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葡萄色の空

作者: 雛多

私が実際に置かれた立場を軸に物語を創作しました。

同じような悩みを抱えている方も少なくないと思います。

少しでも心が温かく、優しい気持ちになって頂けたのならば幸いです。




 尾道の海に丸く柔らかい黄色の光が染み込んでいる。

それを見ていた浅緋の頬にもまた、丸く柔らかい黄色の水滴が流れていた。

 

 浅緋の心は美しい、そして儚い。触れると泡になって、遥か彼方に見える明星にまで行ってしまうような気がして。

そんなことを考えながら、月明かりに照らされて浮かび上がった浅緋の長いまつげの影を見ていると、私の頬にも水滴が流れた。


 私が流す涙と浅緋が流す涙は全くの別物だ。私の涙は情けない涙、臆病者の涙だ。

浅緋と一緒にいると自分が情けなくなる、それでも一緒にいたいと思うのは何故だろう。

分かりたいけど、分かりたくない気もする。


 浅緋と初めて出会ったのは十二月の冬晴れの日、私は仕事を退職し日本各地を旅していた。尾道にある千光寺の坂道を少し下ったところの公園で、私はベンチに腰を掛け、将来のことについて考えていた。

強い風が吹き、火照った頭が冷えた時にふと人の気配がして振り向き、辺りを見回した。少し離れたベンチにスケッチブックを膝に乗せ絵を描く浅緋がいた。

猫が二匹ベンチの下で安心しきって寝ている。

柔らかそうな茶色の髪がマフラーに埋もれ、隙間から寒さで赤くなった頬が見えた。


『何の絵を描いているんですか?』


柄でもないのに、何故か反射的に声を掛けてしまった、そんな自分に驚いて一歩退いてしまう。

知らない人から急に声掛けられて、凄く迷惑だっただろうなぁ。しかも絵描いているときに、気持ち悪いと思われたんだろうなぁ。

驚きと後悔が頭を駆け巡りあたふたしていると、浅緋は少し照れくさそうに言った。


『自分の心の絵です。』


私は言葉で表せないような不思議な感情を抱いた。運命なんてくさい言葉を使いたくはないが、それに近いような何かを感じざるを得なかった。

仕事をやめてからずっと自分のやりたいことが、心の内がわからなかった。それなのに浅緋は自分の心を理解していて、更には絵に出来る程に心が見えている。そんな浅緋に抱いたのは憧れだった。今思えば恋だったのかも知れないけれど、その時の私は認めたくなかったのかもしれない。 

 

 話を聞くと、浅緋は美術大学に通っているらしく課題として絵を描いていたという。

美術が好きで、感じ取ることが好き。浅緋の想像力豊かで自由奔放で好きを貫いているところにどんどん惹かれて行った。自分にないものを持っている人に惹かれるという話は本当だったんだ、と感心している自分がいて少し口角が上がる。


 それから少し自分の話もした。仕事を辞めたことや自分が何をしたいのか悩んでいること、趣味は写真を撮ること。自然が好きなことや音楽、美しいものが好きなことを。

すると浅緋は真っ白な画用紙に絵を描き始めた。五分程経った頃、浅緋は私に絵を渡した。

 

『これ、藍の絵』


渡された画用紙には、卵の殻の絵が描かれていた。


『藍は自分の殻を割ることが出来たら良いのかも知れんね。まぁ、私もまだ割ること出来

てないんやけど、人の事言われへん』

 

浅緋は優しく微笑んでそう言った。 

私の心にピタッと嵌る音がした。

こんな自分にも可能性があると感じてくれるなんて、とても嬉しかった。


気が付くと時刻はもう夕方になっていて、日も傾き始めていた。

空の色が変わってきたのを見て浅緋は話した。


『浅緋色と藍色を混ぜるとどんな色になるか知ってる?』 


私は言った。


『知らない、浅緋色って言う色があるのも初めて知ったよ。』


そして浅緋は話し続けた。


『私の浅緋色と藍の藍色を混ぜると葡萄色になるんやで、丁度この綺麗な夕焼けみたいな色に、葡萄色の空に。』


私たちは空を見上げて笑った。


二人を混ぜた葡萄色の空に染まって。


藍と浅緋のような出会いは、夢物語ではないと思っています。

現実にもふたりの様な出会いは沢山溢れていることでしょうし、沢山の方々に二人のような出会いが訪れると素敵だなぁと思っています。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

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