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愚神礼賛-6

 時は少し遡る。

 ちょうどセンキチと神輿が別れて行動する直前のこと。


「作戦があるのですか、日桜さん」

「センキチでいいんだが、まあ、どうでもいいか。それで作戦なんだが、まずスマホは持ってるな?現代人の嗜みとして」

「はい、確かに持ってますが」

「少しの間だけ貸してくれ。電話番号を教えてくれれば十分だから、中身も見ないよ」

「それは構いませんが、何に使われるんですか」

「ま、ちょっとね」


 警戒しすぎかもしれないが、念の為連絡手段を奪っておく。まだ通信機の類を持っているかもしれないが、自然な流れで奪えるのは一個までだ。


「かなり神経質になっていたみたいだから、突然着信音でも流れれば時間稼ぎになるんじゃないかと思ってね。姑息な手だが小さな積み重ねは窮地を脱する一手になるかもしれない」

「わかりました。他に私にできることがあったら何でも言ってください」

「ありがとう」


 手早く着信音が鳴るかチェックして、女子校生らしく友達との写真が何枚も貼られたスマホを受け取る。


「さて、ここからは一旦別行動だ。というのも俺には替えの弾丸がない。というか教室にうっかり忘れてきてしまった。ので君にはこれを取りに行ってもらう」

「すでに二発撃ってしまっていましたね。確かに、それでは不安です」

「これは瞬間移動ができる銃を持ち、咄嗟の事態にも逃げられる君にしかできないことだ。できるよな?」

「大丈夫です。その間日桜さんは?」


 少し考える仕草をして慎重に切り出す。


「牽制と時間稼ぎだな。この銃を使って君と合流するまで耐えつつ相手を探り、なおかつこれ以上の被害が出ないように奴を誘導する」

「本当に大丈夫ですか?」

「まあ、無理はしないさ。ヤバくなったら当然逃げる。だから安心してくれ」

「そうですか。気をつけてくださいね」

「ああ。おっと最後にもう一つだけ」


 すでに行く気満々だった神輿は少しつんのめってしまう。眉間にしわを寄せ、疑問たっぷりの目で振り返ったのを確認してから続ける。


「敵と遭遇しないよう大回りで行くといい。急がば回れ、という言葉もある。それと、移動の際には鉢合わせした時をのぞいて銃の能力は極力使わないように。ないとは思うが嫌な予想があるんだ」

「わかりました。安全に、しかし急いで戻ってきますね」

「ああ、この職員室で待ってるよ」


 そして現在に戻る。

 結局のところ。牽制だけで済ませるはずもなく神輿が離れた場所にいるうちに決着をつけるつもりだった。そのために瞬間移動を封じ戻ってくるのを遅らせたのだ。

 安全な勝利を捨ててでも欲したのは完全な勝利。センキチはかつて乱射事件に巻き込まれ心に消えない傷を負ったがそれを乗り越えるために今日に至るまで心を研ぎ、技を磨き、体を鍛えてきた。それを証明するため、過去の自分のトラウマに打ち勝ち、過去の己と訣別することを切に願っていたのだ。

 誰が死のうが誰が傷付こうがどうでもいい。ただ純粋な自分の実力が実践に耐えうるものか、かつて守れなかった人を今の自分は守れるのかどうかのテストをしたかっただけなのだ。

 しかし予想だにしない形でリトライの権利が与えられる。


「時間が、巻き戻ったのか?」


 センキチは今、扉の前で右手で銃を持ち左手で携帯を持っている。扉の外には音量最大に設定された着信音がずっと流れている。

 撃たれた記憶も感覚も間違いなくあるのに身体に傷はない。まるで狐につままれたように、飛び出て一瞬の銃撃戦をする直前の状態に戻っている。


「なっ、また幻覚かあ?だが確かにそこから出てきたよなあ」

「何が何だかわからんが、好機だ。撤退する」


 扉を挟んで困惑するセンキチと六丸。そんな六丸が扉を開け、一拍遅れてセンキチは割れたガラスの残骸を飛び越える。

 間一髪で間に合ったようで、窓枠から中庭へ飛び出る瞬間にも銃声が通り過ぎたが銃弾に当たることはなかった。


「ついに見つけたぞ、この野郎!」

「はじめまして、だな。早速で悪いんだが交渉しよう」

「なにい?」

「降伏してくれ。こちらに命を取るつもりはない。君がその銃を置いてくれればそれで十分だ」


 一秒も考える必要はない。六丸からすればピンチに陥った人間の世迷い言にしか聞こえないからだ。


「逆だぜ。降伏すんのはそっちの方だ。てめえの銃の能力はなんとなくわかった。ようはそれは幻を見せる銃だ。仕組みがわかっちまえば怖くもなんともねえ。幻像ごとオレの『モリアスエンコミオン』で撃ち抜いてやるぜ」

「やめておいた方がいい。銃弾とはつまり超高熱の金属だ。銃創というのは痛みよりも熱さの方が厳しくて、さながら熱した鉄の棒が体を貫くような痛みだそうだ。そんな目に遭うくらいなら降参したほうがいいとは思わないか」

「抜かせえ!オレの銃は、もう察しがついてるだろうが残弾無限のマシンガン。一方でてめえのはちっちゃい拳銃だ。わかるか?てめえとは雲泥の差にあるんだよお!」


 その通り。センキチは心の中で肯定する。

 理想を言えば神輿が戻ってこないうちに一人で無力化するのが一番だ。少しでも神輿が傷つくリスクは削りたい。この場での決着に固執する必要はなく、集中力が切れた瞬間を狙って奇襲を仕掛けてもいいだろう。

 そう思っていたのに。


「大丈夫ですか?センキチさん!」


 二人が言い争っているタイミングで神輿が到着した。

 六丸が撃った際の銃撃音に気付いて魔弾の瞬間移動を使ったのだ。

 センキチが非常に、非常に嫌な顔をするのも当然といえよう。これでは退いてもターゲットが神輿に移るだけ。どうやらここで決めるしかないようだ。


「こっちにくるんじゃない!下がってろ、危険だ!」

「仲間がいたのか。お前よりもそっちの女から狙った方がいいかもな」


 これは罠だ。センキチを釣り出すためのハッタリに違いない。廊下に出るためにはセンキチに背を向ける必要があるから本当に狙うなら明言せず黙って、即座に行動に移すはずだ。

 センキチが焦って頭を出した瞬間を逃さず蜂の巣にするつもりなのだろう。それを可能にする反応速度は先の撃ち合いで既に見た。

 そこまで考えが及ばないのか、標的にされてしまった神輿は小さく悲鳴を出し身をすくませる。センキチに弾を渡すという仕事と恐怖が彼女を思考停止に追い込んでいて硬直したまま動かない。

 センキチは急いで手元を動かしながら様子を伺い、挑発しにかかる。


「はっ、なんだよ。結局俺が怖いのか?だから怖くない女の方から仕留めようと?」

「なんだと?」

「否定するな。事実だろう。やっぱりというべきか、お前は自分が持ってる力もろくに使えない能無し。所詮はおもちゃを与えられた子供。いや、猿同然だな」

「ぶっ殺してやろうかあ?ええ!?」

「あまり騒ぐな。雑魚が移る」

「てめえ動くんじゃあねえぞ。すぐぶっ殺してやっからよお!」


 センキチはその心中で自らを鼓舞する。

 いい加減覚悟決めろ。日桜千吉!ここでやらなきゃ絶対失敗する。絶対に。

 人が人で有る限り、過去は決して変えられない。決して。実際俺はあの日から何も変わらないままだ。

 だったら!

 変えろ。未来を。今を。

 選び取れ。成功する未来を。

 死ぬ気でやらなきゃ、死んじまうぜ?


「今から!五つ数える。そしてお前を撃つ」


 唐突な宣告に浮足が地に着く六丸。パートナーの凶行に神輿も驚いている。

 静まりかえる職員室。外は夕陽で赤くなっていた。


「ふざけてんのか、てめえ」

「ひとつ、ふたつ」

「いいぜ。返り討ちにしてやる」

「みっつ」


 その時だった。少し小さい発射音がしたのは。

 驚異的な反射神経で振り向き確認もせずノータイムで乱射する六丸。弾丸はすべて壁に当たって散った。

 神輿だ。たった今、センキチが六丸を煽りながら送ったメールに従って適当に発砲したのだ。六丸が反応したのはそれだった。

 そしてセンキチはその隙を見逃さず立ち上がり狙撃する。


「ここ!」


 しかし撃つことは叶わなかった。狙いを定めるその一瞬よりも、センキチの行動を理解した六丸が再び振り向き撃ったのが早かった。

 穴だらけになった上半身のあちこちから血を吹き出し倒れていく。心臓と肺腑は明らかに破裂し、その顔は誰かも判別できないほどに粉砕された。素人の目から見ても万が一もない即死だろう。


「は、はは、はははは!勝った!勝ったぞお!」


 最大の障害を打ち倒したことに思わず大笑いをする六丸。両腕を最大限広げてその歓喜を最大限に表現していた。


「そんな未来が、あったかもな」

「なにっ!」


 死んだはずのセンキチが再び立ち上がり、そして再びの狙撃。

 最初の一発は狙いから外れ、壁を穿つに終わる。

 しかしもう一発の弾丸は、完全な慢心から戻りつつあった六丸の右手を正確に撃ち抜いたのだった。

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