後悔先に立たず
うどんに告白された。
職場を出てすぐのところにあるうどん屋の看板娘。
艶やかな白い肌が、俺に食べて欲しいとラブコールを送ってくる。
なんてことない日常、平常運転だ。
俺が町を歩けば、そこかしこから告白されまくる。
「私を食べて!!」
「お願い私を選んで!!」
蕎麦屋の看板娘やラーメン屋の人気麺娘たちが黄色い悲鳴を上げる。
はっ……まったく俺も罪作りな男だとつくづく思う。
だが悪いな。昼はごはん派なんだよ。
今日も行きつけの定食屋で、お目当てのかつ丼を注文する。
もう結構通い詰めているんだが、一向に振りむいてくれる気配はない。
くっ……なんというガードの堅さだ。だがそこがたまらなくいい。
そう……俺は追われるよりも追う方が燃える狩人なのだ。
「さて……今日もかつ丼食うか」
いつものように職場を出るが、何かがおかしい。
すぐに違和感の正体に気付く。
真っ先にラブコールを送ってくる、うどん嬢が今日は声を掛けてこない。
「……まあそういうこともあるさ」
少し歩いたところで足を止める。
なんだ? 俺は何を気にしているんだ?
関係ないだろ? どうせ昼はかつ丼を食うんだ。今更気にしてどうするつもりだ?
「……ちっ、なんか調子狂うんだよ」
押して押して引くとか、恋愛初心者のイロハじゃねえか。
くそっ、こんなんで気になって仕方ないとか、俺はまだまだだな。
うどん屋の暖簾をくぐる。
「親父、冷やしうどん頼むよ」
あの絹のような白い肌、冷たく蔑むような眼差し。考えてみれば好みど真ん中だったといまさら気付く。
「悪いねお客さん、うどんはもうやめたんだよ」
店主の言葉に耳を疑う。
「は!? だってここうどん屋だろ?」
うどん屋がうどんをやめてどうするというのか。
「こだわりの小麦を作ってくれていた農家さんが廃業してね。丁度良い機会だからうちも店をたたむんだよ」
呆然としながら店を出る。
もうあの声を聞くことはないのだ。あの白い肌も冷たい眼差しも。
もう二度と。