早くおうちに帰りたい
拝啓 お父様、お母様
お元気でしょうか。凹むこともあるけれど、美智香は元気です。
上京して数年ばかり経ち、一人暮らしにも慣れた今、某大学病院で中堅看護師として日々懸命に働いております。
今日も定時ぎりぎりの緊急入院とオペ出しでしっかり残業してきました。そもそもの通常業務自体が定時の時点で終わらないんだから、まあ残業は確定してたよねなんて無粋なツッコミはおやめください。
閑話休題。真面目にお仕事をこなして、後輩看護師の相談にも乗りました。そうだよね、辛いよね、辞めたくなるよね、わかるよ。なんてめちゃめちゃ共感してきた次第です。
ちらりと窓から見える家路はすっかり真っ暗です。なんなら時計の短針が真上向いてるくらいです。
こんなに一生懸命働いてるんだからボーナス弾んでくれたり特別手当出してくれてもいいんじゃないの?とは思います。とはいえこれは誰だって思うことですよね。よくあることです。
時々そちらが恋しくなることもありますが、真面目に(そりゃあちょっとは不真面目なこともあるけれど、それなりに真面目に)美智香は頑張っています。
それでは、体調には気をつけて、病院にお世話になることのないようお過ごしくださいね。
敬具
今までの人生でこんな丁寧な手紙を書いたことがあるだろうか。否、ない。正直ない。こんなかしこまった人生歩んでいないし、親とはせいぜい電話やメッセージでのやりとりくらいなものだ。
現実逃避が頭の中を駆け巡るが、それに対するツッコミを入れてくれるひとは誰一人としていない現実。つらい。辛口な先輩のツッコミがいっそ恋しい。正直勤務が被ったら辛いと思う日もあるけど今だけは恋しい。先輩にこんな思いを抱くなんて思わなかった。もしかしてこれが恋か、んなわけあるかい。脳内の美智香がノリツッコミをするのを薄く笑う。
他にやるべきことはたくさんあるだろう。それくらいわかっている。けれど、それでもほんの少しの現実逃避くらい許してほしいと美智香は思う。
「こんなこと、ある?」
眼下に広がる豊かな自然を前に、ポツリとこぼれ落ちた呟きを拾うモノはいない。