一途魂願!わたしの孤独とユウレイ少女
さらさらと、冬風にそよぐしだれ梅が窓の外で豊満な蕾をぶら下げて春が来るのを今か今かと待っている。
「んんっ」
窓から差し込む西日に目を覚ました春先薫りは今の今まで仕事机に突っ伏して居眠りをしていた。
「もうすぐ春かあ」
語尾に欠伸を噛みながら、年季の入った片上げ下げ窓をぎぎぃっと滑らせ、梅の枝を見やる。
途端、冷気が空気を切り裂き、遅れてすっぱい香りが部屋中を満たす。
ふっと、その頬を一筋の雫が伝った。
「なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする」
霞む頭、朧気な夢に哀情の理由を見いだせないでいる薫りを優しく微笑んでいるような梅の蕾であった。
秋深の山道、木々は紅葉最盛期も過ぎ去り越冬の支度を進めるなか、一台の自動車が走り抜ける。
「ねぇ、お父さん、本当に通じてるんでしょうね、電気」
今年、高校に入学したばかりの春先薫りは、入学早々、ハロウィーンの興奮も冷めやらぬまま、父、春先豊の転勤に連れられ、この秋春同村へ越すことになった。
「そりゃ、電気ぐらいあるさ」
そう答えた父だったが、実のところ、本人も半信半疑の回答であり─。
「電気無かったらお父さんのお弁当作れないからね」
薫りの言葉に、文明の浸透を祈るしかない。
「そ、そういえば、学校の友達にちゃんと挨拶してきたのか」
不安をぬぐうように話題を変える。
「友達なんていないから」
ピシャリ、と言って薫りは黙りこんでしまった。
─だいたい、勉強もダメ、運動もできない、好きなこともない、可愛くもない私が、多少なにかを頑張ったところで、中途半端で終わるか、めちゃくちゃに時間かかるだけなんだ。だったら何も頑張らずに今楽しいことをやって過ごせばいいや─。
そんな意欲の無さに起因してか、薫りは引っ越し前の学校で軽度のいじめやハブりの対象とされ、無論、恋人や親友といった関係は皆無だった。
「電気があったとして、ケータイ、電波届くのかな。」
父に更なる憂慮を募らせた薫りの、意識は、携帯の画面へと吸い込まれていった。
薫りがその神社の存在を知ったのは引っ越し作業を終えて数分後のことだった。
それは、午後の作業も一段落し、自室に戻りコンセントを発見して一憂、早速持ってきたパソコンでネットの掲示板でもあさろうとキーボードに手をかけたとき。
「来て、速く─」
聞き覚えのない鈴の音が頭に響いた。
そう錯覚してしまうほど美麗な声はどうやら薫りのことを呼んでいるらしい。
「え、何。空耳……?なんか、似てる……」
普段の薫りならばベッドに潜り込んで疲れを取ろうと試みたことだろう。だが、新しい地で勝手もわからず、発揮されたのは15年間弱培ってきた郷に従う精神と少なからずの好奇心。
また、その鈴の響きに、どこか自分と似たようなものを感じた薫りであった。
ついに、それらが疲れを吹き飛ばし、部屋着の上に直接コートをかぶった薫りは、勢いよく玄関を飛び出した。
白い息をきりながら見知らぬ地を走る。
山がちな土地に苦戦しながらも鈴の音を辿っていくと、それから十数分後、薫りはこの神社に辿り着いた。
新居からそう遠くない、すぐ裏手の山にひっそりと腰を構える小さな神社。
鳥居をくぐって境内に入る。
薫りの目を引いたのは、地面から直に生育しているヴィオラの花であった。
もうすでに夕刻。空は光を失い、真っ黒な木々の影に、赤い夕日を浴びた鳥居の深紅だけが映えている。そんななか、花達はあがく太陽の光を浴びて燦爛と微笑んでいた。
「わ、キレイ」
と、心のなかで感嘆した。花をキレイだと感じたのはいつぶりだろうか。自分でも自身の感情の揺れに驚くほど、その花達は凛とまっすぐに輝いていた。
「キレイでしょ。私も好き。夕方が一番キラキラしてる」
不意に、再び鈴の音が頭に響く。
「だ、誰!?」
はっきりと聞こえた。疲れなどによる幻聴ではない。薫りが後ろを振り返ると、鳥居の真下、そこには同年代ほどの少女がこちらを臨んでいた。逆光で表情は確認できない。背格好からの判断だ。
ワイシャツの上に薄いパーカーを羽織り紺のスカートをはいただけという季節感の無さすぎる格好。
見知らぬ地での異常との遭遇。
薫りは親指を隠すようにからだの前で両手を握った。そんな緊張をよそに少女は接近してくる。
「んへへ~、やっと会えた。はじめまして、ずっとずっと待ってたよ」
少女は嬉々として話しかけてくる。
少女が着ているパーカーは、どうらや桃色のようだ。薫りは少し緊張をとくが、一体少女が誰なのか心当たりは全くない。
「えっと、誰?」
初発の質問を再び投げる。
「ん、そうだね、ごめん。自己紹介がまだだった。僕は冬鶴木ラム、はじめまして。あなたの名前は?」
「は、春先薫り」
動揺しながら少女の質問に答える。しかし、少女への疑問は何もかもが解消されないままで。
「え、っと、ふつるぎさん?待ってた……って、私を?どうして……」
「ずっとまってたよ。百年くらい?私ってさ、もう死んじゃってるんだ」
そう言った少女の体は揺らぎ始め、背後の陽光が薄く少女を透過する。そこにあるはずの影は無く、白い地面からの紅い反射が薫りを照らす。
「─っ」
困惑、少女の返答と眼前の光景に頭が真っ白になる。自分は今引っ越しの疲れをとるためにベッドで寝ているのではないか。そう結論づけようと、肌にしみる寒さや目を射す紫外線を否定する。
しかし、否定すればするほど、それらは薫りを現実へ引き戻す。
「ゆう……れい……」
あまりの衝撃にそう絞り出すのが精一杯で。
「ん、あ、わるい幽霊じゃないよっ」
「……」
あまりの混乱に立っているだけで精一杯だった。
ふるふると、わざとらしく震えながらそう言った少女は、不審げに。
「あれれ~、都会の子にはみんな通じる~って聞いたんだけどな」
と、太陽を透かしながら言った。
どうやら一世代前に流行ったゲームのネタらしいことは分かった。
「ごめん。私、ファミコン持ってなくて。」
幽霊と普通に会話をしている自分に驚く薫りだが、とにかく、相手に敵意は無さそうだ。ならば訊きたいことは山ほどある。
「ん、こちらこそ。質問に答えてなかったね」
薫りが問い直す前に少女が開口した。
「ずっと、一緒にお話しできる人を待ってたの。ほら、私、幽霊だから誰ともずっとおしゃべりできなくて。でも、やっと見える人─ううん、話せる人に会えた。今日はなんて素晴らしい日!ヴィオラたちだって祝福してくれてるに違いないわ!」
一人で盛り上がる少女はいつの間にか光を通さなくなっていた。
よく見ると、顔立ちはなかなか整っているがどこかあどけない。短い髪型と相まって幼い印象を与えていた。
「もしかして、百年間ずっと一人で?」
「ん、百年間ずっと。この神社でふわふわしてた。一人で」
「っ─!」
最初のものとは別の衝撃が薫りを襲う。
少女は今、薫りに打ち明けたのだ。百年間の孤独を。
薫りは、今まで積極的に人間関係を築こうとはしてこなかった。
自分から他人に話しかけようとすることもなかった。しかし、誰とも会話ができないのとは訳が違う。挨拶をされることもあったし、もちろん父とも毎日何かしらの言葉は交わしていた。
この少女は、百年という途方もない時間、人間の一生分以上の時間をたった一人で過ごしてきたのだ。
薫りには、それが、無視やいじめなどという行為よりも何百倍、何千倍の苦痛だというのか、ということすら想像もつかない。
薫りは両手から力を抜いた。
自分と違い、怒りの対象がないことへの理不尽さを呪う。
「寂しく、なかったの?」
「もうちょっとで泣いちゃいそうだった」
んへへ~、と、少女は笑ってそう応えた。
少女の困ったような笑顔と、その人懐っこい垂れ目ににじむ涙に、今度は一瞬だけからだの横側で両の手に力が入った。
「えっと、だから、ね?私とお話ししてくれないかな……って」
─私が、初めてこの鈴の音を聞いたとき。自分に似たものを感じた。
「あ、もちろん嫌なら無理しなくてもいいって言うか」
─それは孤独だ。自分の居場所がない。自分と同じ立場にたってくれる人がいない。自分と苦楽を共有できる人がいない。そして、そんな人を、誰にも言えずに渇望している。
「ん、でもやっぱりいろんなことお話ししてほしくて」
─でも冬鶴木さんの方がずっと、ずっと強い。もっともっと辛い。
「えっと、あの、ごめん、私ばっかしゃべっちゃって。お願いだから嫌いにならないで」
少女は今にも泣き出してしまいそうな様子で、声は明るく、笑顔を保ったまま一途に懇願してくる。
そんな姿があまりにも悲痛に見え、次の瞬間、薫りの両腕は力強く少女を包んでいた。
「え、あ、あの─」
あまりにも唐突な出来事に混乱を隠せない少女。
薫りの気に障ってしまったのではないか、と、必死に言葉を探して─。
「ご、ごめんなさ─」
「ごめん!」
薫りは、小さな今にも消えてしまいそうな弱々しい、鈴から発せられた声を、決して大きくはないはっきりした声でそうかき消した。
少女の表情から血が消える。あまりの絶望に言葉もでない。また数百年、─いや、数千年後になるかもしれないのこの時を待つのか。そんな考えが悲痛な嗚咽に変わる直前。
「もっと、もっと早く見つけてあげたかった。辛かったね、何て言えない。でも、これからは、これからは私がそばにいるから。だから─」
「─だからもう一人じゃないよ」
薫りはそう続けた。
瞬間、神社中に、いや、山中にとてつもなく大きな、たった二人だけにしか聞こえない鈴の泣き声がこだました。
全身の力を泣くことだけに費やす少女の体は、人にも、光にも、空気にも無視され続けてきた。
薫りはそんな少女の質量をしっかりと支え続けようと決意したのだった。
もう、一人を照らしていた光は消え、晦冥だけが二人を、神社を、冷たく抱擁していた。
※冒頭に意味あります
ご高覧頂きありがとうございました!
誤字、脱字の指摘、感想、誹謗お待ちしています
ものすごく半端なところで終わっていて申し訳ありません(..)
実のところ、今回が初投稿で、お話の続きはできて(というか完結させて)るんだけど、
入力のめどが立ってないです。いそがしすぎて(笑)
連載投稿したいなぁと思っているので反応頂けると幸いです。
ちなみにこの後は、学校があったり、転校前の市に行ったりします(入力できれば笑)
ちゃんと冒頭に意味あるので!メンヘラみたいになってますが反応ほしいです(魂願)