わーくには激おこ
十兵衛は椅子の上で胡座をかきキセルを咥えながら慣れた手つきで【水月】の鯉口を切る。 カチャリ
スーーーーー シュリン・・・
現れた刀身は鋭く冷たく蒼白い光を放つ。十兵衛曰くかなりの業物らしい。時代に名を馳せた妖刀水月、水面に映る月を切ったと言う逸話からその名が付いたらしいが、あながち迷信とは言い切れない程の説得力を感じる。
十兵衛は耳かきのポンポンみたいなヤツに白い粉を乗っけて刀に振り掛けていく。たまに時代劇で見るヤツだ。
「あーっ!それ見たことある!それって何やってんの?」
「ん?これか?これはな『打ち粉』言うて砥石を砕いた粉や、刀には保存の為の油が塗ってあるんやがこの油が古ぅなると刀に悪さしよんねん、せやからこーやって拭き取るんや」
近所のガキみたいな気分でその手慣れた作業を眺めていた。一通り手入れが終わると十兵衛は咥えていたキセルを手に取り刀の峰に軽く当てた。
キーーーーン・・・・
恐ろしく透き通る音色に博士も思わず手を止めて息を呑む。その音はまるで水滴が落ちて波紋が広がる様な、この空間の隅々まで行き渡った。
「今のは何か意味があるのか?」
「いや、クセみたいなもんや(笑)」
十兵衛はニカッと無邪気な笑みを浮かべながら水月を鞘に納めた。
「そのキセルも良さそうな品だな?」
「お前…なかなかわかっとるな、これは水月の兄弟やねん、余った鉄でこしらえてもろたんや」
40センチ程ある長いキセルで、少し待たせて貰ったがその重量に驚いた。昔、習字の時に紙を抑える【文鎮】ってのが有ったが、あんな感じで見た目に反してかなり重い。ちなみにこのキセルはあの文鎮の5倍くらい重かった。
【緊急速報ニュース】
『本日ノース・カロライナ州で原因不明の奇病が大発生し街は大混乱となりました。通称【ゾンビウイルス】と呼ばれ感染経路は不明、感染後は自我を失い獣の様にひたすら食べる事に執着してしまう症状が確認されています。生きたネズミ、犬、人なども襲うこの奇病に現在なす術なく感染拡大の一途を辿っています。尚日本国内、及びアジア圏での発病はまだ確認されておりません』
「怖〜!完全にバイオなハザードじゃんコレ」
「増殖系はある意味モンスターより厄介ですね。襲われると感染、倒すと殺人罪になるなら最悪ですね」
【臨時ニュース】
『先日のロシア、中国による武力制圧を受け北海道、九州の住民は避難を余儀なくされています。事態を重く見た政府は東京、大阪、名古屋での受け入れ態勢を整え迅速に対応に当たりたいと表明。仮設住宅予定地はモンスター出現エリアとなる為、パンドラパニックで倒産に追いやられた企業の空きビルや空きテナントなどを活用する方針です』
「九州で約1300万人、北海道で約500万人、これが雪崩れ込んでくると大変ですよ。絶対食糧難必須ですよ」
パンドラパニック当初は異世界出現だ!とかモンスターだ!とかお祭り騒ぎくらいのノリだったのに、その余波はじわじわと、しかし確実に人類を追い詰めて来ていた。
【特報ニュース】
『国際連合機関【WORLD HAZARD RESEARCH】(WHR)から選出された代表国が決定しました。特にモンスターの出現が多い7カ国で【7リークス】を樹立、未知なるパンドラパニックに対する人類への情報共有が目的とされています』
【7リークス】
* 日本
* 中国
* ロシア
* インド
* ギリシャ
* ドイツ
* エジプト
『しかし、ロシア、中国によるパンドラパニックに乗じた今回の日本への武力侵攻は到底認められないとし、国内は勿論一部の国で反対の声が上がっています』
「そりゃあね、上と下を同時に侵略してきた明らかな敵国と仲良く手を繋げとか到底無理な話だよ」
「ですな、コレだけは明らかに人的災害なワケですから。政府はどうするんでしょうね?」
【緊急速報ニュース】
『先程政府からの発表によりロシア、中国に対して徹底抗戦の構えと言う意思表明がありました。これは実質的に第三次世界大戦の引き金になり得るものとしてデリケートな扱いをしたがる世界に対し「我々日本は被害者であり蹂躙されている、我々は戦争も辞さない構え」とかなり強い姿勢で望んでいます』
「お!いつもの『遺憾の意』砲をぶっ放すだけじゃ無いじゃん。でもその姿勢は評価するし賛同だわ。久々に日本と言う国が好きになれたかな」
「ですがロシアと中国を同時に相手取るのは実際問題かなり厳しいですぞ? 特に核兵器を持たない日本はアメリカ依存ですし」
「アメリカはどーするんだろうね?アメリカの基地も乗っ取られた訳だから日和見って事は無いと思うけど、まさか『もう本島だけでいいじゃん、上と下はもうあげなよ?』とか言い出したりしてな」
「多分ですが国内のバイオなハザードで手一杯になると思いますよ。アレは下手すると国家崩壊しかねない事案ですしね」
蒸し暑い梅雨が明け、少し気の早い蝉が鳴き始めた
世界を包む厄災の波は徐々に広がりつつあった