりふりして、そこからこぼれ落ちる黒いキラキラを見せた。
「魔族混じりのちょっと変な妖精になってしまったんです」
気づいたら妖精の森にいて、リデスに助けてもらったこと。時々他の妖精から魔族だと口汚いことを言われたりもあって、なんてことを苦笑しながら軽く話した。
「あぁ……なんて、やはりそうだった。なんてことだ」
おじいさんは、僕の横へすっとやってきて跪き、目に涙を浮かべ優しく懐かしむような眼差しを向ける。
突然どうしたの? わからない。
未だに緑閃竜討伐に率先して向かっちゃう強い元騎士が、そんな泣く? あんまり悲しいことは話していない。全体的にはまぁまぁ楽しい時間過ごしていたよ的な話にしたつもりだ。なぜかな。
「ずっと、探しておりました。アルフレード・ディ・ラレス様。ラレス家四男のアルフレード様でいらっしゃいますね」
「なぜその名前を? 僕を知っているの?」
「えぇ、存じておりますとも」
おじいさんは、父上の元で僕が生まれる頃まで騎士団長をしていた人だった。魔物の討伐で怪我をして引退しここの管理を任され赴任。
初めてリンゴが収穫できた年、僕がいなくなった。そして捜索の命がくだった。
何の手がかりもない中、数少ない手がかりの一つであったルクレーティアは処刑を免れここで監視のもと生かされていた。
誰かが接触するのか、彼女が何か思い出すのか、消された記憶があるかもしれないなど、あらゆる可能性を考慮しての結果。仕方なくそうした。
双子の兄たちはそんなことより、すぐにでも処刑を訴えたそうだ。父の「いつでも処刑は可能だ。何か手がかりを探し、アルフレードを見つけ出すことが最優先だ」という言葉で不承不承ながら、ここへ隔離することを了解した。
「アルフレード様とは一度三歳のお披露目の時、直接お目にかかったことがあります。捜索のための五歳当時の姿絵を何度も拝見いたしました。初めてリデスが連れてきてお会いした時、あまりにも似ていたので驚きました。が同時に、失踪当時のままのお姿でいらした。困惑いたしました。過ぎた年月や妖精の姿でしたので……まさかとも思いながら、旦那様に報告いたしました」
僕に直接確認しようとも思ったが、五歳児姿のままだし、羽のついた妖精だし。あとすっごく混乱、動揺してたって。僕からそういう話はでてこなかったし。そ、それはおやつに夢中だったのです!ごめん。
そして、またすぐに再会できると思ってしまったらしい。だから、その時は報告だけしたそうだ。
おじいさんが深刻さを増した表情で続ける。
「ですが、アルフレード様が再びここを訪れる本日まで、かなり時間が空いてしまい……。すぐ確認することが叶わず……」
軽く頭をさげ、後悔している様子のおじいさん。眉間にしわが寄り伏し目がちになりながら、さらに続ける。
「旦那様も報告後すぐこちらへ来られる予定でしたが、タイミング悪く緑閃竜の襲撃と重なりそれが叶わず」
あー、女王陛下の手紙にそんなこと書いてあったね。この領地に出たのか竜。
「父上や騎士たち、領民は無事?」
「えぇ、アルフレード様のご家族は皆様大きな怪我もなくご無事でいらっしゃいます。他の者達に重症者は出ましたが、命を落とすものはおりませんでした」
それを聞いて安心する。よかった。
「そして、現在こちらへ向かっております」
「えっ、父上たちがここに?」
「ええ、奥様とご一緒にこちらへいらっしゃるとのことです。今日明日にでも領都をご出発なさるかと。ここでゆるりとお待ちいただけないでしょうか?」
「はい!」
そして、おじいさんから最後に
「ルクレーティアを消したことは……。処刑はすでに決まっていたのです。何も気に病むことはありません。誰が手を下しても同じこと。ご自身で果たされたのです、誇ってください」
と言われた。
ずっと、ずっと家族は探してくれていた。嬉しい気持ちと同時に、小さな不安がよぎる。
僕、妖精なんだけど。
あと、十年経過問題も残っている。その間ずっと忘れずに探していてくれたのは嬉しいけれど、本当に大丈夫なんだろうか。
深く息を吸い、不安を体から追い出すように「ふぅー」と息をはいて、お菓子を一口。
うん、おやつ食べて落ち着こう!
レモンタルト。僕の一番の好物。あれ? いつの間にか追加されていた。へへへ。美味しい。
この飾りっ気のない見た目がいい。
たっぷりのレモンクリームの上にレモンの皮をすりおろしたのがのっている。見た目とってもシンプルで地味だけれどこれが好き。
サクサクほろほろの生地にはレモンの皮を削って混ぜて生地からもレモンを存分に感じられる。
レモンクリームは「ちょっと酸っぱい」って目をぎゅっとつぶっちゃう。それくらいレモンの酸味が強いのが僕の好み。
家で食べていたレモンタルトとそっくりな見た目と味だ。懐かしい味が広がる。
そして、普段よりもずーっと甘めにした紅茶を飲む。
「はふぅ」
紅茶の甘さが、レモンの酸味をまろやかにしてくれる。存分にレモンの美味しさを堪能するのだ。
おじいさんのところのシェフ完璧です! 僕の好みを完全に把握しているかのように、これ以上ない美味しいレモンタルト。
よし! 考えなきゃいけないことがてんこ盛りだけれど、いったん置いておこ。とにかく今は、存分にもぐもぐしよう! そう思った瞬間、微かな魔力のゆらぎを感じた。
直後、まばゆい光が現れ次第に大きくなっていくと同時に、ふわーっと風が吹いた。それらが消えると代わりに目の前に姿を現したのは
「……女王陛下」
レモンタルトを口に入れようとしていた開きっぱなしの口から、僕は、ぽつりと言葉を落とした。




