蓄音器
「ふわぁ、って、おぉ、お嬢ちゃんか、戻ってきたんだな。こんな早朝に若いお嬢ちゃんがなぁ...。」
門番の人とは顔見知りだ。
最初はもう少ししっかりしてたんだけど、今じゃ欠伸をかいて眠そうにしている。
職務怠慢 の文字が頭をよぎるけど、まぁ、腕は確かだから大丈夫だろう。
この門番さんが眠そうにしていたとき、横から不意打ちをされたかと思ってたら、相手にしっかりカウンターをきめていたところを、私はみた。
あのときも眠たげな顔をしていた。
今度稽古をしてもおう。
「おはようございます。」
一応挨拶だけはしておく。
挨拶は人間関係を円滑にするために必要。挨拶は大事。
「おぉ、おはよう。挨拶を自分からだなんて、初めてじゃねぇか?」
あれ、そうだったっけ。
そんなこといちいち覚えてない。
「それで、行っていい?」
「あぁ、もちろん勿論。それと町だからって警戒はして、気をつけて行けよー。」
この街...というか、この世界の人間は基本的に優しい。私が接している人だけなのかもしれないけど。
とりあえず家まで真っ直ぐに帰る。
他にすることもないし、したくもないから。
いや、したいことはあったな....。しょうがない、少し寄り道をしよう。
私は大通りを外れて、薄暗い路地から更に奥へ行って、小さく古ぼけた魔道具屋の戸を叩いた。
「私。開けて。」
..................。
...........無反応か。
声もしない。いるのはわかっている。
「蓄音機、できたんだよね?だして。」
「..................。」
無反応か。そっちがその気ならこっちだって考えがあるさ。
私は普段はやらない、右頬と左頬の端だけを少し上げるような笑顔を作りながらいつもより数倍は大きな声で言った。
「私悲しい。昔はあんなに可愛い人形を集めて、『僕は将来このお人形達と共に暮らす』と本気で言っていたあの....」
そう面白い半分で、事実100%の事を言っていると、まだ途中なのにドアが開いた。
今からいいところだったのに...。
「頼むから店の外で大事で僕の恥ずかしい黒歴史をバラさないで?」
そう言って出てきたのは、この店の店主、ミルフィ君だ。
容姿はまぁまぁ整っていて、プラチナブロンドの髪と、薄紫の大きな瞳。一見女の子に見える容姿で、髪もサラサラで、趣味や特技、性格も女子力高めだから、特に......ね。
「ていうかなんでそんな前の事知ってるの?だってそれ3年前...僕が黒歴史真っ盛りだった時代の事でしょ?」
今彼は17歳。今から三年前と言ったら14歳。そう、心の病気の歳なんだ。
それをいじって値切るのがここに来るときの楽しみであり、正念場なんだ。
まぁ私が覚えているのか、は、大人の記憶が入っているからだと思う。でもまぁ、そんなことは答えない。だって形勢が逆転してしまう。
「とにかく、蓄音器は?」
「あぁ、それならそこだよ。」
棚の上にある。絶対私じゃ取れない位置だ。
まぁ、落とせばいっか。
そう思い、棚を揺らす。
「いやぁ、本当に出来るなんて...アイディア。は、違うんだよね?じゃなくても、アドバイスくれたし、ありがと.....って、何揺らしてんの!?」
そうだぞ。アイディアは違う。
先人達の考えを私が教えてあげただけに過ぎないから。
うんうん、と頷いていたら突然止められた。
「蓄音器だけだして出るから」
「早く渡せ」的なニュアンスを含んで言ってみる。
「もぅ、はい、どうぞ。...はぁ。」
自分が頼んだのに、ため息。
世の中理不尽な事しか起きていない。
「じゃあ、これで。」
私は手早く帰ろうとした。
「あ、ちょっと待って。」
私を呼び止める声が聞こえたが、最後にミルフィが手に魔道具らしき物体を持っていたので、決して振り返らない。
私はスタスタと早歩きで家に向かった。
なぜ早歩きなのかというと、走っての移動は緊急時以外はやらないようにしている。
なんたってここは街中、しかも今通っている場所は民家と民家の間。
私は今度こそ、我が家に帰った。