サントラウマ
「なあ、おまえ『サントラウマ』って知ってるか?」
休み時間に男友達との会話で彼がそう聞いてきた。
「んー、聞いたことある」
確か頭がトラ、体が馬、尻尾がサンマの妖怪だっけっか。というか、改めて考えるとキメラっぽいなあ。
「キメラじゃないらしいぞ」
男友達が心を読んだかのように俺の考えを否定した。
「そっか」
「ま、聞いた感じキメラっぽいから、そう思うのも無理はないが」
「そうだよな。で、サントラウマは害があるのか?」
妖怪って言うからには害がありそうだが、と俺は付け加える。
「いや、頭がトラなんだから、そりゃあ殺されるんじゃね?」
「そうだな」
分かりきったことだったな。
「で、そのサントラウマがどうかしたのか?」
男の質問に男友達は真顔で答えた。
「実はよ、この高校にも出現するらしいぜ」
「はあ?」
そんな話は聞いたことないが。
「いや、ホントらしいぞ。噂だけど」
「噂かよ」
俺は胡散臭そうに彼の顔を見る。
「この学校で妖怪に殺されたとかないだろ」
「いや、かなり昔に二人くらい死んでたみたいだ」
「そうなのか。死因とか分かるか?」
「2人とも惨殺な死体で発見されたらしい」
「犯人は捕まったのか?」
「いや、未解決のまんまだ」
物騒だし、被害者は可哀想だな。
「それでそれがサントラウマと何か関係があるのか?」
話の文脈から大体分かるが、一応俺は尋ねてみる。
「ああ。その2人はサントラウマに殺されたんじゃないかって噂が流れてる」
やっぱりか。
「まあ、それがサントラウマのせいだとして」
俺は続ける。
「なんで俺にサントラウマの話をしたんだ?」
「それなんだけどよ」
男友達がニヤリとした。
「俺達で調査しないか?」
「調査?」
彼の提案は意味不明だった。
「調査ってサントラウマを退治するつもりなのか?」
「いや、そこまでではない。ま、退治できたらラッキーだけど」
「じゃあ、なんで調査すんだよ」
「もしいたらおもしろそうじゃね?」
あっさりと友人は言う。
「つまり、調査という名の心霊スポット巡りか?」
「ぶっちゃけそうだ」
俺が呆れながら問うと、友人はあっさりと言った。正直眉唾だし、そんなにサントラウマに関心はない。でも、男友達と遊ぶことは好きだったりするので、俺は断らない。
「ま、俺はおまえと一緒に行くよ」
「マジか?」
「マジだ」
俺の返答に男友達は満面の笑みで俺の肩を叩く。
「おまえならそう言ってくれると思ってたぜ」
「そりゃどうも」
「んでさ、二人だけってのもつまんないじゃん」
友人はニヤニヤしながらそう言った。
「ああ、おまえの言いたいことが分かったよ」
俺はそう言ってため息を吐いた。
「えー、そんなことしたくないわ」
俺の女友達の田辺が難色を示す。
「そうだよ、怖いよ」
もう一人の女友達の津田が同調する。
「そー言うなよ。それに津田さん、怖くないよ」
男友達が笑いながら言う。
「でも、妖怪なんだよね?」
「うん」
男友達の即答に津田は、やっぱり怖いよ、と言った。
「怖い以前に非科学的だわ」
田辺が嫌そうに正論を言った。男友達は呆れた顔で馬鹿にする。
「おまえ空気読めないから、友達いなさそう」
「失礼ね! 少しくらいならいるわよ!」
「少し、ね」
男友達の含みのある言い方に田辺の顔が険しくなる。
「何よ! 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ!」
「田辺ちゃん、落ち着いて」
津田が慌てたように田辺を宥める。こんな状態でこいつらも連れていけるのかよ。俺は心の中でため息を吐いた。
「とにかく私と津田さんは行かないから」
津田に宥められて少し落ち着いた田辺は不機嫌そうに言って、そっぽを向く。困り顔の津田も控え目に同意する。
男友達は慌てることなく、ニヤニヤしながら二人を見ている。
「そっか。ところで、山田は肝試しについてきてくれる女が好みだったよな?」
「は?」
男友達の意味不明な台詞に俺は思わず声が出てしまった。いや、違うけれども。俺はそう言おうとしたが、男友達は無言で目配せをしてきた。どうやら、言うなってことなんだろうが、俺自身は不満だ。まあ、仕方なく黙っておくか。
彼の言葉を聞いた二人はピクリと反応した。
「ねえ、ホントなの?」
田辺が俺の顔を見て確認してくる。
「ああ、本当だよ。仮に否定しても、それはこいつなりの照れ隠しだから」
男友達が無責任に答える。ああ、否定したい! 否定したいぜ!
「そ、そうなんだ」
津田が戸惑いつつも、真剣に呟いた。田辺も悩ましい顔で考え込んでいる。
「じゃ、じゃあ、私は行こうかな」
津田が躊躇いつつも、了承した。
「お、津田さんは来るっと。で、田辺さんはどうすんの?」
男友達がそう言うと、田辺は顔を赤くして怒鳴る。
「急かさないでよ! 分かったわよ!」
「何が分かったんだ?」
「私も行くって言ってんでしょ!」
男友達がとぼけて尋ねた田辺の答えは是だった。
「オッケー。んじゃ、この4人で決まりだな!」
してやったりという表情で男友達は結論づけた。というか、自惚れでなければ、この二人が俺に恋しているのは分かるが、俺で彼女達のやる気を引き出すのはやめて欲しい。いや、彼女達や世間的に良いかもしれないが、俺は嫌だなあ。
「ね、ねえ、もしサントラウマが出てきたらどうするの?」
津田が心配そうに尋ねる。確かに、退治できたらラッキーとは彼は言っていたが、どうするのだろうか。
「実はサントラウマを退治する専門家がいるらしい」
「胡散臭そうな専門家ね」
「黙ってろ」
「なんですって?」
男友達と田辺が言い争っているが、話が進まないので、落ち着かせよう。
「二人とも落ち着け。それで、その専門家ってのはどこにいるんだ?」
「知らねえ」
「おいおい」
にべもない男友達の返答に呆れてしまう。田辺が馬鹿にした目で彼を見ている。津田も苦笑している。
「ま、見つからなくてもサントラウマから逃げられるだろ」
「いい加減ね」
田辺が鼻で笑いながら言った。また争いになったら嫌なので、話を進める。
「まあ、それで良いけど、いつから調査するんだ?」
「今日の夜」
「また急だな」
「どうせやるなら、すぐやりたいじゃん」
「まあ、俺は良いけど」
「お二人さんは大丈夫か?」
男友達が女二人に打診する。
「私は大丈夫だけど、親がなんて言うか」
「私も同じ」
田辺が微妙そうに答える。津田もそれに同調した。
「んじゃ、親に連絡してみてくれ。いけたら、午後7時に正門に集合な」
それじゃ解散、と男友達が締める。不安そうに去っていく二人を眺めていると、男友達が声をかけてきた。
「おまえは大丈夫だったな」
「ああ。うちは少々複雑な家庭だから、夜出歩いてもお咎めなしだ」
「そいつは良かったって言って良いのかどうか」
「気にすんな」
俺は親しい人間に家庭のことを哀れまれるのは好きではない。なので、男友達にそう言っておいた。
うちの家庭は両親は健在で、三人家族だ。あまり家庭環境について考えたくないが、そこまで不幸というわけでもない。しかし、普通の家庭と比較すれば、若干不幸と言わざるを得ない。
午後6時59分。俺たち4人は正門に集まっていた。どうやら、田辺や津田は親御さんの許可を取れたみたいだ。
「みんな集まったな」
男友達は3人の顔を見回して話す。
「本当なら夜に学校に入るのは禁止なんだけど」
田辺はさらに続ける。
「私があらかじめ先生に許可はもらっておいたわ」
「ありがとな」
男友達が礼を言うが、田辺は無視して俺をじっと見る。はあ、俺はこいつの彼女じゃないのに、なんで恋人のように気遣わないといけないのか。いや、世間的には当然なのかどうなのかは分からないが、俺は正直面倒だ。
「田辺、みんなのために許可とってくれたのは感謝する」
「ありがとう」
しかし、無駄に人間関係を悪くしたくない俺は一応お礼を言っておく。彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「無視かよ」
男友達が肩を落とす。
「まあ、いいや。んで、とりあえず今から探索するけど、気楽にやろうぜ」
男友達はにこやかな顔から真面目な顔になって続ける。
「ないと思うが、もしサントラウマが出てきたら、すぐに逃げること。いいな?」
忠告する。さらに、彼はサントラウマの姿形を女二人に説明する。二人は了解したのを見ると、彼は頷く。
「さあ、サントラウマ調査スタートだ!」
男友達が音頭をとった。
「夜の学校って怖いよね」
津田が俺の袖を掴みながら、怯えた声で話す。馴れ馴れしいなあ、と俺は少し不快に感じた。
「そうだな」
「確かに怖いわね。変質者が出てくるかもしれないし」
俺はそれでも不快感を表に出すことなく、同意した。田辺も同意したが、同意の意味が津田と違う気がする。
「おまえは」
「何よ」
男友達と田辺の口喧嘩にいちいち構うことなく、俺たちは探索を続けた。
「もういいんじゃねえか?」
「そうだな」
俺の肝試し終了の提案を男友達が受け入れた。心霊現象はなかったが、調査という名の遊びだから、あったらまずいのだが。
「んじゃ、解散しよっか」
男友達の言葉に、俺たちは安堵の息を吐いた。
「妖怪とか出なくて良かった」
「出るわけないでしょ」
津田の言葉に田辺はそっけなく返した。
「そ、そうだよね」
津田は少しためらいがちに頷いた。田辺はもう少しきつい性格をなんとかした方が良いと俺は思うが、余計なお世話だろうから黙っておく。
俺たちが歩き始めた時にそれは起こった。
目の前を何かが横切ったと思った瞬間に悲鳴が木霊した。周りを見渡して見ると、血だらけの人間が倒れており、何らかの動くものが、その人間に顔を向けていた。いや、食べている。人間を食べている。しかも、その人間は見知った人間だ。
「田辺」
俺はその名をぼそりと口にした。驚きと恐怖でまともに声を出せなかった。性格はアレだが、先生にあらかじめ許可をとってくれたりした彼女は根は良い奴だった。その田辺が動くものに食べられているのを見るのはショックだった。
その食べているものは、頭がトラ、体が馬、尻尾がサンマの生き物らしきものだった。
「さ、サントラウマだ」
男友達は声を震わせながらその妖怪の名前を口にした。おい、気づかれるから、喋るな! いや、元々あの妖怪は気づいているか。いやいや、やっぱサントラウマの気をこっちに向ける必要ないだろう!
「いやあああぁぁぁぁー!」
津田が大絶叫して、この場から走り去って行く。しかし、サントラウマは見向きもしないで、田辺を食べ続けている。よし、逃げよう!
「逃げるぞ!」
「あ、ああ!」
俺の大声にびびってへたりこんでいた男友達は急いで立ち上がって、俺の後を追いかけた。
「これからどうすんだ!」
「警察を呼ぶつもりだ」
「んなもん取り合うわけねえだろ!」
俺の現実的な考えを男友達は切り捨てた。たしかに、非現実なことに現実的な対処方法が有効なわけはない。しかし、あのまんまサントラウマを放置することもできない。
考えながら逃げていた俺は男友達がいないことに気づいた。はぐれたか? 正門に向かうだけで慣れ親しんだ学校で迷うことがあるのか? というか、俺は正門に向かっていたはずなのに、いつの間に校舎内にいるんだ? 分からない。男友達を探しても良いが、もう一回正門に向かってみるか。
駄目だ。やっぱりまた校舎内に戻っている。もう霊的なもので閉じ込められていると考えた方が良いな。
俺は胸を軽く叩いて、自身の暴れる心臓を落ち着かせる。よし、少し落ち着いた。
そういえば、サントラウマは足が馬のはずなのに、蹄の音が全く聞こえなかったな。なんでだろう? 俺はすぐに考えるのを止めた。霊的な存在に科学的な理屈は通じなさそうだし、仮に通じたとしても、サントラウマに科学的に有効な手立てがなければ、意味がない。そんなことより、男友達や津田を探した方が良い。
俺はそう結論を下して、サントラウマと遭遇しないことを願って学校内を歩くことにした。
今のところ何もない。サントラウマとも遭遇していないが、二人を見つけることもできていない。このままサントラウマの餌食になってしまうのか。嫌だ。嫌だ! いや、落ち着け。また心臓が暴れている。落ち着け。しかし、対策が何1つ思いつかないんだぞ。そう簡単に落ち着けるか!
叫んで暴れようかと本気で考えだした時、俺は人が見えた。男友達か? 津田か? よく目を凝らしてしてみると、違うことに気がついた。見知らぬ女だった。本当に人か? もしかしてサントラウマと同じ妖怪か?
警戒していると、女がこちらに視線を向けた。彼女は少し驚いたが、すぐに何かに納得したような顔をした。そして、こっちに向かって歩いてくる。
「あ、あんた、妖怪か何かか?」
「失礼ね、あたしは人間よ」
女が俺の近くで立ち止まってから答えた。
「というか、妖怪だったらこんな風に会話しないと思うけど」
「それもそうだな」
女の答えに俺は納得した。いや、まてよ。
「油断を誘って襲う妖怪もいるんじゃね?」
「そうかもしれないわね」
俺の推論に彼女は一度頷いた。
「でも、あたしは妖怪なんかじゃないわ」
すぐに彼女は否定した。証拠がないから、すぐに信用はできない気がする。
「とりあえず今は信じてもらえない?」
証拠が提示できないのは分かっているのか、彼女は感情的に訴えかけてきた。
「それ以前に不法侵入だと思うけど」
「それは大丈夫よ」
「どういうことだ?」
「あたしはこの学校に入る許可をもらってるから」
俺の質問に彼女はドヤ顔で答えた。
「なるほど。じゃあ、不法侵入じゃないな。すまん」
「いいわ。じゃあ、あたしが妖怪じゃないことも信じてくれる?」
何故妖怪じゃないことをそんなに信じてもらいたいんだろうか? いや、もし人間なら、それは普通のことか。
「分かった。信じるよ」
「本当?」
「ああ」
信じてみても問題なさそうだからな。
「それであんたは何者だ? この学校の関係者か?」
「違うわよ。あたしはサントラウマを退治する専門家よ」
え? 今の聞き間違いか?
「えーと、もっかい言ってくれるか?」
「だから、あたしはサントラウマを退治する専門家だってば」
「マジ?」
「マジ」
ほ、本当に専門家なのか。や、やったぜ!
「今まで失礼なことを言って本当にすみませんでした!」
「え、ええ」
俺の態度の豹変に彼女は困惑していた。だって、救世主に対して失礼なことをしたんだ。誠心誠意謝るのは当然だ!
「本当に本当にすみませんでした!」
「もういいわよ」
「本当ですか?」
「ええ」
許してくれた専門家に俺は内心で感謝した。
「ところで、いくつか聞きたいことがあるのですが」
「いいわよ。あ、ここで暴れてるサントラウマを探しながらでいいかしら?」
「もちろんです」
俺は専門家と並んで歩いていた。
「失礼ですが、あなたの名前を聞いていいですか?」
「あたしは花田薫よ」
「良い名前ですね」
「ありがと。あんたの名前は?」
俺は自分の名前を教えた。
「へー、そうなんだ」
彼女は相槌を聞いた後に俺は別の質問をした。
「あの、あの妖怪を退治する専門家みたいですが、名前とかあるんですか?」
「名前?」
「はい。組織名とか団体名とか」
花田さんは微妙な表情したかと思うと、苦笑いをして意外な答えを口にした。
「実は組織名とかはないのよ」
「え、何故ですか?」
「理由は特にないんだけど」
「不便じゃないんですか?」
「そういえば、不便ね」
彼女は何かを思い出したかのようにため息を吐いた。
「今回もそうだけど、この学校でサントラウマ退治のために許可を貰いに行くんだけど」
彼女は続ける。
「いちいち『サントラウマ退治の専門家』みたいに名乗らなければならないのは正直面倒なのよね」
「そういえば、サントラウマ退治の専門家って花田さんしかいなかったりするんですか?」
「そんなわけないでしょ」
少しあきれたように彼女は言った。
「サントラウマは世界中にいるんだから、あたし1人でできないでしょ」
「すみません、知らなくて」
「それは良いけど、あんたはどこまでサントラウマのこと知ってるの?」
俺は男友達から聞いた噂話を花田さんに話した。それを聞いた彼女は納得したように頷いた。
「それだけしか知らないのね。ほぼ何も知らないのと同じじゃない」
「すみません」
「だから、責めてないって。むしろ、一般人が詳しい方がおかしいんだから」
「ありがとうございます」
「いいって」
「お詫びに俺が勝手に専門家の名前をつけていいですか?」
「良いけど、あなたの意見は組織には通らないわよ」
「良いんです。俺が勝手につけるんですから」
「なら、好きにしなさい」
「はい」
さて、どうしようかな。正直めんどくさいからこうしよう。
「『サトマキラー』って呼びます」
「なんでサトマキラー?」
「サントラウマを略してサトマでそいつを殺すから、キラーです」
「安直ね」
「俺もそう思います」
不満そうに指摘する彼女に俺は苦笑いで同意した。
「でも、あたしに対しては別にそう呼んでもいいわよ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。というか、サントラウマは昔からここにいたっぽいわね」
「今いるサントラウマは昔から生きているんですか?」
「多分違うわよ。そんな昔からいるなんて、専門家が職務放棄していない限りあり得ないわ」
「そうですか。でも、職務放棄してる可能性は0じゃないんですね」
「そうね」
花田さんは一旦同意いたが、すぐに否定する。
「けど、そんな天文学的確率のことなんて考慮に値しないから、大丈夫よ」
「分かりました」
次に気になることを尋ねてみよう。
「そういえば、サントラウマの足は馬なのに走っている時に蹄の音か聞こえませんでしたけど、何か理由があるんですか?」
瞬間移動とか、と追加してみた。
「瞬間移動とかの超能力ではないはずよ。まあ、霊的か科学的かは知らないけど」
「花田さんでも知らないことがあるんですね」
俺の驚きの籠った言葉に彼女は苦笑いをした。
「あたしはサントラウマ退治の専門家であって、サントラウマの研究家ではないのよ」
「サトマキラーとサントラウマ研究家は違うんですね」
「そうね。まあ、両方やってる人もいるけどね」
「花田さんは両方やらないんですか?」
「えー、嫌よ。だって、研究家の仕事は大変だもの」
「サトマキラーも大変そうですけど」
「ありがと。でも、研究家の方が組織の上層部に行きやすいから、実質研究家の方が上で大変なの」
「なるほど。あ!」
俺は友人達の安否を気にしていたのを思い出した。
「どうしたの?」
「た、大変なんです! 実は!」
「まず落ち着きなさい」
「そ、そうなんですが、でも!」
「いいから落ち着きなさい」
優しい声でそう言いながら、俺の肩を優しく叩いた。彼女の気遣いを直に感じた気がした俺はだんだん冷静になってきた。
「すみません」
「良いのよ。それで、何が大変なの?」
「実は」
俺は友人達と肝試し的にここに来て、一緒に来た女の子の一人がサントラウマに食べられたことをかいつまんで話した。黙って聞いていた花田さんは沈痛な面持ちで口を開いた。
「そっか。目の前で友達が無残に殺されていくのを見たのは辛いわね」
正確には彼女は友達ではないが、細かいことは言及しないでおく。それより、いい加減な気持ちで調査という名の肝試しをしていたことを怒らないでくれる花田さんの優しさにじーんと来た。
「あんたは今トラウマになってもおかしくないくらいの経験をしているのよ。怒るわけないでしょ」
俺の思考を察したように彼女は穏やかに言ってくれた。
「それより、あたしがサントラウマを消したら、あんたはすぐに帰りなさい」
「え」
花田さんは空気を変えて淡々と命じた。そんな。
「でも、俺は残りの2人を探さないと」
最初は自分が脱出することを優先に考えていた気がするが、やはり2人の安否の方が心配だ。
「気持ちは分かるわ。だけど、なるべく素人はサントラウマ関連に関わるべきじゃないのよ」
「うっ」
正直彼女の言っていることを無視したいが、年上の恩人の言うことに逆らえない。仕方ない。
「は、はい。分かりました」
俺は悔しかったので、返事の声が少し震えていた。花田さんはにっこり笑うと、俺を優しく褒めてくれた。
「よしよし、良い子ね」
子ども扱いされている気もするが、実際子どもなので、特に反論はしない。
「よし、じゃあ、その二人を探しつつ、サントラウマを消しましょうか」
「はい!」
俺は元気よく返事をした。
二人で歩いていると、花田さんは手で俺にストップを指示する。
「どうしました?」
「近くにいるわ」
「サントラウマがですか?」
「ええ。だから、あんたは隠れてなさい」
「でも、花田さんの活躍が見たいです」
「それは嬉しいけど、危ないわよ」
「じゃあ、サントラウマの死角になってて、俺が見えるところで隠れてます」
「そんな都合の良い場所は」
彼女が視線をあちこちにさ迷わせながら言ったが、言葉をピタリと止めた。
「んー、まあ、まだ良い方かしら」
階段を見ながら彼女は言った。
「というか、どこに隠れてても一緒か」
花田さんが俺に向かって頭を下げながら話す。
「ごめんなさい。どこに隠れててもサントラウマには意味なかったわ。間違ったことを言ってしまったわ」
「じゃあ」
「うん。あたしから離れないようにしなさいね」
「ありがとうございます!」
花田さんの側でサントラウマ退治が見られるなんて嬉しい。間違ったことを言っていたみたいだが、そんなことは気にしない。プロだって間違うことはあるのだから。後、あのサントラウマは田辺を殺したんだから、サントラウマの退治を見届けることは彼女の手向けになるかもしれない。自己満足になってしまう可能性があるが、それでも良い。
「あ、声量は小さくね」
「はい」
花田さんの注意に俺は素直に頷く。彼女はしばらく黙っていたが、安堵した。
「どうやら気づかれなかったみたいね」
「すみません」
「結果的に問題なかったから、気にしなくていいわ。行くわよ」
「はい」
俺たちはサントラウマと対面していた。頭がトラだから、やはり正面からみたら怖い。いや、トラの顔が怖いかどうかは人によるかもしれないが、サントラウマが恐ろしいことには変わりがない。
サントラウマが地を駆けようとした時に、花田さんは何かを素早く取り出して、それをサントラウマに向ける。それは鉄の棒みたいなものだった。それを向けてどうするのかと一瞬思ったが、その思考は誤りだった。
その鉄の棒みたいなものを向けられたサントラウマはばたんと倒れて、もがき苦しみ出した。す、すごい! 素早い動きで田辺を殺した妖怪の姿とは思えないくらいだ。サントラウマはもがき続けているが、その動きはだんだん弱まっている。
そして、サントラウマはそのまま動かなくなってすぐに物理的に消えていった。
「ふう」
ずっと鉄の棒みたいなものをサントラウマに向けていた花田さんは安堵の息を吐いてから、それを直した。
「サントラウマは死んだのですか?」
「ええ。ここのサントラウマは消滅したわ」
俺が期待と不安が半分の声色で彼女に尋ねると、花田さんはにこやかに答えてくれた。これで田辺の手向けになれば良いけれども。さらに、少なくともしばらくはサントラウマの被害に遭う生徒等はいなくなるだろう。
「ところで、さっきの鉄の棒みたいなものはなんなんですか?」
「アレ? あれはサントラウマを退治するのに必要な物よ」
「それは分かるんですが、名称とかやり方とかです」
「名前はないわ」
「またなんですね」
その組織ってめんどくさがりだったりするのか?
「組織にとって重要じゃないことはその通りだと思うわ」
花田さんは俺の表情から言いたいことを読み取って、ため息を吐きながら教えてくれた。
「じゃあ、鉄の棒ってことにします。あれサントラウマに向けるだけで効果があるんですか?」
「そうよ。死ぬまで向け続けないといけないけど」
「どういう原理でそうなってるんですか?」
「これも研究家じゃないと分からないわ」
「す、すみません」
「大丈夫よ。それに好奇心があるのは良いことだしね」
「ありがとうございます」
花田さんに褒められるのは嬉しい。
「さて、じゃああんたは帰りなさい」
「あ」
そうだった。サントラウマを消滅させたら、すぐに帰る約束していたんだった。
「あんたが言ってた二人は全力で探すわ。でも、もし見つからなかったり、その、殺されてたらごめんなさい」
「いえ、花田さんは悪くありません。殺されていても、花田さんに責任はないです」
「まあ、確かにあたしに被害者を救出する義務はないわ。でも、あんたの関係者がそうなってたら、目覚めが悪いの」
ここまで俺を気遣ってくれるなんて、すごい優しい人だなあ。俺は感動して泣きそうになった。しかし、泣くのは我慢する。
「そうよ。泣くのはここから出てからよ」
「そうですね」
「ほら、さっさと行きなさい」
「はい。ありがとうございました」
「どういたしまして」
花田さんの返事を聞いてから、俺はここから走り出した。
霊的なもので戻されることなく、俺は学校から脱出できた。早く家に帰らないといけない。
翌日。朝のホームルーム前の時間。
三人の姿を見かけない。やっぱり助からなかったのか。それとも助かったのか。
俺は不安や焦燥で心が乱されていた。
そして、担任が来てホームルームが始まる。
「皆に悲しい話がある」
担任がそう言って、皆の顔を見回す。生徒達は疑問を抱いた表情で黙って担任を見ている。
やっぱり?
「田辺。津田」
それから、担任は俺の男友達の名前をあげる。
「三人が無惨な状態で亡くなった」
それを聞いた生徒達はざわざわと騒ぎ出す。
「静かに」
担任が注意をすると、生徒達は静かになった。担任が話の続きをしていたが、俺の耳には入っていなかった。
覚悟はしていたとはいえ、やはり俺はショックを隠せなかった。
放課後になって、俺は学校から出る。そして、人目につかないところで静かに泣いた。友人と知人をいっきに失った悲しみによる涙だ。やはり花田さんは二人を助けることはできなかったか。できないかもしれないことは分かっていたけれども、期待していたから、やっぱり悲しい。
でも、花田さん、俺を助けてくれたことに多大なる感謝をする。
心から感謝した。