第19話 犠牲と代償
妖精にルクレーティアと呼ばれた女。
本当にあの、ルクレーティアなの? 魔人召喚したときに会ったのが最後で、その時からかなり成長しているようだけど、どうして?
もうほぼ大人じゃん。僕が漏らした小さな呟きに反応して、女は僕に視線を合わせじっと顔を見てくる。
「あなた、私を知って……。妖精だとばかり思っていたから、考えもしなかったけど。あなたアルフレードなの? 死んだんじゃなかったの」
「死んで……ない、よ?」
「なにその間抜けな受け答え。あははは」
「死んでない! 君にあの時の仕返しをしようとずっと探してた。やっと見つけた! そういう君はずいぶん老けたんじゃないのルクレーティア」
「あら、ちょっとは言い返せるようになったのね。生意気にも。当たり前でしょ。あれから何年経ったと思ってるのよ。十年よ」
「んぇっ? 十年!?」
えぇぇー。十年!
「そういうアルフレードは、十年経っても相変わらずチビのままなのね。あははははー。魔法もしょぼいままなのかしら」
十年も経っている。本当に!? ルクレーティアのことより十年経っちゃってた衝撃がすごい。
呆然とする。僕の目からハイライトが消え、頭の中が真っ白になった。
「アルフ! しっかりしろ! 今はあの女をなんとかするのが先だ」
「そうだ、そうだった」
リデスの言葉で我に返る。後で考えよ。過ぎちゃったなら今さら考えてもしかたない。妖精時間のせいかな。ははは。
「僕は強くなったよ。魔法!」
「ふんっ! チビのままのお前なんかこの魔導具で貯めた魔力でまた私の前から消してやるわ!」
魔導具にはめ込まれた妖精の魔力を溜め込んだ魔石を取り出そうとするルクレーティア。
魔石に触れる前に彼女に風魔法を放ち軽く吹き飛ばす。ルクレーティアはテーブルから離され床に倒れる。魔導具から彼女を引き離した。
魔導具と魔石に彼女が触れられないよう、そして壊さないよう結界で包んで保護する。
「何するのよ、また邪魔する気なの。あんたがあの時いなくなったせいでこんな田舎に監禁されてるのよ。今度は絶対逃がしたりしないわよ。二度と私の邪魔はさせないわ」
「君がここにいるのはルクレーティア、自分のせいでしょ。僕と何の関係があるの。いつ僕が君の邪魔をしたっていうのさ。君が勝手に僕に突っかかってきてただけじゃないか」
ルクレーティアは僕の言葉を無視して、足元にうずくまっていた魔石の妖精をつかみ、ワンピースのポケットから小さな魔石を取り出す。妖精にその魔石を押し付ける。
「うぅぅ……」
「ほら、この魔石にあなたの魔力を込めなさい。できるでしょ」
小さなうめき声を出して苦しむ妖精。
「もう、いいでしょう。その妖精もそれ以上やったら消えちゃうよ。なんでそこまでして妖精の魔力を集めたいんだ? 集めてどうしようっていうんだ!」
「まずはあなたを消すわ。その後、私をこんな田舎に閉じ込めたヤツに仕返しするのよ。ここから解放させて。そうね。ここを乗っ取るのもいいわね」
「仕返しって。君が何かした結果、罰としてここにいるんじゃないの? あのおじいさんが、理由もなくそんなことするわけない」
「あなた、じじいのこと知っているの? ふんっ、私が何をしたって? 私は昔から特別な存在だったのよ。主人公なんだから! その私があなたを消したからってこんな辺鄙な所に十年も追いやって。能力を認めないで、こんな田舎で惨めな生活させてるのが許せないのよ」
ギリィっと歯ぎしりをし、醜悪な形相で僕を睨む。
「魔力を封じられて私の魔力が自由に使えないから、特別な私が妖精の魔力を集めて有効に使ってあげてるんじゃない! そして私を苦しめた者たちに復讐するのよ。なにもかも私をこんな目に合わせるあいつらが悪いのよ」
それほど惨めな生活ではないように見える。この邸も小さいけれど一人ではじゅうぶんな広さと綺麗さだ。
服も貴族のドレスではないけど小綺麗なワンピース。必要な時は本邸からメイドさんが来ている世話をしている様子がうかがえる。
仕事は必要とされる時、治癒魔法を使う。平民からしたらまぁまぁ贅沢な暮らし。テラスでお茶を楽しんでいる様子も見たしねぇ。
「やめろ! その妖精本当に消えるぞ」
リデスの制止する言葉も聞かない。
「いいわよ! 私のために消えるならこの子も本望でしょうよ」
「そんなことあるわけない! 僕が許さない」
ルクレーティアに風魔法を放つ。彼女が吹っ飛び鈍い音を立てて壁にぶつかる。魔石の妖精はルクレーティアの手から離れる。
「な、なにするのよ」
ルクレーティアは壁から体を起こしながら僕に鋭い視線を向ける。
「こんな魔法も防げないの? あぁそういえば治癒魔法以外は封じられてるんだっけ」
ルクレーティアにしっかりダメージを与えられた僕は少し自信を持つ。
「愚弄しないで! こんな魔導具がなければ私のほうが強いんだから」
ルクレーティアの目に怒りの炎が灯る。
「その魔石出して。君が持ってる魔石を全部出して! これ以上何もしないで反省するなら攻撃はしないよ」
妖精から魔力を奪った魔石をよこせと手を出す。
「あんたに渡すわけないでしょ。ホントバカねアルフレード」
「今のは僕の一番弱い魔法だよ。こんなのも防げない君には、これ以上何もできないでしょ」
「できるわよ! 今あんたに勝てないなら、ここでへばってる妖精に妖精国に連れて行ってもらうのよ。ほら私が治癒魔法かけてやるわよ」
柔らかな光が魔石の妖精を包む。起き上がれるようにはなったけど、弱ったまま。魔力は治癒魔法で回復しないからね。
「コイツをなんとかして、今すぐ私を連れていきなさい。そこでこの魔石を妖精王に献上するの。魔石の使い道は色々あるから喜ばれるわ。その礼として特別な能力をもらうわ」
本当に何も知らないんだな。今は王じゃなくて女王だよ。なんだか可哀想に思えてくる。
「そんな身勝手な願いを聞き届けると本気で思ってるのか! 妖精の女王陛下が妖精を犠牲にしてできた魔石を喜んで受け取るとでも?」
「小さな犠牲なんてなんとも思わないでしょ。むしろ感謝されるべきだわ。弱くて何の役にも立たないものを役立つ形に変えてあげたんだから」
「たくさんの妖精を騙して無理やり魔力を奪って、弱らせて、消して。そんなことして特別な力がもらえるわけない。僕はね、妖精にそんなひどいことをしてるヤツを突き止めて捕まえるために女王陛下から頼まれてきたんだ!」
「ならいいわ。妖精国でもこんな国でもない、この魔石と私を高く評価してくれるところに行くから」
「そんなところどこにもない。そんな望みは叶わないんだ。もうあきらめて」
「本当何もしらないおチビちゃん。妖精の魔力を込めた魔石はそれ一つじゃないのよ」
そう言って、結界の中にある魔導具と魔石を指差す。
「いくつも作って、そのうちのいくつかはすでにあるところに送り、お金に替えたんだから」
「えっ、いくつも、って。いったいどれだけの妖精を犠牲にしたんだ」
最後は声に出していたのか。僕の頭の中で呟いたのか。
「いちいち覚えてないわよ。この妖精が進化する前は、うっすら妖精が見えるだけの私が一人で集めるの大変だったんだから」
「ここに来てから見えるようになったの?」
「そうよ。こんな田舎に無理やり連れてこられて、いいことがあったというなら妖精が見えるようになったことかしら。こいつを集めた魔力を使って進化させてからは、もっと楽に集められるようになったし」
魔石の妖精がルクレーティアに問いかける。
「えっ、ルクレーティア。君が、君の魔力と俺への思いで俺は進化したんじゃなかったのか。人族と妖精が結ばれた素敵な話をしてくれたじゃないか」
「その話、信じてたの? 愚かね。アルフレードの先祖の話を真に受けるなんて。私はあの話、虫唾が走るほど嫌いよ。だいたい治癒魔法しか使えない私がどうやってあなたに魔力を渡して、妖精を進化させるっていうの? 適当に集めた妖精の魔力と、木の実を一緒にあなたに与えただけよ。それでも進化できたんだからいいじゃない」
「そんな……どれだけの妖精を犠牲にして、俺は……」
魔石の妖精の目から光が消え、小さな身体が震えている。顔色は青ざめ、表情をなくし呆然と突っ立っている。
ルクレーティアの純粋な思いと魔力、少しの自分の力で進化したと思っていたが、それは他の妖精の犠牲の上に成り立っていたものだという事実。
とても受け入れることができない事実を前にして魔石の妖精は自分の小さな手を見つめ続けた。
「もう、何呆けてるのよ。今さら。本当最後まで無能だったわ」
魔石の妖精に呆れた冷たい視線をおくり吐き捨てる。足元にいる妖精を掴み、こちら側へ放り投げる。
「これは返してあげる」
という言葉とともに。
床に叩きつけられる前に、リデスがすかさず抱きとめる。
「こっちはもらっていくけど」
僕らが目を離した一瞬。
彼女は、胸元に隠し持っていた魔石と小さな魔法陣を使って結界を無効化し、魔導具と魔石の入った袋を手に入れて
「お別れよ。あなたを消せなかったことは残念だけど。これだけ魔石があれば、まぁいいわ」
袋を振りじゃらじゃらと音をさせる。一つ二つではきかない魔石がぶつかる音がする。
「どれだけの妖精を犠牲にしたんだ。その中にはどれほど妖精の命を奪ったらその魔石の数になるんだ!」
「ギリギリ三桁には届かなかったってところかしら?」
袋から、僕の握りこぶしぐらいの大きさの魔石を取り出す。
「これはとっておきよ。私より自分たちのほうが可愛いとかほざいていた生意気な女妖精二匹分。バカにしたから、全部吸い取って詰め込んでやったのよ。思ってたより魔力だけはあったから、この大きさの魔石でもあふれるくらい魔力が貯められたわ。これで終わらせるわ」
魔石と先ほどより大きな魔法陣を胸元で広げ、ぼそぼそと詠唱を始めるルクレーティア。
あの魔法陣は何なんだ! 何枚隠し持っているんだ。一体誰から手に入れた? あの魔
法陣でどんな魔法を発動させるっていうのさ。
まさか、僕がこうなった原因の一端である、あの魔人を召喚した時と同じ!?
疑問がいくつも浮かぶが、今、考えている暇はない。目の前の敵、ルクレーティアをなんとかしなくちゃ。
その魔法だけは絶対に発動させないよ!
「終わらせるわけないよ! 君だけは許さない! 君に魔力を奪われた妖精たちの痛み、苦しみ、無念を思い知れ! 消えろ!!」
怒りに任せてルクレーティアの魔法陣へ向けて氷の弾丸を放つ。
黒いキラキラをまとった氷の弾丸は、魔法陣を貫き、ルクレーティアの胸にも突き刺さる。
みるみる彼女の身体は凍りついていく。
さらに、僕の黒いキラキラ魔力と反応し魔力へと還元されていく。魔力が失われたところから彼女の皮膚がぽろぽろと剥がれ落ちていく。
「いやーーっ。やめて。やめなさいよ」
叫ぶルクレーティア。すでに凍りついた彼女の身体からも、黒いモヤが煙のように体を覆った氷から立ち上がり、身体のみずみずしさも失われていく。
干からびていく身体はしわしわになり、美しかった彼女の姿はもうない。
口汚い罵声を上げる彼女の顔は、激しく歪み、もともと整っていた面影は跡形もなく消えていた。
それは、もう人ではないおぞましい何かになっていた。
「そう、やめて助けてと言った妖精の魔力を奪い取ってきたんでしょ。自分のしたことの報いをその身をもって受けろ!」
言葉にもならない何かを叫んでる。
その姿は、目からは光が失われ、口は大きく裂け中からちらりと見える歯は全てが牙のように尖っている。崩れ落ちた皮膚の下からは、黒とも緑ともつかない濁った肌が現れていた。
まもなく、彼女だった何かは氷に覆われ、汚い断末魔も消えた。
氷の中には真っ黒い塊になった何かが残されていた。
終わった。
……すべて、終わったんだ。
僕が、終わらせた。後悔は、ない。
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