怪しい誘い
今お隣の市のショッピングセンターに来てます。
車で二十分もかからない場所。
ここには運動がてら自転車で行くことがほとんど。
何と言っても車を持ってないから自転車一択だ。
乗りもしないものを置いておくほど余裕はない。
所謂ペーパードライバーって奴だ。
完全自動運転化が実現すれば俺だって……
だから車の時はもっぱら助手席。彼女に連れて来てもらっている。
「ねえどれが良い? 」
また俺に聞く。これで今日三度目じゃないか。いい加減にしろよな。
俺にこだわりがないのを知ってるくせに。それでも聞かずにはいられない。
「うんうん。これでいいんじゃない。似合ってるよ」
「服じゃない! 」
「いやそうじゃなくて…… 部屋にぴったりだと思ってさ」
適当に返す。俺に聞いても混乱するだけだぞ。
「もう! 」
「ごめん。俺タバコ吸ってくるわ」
機嫌が悪くなる前に退散。彼女は自分では決められない人だ。
隣にいると聞かずにはいられない。
そう言う時俺はたまらずにタバコタイムに走る。
こんな時の一服が最高に美味い。堪らない。
結婚したらやめるように釘を刺されてるがいつもこれじゃ無理だな。
では一服。
まったくなぜ俺たちはこんな片隅に追いやられなければならない?
副流煙だか逆流酸だか知らないがもっと堂々と人前で吸えたらな。
そんなことを抜かせば彼女だけでなく嫌煙家に袋叩きに遭うだろう。
いや近所の有志に磔にされかねない。
実際見かけないので想像でしかないが恐ろしい。
近くに人が居なければ心配ないはず。まったく大げさなんだから。
とは言え仕方ないことだとは思っている。俺止めれるかな?
ふう……
「あんたもかーちゃんのお供かい? 」
陽気な爺…… ではなく老紳士が話し掛けて来た。
「いえちょっと…… お爺さんも逃げて来た口ですか? 」
「儂は一人。孤独な老人さ」
うわ…… 面倒くさいのに捕まったかな。
「あんた部屋探してるんだろ? いいところあるよ」
おかしな勧誘に遭う。
なぜ知ってる? 俺はそんな話一度もしてないし第一この人とは初対面。
そりゃあ町ではもしかしたら見かけたかもしれないが何と言っても隣の市だしな。
「なぜそのことを? 」
「いや悪い。大声で話すものだから聞こえてね」
どうやら俺たちの会話が丸聞こえだったようだ。気をつけなくては。
どこの誰が聞いてるか分からない。おかしな奴が耳を傾けてる場合だって。
この爺さんのように。
まさか狙いは俺? ストーカー爺が忠告にでも来たか?
これは要警戒だな。
「随分とお忙しいんですね」
「おお嫌味かい? いや違うんだ。聞いてくれ。昔不動産関係やってて……
つい優良物件を勧めたくなるんだよ。染みついた癖みたいなものさ」
今年から暇になったと嘆く爺。
「優雅ですね」
「優雅なもんか! 再雇用で行った口。十年どうにか我慢し晴れて年金生活さ」
何でもかんでも語りだすのが爺の悪い癖。孤独な老人の聞き役に徹するのも限界。
そろそろ戻るとしよう。
「そうですか。ではお幸せに」
「おいおい。君もこの辺に住んでるんだろ? 」
「はい? 隣の市ですが…… 」
「そして新居を探してる? 」
「はあそう言うことになりますかね」
これ以上爺さんに付き合ってられない。
「では本当にそろそろ戻らないといけませんので…… 」
彼女がもう怒り出す頃。急いで戻らなければ。
また大喧嘩にでもなったら大変だしな。
「まあいいから最後まで話を聞きなさい! 」
無理矢理引き留めようとするとんでも爺。これは危険。
「新居を探してるなら良いところがあるよ」
そう言ってタバコを消すと喫煙所を抜け近くの自販機でコーヒーを購入。
この場合俺も付き合うべき?
「良いところ? 」
「そうだ優良物件だ。しかも儂の紹介とあればお安くできるぞ」
奢るよと言って勝手にコーヒーのボタンを押す。
いや…… 清涼飲料水でいいんだけどな。コーヒーって気分でもないし。
「本当ですか? 賃貸でも? 」
「うーん。賃貸でもいいが土地は買ってもらうぞ」
厄介な条件が付いた。これは断るべきかな。
「ほれ心配するな。儂にすべて任せておけ! それにあそこは…… 」
どうやら世話焼き爺と見た。
「分かりました。お願いします」
彼女の承諾も得ずに勝手に進める。
続く