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愚神礼賛-5

 警戒心や恐怖心は確かにあるが、それらよりも焦燥感が勝った。歩みは大股で曲がり角や階段でも顧みず、とても冷静とはいえない心境であった。


「あのヤローどこ行きやがったんだ」


 その手に軽機関銃を持った男、六丸ろくまる住助すみすけは来た道を戻りながら、血眼になって学校を捜索する。

 二年前、逃げるように卒業したこの高校に戻ってきたのにはわけがあった。

 もともと野球部だったが監督との相性が悪かったのか、とにかく試合に出させてもらえなかった。その実力はチームメイトはもとより、卒業した先輩にも敵わないと言わせるほどだったのに。

 三年生となり、最後の大会を控えたある日今年こそは出してもらおうと監督に直談判しにいったが、監督はこう言って突き返した。


「お前のその何でも思い通りにいくと思ってる態度が鼻につくんだ。俺のチームなんだから俺が決める」


 千切れた。

 理解できない理由で拒否されたこと以上に、みんなの思いが、今年こそは全員で全国大会に行きたいというチームメイトとの約束が、こんなちっぽけな奴に阻まれるということに。

 気づいたときには顔面を鼻血やら鼻水やらで汚したデブが何やらわめいていた。滑稽なほど汚かった。何人かの先生に羽交い締めにされ必死に止められていたは理解していたが、かけられた言葉は一つも耳に入らなかった。

 停学一か月。

 普段から素行は良く、周りの生徒からも信頼されていたことや教師側も不人気で敵を作りやすい性格だったことは知られていた故の軽い罰だった。

 しかし、本人にとってはそうではない。暴力事件を起こした生徒が大会に出られるはずもなく、そのまま部活動も辞めさせられることとなってしまった。

 恨んだ。恨んだ。学校を。先生を。

 結局復学後もチームメイトとの関係は回復せず、その影響で受験にも失敗し、充実した青春から急転直下。生き地獄から逃げるように引きこもり生活をしていた。


「やあ。なにか願い事はあるかな」


 そんな地獄に悪魔が姿を現した。

 復讐を。そのための力を。

 ここには件の先生がいないことは父親から聞いていた。自分を止められなかった。

 昔は復讐よりも面白おかしいことをしろよと笑っていた。自分は止まらなかった。

 後輩から部を潰した張本人だと忌み嫌われていることも察しがつく。先生から学校の雰囲気を悪くしたも面倒がられていることも。

 誰か止めてくれないかと、かつてのチームメイトの顔を思い出し名を呼んでも、叫び声は誰にも通じることなかった。そして怨敵も仲間も何もない母校に戻ってきてしまった。

 一通り暴れても何も返ってこない、深い深い空虚な闇を感じれば満足できた。自分などいなくても世界は回る、と己の無意味さを知って悔い多くも自殺しようと思っていた。

 なのに。なのに。


「なんで邪魔する奴がいるんだ、クソったれ!」


 自殺願望は自死願望ではない。

 底なし沼に沈んだ心をサルベージしたのは、自分に向けられた死だった。

 漠然とした終わりではなく、目の前にして初めて理解した死への恐怖が闘争心に火をつけた。

 今まで死というものを、顔も知らない誰かの葬式や訃報を見て理解していたつもりになっていたが、初めて本物を目の当たりにし感動すら覚えた。さながら本場のイタリアのピッツァを初めて食した日本のコックのような、青天の霹靂と呼ぶに相応しいものだった。

 死とは終わりでもなければ無でもない、海だ。山の湧き水が色とりどりの景色を見、他の水と合流し川は大きくなる。ときにダムに貯水されたり、水力発電に使用されたりして自分の力が誰かの役に立つだろう。

 逆に心も頭もないクズによって汚染されることもあるが、それでも流れは止まらない。

 そしていつか海に出ると自分というものが消え、世間の中のありふれた死となる。スーパースターから乞食まで、見境なく過去の人となり話題から消されていく。

 否、人は死者を消そうとする。過去の偉人とは語り継がれるものであって生きていないのだ。


「俺は何をした」


 答えは、何もしてない、だ。

 恐ろしくなった。自分という存在に意味はなかったのではない。意味を見いだせなかっただけだ。

 途端に死ぬのが怖くなった。小心者のようだが認めざるを得ない。

 何を成したいかなど今はわからないし、手に持つ魔弾が教えてくれることもないが今やりたいことは決まってる。

 生きたい。勝ちたい。


「ナメんじゃねーぞ、このヤロー」


 見えない敵。顔も知らない敵。出会ったと思ったら一瞬で消えた敵。いるはずなのにいない敵。

 正体不明に対する恐怖とは本能から生まれるものと聞いたことがあるが、どうでもいいことだ。この沸き立つ心に比べれば。

 俺は小さい頃から大人や先輩などを恐れたことは一度としてなかった。

 攻撃してくる輩にも迫害してくる雑魚にも一度として屈しなかった。卑怯な手を使う奴を相手にした時も変わらない。

 どれほど屈辱的な目に遭おうと、どれほど馬鹿にされようと絶対に同じ土俵に落ちることなかった。逆にその悔しさをバネにして、実力は大きく飛翔した。

 才能や幸運とそれを掴む努力で跳ね返し、同じ境遇の仲間と喜びを分かち合う快感に比べれば、陰湿な妬み嫉みは子バエと同類。

 打ち倒したクズどもの悔しそうな顔たるや!勝利の美酒は格別な味だ。

 むしろ好意を向けられ容赦無く反撃できない優しい人に比べたら付き合いやすいとすら感じるほど、反骨精神は俺という人間の軸となっていた。

 だからこそ、今回の敵にも負けたくない。


「どっからでも来いよこのヤロー。ぶっ殺してやる」


 殺意を滾らせ一階の職員室前の廊下を歩いていたその時、左後方の柱の陰から鋭い電子音が流れる。鍛え上げられた反射神経が銃を向けトリガーを引いてしまう。残弾に制限もなく、己を縛る倫理も麻痺していたからこその躊躇のなさであった。

 その音が止まることはなかったが人影らしきものもない。物陰からの奇襲かと体を強張らせたが、拍子抜けである。


「なっ、なんだてめえこの野郎ビビらせんじゃあねえ!」

「ここだ!」


 扉を開け放った音がした。察するに勢いよく飛び出て狙いを定めているに違いない。

 敵は乱射魔たる自分を探すのではなく、きっと向こうから職員室に戻ってくると予想を立てて待ち伏せすることにしていたのだろう。一組の携帯電話の片方を職員室の手前の物陰に置き、機を見てもう片方の携帯電話で鳴らす。電話に気を逸らせば、この通り。


「無防備な背中と、狙いやすい右腕が目の前にあるって寸法か……!」


 距離およそ十五メートル。

 銃の知識などまるでないものの相手が全弾外すとはとても思えない。

 だが、しかし。


「ぬぁめんなあ!」

「なっ」


 相手が扉を開けてから銃で撃つまでわずかな時間。しかしその目に捉え脊髄反射が末梢神経に命令を下すのには十分な時間。腰のひねりを加えた動きで、振り向きざまに弾を当てることに成功する。

 逆袈裟に切り裂くような銃口で、多少の傷と引き換えに敵の血肉を喰い散らかした。

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