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愚神礼賛-7

「いっでえええ!なっなんで、確かに死んだろっ!」

「ああ、そうだな。だがお前は考えなしが過ぎる」


 喚く六丸。絶叫は反響する。

 センキチは内心は興奮しながらも、それをおくびにも出さない。冷ややかな目を外さないようにしたまま窓枠を越え室内に戻る。


「俺の銃は未来を選ぶ銃だ」


 扉を開け出会った未来と会わなかった未来。

 互いに撃ち合った未来としなかった未来。

 そして……蜂の巣にされて殺された未来とずっと伏せて生き延びた未来。


「数多の未来を見ながらたった一つの現在を選び取る。相反する現実を記憶する、二律背反の弾丸。アンビバレットだ」

「くそっくそっくそがあっ!」

「まったく……傷ついた草食動物みたいに警戒しやがって。まあ、流石に殺した手応えを感じたら臨戦態勢も解くよなあ」


 ため息混じりに呟くセンキチ。本当は確実に黙らせるために頭か胸を狙いたかった。しかしわざわざ右手という小さな的に狙いを変えたのは敵が油断し切っていたことに加え神輿に血みどろな光景を見せたくなかったからでもある。明らかに普通な彼女にはスパイスが効きているだろうし今後に悪影響として響きかねない。仮に外したとしてもトラウマの克服は確認済みなのでそのまま逃げ出してしまっても警察が処理してくれただろう。

 とはいえ恐ろしいまでの反射神経と重い銃を自由に振り回せる筋力、なによりも強い警戒心があったからこそ、二重三重の策を用いたのだ。

 シンプルな能力だが使い手の技量で化けた恐ろしい敵だった。実際神輿の銃で奇襲しても対応してくる危険性も高かっただろうし、普通の銃だったら相打ち前提でどこまで周囲への被害を抑えられるかを重要視していただろう。

 だが同時に使い手の慢心によって打ち倒せたのは皮肉な話か。もしも先程の扉での攻防と同じ状況だと気付き警戒を怠ることなく待たれていたら、正直もう打つ手なしだった。


「銃を捨てて、手を上げろ!動くんじゃないぞっ!」

「あのー、もう大丈夫ですか?」


 神輿が顔を出し、流血に顔をしかめる。そのまま逆再生のように引っ込んでしまった。

 このまま廊下で待っていてくれれば、何かが起きた場合でも怪我することはないだろう。センキチはそう安堵して少しだけ緊張をとく。

 だが六丸はまだ諦めていなかった。事情を完全に理解しきってない彼だったが、敵がまだ生きている。地獄がまだ終わっていない。それだけわかれば十分だった。

 たとえ激痛に身を割かれようとも。力を振り絞る、十分な理由だった。


「まだだ……まだ終わってねえ……」

「まあ手に穴が一つ空いた程度で止まるわけがないよな」


 センキチは少し考えるような顔をする。そもそも人に向けて発砲するどころか銃を使ったのも今日が初めてである以上、殺さないように無力化するというラインが手探り状態なのだ。


「おい、動くな。これ以上変な動きをするなら撃つぞ」

「やってみろよ、やれるもんならな」

「ん?随分と強気だな。本当に撃つぞ?」

「だから無理なんだよ、てめえにはなあ……」


 ゆっくりと立ち上がり、今まで胡乱でどこかの虚空を見ていた目がまた敵視する鋭い目となる。

 そして左手で撃ち抜かれた右手を庇いながらもその口は気持ち悪いくらいに歪ませた。まるで勝ちを確信するかのように。そしてゆっくりと勝利宣言を始める。


「簡単な数学、いや算数の時間だ。てめえの拳銃は五連発だ。職員室の窓を割ったので二発。さっき廊下で一発。そしてたった今二発撃った。五から二と二と一を引けば何が残るかなあ?」

「……!」

「わかったみてえだなあ!つまり!てめえが今持ってるのは何でもないただの鉄の筒!今すぐてめえをぶっ殺して外の奴も殺せば何一つとして問題ねえ!」

「お前……リロードすればいいだけだろうが」

「だがまだしてねえ。どっちが早いか勝負してみようぜ」

「だがお前の方こそ、そんな怪我をしてまともに撃てるのか」


 今もなお、脂汗を滝のように流しており、呼吸も荒い。血は止まっておらず、力を入れすぎているのか右腕を震わせている。誰が見ても厳しい状態にあるのはわかるだろう。

 そして本人からすればなんともない状態だった。


「この程度の痛み……この程度の痛み。この程度の痛みっ!」

「正気か?」

「この程度ぉ!オレが今まで受けてきた、痛み憎しみ苦しみに比べればあ!この程度おお!」


 傷口から血を吹き出しながら銃を握りしめる。足を踏み出し、目は血走り、絶叫が反響する。

 センキチは睨みつけ鋭く言う。


「最終通告だ。銃を捨て手をあげろ」

「そんな脅しはきかねえっつっただろうが!」

「そうか。残念だ」


 撃ち抜いた。

 正確に踏み出した足の甲を貫通させ、よろけた頭を蹴り飛ばし今度こそ地に倒す。右の肩口を左膝で抑え右手首を捕まえて関節を極めれば抵抗の余地は残っていない。

 六丸はその痛み以上に出るはずのない弾丸が出たことに驚いているようだ。

 センキチがぎりぎりまで引き付けたのは最後の一発を当てられると確信できるタイミングを探っていたのだ。


「俺の銃は未来を選ぶ銃だ。しかし未来は複数あったとしても現在は一つしかない。つまり、扉が開かれなかったように、俺が二度撃たれても死んでいないように、選ばれなかった未来は記憶されても記録はされないんだ」


 つまり数え方が間違っていたのだ。廊下での攻防は選ばれなかった未来なのでそこでの一発はなかったこととなり、数えてはいけなかったのだ。

 正しい数え方は、窓を割るのに二発。たった今の撃ち合いで二発。合わせて四発で残り一発が正しい計算だ。

 六丸が放心状態から正気に戻ってその痛みを叫ぶ。それはだんだんと泣き声になり懺悔のようにすら聞こえてきた。

 それを無視して六丸の銃を手に届かない程度に蹴り飛ばすセンキチとあまりの痛々しさに顔を背けてしまう神輿。ちらちらと覗きながら控えめに質問してくる。


「あのー。殺しちゃうんですか……?」

「ん?いやー?無力化したし、身柄は警察に丸投げだよ?こいつが何もしなければ、だが」


 神輿は不安そうな顔をしてるが、それに一瞥もせず膝をついた六丸の方を向いたまま答える。

 頭に銃口を当てて引き金を引く。

 当然空発だったが、引き金が空振りする音にすら大きく体を震わせる六丸。もう戦う意思がないのは明白だった。


「やめてくれ、許してくれ、すまなかった」


 ついには許しを請い始める。血だらけの手を上げて降参の意を示す。

 すると六丸の銃、モリアスエンコミオンが震えだした。あれよあれよというまに全体に広がるヒビとなり粉々に砕け散ってしまった。

 それに驚いている間も無くサイレンが全員の耳に入る。


「しまった。もうそんな時間か。一旦撤退しよう」

「え、あ、あのこの人は」

「優先順位を間違えるな!豚箱送りはないにしても面倒なのは保証するぞ!」

「でも怪我してる人だって……」

「まずは自分!泥沼に手を差し伸べて好きでもないやつと心中なんて俺は嫌だぞ!」


 あっという間に切り替えて窓枠に足をかけるセンキチ。

 陽も落ち暗くなった外の世界に電気がついたままの明るい職員室へ手を伸ばし、神輿はその手を掴んで引き上げられた。

 今、物語が始まる。人が勇者になる物語が。

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