#7 家族という居場所
「これは…。蛇口か…?」
壁から生えている見覚えのある形。
そしてその下には排水口。
試しに捻ってみた。
『ジャー…。』
うん、水が出た。
この世界にはどうやら水道があるらしい。それに、建物や道も造形が美しい。土木や建築の水準レベルが高いのかも知れない。
俺は流星団のアジト(?)から出て、表通りを歩いていた。
りんごに用事があるのだが、ヴィーとその他、数人のメンバーで次の遠征の為の買い出しに出ているらしい。場所は聞いてきたのだが、何しろ初めて来た土地なので迷子になりそうで不安だ。仮にりんご達を見つけれなかったとしても、最悪帰れるように来た道だけは覚えながら行こう。
この世界の街並みは、俺の世界で言うところのヨーロッパによく見られる石や、レンガで建造されている。
ひとつ不思議なのは、馬車なんかが往来しているので中世のような雰囲気なのに、なぜか家の建築や道路の工事をロボットみたいなのがやってる…。
まぁ、ロボットと言ってもブルドーザーを縦に細くして手足を着けたようなデザインなので、ロボットと言うよりはパワードスーツといったところか。操縦してる人、むき出しで見えてるし。
いったい動力はなんなんだろう…。
いずれ、この街のインフラや、城壁がやたら立派なのはこの『謎のオーバーテクノロジー』のなせる技か…。
キョロキョロしながら歩いていると、洋服屋さんのような店のなかに見慣れた連中の姿を見つけた。ヴィーと、男が三人。ジャンをはじめ。長髪で背の高いクロード、少しポッチャリで背の低いビスケだ。
こいつらは『ヴィー隊』と呼ばれていて、ヴィーを隊長とする流星団の一部隊。
ショーウィンド越しに奥を覗いてみたら、いたのはりんごだった。そういえば、りんごは自分の服が無かったんだよな。ついでに買ってもらっているのか。
くるりと回ってひるがえったスカートの裾をつまみ、小首をかしげる。まるでファッション・ショーだ。周りの連中も笑いながら拍手している。とても楽しそうだ。
最初はどうなることかと思ったが、これなら本当に帰っても大丈夫そうだ。ちょっとだけ、寂しいけどね…。
「え?無理だけど?」
アジト(?)に帰って来た俺は、りんごの部屋を訪れていた。
「え?え?なんで?」
「ほら、この首輪してるでしょ?これ付けてから魔力コントロール出来ないの。たぶんそういう印紋が込められてるんだと思う。」
そう言うとりんごは鈴を指でつついて、チリンと鳴らす。
「えと、じゃ今は魔法が使えないってこと…?」
「そうだよ。ボクのは精霊術だけどね。それにボク、ユーリの世界に行こうとして行ったわけじゃないし。」
「え?あぁ、そうか。そういえばなんかリアクションおかしかったもんな。」
「リアクション?」
「あ、ごめん。なんでもない。」
これはもしかするとマズイかもしれない。自業自得ではあるのだが、帰れなくなるかも知れないという可能性を全く考えていなかった…。
「それってつまり、俺の世界に通じる穴はもう開けれないってこと?」
「ん~…。たぶんできるとは思うケド…。」
「え?難しいの?」
「転移しようとして失敗しただけだからね。狙ってできるかわかんない。」
そう言ってりんごは笑ったが、こっちは心中穏やかではない。
「ユーリは魔法使えないの?」
「俺の世界にはそういうの無かったから。」
「そうなんだ、やっぱりね。」
「やっぱり?」
「うん、ユーリの世界に行った時に魔力が薄いなぁ、とは思ったんだよね。」
ん?と、俺はそれを聞いてふと考えた。
「え?じゃあさ、もしかしてこの世界なら俺でも魔法使えたりするの?」
俺は期待を込めた目でりんごをじーっと見つめた。
そりゃ、期待もするでしょう。人間だれしも一度は憧れたことがあるはずだ。自分に魔法のような能力が使えたら、と。
「出来るよ?最初に会ったとき、ユーリにはボクの加護をあげたから。」
「よっしゃ!やった!」
「まぁ、今は無理だけどね。」
そう言うとりんごは首についた鈴を指でつついてチリンと鳴らして、ニコッと微笑んだ。あぁ、そうでしたね…。
「そんな落ち込まなくても印紋が刻まれた道具を使えばいいじゃない。」
「え?なにそれ。」
「ほら、このランプ。」
りんごはベッドの脇に置いてあったランプを手に取った。
「ほら。火の根元にあるのが、火の印紋が刻まれた魔石。」
「え?あ、ホントだ。この世界のランプって灯油を燃やしてるんじゃ無いのか…。いや、便利だけどこれ、なんか思ってたのと違う。」
「あはは。魔法も精霊術も難しいんだよ?こうやって誰でも簡単に使えるように工夫してあるんだから、ボクはスゴいと思うんだけどなぁ。」
なるほど、確かにそうなのかも知れない。
普段、何気なく使っているスマホをはじめ、様々な機械の仕組みを、俺達は知らないままでも使うことが出来ている。この世界では、魔法が俺達の世界で言うところの科学にあたるのか?
「ユーリはどうして元の世界に帰りたいの?」
「そりゃ、家族とか心配しているだろうし。」
「あー、家族か。そっか、家族ね。」
なにやら含みのある言い方をする。りんごはランプを置くと、ベッドの上に片ひざを立てて、そのひざを抱きかかえるようにしてすわった。
「ボクたち精霊には家族っていないから、今まで知らなかったんだ。流星団の人たちと過ごしてみて、人族がどうして家族と一緒にいたがるのか、少しだけわかった気がする…。」
いつもなら何か喋る度にニコニコしてるやつが、急に真面目な顔で語り出すとなんだか緊張する。
「ジャンがさ、ボクに赤ちゃん産ませたいんだって。」
「…は?」
「ボク、断ったんだよ。人族のそういう感情ってボクにはわからないから。」
「はぁ…。」
あいつ、いつの間にりんごにちょっかい出してたんだ。
酒の勢いで言ったセクハラ発言か?それともマジで告白されたのだろうか?
どちらにしろ、口説かれたっていうことか。ちょっと今更だけど心配になってきた。
「ユーリは…。ボクに赤ちゃん産ませたい…?」
こ…、これは…?どういう意図での質問なんだ?
そんな物憂げな表情で見つめないでほしい。俺は気まずくなり、つい目をそらした。
「り、りんごはたしかに魅力的だけどさ、やっぱりそういうことはお互いをもっとよく知ってからの方が、俺はいいと思うよ。」
ヘタレな俺は、当たり障りの無い平凡な言葉しか思い浮かばなかった。俺にはジャンみたいな甲斐性は無い。
だが、りんごの反応は意外なものだった。
「そうだよね!ボクもそう思うんだ!さすが、ユーリだよ~。」
正直言って、ごく普通の事を言っただけなのに、こんなに喜ばれるとは思わなかった。
「ユーリがいてくれて良かった。こんなことユーリにしか話せないもん。」
「そんなの俺だって同じだよ。むしろ俺の方がりんごに助けられてるし…。」
俺は、この世界の事を何も知らない。りんごもりんごで人間関係に戸惑っている。俺達は2人とも同じような孤独感を感じていたのかも知れない。
「ユーリ、こっちの世界で暮らさない?ボクが家族になってあげるよ。」
そう言って、りんごはまたニコッと微笑む。
縁起でもないことを言わないでくれ。ていうか、今の話の流れだと、りんごは俺を元の世界に返したいと思ってない。
確かに帰りたいと思ってるのは俺だけであって、りんごには俺に協力しなければならない理由など特にない。
「あ、ありがとう…。でも一応、帰れるなら帰る方向で、何とかお願いシマス…。」
俺は若干危機感を感じた。唯一の味方であるりんごに協力を受けられなかった場合、この世界で俺はあまりにも無力だからである。
するとりんごが、またクスクスと笑いだした。なんだか心の中を見透かされたようで居心地が悪い。
「ふふっ。ボクね、ジャンに誘われた時に、ユーリの事が頭に浮かんできたの。ジャンとは嫌だけどユーリとだったら、なんか嫌じゃないなって。」
え?なにそれどういうこと?
俺はりんごの言葉を聞いて思考が停止してしまった。
「もし、元の世界に帰れなかったらボクがユーリの赤ちゃん生んであげるよ。それなら寂しくないよね?」
そう言ってりんごは、膝を抱えていた両腕に顔を半分うずめた。
気のせいか、少し頬が赤い気がする。もしかしてこれ、照れてる?ちょっと待て、今さっきお前、人のそういう感情分からないって言ってなかったか?
ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、帰れなかったらそれはそれで仕方ないかな、と本気で思い始めている自分がいて、頭の中はひっちゃかめっちゃかである。
その日の夜は、モンモンとして眠ることができなかった。