第2話 最悪の召喚
魔族の中でも、人の姿に近くて、言葉が通じるのが魔人。
何百年も前に封印や討伐されて以来、目撃されていなかったはずなのに――今、ぼくの目の前にいる。
「本物なのかな?」
本で見た特徴と似ているけど。そんなものを、いくら魔力が強いっていうルクレーティアが簡単に召喚できるものなのかな。
あまりのことに頭がついていかない。
ぽけーっと見上げるぼくの目の前で、そいつの姿が少しずつはっきりとしていく。
まだはっきりと姿かたちが現れていないのに、ずっと視線をむけられている気がする。目が合ったような?
護衛も兼任しているジェンマとヴァレリオが、さっとぼくをかばうように前に出る。
召喚魔法で呼び出したルクレーティアも、目を大きく見開き驚いた表情をしている。召喚された魔人を凝視しながら後ろに控えている従者に向かって
「な、なによこれ⁉ この前呼び出したのと違うじゃない!」
「……」
口の片方だけ上げ、不敵な笑みを浮かべ軽く頭をさげるだけで返答をしない従者。
「私が前に召喚した、かわいくて強い赤尖晶石の宝石幻獣はどうしたのよ!」
彼女が文句を言っている間にも、どんどん黒い霧が晴れその姿をはっきりとさせていく。
「こんなの、呼んでないわよっ。私にふさわしくないもの! こんなの知らないわ。なにかの間違いよ!」
ぼくも何かの間違いだと思いたい。
怒って興奮しているルクレーティアに近づき耳元で何か話している彼女の従者。それを聞き「それもそうね」と、彼女は悪意を含んだ笑顔で従者の話に同意する。
「そうよ……そうよね! これで、悪役アルフレードの本性が見られるはず! あなたにはずーっとイライラさせられたのよ。悪役のくせになんでそんなに呑気なの!? 本ばかり読んで、おやつ食べて、侍女と侍従たちに甘やかされて、家族に可愛がられて」
彼女が目をギラリと光らせ、ぼくをギィっと睨む。
「あなたが、私に嫌がらせをしないせいで上手くいかないじゃない。本当は私がみんなに愛されて、あなたが一人別邸に追いやられているはずなのに」
「なにそれ……」
その勝手な言いがかり。悪役じゃないし、そんなこと知らないし。前世の記憶があるからって、五歳のぼくが嫌がらせなんてするわけないよ。
ルクレーティアが無理やりやって来なければ、そもそも会うことはなかったんだ。ぼくは彼女に何の感情も抱いていなかったのに。
「いいかげん邪魔者は消えて! 魔人よ、我が命に従い悪役アルフレードを葬り去りなさい!」
何をするんだルクレーティアは! 目の前に出てきたのはとんでもなく強い魔人だ。それにぼくを消せって命令した。
そんなに! そんなにぼくが邪魔だったの? ぼくが何かしたことなんて一度もないのに。
あ、悪役として何もしなかったから問題だったのか? 悪役なんて知らないよ! なんなんだよ。
状況は最悪。
主だった騎士も魔法使いも不在だ。ほとんどが数日前からめったに現れない大型の魔物討伐へ出ている。今は最低限邸を護衛するだけの数しか残っていない。
徐々に出てくる時からソレは、じっとぼくを見据えていた。黒い霧が無くなる前から見られている気がしていた。
黒い霧がすっかり消えた今、魔人の目がギラリと光った。その時、何かが違ったのをぼくは感じた。
魔人の目は、ルクレーティアじゃなく、ずっとぼくだけを見ている。まずい。すごく、まずい気がする。
どうやったら何事もなく帰ってくれるかな。お帰りくださいといっても素直に帰ってくれそうにはない。
「ちょっと私の命令聞こえていないの? そこの魔人、返事しなさいよ! 私が召喚してやったのに、なんで主の命令に従わないの!? あんた、なんとかしなさいよ!」
魔人と従者に対するルクレーティアの甲高い怒声が訓練場に虚しく響く。
「アルフレード様、我々が……」
武器を構えさらに前に出て戦おうとするジェンマとヴァレリオを僕の小さな手で制止し
「あれ、最初からぼくだけを見てた。ルクレーティアの命令なんて関係ない。なんでかはわからないけど。だから、ぼくが――」
一瞬で目の前へ現れた魔人に掴まれた。魔人の左手の中にいるぼく。えっ?
魔人の手にキュッとつかまれた、その瞬間、地面が一気に遠ざかる。
風を切るヒュッと鋭い音を立てて、ぼくの胃がグッと持ち上げられる感覚。
目が焦点を結び直すと、はるか下に訓練場の地面が見える。
「アルフレード様!」とジェンマの悲痛な叫び声が聞こえた。
あまりに素早すぎる動きで、誰も反応できなかった。ナニこの速さ。
すごすぎる!
手を伸ばせばつかめるほどの距離にいたジェンマとヴァレリオが、呆然とこちらを見上げている。強大な力を持つ魔人の前では、人など何もできないのだ。
終わった?
ぼくの穏やかな転生ライフ。まだ五年とちょっとしか経っていないのに。
早すぎない?
妖精の血が覚醒! 魔法で無双して最強! とかそういうのはこれから始まる予定だったのに。
ぼく、ジェンマにプリン作っただけだよ。主に作ったのはシェフだけど。愛情いっぱいの優しい家族との生活もこれで終わりなの?
「お前、面白いな」
大きな口をニィーっと歪めて恐ろしい笑顔で言う魔人。何が面白いんだろ。キュッと掴んだぼくをじっと見ている。
「お前の顔……見覚えがある」
ぼくは初めましてですよ。そもそも今生きている人族であなたたち魔人に会ったことある人なんていませんよ。
ちょっと体をキュッとされ過ぎて声に出せないけど。
逃げないから、どのみち逃げられそうにないから少し力を弱めてほしい。中身が口から出そう。そのまま、さらにギュッとされたら簡単にぐしゃっとなるよ。
そんなに見てぼくに何かあるのかな。何を見ているんだろ。
「そうか、お前アレの血縁か。その顔、その魔力、確かに似ているな。オレ好みだ」
誰? 誰と似ているんですか? 初代の伴侶だったっていう妖精に顔は生き写しだと言われていますけど。
魔力まではわかりません。それに魔人の知り合いなんていませんよ。
すっごい昔、我が家の初代とかに会ったことあるのかな。それとも他の先祖? だったらすごい偶然!
たまたま召喚されてそんな魔人が出てくるなんてどんな確率なんだろうね。運がいいのか悪いのか。まぁ悪いほうだよね。
祖先と何があったのか知らないけど、きっと魔人にとってよくないことがあったのは何となく察するぼくです。
好みって? 味? 好みの味だから食べるってこと?
そういえば魔族と呼ばれる種族、魔人や魔物たちは人を食べることもあるんだっけ。
次の瞬間! 開けられた大口にぼくを放り込もうとする魔人。筋力的な力の抵抗は無理。
今のぼく、ぎっちぎちにされて指すら動かせないからね。
ならせめて魔法。まだしょぼい威力しかないけど。魔法使って全力で抵抗する。
炎の弾丸!
水の弾丸!
氷の弾丸!
と、次々と放つ。
超至近距離からなのに傷一つつかない。
風の刃を放って切り刻んだつもりでも、ほぼ無傷。かすり傷程度だ。
しょぼい。
本当に威力がないぼくの魔法。
くっそ。ぼくの攻撃なんて、何もなかったことになっている。気づいてもいない?
このまま喰われる。
この大きな口で噛まれたら簡単にブチィっだ。
ぼくの体を守る。握りつぶされないように、噛み砕かれないように、魔力をかき集めて体を覆う。
ありったけの魔力でその力に抵抗する。
途切れることなく、ずっと。
魔人の力を押し返す。
押し返せているのか?
いいや、ぼくは負けない。諦めない。
すぐそこにいる大切なジェンマとヴァレリオ。そしてぼくを大事にしてくれる家族のため。
今、ぼくがやらなきゃこの家も、領都も何もかも蹂躙される。
こいつはやる。楽しみながら壊して、みんな殺す。
そんなことさせない! 失いたくない。
こいつだけは絶対にダメ!
さらに魔力を振り絞る。ぼく自体をガチガチに守ったらそのまま魔人を覆う。
ヤツをまるごとぼくの魔力で飲み込んでやる。
魔力のぶっとい糸で魔人と繋ぎ、そのままずっと送り込み続ける。
そして奴を侵食していく。魔人の魔力をぼくの魔力に塗り替える。
ぼくの全力の魔力で!
「そんなことをしてもムダだ。ふははは」
ぱくっと真っ黒で底が見えない大口に放り込まれる。
イヤだ、イヤだ、イヤだ!
こんなふうにパクっと食べられて終わるなんて。
イヤだーー!
絶対、勝つんだーーっ!
ぼくと魔人が巨大な魔力の塊となっていく。
ぼくは体を、細胞を、すべてを変えてでもいいからと魔力を捻り出す。
あらん限りの魔力を自分の体から外に、さらに魔人の体に送り込む!
この体がなくなっても。
もっと家族と一緒に生きたかったけど。
ただ喰われて終わりよりまし。
ぼくの大切な人たちは、ぼくが守るんだー!
「うわああああーーっ!」
「な、何をしている。お前。こんなっ」
魔人の内側から、ぼくの魔力がヤツを侵食する。
どす黒い邪悪な魔力を押し出し、魔人本体を、ぼくの魔力の青白い魔力で満たしていく。
自分の体の感覚がなくなっていく。
体の境界がぼやけて曖昧になる。肉体を認識できない。
「あぁぁぁ、こんなところで終わるわけにはいかぬ。こんな劣弱なものに……」
それは、大きく、大きく膨れ上がる。魔人とそこから湧き出てきたどす黒い魔力の霧を巻き込み、飲み込みながら訓練場全体に広がる。
「我が、あるじ、の、もと、へ……ゆかねば……ならぬ」
魔人がなんか言っている。よく聞こえない。
ジェンマとヴァレリオの叫び声がだんだん遠くなる。
ぼく自体が大きくなっているのか、魔力の大きさをそう感じているのか。
体の感覚がわからなくなって……。そんな気がしているだけなのか、実際体が消えかけているのか。
今までにない魔力を出しすぎているためか。
ぼくがどうなっているのか。
魔人の声もしなくなったけど、どうなったのかな。いなくなってたらいいな。
そろそろ限界。
これ以上の、魔力、ないよ。
ぼくはこのまま……消えるのかな。




