第14話 リンゴ畑の主人
逃げてきた妖精が友達と別れたという場所までやってきた。
まだ森の中だが、少し先で木々が途切れ、森が終わっている。その先は開けていて、ずいぶん遠くに人族の建物が見える。
ついに来た!
妖精の森から人族が住んでいるところまで。
僕たち妖精の力だけでは行き詰まった。興味のない人族を妖精が判別し探し出すのは難しい。
なら人族を探すのだから、人族に協力してもらおうと思う。
「ここからだと、じいさんのところも近い」
というリデスの言葉にのっかり、おじいさんのところへ向かう。もともと会う予定だったし、一息つこう。
森を出てしばらく進むと見えてくるリンゴ畑。柵に囲まれた向こう側が一面リンゴの木。ずーっとリンゴ。壮観。
最初はもっと小さな畑だったらしいが、リデスが時々来て妖精の魔法で手伝うようになってから、みるみる増えて今の広大なリンゴ畑になったそうだ。
畑をずんずん進み突っ切っていく。石造りの平屋の建物が見えてくる。少し離れたところでいくつかの木箱が積み上げられ収穫したリンゴを一つ一つ仕分けしている男が数人。
リデスが声をかけながら、ずんずん入っていく。
「じいさーんいるかー?」
建物の中左奥の部屋に入っていく。ノックはしない。妖精だからね許される? 机に向かってなにか書いているその人が『じいさん』なんだろうね。
「おぉ、リデスか」
書類から顔を上げたのは、威厳のある年配の男性だった。かつて騎士だったというその面影を残しながらも、今はこの周辺の管理者として過ごしている。
リデスから聞いていたリンゴ畑の主人、妖精を見ることが出来る数少ない人族の一人だ。
他には光がぼんやり見えたり、声だけが聞こえたりする人が数人。それでも見えたり感じたりする人が多いと思う。
ここで働いている人はおじいさんから妖精のことを聞いているので、リデスの姿が見えなくても声に返事をしてくれるそうだ。もう何度も通っているから慣れていて驚いたりもしない。
僕の家では僕以外誰も見えなかったし、僕の従僕ヴァレリオが「ここにいるかもしれません」と、ぼんやり妖精がいる場所を指し示すことができる程度だった。他に見えるという人は身近にいなかった。
妖精の森に近いせいもあり、昔から身近に感じる人が多くリデス以前にも時々力を貸したり、関わることをしているせいだという。
妖精自体に理解があり、妖精がすることにもある程度は寛容。まぁまぁいい関係を築けているはずだった。
今の問題が起きるまでは。
「そちらが、例の話をしていた妖精さんかね?」
「あぁ、連れてきてやったぞ! 俺の大事な友達のアルフだ」
じいさんと呼ばれるその人の視線が僕だけに向けられる。どこか遠くを見てるような、何か懐かしんでるような表情で僕をじっと見つめる。なんだろ。僕の顔に汚れとか付いていた?
「アルフ、このじいさんがリンゴ畑の主だ」
「は、初めまして。えー、アルフといいます。お会いできて嬉しいです」
ぺこりと頭を下げる。まだ見られている。僕も見ちゃう。おじいさんは、それからはっと我に返ったのか、
「失礼した。いやぁ、丁寧な挨拶をいただいた。リデスと大違いじゃないか。ハハハッ」
「俺がそんなことしたら気持ちわりーだろ。それにコイツはいいとこの出だからな」
「そんないいところの出なのかい? 妖精にも人族のような、階級や貴族のような制度があったりするのかい? 初耳だね」
「いや、そんな貴族制度なんかはない。けどアルフはちょっと特別なんだ。賢いし強いし。なんてったって女王陛下にも認められるくらいな」
「そうなのかい? それは、丁重におもてなししないといけないね」
と言って、わざとらしく居住まいを正し、
「私がリンゴ畑はもちろん、この辺り一帯の領地管理を拝命しております。名は……あぁ、そうだった。妖精は覚えないんだったね」
「あぁ、名前はどうでもいい。」
「だそうなので、リンゴのじいさんでも、リンゴジジイでもお好きなように呼んでくれて構いませんよ」
「じいさんでいいだろー。会ったときからずっとじいさんって呼んでたんだから」
そうだね、と穏やかな微笑みを浮かべるおじいさん。二人がいい関係を築いているのがわかる。
「あぁ、すまない。立ち話を長くしすぎたね。ささ中へ入って」
おじいさんがそう言い終える前に、すでにリデスはソファーでくつろいでいた。いつの間に!
僕も二人がけソファー、リデスの隣に座る。僕には高さがあるソファーだけどふんわり浮いてるから問題なく座れるよ。
おじいさんは使用人を呼び、お茶の準備を指示してから席についた。
失礼だとは思いつつ部屋を見回した僕。そしてさっきから目が釘付け。壁にかけられ立派な剣に。かっこいいー。それに気づいたおじいさんが、
「剣に興味があるのかい?」
「あ、いいえ。そんな失礼しました」
「いや、かまわないよ。気になるものがあるなら好きに見てくれて」
といい、その剣は自分が仕えている主人から下賜されたものだと教えてくれた。怪我をして騎士として役に立たなくなった自分にここを管理する仕事を与えてもらい、とても感謝していると。
危険の多い領地ゆえに領主はとても厳しいが、情に厚いよい上司に恵まれたと話してくれた。
その間、テーブルに次々運ばれてくるお菓子。テーブルに全部並べられる? いける? そんな短時間でこんなに準備できるなんてスゴイ。もう食べていいのかな? 我慢できそうにないよ。
「では、続きは食べながらしようか」
おじいさんがリンゴのパウンドケーキを食べ紅茶を一口飲んだ。それを合図に、僕は横にいるメイドさんに食べたい物を伝える。妖精の姿がうっすらと見え、声が聞こえるメイドさんだ。
「これをお願いします」
リンゴの形をした器を指差す。まずはこれだよね。これから食べなきゃ。熱々の焼きりんご。もちろんリンゴポットに入れて焼いてある。
熱々だからメイドさんに蓋を開けてもらうよ。
じっと待っていると、ふぁ~と広がる香り。バターの香ばしさと蜂蜜の甘い香りだ。その香りを追いかけてリンゴが爽やかに香ってくる。蒸し焼きだからね!
この器の中に旨味と香りが一つも逃さず詰められている。香りだけでこんなにそそられるだなんて。
もう確定! 絶対に美味しいです。僕にはわかるよ。
ナイフ必要なし。スプーンでいける。しっとり柔らかなリンゴをスプーンですくって一口食べる。バターの少しの塩気が蜂蜜の甘さをぐっと引き立てる。リンゴの爽快な酸味のおかげでスッキリとした後味。最後、口の中に広がった香りが鼻に抜けて包まれる。
もう本当に絶品! これしかない。
もぐもぐもぐもぐ食べる。止まらない。口の中のリンゴがなくなったら、次を早く口に入れなきゃって気持ちになる。もうどんどん口の中に入っていく。
あっという間になくなる焼きリンゴ。
そのラストを飾るのは、器の底にあるリンゴから滲み出て濃縮された旨味の塊、リンゴのジュースをスプーンで掬って飲み干す。
「ふぅー」
と満足のため息がでる。
「口に合ったようでなによりだ。これもアルフ君のおかげだよ」
声をかけられてハッとする。忘れていた。一人でもくもく食べちゃっていた。ちゃんと料理された食べ物って久しぶりだったし。焼きりんごの香りと格別な味にやられちゃった、へへへ。
「いぇ、僕のつたない説明で作ってくださったおじいさんのおかげです」
「アルフ君の満足いく物に仕上がっているかな?」
そう言われて、リンゴポットを改めてじっくりと見る。
「あの今は真っ白ですけどリンゴみたいに真っ赤にできたりしますか?」
「あぁ、色は他の器同様に様々な色、絵付けができるよ」
「なら、色を赤い色にして。それから器の形ももっとリンゴに似せる。蓋を開ける取っ手部分は、本物のリンゴには真ん中に軸? 茎みたいなのがついてるでしょ。その形にしたらいいと思うんです」
「なるほど。とても可愛らしいものになりそうだね」
それから記憶にあるカラフルな小花柄や植物模様、幾何学模様なんかもオススメしておいた。
「あと、蓋の部分に小さな穴をいくつか開けられますか?」
「それは何のために?」
「えっと、蓋をぴっちり閉めるから、蒸気の抜ける穴が必要かなって」
前世の世界にあったリンゴポットには蒸気を逃がす穴が開いていたと思う。
「そういうことなら、職人に話してみるよ。ありがとう」
「いえ、お役に立てたならそれで。おかげで美味しいものが食べられて嬉しいですから」
ふふふー。次は何を食べようか考えていたら契約やら、利益やら色々説明された。面倒だし別にいいよって言ったけど納得してもらえなかった。
面倒なことは全部やってくれるって。
書類もわかりやすく作るってくれると。利益の分配やら対価を僕の分も確保して、面倒なら預かっておくし、お金が必要じゃなければ金額に見合ったものや、手助けや、お願いごととして受け取るようにもできるよって。
「ぜひとも支払わせていただきたい。受け取って貰わねば……妖精のよき友とは言えぬでしょう。そう有りたいと思っている私の思いを汲んでくだされ」
まぁまぁ偉いと思われるおじいさんにそこまで頭下げられたら
「はい、わかりました」
と返事する以外できないよね。
次のお菓子はリンゴタルトをお願いしたよ。前世ではタルトタタンっていうやつ。
今度はゆっくり味わいながら話をする。さっそく手助けをしてもらおうと思う。女王陛下から頼まれた例の消える妖精の話を切り出す。
「実は今、妖精を集めている人族を探しているんです。何か知りませんか?」
「妖精をですか? それはまた、穏やかではありませんね」
「そうだ、じいさんその人族さがすの手伝ってくれよ」
僕と女王陛下のあれこれは伏せて、女王陛下からの依頼内容ということだけを説明した。
このあたりの森で妖精が消えてて、魔石の妖精がある人族のところに連れていってること。そこで何かあって戻ってきてない妖精もいる。
わかっているのは人族でたぶん女だということ、妖精が見えて、魔石の妖精と組んでいることぐらいだと。
ただ人族の捜索は妖精に難しいから探すのを手伝って欲しいとお願いした。
「もちろんお手伝い致しましょう。事実だとしたらとんでもないことだ!」
おじいさんは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「この辺りに長く住み、ここを管理している者として、妖精たちに危害が加えられることは見過ごせません。私の持つ力をすべて使い調査しましょう」
今までそんな噂は全くなかったそう。今、初めて聞いたのでまだ何も手がかりがないが、あちこち探ってくれるそうだ。よかった。
そして、僕は今タルトタタンの素晴らしさに打ち震えている。用事は済んだからね。話をしていたから最初の一口で止まっていたタルトタタンを存分に味わっている。
僕至上最高の味だと思うんだ。僕の家のシェフが作ってくれるタルトタタンが一番美味しいと思っていたけど、今更新されました。
シェフが作ってくれるタルトタタンはキャラメリゼしたリンゴがぎゅぎゅっと敷き詰められたやつ。キャラメル色したリンゴがごろんごろん並んでる。香ばしく甘い好きなおやつの一つ。
僕の一番の大好物はレモンのタルトだけども、へへ。
そういえば妖精に種族変更させる前、最後のおやつはタルトタタンの予定だったなーって思い出した。そういえば、あの時は僕の家の領地で初めて収穫されたリンゴで作るって話だったな。
ルクレーティアと魔人のせいで食べそこねたけど。
話が飛んだけど、今食べているタルトタタンはちょっぴり大人味。リンゴの上に大人の苦味が追加されてるのだ。
一番上の層は、苦味がポイントのキャラメルになっている。その下にキャラメリゼしたリンゴ。ほろ苦さ、香ばしさと甘さが絶妙なバランスで一緒にやってくる。
成長した今の僕だからこそ分かる旨さだねぇ。うんうん。
か、体の成長は……これから! これから成長する予定。妖精の僕だって、まだ伸びしろはあるはず。
女王陛下だって人族の女性ぐらいだったし。希望はある。
そのためにも、よく食べなきゃね。
心ゆくまで、お腹いっぱい食べた僕たち。もちろん残りは包んで渡してくれたよ。ありがたく受け取る。
人族の調理された食べ物は貴重だからさ。今の僕にはシェフなんていないからね。
僕たちはおじいさんに感謝を伝え、森の未調査地域へ向かう予定だと伝えた。
「よくよく気をつけてください。妖精を利用する者がいるならば、君たちにも危険が及ぶかもしれない」
おじいさんの言葉には重みがあった。魔石の妖精と関わる人族。それは単なる好奇心から妖精を集めているのではなさそうだ。
帰り道、リデスが真剣な顔で言った。
「嫌な予感がする。早く解決しようぜ!」
「うん、女王陛下の頼みだし、いなくなった妖精たちも心配だからね。必ず真相を突き止めよう!」
沈みゆく夕日に染まって橙色に変わったリンゴ畑を見つめながら、僕たちは決意を新たにした。




