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救世主  作者: 山田 健一
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1 感染

劉 健文は自らがここにいる理由を何とか考えまいとしていた。いくら努力しても、山奥の酷く寂しく寒い場所に居れば、考えずにはいられなかった。元は人民解放軍で小隊を率いる程の身分だった劉も、少しのミスで山奥に飛ばされてしまった。腐りきった上官共が。劉は胸の内で独りごちた。それにしても寒い。山奥はここまで寒いのか。雪がないだけまだマシか。そう考えながら、劉は小屋に向かって歩き出した。小屋の扉を開くと、むっとするような熱気が凍え切った劉の体を包んだ。

「劉、何してた?」

共に飛ばされてきた同僚の李 伟李に声をかけられた。大学時代からの仲の李の楽天的な性格には呆れるが、何故か気が合う人間だった。

「ちょっと外の空気を吸ってきただけだ。」

劉は不機嫌そうに言った

「まぁあんまりイラつくなよ。飛ばされたとはいえ、やる事やっとけばあとは大自然の中で暇しているだけで生きていけるんだ。」

にやつきながら話す李を軽く睨みつけたが、すぐに表情を崩した。

「確かに、そうだな。じゃあ映画でも観るとしよう。今日も通信は来ていないんだろう?文。」

部下に声をかけた。小隊の副隊長を務めていた文 家威。劉が1番信頼している部下だった。劉が飛ばされるという時に、ついてきたのだ。

「ええ。今日もです。3日に1回は来てたのに、来なくなってもう1週間になりますね。まぁ、面倒な作業もやらずに済むからいいことなんじゃあないですか?」

「なにか本部に悪いことでもあったんじゃ無いだろうな。ここは山奥だからなにか起こってもなかなか気づきゃあしない。」

「隊長、心配し過ぎですよ。前にも5日くらい来なかったことがあったじゃ無いですか。きっと本部の通信担当兵が里帰りでもしてるんです。」

「だといいが。それと文、俺はもう隊長じゃないぞ。」

「私にとってはいつまでも隊長ですよ。」

きっと文の言う通りだろう。心配し過ぎなのだ。

「映画をご所望の様ですが、どれにしましょう劉殿?」

妙にかしこまって言う李を無視すると、部屋の隅に座る男に声をかけた。

「何が観たい陳?お前に選ばせよう。」

陳 雄文は李の直属の部下だ。物静かだが皮肉屋で、最初は嫌われているのかと思ったが、李によると誰に対してもこうなのだという。

「どうでしょう。アメリカのポルノでも観ればいいのでは?私は寝ますよ。」

「まぁそう言うな。たまには付き合えよ。」

「上官に言われちゃあ仕方ありませんね。酒はありますか?」

李が割って入る

「たっぷりあるぞ。この前村に下った時しこたま買ってきた。」

「だそうだ陳。今日は楽しもう。」

陳は肩をすくめると、コップを取りに向かった。

「で、何にするんです?隊長?」

ビデオテープの束を持った文が言った。

「アメリカのアクション映画にしよう。アメリカ人は嫌な奴らだが、いい映画を作る。」

「おい、あまりアメリカを悪くいうな。時代は変わったんだ。今は国際協調の時代だ。アメリカの連中とも仲良くしようじゃあないか。」

李に言われた。

「冗談だよ。アメリカは好きだ。」

ビデオテープをデッキに入れようとした所で、陳が焦った様子で走ってきた。

「中尉、李さん、大変です」

「どうした陳?寒さでアレが落っこちたのか?」

李が冗談を言う。陳は取り合わなかった。

「ラジオを聞いてみたんです。しばらく聞いていなかったから、外界で何が起こっているのか気になって。そしたら…」

陳は1度言葉を切った。辺りを見回す。李はへらへらしているが、ほかの2人は真剣な顔だ。

「感染が中国中に広がったと。インフルエンザやノロじゃない。人が凶暴化するウイルスらしいです。いわゆるゾンビみたいに。到底信じられませんが、我が国が変な冗談を言うはずはありません。」

へらへらしていた李も、もう真剣な顔に戻っている。

「どういうことだ?要は中国全土がゾンビまみれになっていると?アメリカの映画みたいに?冗談だろ。」

「当局がそんな冗談は言わないでしょう?」

「くそっ」

李が呟く

「村へ下りるぞ」

劉が言った。

「今からですか?3時間はかかりますよ?もう夜もいいとこです。明日でも…」

文が言い切らないうちに、劉は言った

「だめだ。今すぐに事実かどうか確認しなければならない。すぐに準備しろ。」

「聞こえたな!急げ!」

李が続けた。4人は準備を済ませると、すぐに車に乗り、村へ向かった。舗装のされていない悪路を走る。普段なら3時間で着くところが道が暗く危険だったこともあり長い時間がかかった。村に着くと車を飛び降り、近くの民家の戸をたたく。

「夜分遅くにすまない。人民解放軍のものだ。誰かいないか。」

返事はない。というか、人の気配がない。深夜だから当然といえるのだが、まとわりつくような不安が辺りを覆っていた。なにかがおかしい。

「誰もいない。人を探すんだ。」

劉が言ったそのとき、辺りを探索していた李から声がかかった。

「こっちだ!誰かいる!」

4人は李の位置に集まった。李の指差す方を見ると、商店の前にうずくまる人影があった。地面に赤いものが広がっている。

「人民解放軍の李です。少しいいですか?」

人当たりのいい声で李が言った。人影がゆっくりと振り向く。李は顔を見ようと目を凝らす。暗くてよくわからない。そのとき、朝日が登り始めた。明かりが辺りに広がり始める。人影がゆっくりと立ち上がったとき、明かりが人影を照らした。李は後ずさった。その顔はめちゃくちゃになり、口からは赤いものが垂れている。どうやらなにかを食っていたのだろう。地面に落ちているものに目を向ける。赤いものは血だろう。人体のように見えなくもない。これが例の感染なのか?李は恐怖から動けなくなった。その人物がゆっくりとこちらに歩いてきた。動けない。冗談だろ。これはなにかの間違いだ。李は思った。恐怖に固められた李に感染者が少しずつ近寄っていく。李は目を閉じた。そのとき、銃弾が顔の真横をかすめた。なにかが倒れる音がする。李はゆっくり目を開けた。目の前には頭の中心に穴が空いた感染者が倒れている。後ろに目を向けた。劉の手には拳銃が握られ、銃口は煙をあげていた。

「やるしか無かった。」

劉は呟いた。誰も責める気はなかった。皆が共通で考えていたのはただ一つ、この国は本当にこの病気に侵されてしまったのだということ。

「くそったれ」

陳は呟くと、背中に背負った95式に弾倉を差し込み、レバーを引いた。いわゆるゾンビのような連中に抵抗するにはこれしかない。到底信じられないようなことが現実になった。あとはそれに適応できるかどうかだ。少なくとも陳は、覚悟を決めたらしい。

感染の始まりは中国からだった。

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