#6 流星団
《流星団》
キースが立ち上げた運び屋の商号だ。構成メンバーはキース、ニケ、ヴィクトリアを含め9人。ほとんどが隣国との東部国境付近で起こった戦争により孤児となった者達らしい。
現在では停戦協定が結ばれ、交易も再開された。彼らの仕事は隣国との交易で利益を得たい商人達から需要があることは明らかだ。
キースに商才があるのは認めるが、ネーミングセンスは微妙だと思う。
「お前、なかなかよく働くじゃねぇか。」
酔っ払った筋肉質の男が馴れ馴れしく肩を叩いてくる。その男の名は『ジャン』と言った。流星団の連中はガラこそ悪いが、根はそんなに悪いやつらでは無いようだ。よく働くだなんて言われたものの、俺は足を引っ張らないように必死だっただけである。
今回の仕事はかなりの遠征だったらしく、彼らは帰るなり酒場へ直行して宴会を開いている。
浮かれたメンバー達を横目に、キースは奥のテーブルで何やら書類を広げて難しそうな顔をしていた。誰かの笑い声が聞こえるたびに、チラッと見上げては書類を書く、を繰り返していた。
そんなに気が散るんならこんなとこでやらなきゃいいのに。
そこへ2人分の飲み物を持ったヴィクトリアがやってきて、キースの隣に座った。昼間とは違って女性らしい格好をしている。なにやら親しげに話をしているようだが、この2人、できてんのか?
そんな2人の様子を観察していたら、ふいに、ヴィクトリアと目が合った。なにかをキースに耳うちしているようだ。ヤバい。どんな内容かは知らんがめんどくさい事になる予感しかしない。
案の定、手招きをされたので、しかたなく俺は彼らのテーブルへと向かった。
「あんた、そういえば言葉に訛りが無いね。セントラルの出身かい?」
ヴィクトリアに尋ねられたが、それがどこなのかさっぱりわからん。そもそも、自分の言葉がどういうふうに相手に伝わってるのかもよくわかってないのだ。訛りの有り無しなんて知るよしもない。
最近の傾向からして、本当の事を言ってもどうせ信じてもらえないのだ。適当に話を合わせよう。
「はい、そうです。」
「ふーん。じゃあ、55万の利益から50万の経費を差し引いて、残りから2割が税金に取られるとしたらいくらだい?」
「え?えーっと、1万じゃないですかね。」
俺が答えると、キースの目の色が変わった。グラスに入った飲み物をグイっと飲み干すと、俺に座るように指で合図した。
「おめぇ、計算出来るのか…?」
「はい。まぁ、一応。」
なんでこの人は必要以上に圧をかけてくるのか。他の団員の人達はすでに、みんな気さくに話しかけてくれるようになったというのに。
「ユーリだったか?お前、ちょっとこの書類作っとけ。報酬はお前ら2人の寝床と飯だ。いいな?」
そう言うとキースは席を立ち、みんなの座っている大テーブルへ行ってしまった。
ん?もしかして自分が飲みたいからって仕事を押し付けられたのでは?
「これ、何なのか、よくわからないですけど大事な書類なんじゃ…?俺なんかに書かせても大丈夫なんですか…?」
呆気にとられている俺に、向かい側に座るヴィクトリアがニコッと微笑んだ。
「大丈夫、いつも役所に提出に行って3回は戻ってくるから。キースも本当はみんなと飲みたかったのよ。あなたがいてくれて助かったわ。」
いや、そう言われても文字は果たして読めるのか?という疑問もあったが、目を通してみると字体が全然違うのに読むことができた。文字を日本語に置き換えて理解するのではなく、元々から知っている字のように読めるのだ。これもりんごのキスのおかげなのだろうか。
そのりんごはというと、ジャンの太もものように太い二の腕にぶら下がって遊んでいる。笑い声の中心にいる彼女は俺よりも流星団に馴染んでいる。いったいどういうコミュ力をしているんだ。
俺はみんなの楽しそうな姿を眺めながら、先程のキースのように眉間にシワをよせ書類を書き始めた。
あぁ、なるほど。さっきまでの彼の気持ちを少し理解できたような気がする。
バカみたいに体力の有り余った流星団の宴は、店の迷惑も省みず明け方近くまで続いた。
次の日、俺の書き終えた書類にキースが目を通したのは午後になってからの事だった。
「完璧じゃねーか。初めてでここまで書けるなんざ期待してなかったぜ。よくやってくれたな。」
そう言うとキースは俺に初めて笑いかけた。
そんな誉められるようなことはしていない。まず売り上げを足して、そこから経費を引いて利益を出す。その利益に税率をかけて、金額を書き込んで纏める。ただそれだけの簡単な作業なのだ。手本となる書き込まれた書類が何枚かあったので、それさえ理解できれば小学生の算数で事足りる。
それなのになんだろう。キースには今までずっと、威圧されてばかりだったので、誉められると異常なまでの高揚感がある。
もしや、これが俗に言うブラック企業のやり方というやつなのか?洗脳されそうである。
「今日はもういいぞ、ゆっくり休め。」
なんだか優しすぎて気持ちが悪いが、断る理由もないので休ませてもらうことにした。もしも流星団でりんごを保護してもらえるなら、俺は元の世界に帰ってもいいのかも知れない。
あれ?そういえば俺、どうやって元の世界に帰ればいいんだろう。バタバタしすぎていて忘れていた。突然、行方不明になったのだから家族も心配しているだろうし、来週から期末テストだって始まるというのに、この状況はかなりマズイ。
早いとこりんごに相談して、日本に帰らせてもらわなければ…。
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その日の深夜、誰もが寝静まった頃。
ニケは2人に関係がありそうな情報の、調査結果を報告に来ていた。
「どうだニケ、なにか引っ掛かったか?」
「少なくとも東側の領では、行方の分からなくなってる貴族の娘はいない。関係ありそうな情報も特に出てこなかった。」
「そうか…。」
「本人から何か聞き出せてないの?」
「どうやら記憶を失ってるらしい。記憶が混乱して自分の事を精霊だと思い込んでやがる。まるで話にならねぇ…。」
りんごとの会話を思いだしたのか、キースは目線を落とし、軽く溜め息をついた。
「あの夜、森で隠密型がうろついてやがったからな。少なくとも、あいつらを追ってる奴がいると思ったんだが…。」
あてが外れたのか、キースは黙り込んだ。その表情はなにか迷っているようにも見える。
「で?どうすんの、あいつら売るんでしょ?」
ニケの問いかけに少しキースは言葉に詰まった。目をつぶり、椅子の背もたれに深く寄りかかって、少し考え込むそぶりを見せると、重い口を開いた。
「たとえ貴族じゃなくても、あの銀髪は高い魔力を持つ者の証だ。相当な高値にはなる…。」
それを聞くと、ニケは呆れたように呟いた。
「なら、馴れ合うべきじゃない…。長く飼うと情が移る。」
ニケの言葉を聞いたキースは「フッ」と小さな笑いをこぼした。
「そうだな…。ガキの頃、レッサーボアを捕まえた時もそうだった。ヴィーが名前を付けちまって、結局食えなかったんだよな。」
「あまいんだよ。キースもヴィーも…。」
「あぁ…。わかってるよ。すまねぇな、お前にはいつも苦労ばかりかけちまってる…。」
「べつに…。」
二人は窓から遥か遠い星空を見つめ、沈黙した。
まるで、幼かった頃の思い出を夜空に想い描いているかのようだった。