Viva la vida
この作品はCold play - Viva la vidaの歌詞を再解釈したものです。
私は世界の王、王の中の王であった。この世界全てが私に平伏した。私の権威は輝き、地の果て海の果てまでその轟は響いた。私の名を知らない人間など一人もいなかった。鳥も雲も、星までもが手に届くように思えた。私にできないことなど何もなかった。私が命じただけで風は止み、丘が反り立った。海がせり上がった。私は王であった。
今、私は孤独の中で目を覚ます。狭い部屋と黄ばんだシーツだけが私を包んでいる。召使いも、綺麗な女たちも居やしない。私は自身の老いさらばえた身体さえ思うように動かすことはできない。もう何も私には残されていない。今や私の仕事といえば、私のものであったはずの通りを箒で掃く掃除夫だ。誰も私が王であったことなど覚えていない。誰も私に気がつくことはない。いつか彼らはこう叫んだ。「旧き支配者は死んだ、王様万歳!」と。確かに私は長く生きた。だが王としての私はとうに死んでしまった。彼らの手によって。
私は勝利者だった。敗北を喫した敵達は私の前にひざまづき、醜くも命乞いをした。全く、滑稽だった。戦場ではあんなにも威勢よく私の首を狙っていたというのにその時にはみる影もないほどに意気消沈し、無様だった。私は彼らが恐怖する姿を見るのが好きだった。賽を投げ、6の目が出れば許してやるなどと宣った。私の掌から飛び出した賽が宙を舞い、血のように赤い絨毯に落ちるまでの一瞬、彼らの目の中に恐怖の濁りがするりと入っていくのがとてもおもしろかった。はは。ははは。
今思えば、私がその鍵を握っていたのはほんの一瞬だけだったのだろう。束の間の勝利、束の間の優越。私はそれに酔いしれて、いつの間にか飲まれてしまっていた。気狂い。いい気になっていたのだ。何と愚かなことだっただろう。だが今更正気を取り戻しても手遅れだ、もう遅い。高く大きな壁が私の行く手を拒むまでそう時間はかからなかった。私は王座から降ろされた、否、王座は砕かれたのだ。そうして私は理解した。偉大なる王座は、私の城は、砂と塩の柱によって建っていたことを。瞬きをする間も無くそれらは崩れ去った。そうして砂山のように風に吹かれて消えてしまった。
その邪悪で荒々しい風はどこからかやってきてドアを乱暴に叩き、私を招き入れた。窓は輝きを失いながら砕け散り、地を走るような低いドラムの音が聞こえた。風は激動の時代をもたらし、そうして全てが失われた。誰も変わり果てた私の姿を信じられなかった。きっと彼らは初めから私のことなど知りはしない、彼らはずっと王を見ていたのだ。ぼろ切れに身を包み、痣だらけの男を誰が王だと思うだろうか。
「革命」を崇拝する愚かな若者達。他の誰でもないこの私がやってきたように、力によって私を突き落とし、新しい形の王座についた彼らはまだ気がついていない。彼らもまた王なのだ。彼らもまたいつか、力によってその座を追われるのだ。きっとその時には私はここにはいないだろうが。しばらくは、束の間の勝利の美酒に酔いしれるがいい。自分がただの操り人形であることに気がついたその時、惨めな私の姿を思い出すだろう。彼らが私に求めたもの。洗礼者ヨハネの最期のように、銀の皿に載せられた私の首。彼らもまたその運命にあるのだ。王とはそんな虚しいものなのだ。一体誰が王になりたいと思うだろう。愚かな者だけだ。
ああ、人の罪よ、虚しさよ!私は今ドロローサへの道に立つ。キリストが私の前を歩んでいる。血潮の流れるその小さく偉大な背中にエルサレムの鐘の音が美しく響いている。ローマ軍の聖歌隊が悪魔の歌を叫び歌っている。耳を塞いでも何の意味もないだろう。私の鏡よ、剣となれ、盾となれ!鎧よ私を装うのだ!宣教師となって遠い異国の地へ赴くのだ!
なぜだか伝えることはできないが、あなたが去ってしまってから私は失ってしまったんだ。本当の言葉を、信じるべき羅針盤を。聖ペテロは私を呼ぶことはないだろう。いのちの書物に私の名前は刻まれていないからだ。愚かな私にはもう何も残されていない。居場所もありはしない。
エルサレムの鐘の音が聞こえる。ローマ軍の聖歌隊が高らかに歌っている。私の鏡よ、剣となれ、盾となれ。宣教師となり遥か彼方の異国へ赴け。その故を伝えることはできないが、聖ペテロはもう私の名前を呼ぶことはないだろう。真実の言葉はなかったんだ。これは私が世界をその手にしていた頃の話だ。




