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ソラと珈琲牛乳

作者: 性癖が終わってる

読んでいただきありがとうございます。

 

「珈琲牛乳」で「カフェオレ」って読みます。

なろうだとタイトルにルビ振れないので、ご了承ください。

前作に引き続き「教師と女子生徒」という感じで進めてしまったわけですが、百合描写が特別深い訳ではないので、読みやすいと思います。

「『太陽が燦々と降り注いでいる。乾いた冬空を敵視するように、蒼く照らしていた。少年は汗のかいたグラスを傾け、自分の喉を潤す。そして、彼の脳にふとした不安が過ぎった。退屈である。何もない、平和で静かな日々——。

人はそれを『退屈』と云うのだと、彼は知っていた』」


私は町の小さな喫茶店でそう呟いた。淋しそうに吹く風に震えている世界を小さな窓から眺めて、机を指で小突きながら。

とある小説の文をそのまま覚えている私は、寒空の下を描写したこの文章と、ノスタルジックな喫茶店の雰囲気を合わせて、味わうように反芻する。

この小説では、退屈な少年の前に女性が現れ、そこから物語が始まる。その後の展開は好きだが、現実ではあり得ないようなそのシチュエーションに憧れるほど私も少女ではない。

はぁ〜、と長い溜息を吐き、椅子にもたれ掛かる。

烏のような黒さを持つブレザーとスカート。ブレザーの胸ポケットには篆書体の校章が施されている。ここまで見ていただければわかる通り、私は学校に行こうとしていた。ただ、学校に行く為に乗る電車の中、ぼんやりと外を眺めていると、心に穴が空いたような心地を感じた。私が思うに、この心地は一縷の気怠さにあると考察した。

この程度の気怠さならいつもの事だ。どうせ学校に着けば、その気怠さも勾配の低い下り坂のように下がるだろう。

しかし、今回の「それ」は学校に行くまでに中々取れず、ついぞ降りたことのない駅に自分の足を着かせていた。

私は自らの記憶が若干不安定な事を確認し、諦めて目についた小さい喫茶店の扉を押したのだった。

私は自らの人生に対して、特別な不満も満足も感じていない。ただ、電車の中で感じたその気怠さは徐々に膨らみ、同時に鬱屈とした気分に己を染め上げた。入ってすぐに出された水を口に含み、大きな溜息を吐いた。このまま、二時間程度考え事をして家に帰ってやろうと思った。そんな時、私の目にこの店で一番人気と謳う「ブレンドコーヒー」なるものを頼もうと考た。

無論、私はコーヒーの味がわかる人間ではない。だが、学校をサボタージュする、という不良じみた行為と、最も釣り合うものは何かと考えた時に思い付いた行動が「コーヒーを頼む」ことだった。とまれ実行のために注文ボタンを押そうとしたその時。

「おや、こんなところでサボり?」

私の頭上から女性の声がした。その女性の顔を確認するより前に彼女は目の前に座り、ボタンを素早く押した。

「……あの……」

「あ〜大丈夫大丈夫、私が奢るよ」

私の前に来たのは、黒いワンピースに白いカーディガンを羽織った、長い黒髪をハーフアップで纏めた女性だった。

「そうじゃないです。あの……貴女誰ですか?」

「あなたの学校の教員よ、瀧高生ちゃ〜ん。何かあったの?イジメられてたり?」

「瀧高生」——。

私の通う高校の略称を言いながら、名前も聞かずに来る馴れ馴れしさに、私は若干の抵抗感を覚えつつ答えた。

「いいえ。というか、初対面なのにデリカシーとかないんですか?」

「じゃあどうして?」

「……電車に乗ってる時に、ちょっとめんどくさくなってサボりました。それだけです。……貴女は?」

「私は非常勤。よく来る喫茶店に入ったらうちの生徒がいたから座っちゃったの」

「『ちゃったの』って……暇なんです?」

「暇よ〜すっごい暇。今日は特にね。三年生が試験で授業はないし、副業のバイトも今日はないし〜……」

彼女も私と同じように長い溜息を吐いた。ただし、その溜息の理由は些か異なる。どうやら私と違って彼女は、暇を持て余しこうして私にちょっかいを掛けているらしい。

「貴女何頼んだの?」

「貴女が来たから頼み損ねました。ブレンドコーヒーを頼みたかったのですが……」

「あら、ごめんね」

この一連の会話がなされた直後、私と非常勤講師(と名乗る女性)の前に店員がやってきた。

私はブレンドコーヒー、彼女はカフェオレの無糖を頼み、カーディガンを脱いで髪をするりと手で流した。

丁度タイミングよく来たコーヒーの取手に手を掛け、コップを傾ける。口の中に入ってきたほろ苦い茶色のそれを舌で転がし、喉に通す。

「……」

缶コーヒーやペットボトルなど、いわゆる一般的な「コーヒー」くらいしか飲んだ事のない私には、ここのブレンドコーヒーの美味しさなんてわかるはずもない。そう思っていた。

当然わかるはずもなく、しかし私の心には、確かに優越感があった。制服という鎖に縛られながら自由を謳歌する。

私に必要なのはこの程度のものだったのだ。

そう認識させられるのが、どこか心地良かった。

「せっかくだしこっちも飲む?」

彼女は自分の飲んでいたカフェオレを、私の方へ向けてきた。

「じゃあ……ありがとうございます」

彼女のコップを受け取り、同じようにコップを傾け、口に入れる。ミルクの深い味わいと、コーヒーの苦味が、私の口に広がっていった。単調な「苦味」がまろやかさを帯び、先ほどよりずっと喉を通りやすくなっている。

「……美味しい」

「そうだろう、そうだろう!」

彼女は嬉しそうに私の手を握り、「わかってくれるか」と言わんばかりに笑顔を絶やさなかった。そして、彼女は自分のカフェオレを指差しながら、私の目を見て口を開いた。

「貴女がこれを『美味しい』と思うって事は、貴女には今、『これが必要だった』って事だと私は思うの」

彼女は私が何か言う前に話を続けた。

「貴女はどこかキチッとし過ぎてる。制服の乱れも、着崩しもない。品行方正で、真っ直ぐ前を向いている。目を逸らすことはあっても、また前を向く」

ぼんやりとしているが、自分の明確な特徴を当てられ、少し不思議な気分になった。

「……はい。それが……?」

「私はね、それが貴女の重荷なんじゃないかって思うんだ」

私は彼女の仮説を聞きたくて、じっと黙ったまま話の続きを目で促す。

「貴女は多分、『濁す事』が苦手だと思う。何でもそう、嘘を付けないし、道を外れることにも抵抗がある。今日だって、見ず知らずの私にサボった理由を話したでしょ?」

「えぇ……そうですね……」

その通りだ。私は嘘を付けない。上手く嘘を付いて、周りと同化する事が出来ない。

周りは簡単に出来ていることが、私にとっては大学の過去問より難しい。

「……白黒ハッキリする事なんて、この世には少ないのよ。真っ直ぐ生きなくたっていい、楽に生きなさい。今日みたいにメンドくさくなったら、こうして知らない場所に足を運べばいい……。濁ったままでも充分美味しいモノは、意外と近くにあるのよ」

私は彼女の言葉を理解するのに時間がかかって、少しだけ俯いた。

「……珍しいですね。ほとんどの教師は、『サボるな』って言うのに」

——「サボっていい」なんて言われた事がなかった。怒鳴るような教師の声も、騒ぐ教室も、狭い学校も、私にとっては苦しくて嫌な場所だったのだ。とっくに判っていた筈なのに、それを理解したくなくて、私はレールの上を歩いていた。

「驚いた?世界は広いのよ。真っ直ぐにレールを行ったら、寄り道の楽しさはわからないもの」

彼女は財布からお金を取り出し、立ち上がってレジに向かった。そしてお釣りを財布の中にしまいながら、私の方へ近づく。

「じゃあ行こうか!」

「どこへですか?」

「遠くへ行こう!『寄り道』するんでしょ?」

彼女は私の手を掴んで、喫茶店の扉を押した。

私の「退屈な鬱」を消し去るために、未知の世界へと連れていくために。

彼女は私の手を引っ張りながらどんどん進む。

「あっあの……!先生の、名前は!!」

「私は『そら』!柏木昊かしわぎそら!貴女は!?」

「華……月島華つきしまはなです!」

彼女は私の顔を見てニコリと微笑むと、再び足を進めた。

色のない世界が、裏返る気がした。

私の手を引く貴女が、こんなにも綺麗だから。

一節を覚えたあの本と、全く同じ進み方をしていたから。

少年を連れて行ったあの人と同じ——「そら」という名の女性だったから。

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