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#4 魔獣の森

「キミ…。なにしてるの?」


俺は彼女に後ろから覆い被さるような形で、地面に倒れこんでいた。こちらに向けられたその目は、氷のように冷たい。


「ごめん、俺にもなにがなんだか…。」


我ながら情けない言い訳だ。しかも女の子を押し倒したままするような言い訳ではない。だって仕方がないじゃないか。ホントに何がなんだか分からないのだ。


彼女は「フゥ。」とため息をつくと、俺を押し退けて立ち上がった。


「仲間呼ばれちゃったか。間に合うかな?」


そう呟いた刹那、一瞬で怪物の懐に入り込んだ彼女は膝に蹴りを一撃食らわせた。怪物は体勢を崩しながらも、真下の彼女に爪を突き立てようと腕を振り下ろしたが、その腕よりも早く、体を捻って怪物の顎を蹴り上げた。


カウンター気味に入ったその一撃は、前傾姿勢になっている怪物の頭を、ありえない角度までひん曲げる。彼女はそこから更に体を反転させ、もう一撃蹴りを繰り出し怪物を蹴り飛ばした。


怪物は木々をなぎ倒し、暗闇へ消えていった。


だが、まだ終わりではない。更に前方から2つの気配が迫っている。


と、思うよりも早く、地面を蹴った彼女は気配のする暗闇の方向へと駆けていった。すると程なくして、嫌な気配が消えるのを感じた。


「もう、倒したのか…?」


まさに、あっという間の出来事だった。


『ボクは人族じゃないから。』


彼女はさっき、そう言っていた。人間じゃないという意味なのであれば、あれはつまりこういうことだったのか。目の前で起こった出来事でなければ、とてもじゃないが信じられなかった。


怪物の気配は消えたものの、彼女の気配は動きが止まったままだ。俺は気になって彼女のもとへ駆けつける事にした。


すると、彼女はいま倒したばかりであろう怪物の隣で寝そべっていた。


「痛ったぁーい。やっぱ魔力(マナ)足んないやぁ。」


さっきはあんな人間離れした動きで敵をなぎ倒していたのに、どうして喋る時はこんなにユルい感じなのだろうか。


「大丈夫か?もしかして怪我したのか?」


彼女は顔をこちらに向け、両足をパタパタさせた。


「反動を相殺(そうさい)出来なかっただけ。怪我はしてないよ?」


そう言って彼女は再び仰向けに寝そべった。だいぶ息が上がっている。もうこれ以上、さっきと同じような動きは出来なさそうだ。


だが、今倒した奴らとは別の『嫌な気配』が、少しづつ近付いて来ているのを感じる。このままここにいるのは、危険だ。


「ちょっとキミ。なにする気?」


俺は彼女を背負うと、気配がする反対の方向へと走り出した。


帰りたい方向とは逆になってしまうが、仕方がない。あの怪物と戦うなんて俺には無理だ。ならばせめて、彼女を連れて出来るだけ遠くへ逃げるしかない。


さっきは訳もわからず彼女に激突してしまったが、人を一人背負っているのに体が軽い。まるで、重力が半分くらいにでもなったかのようだ。


しばらく走ると、次第に霧が薄くなってきた。


すると、徐々に体が重くなり疲労を感じ始めた。さっきまで感じていた周囲の気配も、少しずつボヤけて感じなくなってきた。


「キミは馬鹿だな。ボクは帰れと言ったじゃないか…。」


彼女は耳元で囁いた。だが俺は返事もせずに前に突き進んでいた。正直、馬鹿と言われて返す言葉もない。


「キミ、名前は?」と、彼女は聞いた。


「俺はユーリ。君は?」


「ボクに名前は無いんだ…。ちょうど良いから、ユーリがつけてよ。」


俺は突拍子もない彼女の提案に戸惑った。ペットの名前じゃあるまいし、人の名前なんてそう簡単な話ではない。


「んー、じゃ考えるから君のこと教えてよ。」


俺はずっと気になっていた事をやっと聞くことができた。


「ボクはキミたちが精霊と呼んでいる存在だよ。そうは見えないかも知れないけど。」


えーと、それはこの世界の常識か?いや、一応、俺もなんとなく精霊っていうと、こんな感じかな?っていうのは思い浮かぶけど、それで合ってるのか確認のしようもない。


「ホントはね、人族をちょっと嫌いになってたんだ。ユーリやおじいちゃんに会えて良かったよ。」


そういうと、彼女はクスクスと笑った。この子、なんだかいつも笑ってるな。


「そういえは君ってさ。女の子…、でいいんだよね?」


名前を考えるにあたって、これは大変重要な質問である。すでに色々と見てしまっているので、なにを今更という気もするが。なんか、ボクとか言ってるし一応、念のため。


「ボクたちに性別の区別は無いんだ。そもそも本来は実体を持たない存在だから。でもこの体は人族の女の子みたいだから、今は女の子かもね。」


『ぐぅ~…。』


色々と話しているうちに緊張が解けてきたのか、お腹が空いてきた。よくよく考えてみたら、異世界で遭難しているのだからどこまで逃げたとしてもピンチは続いているのだ。


せめて、どこか休めるところでもあれば良いのだが。


「ユーリの世界で食べた、あの赤い果実。あれ、美味しかったなぁ。お腹が空くのって不便だけど、美味しいものを食べたときって、すごく幸せな気持ちになるんだね。」


「あぁ、リンゴのことかな。ちょうど収穫するタイミングだったからね。」


「あれ、リンゴっていうんだ。じゃあ、ボク、リンゴでいいや…。」


「え?なにが?」


「名前…。」


「いやいやいや、それはどうかと思うよ?」


「いいじゃん…。気に入ったんだもん。また食べたいなぁ…。」


そう、呟くと彼女は『スゥ…。』と寝息をたて始めた。声がなんか眠そうだな、とは思っていたが、やはり疲れていたのだろう。まぁ、俺もいい加減そろそろ休みたい。


ふと、どこからともなく、何かを燃やしている匂いがした。


これはもしかしてと、回りを見渡してみる。なんとなく匂いの強い方向を見上げると、暗くて見えにくいが、煙が立ち(のぼ)っているのが見えた。


誰か人がいるかも知れない、そう思った俺は、煙の発生元へと近づいていった。


すると見えてきたのは、夜営をしているであろう商人風の男たち数人と、武器と鎧を装備した傭兵風の数人の姿であった。近くに川もあり、少し開けた場所に馬車も数台止めてある。


助かった。どこの誰かは知らないが、彼らに頼る他に道はない。


「すいません!お願いします、助けて下さい!」


俺は残り少ない体力を振り絞って、助けを求めた。


その瞬間、何か光を放つモノが俺の頬をカスって背後にある木へと直撃した。後ろを振り返ると、木には焼け焦げた爪痕のような後が付いてフチの部分がプスプスと燃えている。


恐る恐る正面を向き直すと、皆、武器を手にとり臨戦態勢である。


「そこで膝をついて、止まれ!動くなっ!!」


輪の中心辺りにいた、赤毛の男が怒鳴った。男の手に握られた剣は赤く揺らめき、時折パチパチと火花を散らしている。


まるで獣の慟哭のような威嚇に俺は圧倒され、言われた通りその場で膝をついて座った。


「『ニケ隊』は馬車の回りを、『ヴィー隊』は左右を警戒しろ!油断するな!」


赤髪の男はテキパキと回りの人間に指示を出すと、再びこちらを睨み付け、剣先を向けた。


「この魔獣の森で、丸腰の小僧が女を背負って助けてくれだと?なめてんのか?」


あれ?なにか、盛大に勘違いをなさってるご様子。俺たちってそんなに怪しい?いや、怪しいか。なるほど。


「違うんです。本当に俺たちは道に迷ってて…。」


よくよく考えてみたら、俺はいったい何を説明出来るというのだろうか。


ていうか、見間違いじゃなければ、さっきあの剣から衝撃波のように炎が飛んできたんだが?そもそも俺はさっき起こった出来事も、今起こっている出来事すらも全く理解できていない。


だが、無理矢理に理解するとしたら


ここは異世界で


さっきのはモンスターで


今のは魔法


…ってとこだろう。


仮にそうだったとして、それを踏まえた上でここまでの経緯を説明してこの状況がどうにか出来るか?もしも、これが逆の立場だったとしたら、説明されたところで俺は信じるだろうか?


…いや、無理だろ。アキラにすら信じてもらえなかったんだ。デタラメな話をしてると思われて余計に警戒されるのがオチだ。


それと同時に俺は、自分が思い違いをしていたことに気付いた。


人を見つけたことでテンションが上がって、つい、助けを求めてしまったが、実は相手が人間だからといって安心できるわけではなかったのだ。


冷静に考えれば相手が悪人だった場合、下手したらモンスターに出会うより危険な可能性だってあり得る。


そんな想像をしたら冷や汗が止まらなかった。


しかし、俺の心底ビビってる態度だけは信じてもらえたようで、幸いなことに、俺達は2人ともロープで縛られたものの、別々の馬車に放り込まれる程度で済んだ。


結果として、あのまま森に居続けるよりは安全になったと言えるだろう。まぁ、この先どうなるかまでは分からないけど…。


こんな状況なのに彼女はずっと眠り続けていた。寝ている間にこんなことになってるなんて思いもよらないだろうなぁ…。


目を覚ましたら、あの時と同じように、俺のことを氷のような冷たい目で見て、きっとこう言うことだろう。


「キミ…、なにしてるの?」と…。


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