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本作品は、バイセクシャルやパンセクシャルへの偏見や差別をテーマにした作品です。

同性愛の物語でありながら「同性愛者じゃないけど君が好き」というタイトルをつけたことに不信感を抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、タイトルに同性愛者を否定する意図はありません。

本編にはバイセクシャルや同性愛者を始めとした性的少数者への差別的な描写がありますが、これは物語を描く上で必要な描写であり、差別を肯定する意図はありません。

また、本作品のジャンルは百合(GL)となっていますが、異性愛に関する描写も多くあります。百合に異性愛描写は要らないと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、本作品には必要不可欠な描写です。ご理解のほどよろしくお願いします。

「あ、ママ! みてー! にじ!」


「ほんとだ。綺麗だね」


 すれ違った親子のそんな会話が聞こえてきて、ふと空を見上げる。女の子の言う通り、空には虹がうっすらとかかっている。美しいと思うと同時に、嫌なことを思い出して俯く。

 虹を見ると、レインボーフラッグを連想する。LGBTQの象徴とされる虹色の旗だ。今やさまざまな企業があの旗を掲げているが、私はあの旗が苦手だ。

 別に、LGBTQなんて気持ち悪いとか、理解出来ないとか、そういうわけじゃない。私はむしろ、LGBTQ側だ。LGBTQのB——つまり、バイセクシャルだ。異性にも恋をしたことがあるし、同性にも恋をしたことがある。

 初めて恋人が出来たのは中学生の頃。幼馴染の男の子に告白されて付き合った。彼とのキスに抵抗はなかった。紛れもなく、恋だった。彼と別れた後、当時の私はこの先も異性との恋愛を繰り返すのだと信じて疑わなかった。アニメやゲームの女性キャラに惹かれたり、女性アイドルに憧れることはあったが、それが恋だとは思わなかった。

 高校生になって初めて、現実の女性に恋をした。その時、自分はバイセクシャルなのだろうと自覚した。

 彼女は同性愛者だった。私からしたら、同性愛者とバイセクシャルの違いなんて些細なことだった。だから付き合って数週間ほどたった頃、軽い気持ちで打ち明けた。だけど彼女にとって、私が異性も好きになるという事実は、大きな不安材料となる事実だったらしい。その日から彼女の束縛が激しくなった。私が異性を好きになることで、同性の自分に対する恋愛感情は勘違いだったといつか言われるのではないかと不安になってしまったらしい。そんなことはないと何度も伝えたが、彼女の不安は拭えず、一年ほどで別れることになった。

 ちょうどその頃だった。海外で、レズビアンのキャラクターを演じた俳優が炎上した。理由は、彼女に異性の恋人がいたことが発覚したから。異性を愛した。ただそれだけで、同性を愛したことがない人間が同性愛者を演じるなとバッシングを受けた。炎上を受け、彼女は自身がバイセクシャルであることをカミングアウトした。正確には、カミングアウトせざるを得なくなった。

 虹色の旗は、私にとっても希望の象徴でもあった。だけどあの日から私は、あの旗の元に私の居場所はないと感じるようになってしまった。そんなことないと言ってくれる人もきっとたくさん居るだろう。だけど、私はもう虹色の旗を掲げることは出来ない。しない。あの日の失望をなかったことには出来ないから。それでも、私が性的少数者の一人であることに変わりはないのだけど。


「ただいま」


 今の私はマンションの一室に一人で暮らしている。同棲していた恋人が居たが、去年、天国へと旅立ってしまった。今日のような雨上がりのよく晴れた秋の日だった。

 彼との交際は六年ほど。だけど結婚はしなかった。彼の妻になることで、同性に恋をした過去が跡形もなく消えてしまう気がして怖かったから。そんなくだらない理由でプロポーズを断った私の手を握って、彼は言った。「じゃあせめて、ただの恋人のままでも良いから君の側にいさせてください」と。あの手の温もりもあの時の優しい声も表情も、今だに全部はっきりと思い出せてしまうほどに、彼を愛していた。それなのに私は、彼と家族になることを恐れた。女性を愛した事実などという、この先の人生には不必要なものに固執して。本当に、馬鹿だと思う。あんなにも愛されていて、愛していたのに。彼にプロポーズされた時、元カノの不安そうな顔がよぎった。『結局あんたも、異性と結婚することを選ぶんだね』そう責める声が聞こえた。そんなの結果論だし、私は悪くない。そう開き直って彼の手を取れたら良かったのに。


 彼の死は突然だった。何の前触れもなく、ある日突然亡くなった。事故だった。車に轢かれそうになった子供を助けて代わりに轢かれるという、優しすぎる彼らしい最期だった。そんな優しい彼が私を愛してくれた理由は分からない。分からないけれど、私を愛してくれていた事実ははっきりと残されていた。彼は日記をつけていた。そこに綴られる内容のほとんどが私のことだった。プロポーズを拒んだ理由についても『正直、理解はできない』としつつもこう綴っている。


『だけど、彼女が傷ついてきたのは分かる。同性を愛した過去をなかったことにしたくはないと、彼女は言った。僕は、彼女の過去の恋愛の相手は全員異性なのだろうと思っていた。当たり前のように。だって彼女は同性愛者ではないし、今、異性である僕と付き合っているから。だけど、もしかしたらそうやって彼女は、過去の恋をなかったことにされてきたのかもしれない。そう考えていると、ふと、告白した時の彼女をふと思い出した。あの時彼女が僕の手を取ることを躊躇っていたのも、同じ理由だったのだろうか。もしそうならきっと、相当勇気を振り絞ってくれたのだろう。あれだけの罪悪感を抱えていながらも、僕の側にいる選択をしてくれた。それが意味することが自惚れではないなら、不謹慎かもしれないけどこれほど嬉しいことはないし、それに応えたいと思う。彼女の抱える罪悪感を少しでもやわらげてやりたい。そのために僕が出来ることはなんでもしてあげたい。彼女には、幸せになってほしい』


 と。『他人と自分は違うから理解し合えないこともある』それは彼の口癖だった。それでも相手を理解しようとする努力は惜しまない。そんな彼が好きだった。世界中の人が彼のような人ばかりだったらきっと、差別なんてなかったのだろう。彼はきっと、自分と同じような人間ばかりな世界なんてつまらないよと笑うのだろうけど。彼は自分とは違う考えや生き方をする他人が好きだったから。

 彼が亡くなって、もうすぐ一年になる。私は三十歳になる。そろそろ結婚はしないのかとうるさかった親は、彼が亡くなってからは静かになった。そのままずっと黙っていてほしい。彼のご両親は私を本当の娘のように可愛がってくれるけれど、私が彼からのプロポーズを断っていることを知ったらどう思うのだろうか。

 同性を愛した過去なんて捨てて、彼と結婚しておけばよかった。彼が亡くなったあの日からずっと、そう後悔しない日はない。

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