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剣と魔法の冒険世界に転生や転移してチートを発揮させたり。
人と人の思惑が渦巻く貴族社会で生き抜いてみたり。
愛憎渦巻くフラグ取り合戦をしてみたり。
この世は様々な物語に満ちている。
美智香自身もそういった物語や空想を好んでいたし、日本ではそういった娯楽が指先一つで気軽に楽しめた。物語の中に自分が転生したら、なんて想像する程度には様々な物語を読んだものだ。
とはいえ、とはいえだ。それを楽しむことができていたのはあくまで「全ては空想で終わる」からである。
「いやでもまだ異世界とは限らなくない?ここは樹海とかそういう可能性だってあるよね?いったコトないけど」
異世界転移でチートする話は、大抵大自然に急に放り出されてあわあわするとことから始まるものだ。多少の偏見はあれど美智香が今まで読んできた小説や漫画ではそうだったように思う。
あわあわする主人公たちに今なら心から共感できる。それはそうだろうな、と想像を超えて今理解した。
サバイバル知識もないただのインドアなオタクには、こんな事態に対する備えなどないのだから慌ててなんぼである。むりむり、パニックになる以外にどうしろというのだ。
いきなり適応できるような人間がいたらそれは主人公である。
瞬きを一つするほどの時間だったと思う。
仕事を終えて交代の同僚に挨拶をし、くたくたの体でいつものようにロッカールームにたどり着く。
明日は緊急入院がありませんように。穏やかな病棟でありますように。
なんていつも裏切られる祈りを捧げながらロッカーの鍵を回し視線を上げてみれば、緑と茶色の世界にいるだなんて、ついに幻覚が見え始めたのかと一瞬笑ってしまった。
先ほどまでいたはずのロッカールームをきれいに無視した現実逃避を、現場は許してくれはしない。肩にかけた重たいリュックがずるりと肩から滑り落ちて現実に連れ戻される。
ここが例え異世界というやつだったとしても、樹海だったとしても、美智香の身に不可思議なことが起きたことには変わりなく、この後いつ何が起きるかわからない恐怖と戦わねばならないのだ。
こんなことならば登山が趣味の友人に遭難した時の心得を聞いておけばよかった、などと悔いてももう遅い。