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厄祓いの八雲

作者: 八月十五

 濱中智佳(はまなかちか)は困惑していた。最近、調子が悪いのだ。


 とは言っても、体調が悪いわけではない。そして、精神状態が悪いわけでもない。


 とにかく、身体が重いのだ。夜もあまり眠れない。


(病院に行くべきかなぁ……)


 幸い、智佳の父は医者だ。頼めばすぐに診てくれるだろう。


 そこで、少し先で人ごみがモーゼが海を割るシーンの様に両端によっていた。


(うわっ……!)


 声を上げるのをギリギリで我慢する。


 前から現れたのは、和服を着た青年だった。


 別に智佳も、和服を着ているぐらいで引いたりはしない。智佳が引いたのは和服の男の持っていたものだ。


 奇妙な札が何十枚も貼り付けられた棒を担いでいたのだ。棒の先にはこれまた奇妙な道具がいくつも吊り下げられている。


 これでは警察に事情聴取されても文句は言えない。


 顔を下げ、素通りしようとするが、残念なことに、智佳は声を掛けられた。


「君、憑かれてますよ」


 そう言うと、ポケットから一枚の名刺を取り出し、智佳に握らせると、そのまま行ってしまった。


 智佳はその名刺をポケットに仕舞うと、足早に帰路に着いた。




 智佳は家に帰ってくると、食事中にその話を両親に話した。


 その話をすると、父は血相を変えて騒ぎ出した。


「その名刺、ちょっと見せてみろ」


 焦る父に向けて、ポケットに突っこんだままだったため、ヨレヨレになった名刺を差し出す。


 その名刺を見ると、父は震える手で智佳の手を握る。


「——行くぞ!」


 智佳は父親に手を引かれたまま、連れ出された。




 父に車に乗せられ、移動すること十分。


 着いたのは、木造のボロッちい物置小屋だった。


「お父さん、ここ何処?」


「その名刺に書いてあった住所だ」


 つまりここは、あのおかしな男の家ということだ。


「知り合いなの?」


 智佳がそう聞くと、父は懐かしそうに笑った。


「腐れ縁さ」


 物置小屋の扉をノックする。


「はいは~い」


 出てきたのは、あのおかしな男だ。


「あ、先生。どうしました?」


「実はうちの娘が厄に憑かれてね」


(厄? 何のこと?)


 智佳が困惑していると、父が名刺を智佳に返す。


「見てみろ」


 そこにはこう書かれていた。


厄祓(やくばら)い、役持(やくもち)八雲(やくも)


 智佳が声に出して名刺の内容を読み上げると、おかしな男改め八雲は嬉しそうに笑った。


「じゃあ中へ」


 父と智佳は物置小屋の中へと入る。


 物置小屋の中は、よく分からない物がたくさん置いてあった。


「さて、では始めましょうか」


「ああ、頼む」


 そう言うと、智佳の額におかしな札を貼り付ける。


「なにこれ?」


「除霊の札だよ」


 しばらく待つと、智佳の身体に鋭い痛みが走る。


「痛いっ! 何で⁉」


「今、君の体の中では厄が暴れ回っているんだ」


 喋りながらも八雲は手際よく次の道具の準備をしている。


「そろそろかな」


 八雲は壺の中に手を突っ込むと、中に入っている粉を一握り、智佳の周囲にばら撒いた。すると、モクモクと煙が立ち込め、人が想像する幽霊のような形になる。


「なにこれ⁉」


「これが厄。人の目に見やすくしたんだ」


 喋りながらも八雲の行動は素早かった。榊の木に札を何枚も貼り付けた棒を握り、厄を叩く。


「えい! やあ! とう!」


 しばらく叩き続けていると、厄の姿が消えた。


「ふう、厄祓い成功」


 八雲は「一仕事終えた」とばかりに額の汗を拭う。


「お疲れ様、八雲君」


 父は八雲にお金の入った封筒を渡す。


「ありがとうございます」


 八雲はそれを受け取り、渡した人間の目の前であるにも関わらず中身を確認する。


 中には一万円札が数枚入っていた。


「これで今月も生きていけます」


(厄祓いって儲からないんだなぁ……)


 智佳は少し落ち込んだが、それでも自分を救ってくれたことには変わりない。


「八雲さん」


「ん、なんだい?」


 智佳は深呼吸して言う。


「私を弟子にしてください!」


「ええええええ‼」


 余程驚いたのか、厄祓いの時でさえ表情を崩さなかった八雲の表情が驚愕に変わる。


「いや、俺はちゃんとした厄祓いじゃないし……そうだ、本部に連絡しておくから、そこで教えてもらった方が——」


「いいえ、八雲さんに教えてもらいたいんです!」


 それを聞いて、父は腹を抱えて笑い出した。


「それはいい! 八雲君になら、安心して娘を任せられるよ!」


 ポンポンと肩を叩かれ、八雲は承諾せざるを得なくなるのだった。




「ごめんくださーい」


 翌週の土曜日、智佳は再び八雲の家(物置小屋)を訪れていた。


 智佳はまだ高校生なので、学校生活を蔑ろには出来ない。そこで、土日の休みだけ八雲に修行をつけてもらうことになったのだ。


 もちろん授業料は父が払ってくれることになった。


「はいはい。いらっしゃい」


 八雲はいつも通りの和服で出迎える。


「まずは座学。厄についての基礎知識から教える」


「はい」


 八雲と智佳はテーブルを挟んで対面に座る。


「まず、厄と言うものが何かについてから話そう。厄と言うのは簡単に言えば悪霊の一種だ。普通の悪霊との違いは、人間に例えるなら、厄は偏食家だ」


 智佳は首を傾げる。


「偏食家というのは?」


「厄は厄にまつわるものにだけ憑く」


「厄にまつわるもの?」


「例えば俺の名前。役持八雲の場合、やくもちやくもと読めば、厄が二つ付いていることになる」


 つまり、名前そのものに厄が付いているわけだ。


「厄の存在を知っている人間なら、こんな名前は付けない。まあ、厄自体がマイナーな種類の悪霊だからな」


「じゃあ、私は何で厄に憑かれたんですか?」


 濵中智佳という名前に厄は含まれていない。


「お前、誕生日は?」


「八月九日です」


「それだ」


 八月九日で八九(ヤク)というわけだ。


「でも、今までこんなことありませんでしたよ?」


「神を信じていなかったか、逆に、余程信心深く生きてきたか?」


「はい」


 智佳は毎日神社に通い、祈りをささげるのを日課にしてきた。


「守られていたってことなんだろうよ」


 そう言って、榊の棒に目を向ける。お札が何重にも貼り付けられた、あの棒だ。


「あの棒に貼ってあるお札も、いろんな神社からもらった護符だ。神様には、厄を祓う力がある」


 厄が悪霊の一種ならば、悪霊を神が寄せ付けないのも納得できる。


 だが、一つ疑問が残る。


「今でもちゃんと毎日神社にお参りに行ってるのに、何で憑かれたんでしょう?」


「それは見当がついてる」


 一拍おいて八雲は言う。


「憑けた奴がいる」


 智佳は目を向いて驚く。一瞬意味が分からなかったが、少しの間をおいて八雲に聞き返す。


「どういうことですか?」


「そのままの意味さ。厄を人為的に人間に憑けた奴がいる」


「そんなことをして、何の意味があるんですか⁉」


「わざと厄を憑けても、普通の人間には見えない。つまり、自分で祓ってもバレない訳だ」


 そこまで言われて智佳も気が付いた。


 つまり、自分で憑けた厄を自分で祓い、除霊と称してお金を貰えばいいのだ。


「つまり、犯人は有名な厄祓いってことですね」


 八雲は智佳の頭の回転の速さに内心驚いていた。


 説明する前に言おうと思ったことにたどり着いたからだ。


「見当は付いていると言っただろう?」


 八雲はテーブルに一枚の写真を出す。


 狭いテーブルなので、真ん中に写真を置いても八雲にも智佳にもちゃんと見えた。


「名前は薬師寺(やくしじ)(あらた)。厄祓いとしては割と有名だな。まあ、肩書は陰陽師とか対魔師とか呼ばれててはっきりしないが……」


 八雲は不満そうに言う。厄祓いという肩書が有名でないのが不満なのだろう。


 それを気が付いた智佳が八雲の手を握る。


「?」


 八雲は困惑して智佳の方を見ると、智佳は優しい笑みを浮かべて八雲に言う。


「大丈夫です。師匠は凄い厄祓いですよ。私を治してくれましたから」


 八雲はバツが悪そうにうつむく。


「じゃあ、お前の修行をしながら、薬師寺新について調べるぞ」




 二人は、町の端にある小さな公園に繰り出した。


「それで師匠。何ですかこの服……」


 智佳は八雲と同じような和服を着せられていた。


「俺は形から入るタイプなんだ」


「はあ……」


「それより、お前にはこれから厄を視てもらう」


 智佳が目を細めて辺りを見渡すが、別段普段と変わった様子はない。


「特に何も変わりませんが?」


「まだ何もやってないからな」


 智佳は赤面して咳払いで話題を変える。


「それで、どうやって厄を視るんですか?」


「霊視と言う技術だが、一朝一夕にはできないぞ」


「え? でも、霊視ができるようになる札とか……」


 八雲は額に手を当ててため息を吐く。


「そんなものはない。俺は道具頼りの厄祓いだが、霊視だけは自力で習得した」


 それにと八雲は続ける。


「厄祓いの使う道具は何かと高い。俺が貧乏なのもそういう理由だ」


「厄祓いって、儲からないんですか?」


「ああ。一回の収入は多いが、出費がかさむからな」


(じゃあ、何で厄祓いなんて儲からない仕事してるんだろう……)


 仕事をする理由には、大きく二種類あると思っている。


 一つは、単純に金が欲しいから。これが一番大きい理由だという人は、やりたくないことでも儲かる仕事に就く人が多い。


 もう一つは、”この仕事がやりたい“と思って就く人。こういう人は、儲かる儲からないではなく、その仕事をやっていることに意味があり、誇りなのだ。


「師匠は、厄祓いになりたかったんですね」


「ああ」


 そこで八雲は会話を止め、地面に坐禅で座る。


「まずは精神を安定させること。目で見るのではなく、心で視ろ」




 三時間後。


「はぁ……はぁ……」


 智佳は地面に寝転がっていた。


「おい、服が汚れるぞ」


 あれからかなりねばったが、どれだけ坐禅をしても、霊視ができるようにはならなかった。


「私、進歩してますかね……?」


「そんなの本人には一番分からないもんだ」


 智佳はガバッと起き上がり、背中に着いた土を払う。


「コツとか抜け道とか無いんですか?」


「あるにはある」


 八雲の肩をガシっと掴み、顔を近づける。


「教えて下さい!」


「命の危機が近づいたとき視えやすくなるらしい」


「え~……」


 それはつまり、「死にかけたら視えやすくなる」ということだ。そう簡単に死の危機に直面できるものではないし、できればしたくない。


(いや、一つ思い当たる節がある)


 智佳は、自分の右手の爪で自身の左手首を思い切り引っ掻く。


「おい何してる!」


 八雲が慌てて傷口に布を押し付けるが、手首の血管は不味い。


 血がドクドクと出てきて、あっという間に布が真っ赤に染まる。


 だが、智佳は全く傷口を見ていなかった。


 もっと別の何かを視ているように、何もない場所をずっと見つめていた。


「おい、まさか……」


 八雲が恐る恐る聞くが、智佳は冷静に、冷徹に言う。


「はい、視えました」




 夕暮れになり、八雲と智佳は物置小屋に帰ってきていた。


「まさかこんなに速く霊視ができるようになるとはな……」


「えへへ~」


 だがと八雲は言葉を続ける。


「もうその手段は使うな」


「えー!」


 何でだと問う前に、八雲が少し言葉を強めて言う。


「お前の身体が壊れる」


 霊視は厄祓いの基礎だ。厄を視る度に毎回使うことになる。その度に毎回手首を切っていたら、手首がイカれる方が速い。


 八雲はそうたっぷり時間を使って長々と説明した。


 智佳も渋々理解したのか、首を縦に振る。


「お前は女性だ。傷痕が残ると不味いだろう」


 その言葉に、智佳が頬を赤く染めるのを、八雲は気付かなかった。


「もうそろそろ帰ります」


「ああ、送っていく」


 智佳が立ち上がると、それに合わせて八雲も立ち上がる。


「いいですよそんな……」


「いや、もしものことがあったら先生に顔向けできない」


 そう言ってキーをポケットから取り出す。


「あれ? 車持ってるんですか?」


「維持費が高すぎる。バイクだよ」


 八雲が智佳にヘルメットを投げる。




 十五分後、智佳を後ろに乗せた八雲のバイクは、濱中家へやって来ていた。


「ありがとうございます」


「じゃあ、また明日な」


 八雲のバイクは夜道を引き返していった。


 その後、左手首にできた引っ掻き傷を父に問いただされたのは割愛する。




 それから少しの月日が流れた。


 智佳は霊視を(歪な形で)使えるようになり、八雲は智佳に道具の使い方などを教えた。


 そんなある日。智佳はいつも通り、八雲の物置小屋で道具の整備をしていた。


「師匠、そろそろ道具の使い方以外を教えて下さいよ」


「無理だ」


「何でですか?」


「俺が道具を使うことしかできないからだ」


 しばしの沈黙。


「ええええええええええ⁉」


 智佳は開いた口が塞がらなかった。


「今までどうしてたんですか⁉」


「道具頼り」


「私を治したときも⁉」


「そう」


「え~」


 智佳は初めて弟子入りを間違ったかもと思った。


「俺は霊視ができて、ちょっと厄に耐性があるだけの一般人なんだよ。ちゃんとした厄祓いの修行も受けてない」


(まあ、霊視ができるだけでも十分かな……)


 八雲の師匠としての株が少し落ちた瞬間だった。


 そんなある日のこと。


「智佳、視えるか?」


「手首切りますか?」


「……いや、いい」


 買い出しに出ていたときの事だった。


 急に八雲が目を見張って、智佳に先の質問を投げかけたのだ。


「異常な厄に憑かれている奴を見つけた」


「じゃあ……」


「ああ、その先に薬師寺新がいる」


(このまま追うか? だが、それは人を一人見過ごすことになるんじゃないのか……)


 少し迷うが、これも新を捕まえるためだと割り切る。


 大量の厄に憑かれた人を追いかけると、こぢんまりとした寺院があった。


「よし、薬師寺新を探すぞ」


 八雲が智佳の耳に顔を近づけ、小声で話す。


「ひゃ、はい!」


 すると、智佳は顔を赤らめ、声を弾ませる。


「? どうした?」


「何でもありません!」


「しっ、声が大きい」


「す、すいません」


 門番などがいなかったので、寺院自体に入るのは簡単だった。


 そのまま大量の厄に憑かれた人の後を追うと、寺院の中から黒い着物を着た成年が姿を見せた。「ああ、どうも」


「薬師寺様。今日もよろしくお願いします」


(薬師寺、あいつで間違いなさそうだな。声をかけるべきか? しかし、今出て行けば関係の無い人を巻き添えにしてしまう……)


「そこに隠れてる奴、出てこいよ」


 八雲が悩んでいると、新の方から声がかけられた。


「君は奥の間へ」


 新は大量の厄に憑かれた人を寺の奥へ通す。


「意外だな。自分が厄を憑けた人間の安全を考えるとは」


「厄を祓って大金を騙し取る大事なお客様だからな」


 八雲が怒りで拳を握り締め、地面に血が滴っていることに智佳だけが気が付いていた。


「お前は厄祓いを何だと思っているんだ!」


「金儲け」


 八雲が激昂して怒鳴るが、新は涼しい顔で返す。


「厄祓いは出費が嵩むからな。定期的に羽振りの良い客がいてくれないとやっていけないわけだ」


 新は悪びれもせずに言う。


「勘違いするなよ。俺も厄祓いだ。厄を祓うことが使命だと思っている。だが、もっと厄の研究をするには、金がいるんだ。貧しい人間に安く施術するためには、金持ちから搾り取るしかないんだよ」


 新は明確な「悪」ではないのかもしれない。本当に、厄祓いの未来のために行っているのかもしれない。それでも、八雲は戦う事に決めた。


「薬師寺新。お前を拘束し、厄祓い総本山で裁判にかける」


「そうか、なら——」


 新が指で印を結ぶと、厄たちが集まってくる。


「俺を負かしてみるんだな」


 八雲はお札が何重にも貼り付けられている榊の棒で攻撃する。


 厄はほぼ無尽蔵にやってくる。対して、八雲は一人だ。一対多では限界がある。


 次第に、八雲は防御に回り、やがて、防御すらも間に合わなくなった。


「師匠、私も——」


「駄目だ、来るな!」


 会話をしている一瞬の隙に、八雲は厄に憑かれた。


 厄は宿主の生命力を吸って生存している。


 つまり、一体の厄に憑かれただけでもかなりの疲労感があるわけだ。


 その疲労困憊の八雲に、厄が次々と取り憑いた。


 結果、八雲は倒れた。


「師匠!」


 智佳が駆け寄るが、智佳はまだ厄祓いとしては未熟だ。道具の使い方しか分からない。


「師匠に憑けた厄を祓え!」


「そいつも厄祓いなんだ。自分に憑いた厄くらい祓えるだろ?」


 智佳は目一杯渋った後に答える。


「……できない」


「は?」


「師匠は道具頼りだ。霊視以外はできない」


「……」


 それを聞いて、新はしばしの沈黙の後。


「ハハハハハハッ!」


 笑い転げた。


「じゃあ何か? 三流どころか道具頼りの自称厄祓いが、偉そうに俺に説教してた訳だ」


 そう言うと、新は笑いながら去って行った。


「師匠、待ってて下さい。今助けます」


 智佳は懐から小さなナイフを取り出すと、祈るように呟く。


 八雲から、もしも霊視が必要になったときのためにと渡されていた、銃刀法違反しない程度のナイフだ。


 右手でナイフを持ち、左手首を切り裂く。


「うわっ⁉」


 八雲を霊視した途端、大量の厄に憑かれているのが視えた。


(どうすればいい? どうすれば救える?)


 そんな時、さっきまで八雲が振るっていた榊の棒が目に入った。


 それと同時に、八雲が過去に言っていた言葉が脳裏に蘇る。


『神様には、厄を祓う力がある』


 智佳は慌てて榊の棒を掴むと、何重にも貼られているお札を一枚剥がす。


 それを八雲の口に強引に押し込む。


「んぐうううううう‼」


「お願いします。飲み込んで下さい!」


 やがて、八雲はお札を飲み込んだ。


 すると、八雲に憑いていた厄が祓われていく。


(思った通りだ。神様の力が宿ったお札なら、厄を祓える)


 智佳が安心したのもつかの間、智佳の頭に拳骨が振り下ろされた。


「痛たぁ⁉」


 息を吹き返した八雲の拳だった。


「何するんですか⁉」


「それはこっちの台詞だ! 殺す気か‼」


「す、すいません。これしか救う方法が思いつかなかったので……」


 八雲は頭をガシガシと掻いた後に智佳の頭に手を伸ばす。


 また殴られると思った智佳は目を瞑るが、八雲の手はやさしく智佳の頭を撫でた。


「よくやった」


「……」


 智佳は言葉が出なかった。


 智佳の言葉が出ない間に、八雲は行動を開始した。


 榊の棒を手に取って歩き出したのだ。


「ちょっ、まだやるんですか⁉ 死にかけたのに⁉」


 智佳の視線が鋭くなる。


「ああ、作戦がある」


 智佳の攻めるような視線に負けて、八雲は喋り出した。


「俺は昔、厄に憑かれやすい体質だった」


 智佳は視線を緩め、黙る。


「当時は厄祓いの存在なんて知るよしもなかったから、医者に家に来てもらってた。その医者が濱中先生。お前の父親だ」


 智佳が何も言わないので、八雲は構わず続ける。


「成長して体力が付くと、俺は厄に対する耐性を手に入れた。それで、俺のように厄に憑かれて苦しんでいる奴を救いたいと思い、厄祓いを始めた」


 八雲が黙ったので、智佳は話が終わったのを悟る。


「それで、薬師寺新が許せないんですね?」


「ああ」


 智佳は覚悟を決めた。


「策があるんですよね?」


「ああ!」




 新の前に、再び八雲が現れた。


「死に損ないのくせにまだいたのか。いや、厄を祓ってもらいに来たのかな?」


 新は喋りながらも状況を整理していた。


(弟子がいない。逃げたか? まあ、元々戦力としては数えられなそうだが……)


 八雲は新に向かって全速力で突撃していく。


(特攻か?)


 新は前回と同じように指で印を結び、厄を集める。


 そこで、新は見落としに気付く。


(札が貼り付けてある棒はどうした……?)


「今だ!」


「はい!」


 八雲の合図で、柱の陰に隠れていた智佳がお札を宙にばらまく。


「これは——」


 新が集めた厄たちが、お札に触れて消滅していく。


「厄対策だ。榊の棒から一枚一枚お札を剥がしたんだ」


 だが、新は慌てた様子はない。


「それで、厄を封じてどうするつもりだ?」


 厄を封じれば、二人ともただの一般人だ。 厄を操作できるのが、厄祓いと一般人の最大の違いだ。


「俺は元々道具頼りだからな」


 八雲は拳を握ると、新に向かって振り抜く。 新は反応できず、八雲の拳が新の顔面にめり込んだ。


「ぐはっ⁉」


 そのまま仰向けに倒れ、気絶する新。


「俺も、もやしの中では負けねえよ」


 厄が操作できないのなら、普通の人間と同じ喧嘩方法しかない。




 数十分後、新は縄で拘束され、八雲の物置小屋に来ていた。


「さて新。お前にはこれから俺達と総本山に行って裁判を受けてもらう」


 八雲が淡々と告げるが、新は特に動揺した様子はない。


「まあいいさ。俺が有罪になるとも限らない」


「言ってろ」


「あの……私もですか?」


 二人の言い合いに割って入るように、智佳が言う。


「ああ。総本山は厄祓いの育成施設でもある。お前の役に立つだろう。これからは厄祓いとしてビシビシ鍛えていくから、覚悟しろよ?」


 それを聞いて、智佳は嬉しそうに微笑んだ。


「はい!」


「道具頼りの自称厄祓いに師匠なんてできるもんか」


「ああ。だから、俺も鍛えてもらうことにした」


 八雲の発言に、新が訝しそうな顔をする。


「何?」


「俺も厄祓いとして成長しようと思ってな」


かくして、奇妙な三人の総本山へ向けた旅が始まるのだが、それはまた別のお話。

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