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孫子-8

 通信電話終了。

 情報共有完了。


「なるほど。そんな情報、悪魔にも聞いたことないけれど。でも事実みたいね」

「何者かは俺も分からなかった。というか一回しか会ってないし、今の会話が二回目だ」

「教えてもらえるかしら?」


 西夕が視線を向けるが、当人は申し訳なさそうに首を振る。

 自分にも分からない、と。沈黙はときにどんな言葉よりも雄弁だ。


「仕方ないかな。神輿、銃を貸してくれないか。携帯返すから」

「はい。どうぞ、あっ」

「あっとっと、あっ」


 右手で銃を受け取り、携帯電話を渡そうとしたら、うっかり手から滑り落ちてしまう。

 なまじ、落とすまいと手を伸ばしたのが不正解。弄ばれるように滑稽な声を出して、あまつさえ変な方向へ落としてしまう。

 素早く回収。スマートなやり方は映画から学んだ。


「少しヒビが入ってしまったみたい。どうぞ」

「拾ってもらってありがとうございます、西夕さん。でも動きますから、きっと大丈夫です」

「千吉も少し落ち着きを持って頂戴。それか武者震いとでも言い訳するのかしら」


 返す言葉もないと平謝りするばかり。下手に確執を生んでしまってはこの後の諸々にも悪影響だ。

 一悶着あったが、今センキチは二丁の銃を持っている。センキチ自身の現在を選択する拳銃と神輿の瞬間移動できる仕込み銃。

 このタイミングで確かめなければいけない。この二人が信用できるか。

 人間が信用ならないのは腹の底が見えないからだ。言い換えれば、リンジさんのように確たる目的を持ち、利害が一致すれば信用足りうる。


「アンデ、神輿。君達はもしも、魔弾選抜で勝ち抜いたらどうするんだ。悪魔に何を叶えてもらうんだ」

「いきなりね。どうかしたのかしら」

「重要なことだ。答えてほしい」

「自分は別に。戦えない人のため、愛するあなたのため、それだけが悪魔から銃を借り受けた理由よ」

「ありがたいことだね」

「分かってる。疑って当然だし最後の直前であなたに託すわ。少なくとも自分はあなたに任せて大丈夫だと信じてる。あえて言えばそれまで一緒に戦うのが願いよ」

「理解と信頼がとても助かる、ありがとう」


 当のセンキチの願い。それはずばり魔弾選抜を何事もなく平和なまま収束させること。

 人の身に万能の祝福は過ぎた呪いだ。数多の童話で使い古されたオチだ。

 諸刃の剣を使いこなせるほど、強い人間は多くない。むしろ圧倒的少数派。

 可能なら二度と起きないよう悪魔を殺してしまいたいが、それは流石に高望みだろう。できる範囲でできることをやるけど、無理なものは無理なのだから。


「つまりは他人の願いの妨害だな。破滅主義者や愚王にでも渡ったら全世界大混乱だ。神輿は?」

「私は、私の願いはありません」

「と、言うと」

「正しくは、もう叶ってしまったのです。きっと私の銃が弱くなったのもそれが原因だと思います」

「以前はもっと強かったのか」

「大筋は変わってませんが、単純に異能が劣化したり制限が増えたりしました」

「魔弾とは願いの影絵。思いが弱まれば性能も落ちる、か」

「ごめんなさい」

「大丈夫。謝らなくてもいいよ」


 嘘を吐いているかは判別つかないが、これ以上引き伸ばしても意味はない。

 左手に持つ銃を神輿に返却する。

 ともあれ油断している敵には奇襲が一番。その軸となるのは間違い無く神輿の銃だ。


「それでその、瞬間移動はどうやるんだ。ケースによっては対策が必要になるから」

「やり方ですか。うーん、方向を決めて飛びたいと思うことかな?あと、無意識でも発動するみたいですね」

「無意識っていうと、いつぞやの脱出劇か」

「リンジさんにも、それさえあれば大丈夫だから絶対手放すなよ。困ったら逃げろよ。って釘を刺されました」


 やろうと思えば、発砲音を聞いてからでも退避が間に合う特上性能。

 魔弾選抜では危機感のおかげで奇襲されることもなく、探知範囲外へ一瞬で逃げることで追撃も許さない。こと生存に関しては非常に高水準だろう。

 命綱という例えも決して誇張表現でもない。


「他に注意すること、ないしは制限はあるか」

「重量制限があるんです。人間だったら、私自身含めて二人で限界。三人は重量オーバーです」

「よりにもよって三人パーティー組んだ後に聞きたくなかった」

「それと瞬間移動して数秒はロックがかかって撃てなくなるんです」

「そういえば以前も俺に銃を向けたことがあったな」


 あの時は銃口を頭に突きつけた躊躇のなさと不安定なメンタルが不釣り合いだと思っていた。しかし不発弾だとしたら納得もできる。

 真面目な顔してトイガンを使う、ただの女の子というわけだ。


「考えが纏まった。一度解散して釣りでもしようか」


 その後、およそ四半刻後。

 先日神輿が襲撃を受けた墓地からさほど離れていない場所。墓の隣にある広大な森の中の散歩道から少し外れた空き地。知る人ぞ知る隠れたスポット故に踏み均されることもなく、木に短い雑草が囲まれた場所。

 赤い星の下で老婆と初老が座っている。 


「子曰く、兵は詭道なり。と」

「孫子ですか。主の銃の名前でもある」

「熟読したもんさ。ウチの夫もガキも心と足は立派なくせに脳足りんでね。ウチが人一倍考えなきゃいけなかったのが懐かしいよ」

「の割には楽しそうですが」

「惚れた弱みと母の愛さ。あんま言わせんな」


 ヒッヒッヒ。

 顔の皺をさらに増やして老婆は笑う。


「よーは騙し合いさ。争い事はなんでもね」

「例外なく?」

「知恵ある人間ならね」

「やはり大変ですか。他人相手は」

「いーや?猿はナイフ押し当てても無邪気なもんだからね。その点すこーしチラつかせるだけでヘイヘイと従う人間の方が手懐けやすいさ」

「知恵ある故に騙しの余地があるということですか」

「アンタは戦ごとなら詳しい癖に他の畑となると、てんで役に立たないね。一所懸命も美徳だが、自縄自縛になるんじゃないよ」

「恐れ多いですが、汎用機に劣る専用機など欠陥品に他なりません」

「違いねえが、お役所サマみてえな薄っぺらい一般論言いやがって。もうちっと応用しろって話さ」


 つまらなそうに口を曲げて小突く老婆。

 しかし初老の顔は頭上の空と同じように晴れ間を見せることはない。


「戦術が日常にも適用されるのでしょうか」

「あたぼうよ。結局は人と人の知恵比べ、事前用意の高さ比べさ。何も変わらんよ」

「知恵と用意ですか」

「戦闘は想定の盾と意外の暗器の積み重ね。始まった時点で九割終わってる」

「会話途中ですが、来訪者がお見えのようです」

「ハッ、一々わかってることを言わなくてもいいんだよ。同じ射手だ。危機感でわかる」


 ある人には優しく懐柔する。

 すると他人も同じように優遇されたのではと疑う。

 別の人には厳しく攻撃する。

 すると他人も同じように冷遇されたのではと疑う。

 これが違うと聞けば強烈な違和感を感じる。それが人間。

 『自分がされたことは、他人も同じようにされているだろう』

 『自分が特別扱いされているのは理由があるのだろう』

 その思い込みこそが不和を呼び、裏切りを誘う。

 釣り糸垂らして待てば、この通り。造反者が釣り上がる。


「情報はいかが?代金は自分と貴官による同盟のサイン」


 黄金に黒を纏った髪色の少女が提案する。

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