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#2 晴れない霧

ズタタタ…


パンッパンッ…


幾重にも重なった赤い断層が刻まれた岩場に、銃声が響き渡る。暑く乾燥した空気は渓谷の隅々まで、その乾いた音を乗せて駆け抜けていく。


バシャバシャ


岩場の間を流れる川の浅瀬を、ライフルを装備した少年が走っていた。


その少年を追いかける三つの影がある。


「アキラ、狙える?」


「見えた。まかせろ。」


ズターン…


三人組の先頭の男が雷鳴のような轟音と共に倒れ込んだ。スナイパーライフルによる遠距離からの狙撃だ。それを見た残り二人はすぐに散開し、ライフルの射線を切るべく物陰に隠れるように動いた。


追われていた少年は、この一瞬の隙を見逃さなかった。


バラバラになり陣形が崩れれば、人数の有利は無い。一対一にさえなれば、少年は撃ち勝てる自信があった。


まずは、自分に背中を見せてる敵に対して銃撃を浴びせる。


残りのもう一人が横から射撃をしてくるが、それは想定内だ。少年は敵からの反撃を予測しており、すでに回避行動に移っている。


そして回避行動をしながら少年の放った銃弾は、正確に敵の頭を貫いた。


敵を殲滅したにもかかわらず、少年は即座に地面を蹴り、後方へ大きく飛び退く。


すると、戦闘が行われていた場所に爆弾が放り込まれ、大きな爆発が起きた。


「ユーリ、今のよくかわしたな。」


「もう一部隊近くにいたはずなのに、戦闘中ちょっかい出して来なかったからね。漁夫の利狙ってるってバレバレ。」


「確かに。」


「ヘイト買うから、俺が死ぬ前に抜いてくれよ?」


「まかせろ。」


言うが早いか、ユーリは岩影を飛び出した。当然、敵は弾幕を張って応戦する。


一発、また一発と、銃弾が肩をかすり、頬をかすめる。まるで銃弾の軌跡が見えているかのように紙一重で交わし、距離を詰め、スライディングからの銃撃で敵の頭を撃ち抜いた。


たまらず距離を取とろうと飛び出したもう一人の敵は、アキラの狙撃により同じく撃ち抜かれた。


その瞬間、突然の地震が大地を大きく揺らした。


倒した敵が、アイテムを収納した箱へと姿を変えたところで止まると、ほどなくして、真っ暗な画面へと切り替わった。右下にはNow Loadingという文字が点滅している。


「あー、サーバー落ちたな。ロビーに戻された。」


「勝ち確だったのに、地震で鯖落ちとかマジか~。」


薄暗い部屋のなかにヘッドホンをした少年が一人、

湾曲したモニターと七色に光るキーボードに向かって座っている。


カチカチとマウスをクリックするが、ゲーム画面に変化は無い。


「あー、来週からテストで遊べねーのに。面白くねー。」


不完全燃焼で終えた試合に、思わずため息が漏れる。


「お?今回はちゃんとテスト勉強するんだな。」


「フリだけな。ゲームしてると怒られるから。」


「フリじゃなくて、ちゃんとやれよ。叔母さんに言いつけるぞ。」


「裏切んのかよ。チーム解散だな。」


「んじゃ、解散っつーことで落ちるわ。おつかれ。」


「おつ。また明日な。」


アキラとの通信を終了させ、パソコンの電源を落としてヘッドホンを外す。急に部屋の中は静かになった。カチカチと時計の音だけが鳴っている。


ベッドに入り、枕に顔を埋める。ひんやりしていて気持ちが良い。ゲームのせいで少し興奮気味な俺を慰めてくれているみたいだった。


次の日の朝、空はきれいに晴れ渡って気持ちが良かった。だが秋晴れの日の朝は決まって寒い。カーテンを開けると俺の部屋からは裏山が見える。山は霧が出ていて真っ白である。外はよっぽど寒いらしい。


ウチの裏山には、じいちゃんの育てているリンゴ畑がある。今日も朝早くから行っているはずだ。


学校に行く支度を終えて、自転車を準備していると、車庫にじいちゃんの軽トラックが入ってきた。


「おぉ、ユーリ。今から学校か。」


「うん、今出るとこ。ていうか、どうしたのじいちゃん。今日早くね?」


と俺が尋ねると


「霧が濃すぎてなんも見えん。仕事にならんから仕切り直しだ。」


とだけ言って小屋に行ってしまった。


いいなぁ、俺も霧が出てて勉強にならん、とか言って休めないだろうか…。


自転車を漕ぎ始めてしばらくして気がついた。なんか思ってたよりも寒くない。なんで俺、今日は寒いって思い込んでたんだろ。


「お、来たな。」


教室に行くと、同じクラスのアキラが声をかけてきた。


アキラは同級生であり、従兄弟であり、尚且つゲームでは俺の背中を預ける戦友でもある。


「ユーリさ、進路調査票の将来就きたい職種の欄、なんて書いた?」


「プロゲーマー。」


「バカじゃないの?」


「うん。怒られた。」


世の中には『将来の夢』とやらが存在する。正確には小さい頃に半ば強制的に、何かしら書かされた。 ありません、という選択肢をそもそも用意されていないからだ。


だが、ある時気が付くのだ。将来なりたいものなんて『夢』じゃないよね、それってただの『労働』の種類だよね。そう考えたら途端に将来就きたい仕事なんて、別になんでもよくなってしまった。


「そういえばさ、昨日の地震って震源地この辺らしいぜ。」


「嘘でしょ?」


「マジマジ。原因不明だって。しかもその時間帯、通信障害出てたって。」


「サーバー落ちたのそのせいか…。マジ勘弁して欲しい…。」


たかがゲームと思われるかもしれないが、対戦している全てのキャラクターは世界中のどこかでプレイしている人間なのだ。世界中の猛者の中でしのぎを削りあってランキングを上げている俺にとっては、回線落ちによって負け判定になるとか、ストレスでしかない。


テスト期間が終わったら、このストレスを全部『弾』に込めて敵を駆逐してやる。そう思ったら、ちょっとは勉強もやる気が出てきた。


その日の学校からの帰り道。俺はいつものように自転車をこいでいた。


ウチの近くまで来ると、家よりも先に裏山が見えてくるのだが、今日の裏山はいつもと景色が違った。山一帯が霧に包まれて白くなっているのだ。まるで、標高の高い山の山頂かと思うほどに。


「は?なにこれ、どうなってんの?」


その不思議な光景を眺めながら家にたどり着くと、ばあちゃんが玄関前でオロオロしていた。


ばあちゃんの話によると、どうやら裏山の霧が朝からずっとこの調子だったらしい。朝だけならまだ分かるが、昼になっても霧がかかりっぱなしなんて話は聞いたことがない。


さすがにこれはおかしいと思ったものの、警察や役所に相談する事案なのかどうかも分からない。じいちゃんはしびれを切らして


『様子を見てくる。』


と言って山に入ったきり、まだ帰ってこないのだという。ばあちゃんがオロオロしていたのは、そのせいだったのだ。


「携帯もっていかなかったのか…。それで、どうしたの?」


うろたえている祖母に尋ねてみたが、父にも母にも連絡がつかなかったので、どうしたらいいのか分からなかったようだ。


唯一、連絡の取れた叔母がパートあがりに、とりあえず来てくれることになっているそうだが、それで解決するものとも思えない。


そもそも、もう少ししたら普通に帰ってくるかもしれないし、あんまり大騒ぎするのもどうなんだろう。祖母はもともと心配性過ぎるところがある。


「ちょっと俺、様子見てくるよ。」


と俺が言うと祖母は


「やめなさい。ユーリまで迷ったらどうするの。」


と珍しく声を荒げて言った。ばあちゃんの中ではじいちゃんは遭難したことになっているようだ。


「大丈夫だって。俺スマホ持ってるし、すぐそこじゃん。」


そう言って、俺はまた自転車を漕ぎ出した。


あたりはもう日が傾いてきて随分暗いが、俺の自転車には充電式の強力なLEDライトが付いている。着脱できるので、これを持って山に入れば、さほど困りはしない。それにウチの山は電波が入るからスマホのGPSを使える。遭難するなんてありえない。


裏山への入り口へ来てみると、山から霧が噴き出してきているかのようだった。


試しにライトで照らしてみるが、奥の方が全然見えない。むしろライトで照らしたほうが、光の乱反射で見えづらいのではないかと思うほどだ。


俺は自転車を降りて歩くことにした。


「これ、マジで見えないな。じいちゃんが仕事にならないって言ってた意味わかったわ・・。」


ゆっくりと探るように歩きながら独り言をつぶやいたとき、前方に何かが見えた。


「あ、じいちゃんの軽トラじゃん。」


俺はじいちゃんの軽トラックに駆け寄り、室内をライトで照らした。車内は無人で鍵もかかっている。おそらく視界の悪さから安全のために車から降りたんだろう。


ライトで周囲を照らして見渡してみる。


「じいちゃーーーーーん!いるのかーーーー!?じいちゃーーーーーーん!」


耳をすませてみるが返事は無い。道は一本道だし、滑落するような崖も無かったはずだ。手探りで奥まで行こうと思えば出来なくもない。おそらくじいちゃんは、そうしたのだろう。


「ここから呼びかけて聞こえる範囲にはいないのかもな。いったん戻ろうか・・。」


来た道を戻ろうと、後ろを振り向いた瞬間、背後から不気味な音が聞こえてきた。


『グゴォアァァァァァァァゴォアァァァァァァァ!!』


それは、うなり声のような聞いたこともない轟音だった。俺は背筋が凍り付き、とっさに軽トラの陰に身を潜めて、ライトを消した。


音のした方向は、この道の先。俺は考えを巡らせる。


頭を過ったのは冬眠前の熊だ。熊の鳴き声なんて聞いたことはないが、もしそうだったらじいちゃんは今ピンチかもしれない。だが、やみくもに歩き回っても助けられるものだって助けられやしない。


っていうか、ぶっちゃけ超怖い。・・どうする?


その時、シンと静まりかえった暗闇の中に、微かに足音が聞こえた。


ヒタヒタヒタ・・。


心臓が痛みを感じるほど鼓動する。この足音はどう考えても、じいちゃんじゃない。裸足で歩いている音だ。そもそもこんな山の中を裸足で歩いてるなんて、人間だとは思えない。そして、熊は二足歩行なんてしない。


足音の主が、思い浮かばない・・。


うっすらと霧の中に人影が見えてきたが、恐怖で身動きができない。足音はどんどん近づいてくる。


ヒタヒタヒタ・・・、ジャリ。


足音が止まると、辺りはまたシンと静まり返った。


静寂を破った音は、思いもよらない声だった。


「〇☆▽×※$!」


それは、透き通った綺麗な女の子の声。こちらに向かって呼びかけるような、そんなイントネーションに聞こえるが、少なくとも日本語ではないと感じた。あまりに予想外の連続で、頭が追いついていかない。だが、足音はそんなことお構いなしに駆け足になる。


霧の奥から現れたのは、人を一人肩に担いで歩いてくる全裸の少女だった。


髪が長く、腰まで伸びた髪は銀色に輝いている。肌は色白く、月灯りに照らされたその姿は美術館に置かれている彫刻かのようで神々しくもある。そしてよく見ると、その少女が担いでいるのは、顔こそ見えないが服装からして俺のじいちゃんらしかった。


「じいちゃん!!」


少女のもとへ駆け寄ると、じいちゃんの服が破れ、血を流していることに気が付いた。じいちゃんを降ろした少女の華奢な肩には、血痕が付いていた。こんな小さな体で大人を一人担いで来たのか・・?


唖然とする俺の顔を見上げる少女の顔が、不意に近づく。


「え!?」


気が付いた時にはすでに、少女の唇と俺の唇は重なり合っていた。


「発情しないでね。変なことしたら、殺すから。」


唇を放した彼女からは信じられない言葉が発せられていた。


「これでボクの言ってること分かるよね?どう?」


俺は小さく頷いた。顔が近すぎて下手に動くと、また唇が触れてしまいそうだ。


「じゃあさ、この人キミたちの村に連れて帰って欲しいんだ。ボクのこと助けようとして怪我しちゃったんだけど、ボクここ離れられなくて。」


彼女はそう言うと、じいちゃんを俺に背負わせた。


「頼んだよ、致命傷じゃないから。あと、この山にはしばらく入らないで。次は助けてあげないからね?」


そう言うと彼女はニコッと微笑んで消えてしまった。


俺は少し呆然としたが、じいちゃんを病院へ連れていかなければならないことを思いだし、ハッと我に返った。


次々と巻き起こった出来事を、何一つ理解することは出来なかったが、頭はなぜか妙に冴えていた。


霧でまわりが見えにくいはずなのに、道がどこにあるのか、虫や動物がいる気配なんかもやたらはっきりと感じる。体もなんだか軽くて、おとな一人を担いでいるような気がしない。


もはや、どこから疑問を持てばよいのか…。


とにかく今はじいちゃんのことを病院に連れていくことだけを考えることにしよう。彼女にはきっと、ここに来ればまた会えるような気がする。疑問はその時にでも払拭すればいい。


この時、俺は彼女が『この山にはしばらく入らないで』と言った言葉の本当の意味を想像もしていなかった。




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