5.しじま
それは波のような静寂であった。私はちょっとばかし、その涙に介入したくなって、だけどもそんな不躾な行為をする勇気も無く、そんな力も無く、結局なすがままになってしまっていた。
時は夕暮れ、時は夕暮れ、洋菓子店帰りの話である。私達の影は街灯の無酸素の灯りに溶け込んで、街はざあざあと賑わっていた。
「これは少し口に合わない。」
反して、彼はずんずんと踏み込んでいた。礼儀がなっていない、決してそんな話ではない。私には二つの意味で有難かった。
「そんなに苦いかしら。」
だけど、ココアが大量に練り込まれたチョコレートを、彼は苦虫か何かと勘違いしている。
「苦いというか、えぐ味があるというか。」
「どっちも同じ意味じゃない?」
「でも、それ以外に思いつかない。」
なら食べましょうか。そんな洒落た普通の言葉が出てくれば良かったのだけれども、やっぱり無理だった。
「君なら美味しく出来る?」
「そうね。砂糖とミルクをちょっと加えて、小麦粉か何かを入れて、焼いてクリームとベリーでも乗っければ、貴方好みになるかしら。」
「それは食べてみたい。」
「……ああ、ええっと。」
「今度作ってよ。」
だけれども、波に飲み込まれないようにしなければ溺れてしまうだけであって、それも何だか癪だった。
「ええ。良いわよ。その代わり、またデートでも。」