#8 魔動兵装 ジークフリート
もぐもぐもぐもぐ…。
りんごがソファーに座ってサンドイッチを食べている。ミミを切り落としてない、レタスやトマト、ハムなんかがはみ出してるワイルドな感じのサンドイッチだ。満面の笑みを浮かべて実に幸せそうである。
まぁ、そんなことはどうでもいい。俺はとっとと掃除を終わらせなければ。次はキースの部屋だ。
「失礼しまーす。」
「おう、ユーリ。」
「はい?」
「ここに置いてあった俺の昼飯知らねぇか。」
「いや~。俺今来たとこなんで、わかんないっすね。」
「そうか…。俺はもう出掛けるから机の上のものは触るなよ。」
「了解っす。」
出掛ける予定があったからサンドイッチだったんだろう。可哀想なキース…。
どうやら次の仕事が決まったらしい。皆、準備をしていたり、姿が見えなかったりと慌ただしい。各々、役割が決まっているのだろう。実に手際が良い。
荷物運びくらいしか役に立たない俺は、とりあえず留守番しながら雑用をすることになった。ていうか、なんで俺は首輪をしてまで雑用しなければならないのか…。
「あ、ヴィーさん。ちょっといいですか?」
「ん?なんだい?」
「あの、俺達に寝るとこと食べ物用意してもらってて恐縮なんですけど、なんでそこまでしてくれるんですか?」
「んー、なんでだろうね。キースがそうするって言ったらウチはそれが決定なんだよ。」
「はぁ、そうなんですか…。ちなみに…、この首輪って外してはもらえないんでしょうか…?」
キースにはとてもじゃないがこんな質問できない。でも、ヴィーさんなら聞いても怒られないだろう。
俺が疑問なのは何故キースが俺たちの面倒をみてくれているのか、ということだ。
仮に、俺達が逃げ出したところで彼等に損はないはずだ。むしろ特に役に立つわけでもない居候がいなくなれば厄介払いが出来ると思う。首輪を着けてまで手元に置くというのは矛盾しているような気がする。
「あんた、その首輪がなかったらどうなると思う?」
「え…?どうなるんですか?」
「不法入国者。」
「え…?あ、そうなるんですかね…?」
「だってあんたら、セントラルの出身なんだろ?」
ん?確かに適当に話を合わせてそんな返事をしたような気がする。セントラルって『中央』って意味だから、この国の中央区域の通称かなにかだと思ったのに違ったのか…?
「首輪があると不法入国にならないんですか…?」
「今あんたたちは奴隷という『物』だからね。入国した『人間』じゃないの。所有者はキース。」
「えぇ!?いま俺、奴隷なんですか!?」
「ふふっ、そんなビビることはないよ。この国の奴隷制度は少し他の国と違って特殊なのさ。働いて税金を一定額納めれば市民権を得られるんだよ。亡命してきたあんたらにはおあつらえ向きだろ?」
そう言ってヴィーは笑い飛ばした。
だが、なるほど。だんだん分かってきた。今の俺達の状況を鑑みてこうしてくれていたのか。ヴィーの言うとおり、この世界で自立することを考えたら戸籍の獲得は必須といえる。
意外とキースは俺達のことを真剣に考えてくれていたのかも知れない。
いや、ちょっと待て…。なんか俺、どんどん帰りづらくなってってない…?
ふと目をやると、先程食べていたサンドイッチに満足したのだろう。当事者であるりんごはソファーで横になり、お昼寝をしている。
だ、だめだ…。こいつ、働きそうもねぇ…。
「あの…。りんごにもなにか働き口ってあるんでしょうか…?」
俺は恐る恐る尋ねてみた。
「んー、りんごの見た目なら『夜の町』で働けば半年もかからずにお金は貯まるかもね~。」
「あ、やっぱりいいです。すいません…。」
「はははっ、冗談だよ。とは言ってもね、りんごはなんでも1から教えないとならないから大変だねぇ…。」
ヴィーはりんごの方をチラッと見ると軽くため息をついた。
それを見てふと思い付いた。流星団は護衛と輸送をするのが仕事だ。ということは魔獣を素手で倒してしまうりんごの能力は使えるのではないか?もちろんその為には首輪を外す必要があるのだが。
「そうだ!実はりんご、魔獣を蹴り飛ばして、倒しちゃうくらい強いんです!護衛の仕事とかって出来るんじゃないですかね?」
「…あんな小さな女の子が魔獣を蹴って倒す?なに言ってんだい、魔獣と生身でやり合うなんて私たちだってやらないよ。」
「…へっ?」
「仕方ないね。ちょっと付いてきな。」
そう言うとヴィーは部屋を出ていった。俺はわけも分からず、とりあえずヴィーの後を追った。
向かった先は馬小屋のある裏庭だ。厩舎の隣には馬車を格納している倉庫のような建物がある。馬車を入れておくだけにしては大きいなとは思っていたが、ヴィーはその建物へと向かっていた。
「あんたは馬車の中で縛られてたからこいつを見てなかったろ?」
そう言ってヴィーは扉を開けた。その先に見えたのは膝を着いて座っているような姿をしたロボットであった。
前に町で見かけた工事用のやつは、まるでブルドーザーだったが、こいつは例えるならF-1マシーンに手足を着けたような外見なので、スマートでカッコ良い。
「すげぇ…。なんだこれ…。」
「対魔獣用の魔動兵装ジークフリート。これがウチの商売道具さ。生身で魔獣と戦うなんて、命がいくつあったって足りないよ。」
「な、なるほど。」
「仮に、りんごが魔法で魔獣と戦えるとしても、基本的にはこいつで戦う。命に関わる危険な仕事だからこそ、リスクは避ける。それがウチの信条なのさ。」
「そ、そうですね。危険ですよね…。」
いやぁ。正論ですね…。なんかモンスターって戦士とか魔法使いが必殺技や魔法で倒すイメージがあったもので…。
言葉を失った俺に、ヴィーは静かな口調で話しかける。
「あんたたちを拾った、あの夜。所属不明の隠密機動型魔動兵装をうちの偵察隊が確認してる。あんたたちも何か訳ありなんだろ?」
そう訪ねられたが俺は何も答えられなかった。確かに訳ありっちゃー訳ありなんだが、おそらくヴィーさんが想像してるような『訳』では無いのだ。隠密なんちゃらって何なんですか。初耳なんですが?
「あたしたちも訳ありだからさ。気持ちは分かるつもりさ…。事情があって話せないなら、あたしはそれでもいいって思ってるんだ。」
そう言ってくれたヴィーの表情は優しく微笑んでいるようで、目だけが少し哀しそうに見えた。彼女たちのいわゆる『訳』の部分は、きっと平和な国で生まれ育った俺なんかには想像もつかないようなことなのだろう。
あぁ…。どうしたものかと考えてるうちに話が終わってしまった…。
俺が帰る為にはりんごの首輪を外してもらわないとならなくて、でもそのためにはお金を稼がないといけなくて、それなのにりんごは働けそうにない…と。
うーん…。これは帰りづらいとか言ってる場合じゃない。帰れるかどうかすら怪しくなってきた…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『城塞都市ストゥルベルグ』は魔獣などの外敵から領民を守るために城壁が作られている。そのため、外郭に近づくほど日陰になることが多く、人が住むにはあまり適さないため、中心部から外側へいくほど貧しいものが住む傾向にある。
そんな裏路地の一角に店を構える怪しい薬屋。表向きは薬屋だが、実態は裏家業御用達の情報屋であった。
「よう、キース。景気はどうよ?」
「おう、キング。お前の方から呼びつけるなんて珍しいじゃねぇか。」
薬屋と言っても治安の悪い外郭の店らしく、商品の陳列は無い。店主とのやり取りも、かろうじて話せる程度の小窓しか開いていない。キースも親しげに話をしてはいるが、キース含め、客はみなキングの顔を見たことはなかった。
「キース、お前さんとこに新入り入ったらしいじゃねぇか。銀髪の娘。」
「さぁな。誰から聞いた?」
「情報屋が情報元教えるわけねぇだろうが。そんなことよりうまい話があるんだぜ。損はさせねぇ、50でどうだ?」
「なんの情報かも分からねぇもんに50も払えるかよ。」
「とある人物が銀髪の娘を探してる。言い値で買い取るそうだ。お前さんがその気なら取り次いでやるぜ。」
「…うさんくせぇ話だな。」
キースが答えると、キングはタバコを取り出し、指先で火を灯した。
「らしくねぇな。その娘に情でも湧いたか?お前さんは金が要るんだろう?」
「…そんなんじゃねぇよ。うまそうな話にホイホイ食い付くほど馬鹿じゃねぇだけさ…。」
キースの目の色が変わる。
「そいつぁ…、どこのどいつだ?」
答えなかったらどうなるか分かってんだろうな?という意思が、ビリビリと空気を震わす殺気に乗って伝ってくる。
「情報屋が情報元を売ったらおしめぇよ。オメェとは古い仲だからな。忠告してやったのさ。」
そう言うとキングはタバコを指で弾くと、キースの後ろで控えているニケの方へ飛んでいった。
二人がそのタバコに目をやった瞬間、タバコは急激に燃え盛り、激しい光を放った。
一瞬、二人は目が眩んだがすぐさまドアを蹴破り、キングの部屋へ侵入した。
しかし、キングの姿はすでにそこには無かった。
「野郎、最初から逃げるつもりで準備してやがったな…。」
見渡すと部屋の中は、とても今の今まで人がいたとは思えないほど殺風景で何も無かった。最初からこの場所を放棄するつもりだったようだ。
それを見たニケは即座に壁に張り付き、ぶ厚いカーテンの閉まった窓から外を伺う。その手に持った小さな鏡には、路地の角で隠れるように佇んでいる人影が写っている。
「ニケ、俺たちをつけてた奴らは?」
「二人…。仲間を呼んでる素振りもない。」
「ってことは、罠じゃねぇな。キングと奴らは無関係か…。」
「どうする?あの程度の奴らなら10秒あれば殺れるけど。」
そう言って、ニケは懐のナイフへと手をかける。
「いや、あいつらは泳がせておく。キングの忠告とやらをありがたく利用させてもらおうじゃねぇか…。」
そうつぶやくと、キースはニヤリと笑った。